三毛猫のモリアーティから『エメラルドキャッツアイ』を受け取った10分後。



 天野は大学付近の住宅街を歩いていた。



 片手には首輪に結び付けられていた『モリアーティの手紙』が握られている。


天野勇二

(さて……。手紙によると、この辺りなのだが……)


 目の前には古い木造のアパート。


 築30年は経過しているだろう。


 大学生や単身者向けの格安住宅。


 手紙が示しているのは、このアパートの『101号室』だ。


天野勇二

(とても裕福な生活を送っているとは思えんな……。モリアーティは家計を助けるために『宝石』を盗んだのか?)


 そんなことを思いながらポストを確かめる。


 『101号室』に書かれているのは柊千紗ひいらぎちさという名前。


 差出人の住居と見て間違いなさそうだ。


 チャイムを押し、軽く扉を叩く。


 不在であることも覚悟していたが、扉はゆっくり開かれた。



???

……はい。
どちら様でしょうか?



 1人の女性が顔を出した。


 短髪の地味な顔立ちの女性だ。


 年の頃は20代後半。


 線が細く、肌は透き通るように白い。


 天野のことを不安気に見つめている。


 いきなり自宅を訪ねてきた謎の男性。


 警戒するのが普通だろう。



天野勇二

俺は天野勇二というものだ。
近くの大学に通っている。
突然すまないが、この猫に見覚えはないだろうか。


 天野はできるだけ柔らかく語りかけた。


 スマホを取り出し、一枚の写真を見せる。


 天野の弟子である前島悠子まえしまゆうこがテラスで撮影した写真だ。


 モリアーティを抱きかかえながらの自撮じどり。


 前島はこぼれるような満面の笑顔を浮かべており、モリアーティはどこか不満気に顔を背けている。


地味な顔立ちの女性

あっ……!
『サチコ』じゃないですか!


 女性が驚いて言った。


 嬉しそうに天野のスマホを見つめる。


 ほっとしたような安堵あんどの表情。


 どうやら猫には女性の警戒心を取り払う効果があるようだ。


天野勇二

ふふっ……。
あなたは『サチコ』と呼んでいるのか。
最近、うちの大学に入り浸るようになってな。

地味な顔立ちの女性

そうなんですか!
可愛いですよね。
私の猫じゃないんですけど、よく庭まで遊びに来るんです。
もしかすると……。
サチコの飼い主様ですか?

天野勇二

いや、違うんだ。
ワケあって飼い主を探している。
あなたもそうなのだろう?
これはあなたが書いた手紙じゃないか?


 天野は『モリアーティの手紙』を取り出した。


 女性は頷いて言った。


柊千紗

は、はい……!
それを書いたのは私です!
手紙を読まれたんですか?

天野勇二

もちろんだ。
あなたが柊千紗ひいらぎちささんだな。

柊千紗

そうなんです。
どうしても、飼い主様にお伝えしたくて……。


 どこか言い訳するように言葉を重ねる。


柊千紗

その手紙に書いたこと……。
なかなか信じてもらえないと思います。
でも本当に、サチコが『宝石』を持ってくるようになって……。
どうしたらいいのか困っているんです。


 まるで怯えているかのような口調だ。


 それも無理はない。


 『猫が宝石を咥えて持ってきた』


 そんな話を素直に信じろ、というほうが難しいだろう。


天野勇二

いや、別に手紙の内容を疑ってはいない。
事実として、俺も似たようなことを経験してな。


 天野は千紗の言葉を遮り、ポケットに手を伸ばした。


 ハンカチに包まれた宝石を取り出す。


 周囲を警戒しながらそれを広げた。


天野勇二

人目につく場所で見せるべきではないが……。
俺のところにも『土産』を運んできたのさ。


 小さなアパートの玄関口で現れた『エメラルドキャッツアイ』


 場違いなほどの輝きが溢れる。


 千紗は驚いてそれを見つめた。


柊千紗

……えっ?
こ、これは?

天野勇二

モリアーティが咥えてきたのさ。
つい先程のことだ。
どこから盗んできやがったのか、まるでわからん。

柊千紗

モリアーティ?
それは……?

天野勇二

三毛猫の名前だよ。
適当な名前をつけたのさ。
あなたが『サチコ』と呼んでいるのと同じだな。

柊千紗

ああ……。
そういうことですか……。


 千紗は納得したように頷いた。


 再び『エメラルド』を見つめる。


 呆然とした表情だ。


柊千紗

ほ、本当に、あなたのところにこれを?
冗談ではありませんよね?

天野勇二

こんなくだらねぇ冗談は言わないさ。
それに俺はただの大学生だ。
エメラルドなんて高価なものは持ち合わせていない。

柊千紗

それじゃサチコは……。
あちこちに宝石を配っているのでしょうか……?

天野勇二

その可能性が高いのだろう。
だが、これが本物なのか。
よく出来たイミテーションなのか。
俺には判断がつかない。

柊千紗

そうですよね……。
えっと、私も同じなんです。
さすがに本物じゃないと思うんですけど、もし本物だったら、どうしたらいいのかって……。


 そこで千紗は思い出したように周囲を眺めた。


 玄関先で『宝石』という単語を出すのは危険と考えたのだろう。


 頬を赤らめながら言った。


柊千紗

あ、あの……。
部屋が散らかっていて申し訳ないんですが、よろしければ上がっていきませんか?
ご迷惑でなければ、色々とお話を聞かせてほしいんです。

天野勇二

構わないさ。
俺も話が聞きたい。
『飼い主』を探すための手がかりも欲しいからな。


 千紗は頷き、天野を自宅に招いた。


 1DKのこじんまりとした部屋だ。


 窓の向こうには申し訳程度の小さな庭がある。


 部屋には目立った調度品が見受けられない。


 あまり部屋を派手に飾らないタイプの女性なのだろう。


柊千紗

すみません。
本当に散らかっていて。
いつもはちゃんと掃除しているんですけど……。


 恥ずかしそうに告げているが、雑誌が何冊が転がっている程度。


 汚らしい部屋には見えない。


 普段から整理整頓せいりせいとんが行き届いているのだろう。


天野勇二

こちらが急に押しかけたんだ。
かしこまる必要はない。

柊千紗

い、いえ、そんなことありません。
人を招くことが少なくて……。
お茶を出しますので、少しだけお待ちください。


 恐縮かつ緊張している千紗を眺めながら、天野は心の中で「幸の薄そうな女だな」と呟いていた。


 地味な顔立ちに地味な部屋。


 自己主張にとぼしそうな性格が垣間かいま見える。


 肌が白く透明感が強いためなのか、全身から薄っすらと『不幸』のオーラが放たれているようにも感じる。


 天野は座布団に腰かけながら尋ねた。


天野勇二

猫は『庭』に遊びにくると言ったな。
部屋に上がることもあるのか?


 窓際には『猫用の餌皿』。


 『猫じゃらし』や『チューブ状のおやつ』なども置かれている。


 千紗は天野の前に紅茶を置きながら言った。


柊千紗

ありますよ。
サチコは日向ひなたぼっこが好きなので、よく窓際で昼寝しちゃうんです。
本当はダメなんですけどね。
このアパートはペット禁止ですから。

天野勇二

ふぅん。
図々しいヤツだな。
君も迷惑しているだろうに。

柊千紗

そんなことありません。
私、昔から猫が大好きなんです。
だからサチコが遊びに来てくれるのは本当に嬉しくて……。
天野くんは猫が嫌いなんですか?

天野勇二

いや、別に嫌いじゃない。
ただ俺は『犬派』なんだ。
どうせ飼うなら犬がいいな。

柊千紗

それもわかります。
犬も可愛いですよね。
でも猫もいいんですよ?
いつか『ペット可』のアパートに引っ越して、サチコと暮らせればいいなと思ってるんですけど……。


 千紗がそう言った時だった。


 まるで示し合わせたかのように、庭にモリアーティが現れた。


 真っ直ぐ窓に向かい、部屋を覗きこむ。


 千紗の姿を見つけると網戸をカリカリと引っかいた。


モリアーティ

ニャー。

天野勇二

おお、モリアーティがきたぞ。
タイミングのいいヤツだな。

柊千紗

いつもこのぐらいの時間に来るんです。
入れてあげてもいいですか?
たぶん『おやつ』をねだってるんです。


 天野が頷くのを見ると、千紗は嬉しそうに窓を開けた。


 モリアーティが当たり前のように部屋に飛び込む。


 ふさふさの尻尾が垂直に立っている。


モリアーティ

ナーオ。


 千紗を見上げて甘えている。


 天野は苦笑しながら声をかけた。


天野勇二

おいモリアーティ。
先程はすまなかったな。
怒ってはいないか?

モリアーティ

…………


 モリアーティは天野を一瞥いちべつしたが、あまり気に留めていないようだ。


 千紗だけを見つめている。


 正確に言えば、千紗が取り出した『チューブ状のおやつ』だけを見つめている。


 きっと頭の中は『おやつ』でいっぱい。


 天野の存在なんかどうでもいいのだろう。


柊千紗

はい、どうぞ。
いつものが欲しいのね。


 千紗は慣れた手つきで『おやつ』を差し出した。


 喉元や額をでているが、モリアーティは嫌がる素振りを見せない。


 このやり取りを見る限り、いつも同じような時を過ごしているのだろう。


天野勇二

よく懐いているな。
俺にはこんな風に甘えてこないぜ。

柊千紗

『おやつ』のおかげですよ。
サチコは食いしん坊ですから。
そこが可愛いんですけど。


 しばらくの間、天野は紅茶を飲みながら千紗とモリアーティの様子を眺めた。


 『おやつ』を食べ終え、毛づくろいを始めた頃。


 天野は本題を切り出した。


天野勇二

『宝石』のことを聞かせてくれ。
モリアーティがどんなものを運んできたのか。
教えてくれるだろうか。

柊千紗

ええ、もちろんです。
いくつかあるんですけど……。
ちょっと待ってくださいね。


 千紗が立ち上がりキッチンへ向かう。


 戸棚の奥から小皿を取り出した。


 白いハンカチが乗せられた小皿だ。


柊千紗

実際に見てください。
もうこれだけの『宝石』を持ってきているんです。


 天野の前に小皿を差し出す。


 そこには複数のカラフルな石が乗せられていた。











 天野はあごに手を当てながら小皿を見つめた。


 合計10個の『宝石』が並んでいる。


 それぞれのサイズは小粒。


 そこまで大きいものではない。


天野勇二

ほう……。
これは随分と多いな。


 『ダイヤモンド』らしきものが3個。


 青い石は『サファイア』。


 赤い石は『ルビー』だろうか。


 透明の小袋に入っているのは『真珠』だろう。


天野勇二

もう片方の小袋に入っているのはなんだ……?
柊さんは知っているのか?


 千紗はふるふると首を横に振った。


柊千紗

わかりません……。
宝石のことは詳しくないんです。
そういったものに縁がなかったですし、あまり興味もないので……。

天野勇二

ふぅん……。
そうなのか……。


 天野は小首を傾げながら小袋を眺めた。


天野勇二

……まぁ、恐らく『オパール』と『ターコイズ』だろうな。
本物であれば、どれもそれなりの値がつく代物だ。
実際の売値なんてわからんが……。
もしかすると100万円を超えるかもしれないぜ。

柊千紗

100万円!?
そんなに高いんですか!?


 千紗の顔が一気に青くなった。


 怯えたように小皿を見つめる。


 天野は少し厳しい口調で言った。


天野勇二

別に君を責めるつもりはないんだが……。
これは他人に見せるべきじゃないな。
特に俺は出会ったばかりの怪しい男だぜ。


 千紗が驚いて天野を見つめる。


 天野は釘を刺すように言葉を続けた。


天野勇二

俺にとっては『100万』なんて大した金額じゃない。
だが世の中には、そんな端金はしたがねのために罪を犯すヤツがいる。
ここで強奪されても文句は言えないぞ。
世間知らずの小娘でもあるまいに。
もっと警戒したほうがいいぜ。


 千紗は口を「ぽかん」と開けて天野を見つめた。


 相手は年下の大学生なのに。


 こちらが年上であることも理解しているはずなのに。


 随分と偉そうな物言いで叱られてしまった。


柊千紗

……ふふっ。
そうですね。
気をつけなくちゃいけませんね。


 千紗は薄く微笑んだ。


 なぜか嬉しそうに天野を眺める。


柊千紗

でも、天野くんなら大丈夫かな、と思ったんです。
先に『エメラルド』を見せてくれましたし……。
それにサチコが『悪人』に懐くとは思えません。
大丈夫だって信じてます。

天野勇二

いや、そんなことで信じられてもな……。


 天野は呆れたように顔を歪めた。


 この女性は無防備すぎる。


 それほど『宝石』に執着していないのかもしれない。


 しかも、天野はどちらかといえば『悪人』に分類される人間だ。


 むしろ『極悪人』と呼んでも構わない。


 千紗には『人を見る目』というものが存在しないのだろうか。


 天野は気を取り直して言った。


天野勇二

しかし、全て裸石ルースなんだな。
モリアーティが指輪などの装身具ジュエリーを持ってきたことはあるのか?

柊千紗

いえ、ありません。
これが全てです。
これ以外は見たことがないですね。

天野勇二

そうか……。
よくこんな小さいものを咥えられたな。
飲み込んでしまわないのだろうか。


 千紗は不安気に頷いた。


柊千紗

私もそのことが心配なんです……。
もしかすると、サチコは誤飲ごいんしているのかもしれません。
咥えてきたのではなく、飲み込んでいたのではないかと……。

天野勇二

それをたまたま君の部屋で吐き出した。
どちらかといえば、その可能性が高そうだな。

柊千紗

そう思います。
お腹の中に『石』が残っているかもしれません。
飼い主様に宝石を返したいのはもちろんですが、サチコの身体のことも心配で……。
病院に連れて行くべきか悩んでいるんです。


 宝石の誤飲ごいんとなれば、猫にとって命に関わる一大事。


 すぐに動物病院に運ぶべきだ。


 しかし、飼い主に無断で連れて行くのも、あまり良い判断とはいえない。


 天野は思案しあんしながら言った。


天野勇二

……これは通報すべきだろうな。
宝石の数が多すぎる。
警察が熱心に捜査するとは思えないが、『盗難届』が出ている可能性がある。
そこから飼い主が探れるかもしれない。
もう通報したのか?

柊千紗

いえ、それは……。
まだなんです……。


 千紗は気まずそうに顔を伏せた。


 ただでさえ幸の薄い顔がさらに暗くなる。


 思いつめたように言葉を吐き出した。


柊千紗

通報すべきとは理解しているんですが、あまり大事にはしたくないんです……。
できれば飼い主様と連絡をとって、直接お話できればと思うんですが……。

天野勇二

なぜだ?
それは君にとっても面倒だろう。
警察にたくすのもひとつの手段だぜ。

柊千紗

はい……。
でも事情があって……。
こんなことを言うと、不安に感じると思うんですが……。



 千紗の顔がどんどん暗くなる。


 どんな事情があるのだろう。


 あまり踏み込むべき内容ではないかもしれない。


 天野がそう感じていると、千紗は意を決したように言った。



柊千紗

実は……。
私には前科ぜんかがあるんです。
今は3年の執行猶予中しっこうゆうよちゅうの身なんです。





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つばこ

【現在判明している三毛猫ちゃんの情報】
 
・もふもふで可愛い。
・「モリアーティ」「サチコ」という名前がある。
・チューブ状のおやつが大好き。
・日向ぼっこも大好き。
・宝石を誤飲している可能性あり。
 
本エピソードのヒロインこと柊千紗ちゃんが登場しました。
女優の「波○」さんをイメージしております。
イラストも素敵ですね!
波○さんのような透明感あふれる美人感が滲み出ています!
余談ですが、天クソキャラクターの造形はすべて芸能人をイメージしていますので「このキャラは誰がモデルなんだろう?」なんて考えると、より一層楽しめたりするかも!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 18件

  • バルサ

    ◯平で、笑ったよ(笑)(笑)(笑)
    どんな お話しになるんかな(^^)続き楽しみ!

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  • ユタ

    前島さん『私の部屋に来てくれないのに…なんで初対面の女の部屋には入るの…?』

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  • 背骨

    ○平かと思ったら○留の方ねw

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  • コロテール

    な、○平!?(゜゜;)\(--;)

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  • LAMP

    ということは、、、天野くんにもモチーフになってる芸能人がいるのか!!!

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