※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。






 都内にある私立大学。



 学生食堂の2階テラス席。



 ここは『天才クソ野郎』こと、天野勇二あまのゆうじ根城ねじろだ。



 一般学生は天野の恐ろしい噂を恐れ、テラスに近づこうともしない。



 やって来るのは天野の数少ない知人か、『学園の事件屋』を頼る『依頼人』ぐらいなのだが……。



天野勇二

お前……。
また来やがったのか。



 その日、テラスには『珍客』が訪れていた。


  最近、よく見かける顔だ。


 我が物顔で椅子を占領せんりょうしている。


 天野はタバコを取り出しながら言った。



天野勇二

学食に行けよ。
ここに来ても、腹が膨れるものは手に入らんぞ。



 占領者は無言で立ち上がると、大きく身体を伸ばした。


 しなやかで柔らかな体躯たいく


 軽やかに跳ね、テーブルの上に飛び乗る。


 ビー玉のように真ん丸な瞳で天野を見上げると、甘えた声で鳴いた。



三毛猫

……ナーオ。

天野勇二

テーブルに乗るな。
これはタバコだ。
お前のエサじゃない。

三毛猫

ウニャ。



 ちょこんとテーブルに座り、何かを期待するかのように天野を見上げている。


 あわい色合いの三毛猫ダイリュートキャリコだ。


 愛嬌あいきょうたっぷりの丸い顔。


 長めの被毛ひもうはシルクのようになめらか。


 重厚感たっぷりの「もふもふ」なルックス。


 『猫好き』であれば、一撃で魅了みりょうされてしまうこと間違いない。


 天野は舌打ちしながら言った。



天野勇二

『モリアーティ』よ。
邪魔だ。
テーブルから降りてくれ。

三毛猫

…………

天野勇二

無視をするんじゃない。
とにかく降りろ。
そこにいるとタバコの煙を浴びてしまうぞ。



 猫にとってもタバコの煙は害悪。


 受動喫煙により『悪性リンパ腫』のリスクが上昇してしまう。


 指先で「床に降りろ」と指示するが、三毛猫はまったく聞いてくれない。


 むしろ天野の指先を興味深そうに見つめている。


 遊んでもらえると思っているのだろうか。


 天野は苛立ちながらタバコを胸元に戻した。



天野勇二

くそっ……。
しつけのなってない猫め。
飼い主に文句を言ってやりたいぜ。
そもそも猫は室内で飼えよ……。



 この三毛猫がテラスに現れたのは最近のこと。


 『赤い首輪』をしているので、どこかで飼われてはいるのだろう。


 学生に恵んでもらった『エサ』がお気に召したのか。


 それとも人気のないテラスが「隠れ家に最適」と踏んだのか。


 なぜか学食付近で昼寝していることが多い。


 あまりに頻繁ひんぱんに顔を見かけるので、天野は適当に『モリアーティ』という名をつけていた。


 普段のモリアーティはテラスの隅っこで昼寝しているのだが、



天野勇二

……うん?
どうしたモリアーティ。


 その日は様子が違った。


 テーブルの上にお座りしたまま、真っ直ぐ天野を見上げている。


モリアーティ

……ニャーオ。


 顔を凝視ぎょうししながらひと鳴き。


 何かを催促するような声だ。


天野勇二

なんだよ。
俺様はエサなんかやらんぞ。

モリアーティ

ニャーオ。

天野勇二

お前と遊ぶ趣味もない。
勝手に昼寝してろ。

モリアーティ

…………


 モリアーティはなかなか動かない。


 黙って天野を見つめ続けている。


 やがてしびれを切らしたのか、ふいにテラスの床に舞い降りた。


 テーブルの下に潜り込む。


 『何か』を口に咥えると、再びテーブルに飛び乗ってきた。


天野勇二

……ああん?


 いぶかしげにモリアーティを睨みつける。


 どうやら『緑色の小さな物体』を咥えているようだ。


 それを天野の前に置くと、


モリアーティ

ナーオ。


 可愛らしい声でひと鳴き。


 またビー玉のような瞳で天野を見上げた。


天野勇二

おいおい……。
なんだよそれは……。


 天野は引きつった笑みを浮かべながら、モリアーティが差し出したものを見つめた。


 丸っこい緑色の物体だ。


 昆虫でも捕まえたのだろうか。


 つまりは「カメムシ」「カナブン」、もしくは「コガネムシ」あたりだろうか。


 ピクリとも動いていない。


 やけにテカテカしているようにも見える。


天野勇二

(まさかとは思うが……。俺様への貢ぎ物プレゼントじゃないだろうな)


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


 猫が飼い主などにお土産プレゼントを運んでくる理由は諸説しょせつあるが、そのひとつに『狩りができない人間のために恵んでいる』というものがある。


 もしかすると、モリアーティは天野のことを『狩りもできないグズ野郎』と認識しているのかもしれない。


天野勇二

生意気な猫め……。
俺様をナメてやがるな。
何の虫だ?


 舌打ちしながらハンカチを取り出す。


 頼むから「カメムシ」以外であってくれ。


 「カメムシの悪臭」がテラスに充満するのは避けたい。


 そんなことを考えていた天野の瞳が、大きく見開かれた。











天野勇二

……お、おい!
モリアーティ!
お前、なんでこんなものを!?



 それは昆虫ではなかった。


 燦然さんぜんと輝く緑色の宝石。


 大粒の『エメラルド』だ。



天野勇二

本物なのか?
しかもこれは……。


 瞳を細めて宝石を凝視ぎょうしする。


 ただの『エメラルド』ではない。


 宝石を丸い山形に整えて研磨けんました『カボションカット』ほどこされている。


 中央部分には乳白色にゅうはくしょく『光の帯』が一本。


 猫眼効果シャットヤンシーという『猫の瞳』のような輝きを放つ宝石だ。


 天野は何度も目元をこすり、じっとそのエメラルドを睨みつけた。



天野勇二

……間違いない。
『エメラルドキャッツアイ』だ。
これはかなりの稀少石きしょうせきのはず。
しかも大きいな。
本物であれば、相当な値打ちものだぞ……。


 猫眼効果シャットヤンシーを持つエメラルドは数少ない。


 直径の最大幅は1cmほど。


 重量は4カラットを超えるかもしれない。


天野勇二

(……いや、まさかな。本物のはずがない。どうせイミテーションだと思うが……)


 慎重に手に取り、太陽に透かしてみる。


 瑞々みずみずしいうるおいの濃いグリーン。


 陽の光を浴びて、幻想的ともいえる翠緑すいりょくの煌きが天野の顔にかかっている。


 含有物インクルージョンが多く不透明だが、色合いと光沢感は強い。


天野勇二

(よくできたイミテーションだ……。質感や輝きも宝石そのものじゃないか。『エメラルドではない別の宝石』なのだろうか?)


 唸りながら『エメラルド』を撫でる。


 冷たくひんやりとした感触。


 天然石のわかりやすい特徴のひとつに、『温度』というものがある。


 宝石や鉱石は熱伝導率が高いため、基本的に冷たく感じるのだ。


天野勇二

おいモリアーティ……。
どこから持ってきた?
というか、お前が持ってきたんだよな?

モリアーティ

…………


 当然ながらモリアーティの返事はない。


 ただ真っ直ぐ天野を見上げている。


 この三毛猫が宝石を咥えて運んできたのか。


 それとも、誰かがテラスで宝石を落としたのか。


 どちらの事実も信じ難い。


天野勇二

教えてくれよ。
どこかで盗んだのか。
ここに落ちていたのか。
どっちなんだ?

モリアーティ

…………

天野勇二

まずイミテーションだと思うが、本物である可能性も否定できない。
警察に届ける必要があるんだぞ。

モリアーティ

…………

天野勇二

俺は警察が苦手なんだ。
それに『猫が咥えていた』と言っても、まず信じてはもらえない。
窃盗せっとうでパクられるのは御免だぞ。

モリアーティ

…………

天野勇二

何か言えよ。
むしろ持ち主のところまで案内しろ。
このままでは『遺失物横領ネコババ』するしかないぜ。

モリアーティ

ニャア。


 嫌なタイミングでモリアーティが鳴いた。


 まるで「それでいい」と告げているかのようだ。


天野勇二

何という『泥棒猫』だ。
これは困ったことになったな……。


 天野はげんなりと肩を落とした。


 もし本物であれば『100万円以上』の値がつくだろう。


 さすがにネコババできない。


 天野はゆっくりモリアーティに手を伸ばした。


天野勇二

悪く思うな。
少しだけ、大人しくしていろ。


 やや怯えたようにモリアーティが背中を丸める。


 天野は素早く抱え上げ、首筋を掴んだ。


 モリアーティが嫌そうにジタバタ暴れ出す。


モリアーティ

ニャッ!

天野勇二

抵抗するな。
すぐ終わる。
首輪を調べるだけだ。


 首輪に『飼い主』の情報が記されているかもしれない。


 モリアーティを押さえつけながら首輪を調べるが、そんなものは見当たらない。


 ただの革製の首輪。


 しかし、裏側に何かが張り付いていた。


天野勇二

これはなんだ……?


 透明のラップに包まれたもの。


 小さく折りたたまれた『紙』だ。


モリアーティ

……ウニャッ!


 首輪からそれを剥ぎ取った瞬間。


 モリアーティが大きく暴れ、天野の腕から飛び出した。


 もふもふの被毛を逆立てながら着地。


 そのまま全速力で走り去った。


天野勇二

ふぅ……。
いったい、何の紙なんだ?


 白衣についた猫毛をはたく。


 タバコを取り出しながら、首輪に隠されていた『紙』を開いた。


 レシートサイズの小さな紙だ。


 そこには細かい文字がびっしり書かれていた。














三毛猫ちゃんの飼い主様



はじめまして。


私はよく猫ちゃんと遊んでいる者です。


実は最近、猫ちゃんが『宝石』を持ってくるようになりました。


きっと飼い主様のものではないかと思います。


全てお返ししますので、お手数ですが私の自宅までお越しいただけませんでしょうか。
















 天野はタバコの煙を吐き出しながらそれを見つめた。


 飼い主にあてた『手紙』だ。


 美しく細かい文字が並んでいる。


 筆跡ひっせきを見る限り、差出人は『女性』である可能性が高いだろう。


天野勇二

ほう……。
あの泥棒猫、俺様以外にも宝石を配っているのか。


 ため息を吐きながら『エメラルド』を眺める。


 これで『宝石は猫が咥えて持ってきた』という可能性が高まってしまった。


 きっと手紙の差出人も、天野と同じように困惑しているのだろう。


天野勇二

(どうするかな……。電話番号でも書いてあれば助かるのだが……)


 『手紙』の最後に『名前』と『住所』が書かれている。


 差出人の名前は『柊千紗ひいらぎちさ』。


 住所は大学の近くだ。


 歩いても数分ほどでたどり着けるだろう。


 天野はしばし思案すると、どこか楽しげな表情を浮かべた。


天野勇二

まぁ、午後の実習なんて後回しでもいいか。
モリアーティがどんな迷惑をかけているのか。
なかなか興味深いな。


 ハンカチで『エメラルド』を包み。


 悪い笑みを浮かべながら立ち上がる。


 この時の天野が考えていたのは、「モリアーティがどんな宝石を盗み出しているのか」という好奇心だけ。


 すでにひとつの『事件』に巻き込まれているなんて、想像もしていなかったのだ。





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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
【お詫びと訂正】
 
前話の作コメにて「次回登場のゲストキャラはとびきりセクシー!なんと『全裸』で登場!」みたいなことを書きましたが、あれは事実と異なる内容でした。
よく見るとモリアーティは『赤い首輪』をしてますね。
個人的には「首輪をしていても『全裸』という認識で間違っていない」と思いますが、今はちょっとした失言が許されない世の中です。
『首輪をしていたら全裸とは認めない派』の方々には深くお詫び申し上げます。
 
まぁそんな茶番は置いといて!
猫が運んできた宝石からどんな事件が発生するのかな!?
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 22件

  • たいちょう

    あの天野君が猫に真剣に話しかけてる…しかもネコババとか(笑)

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  • バルサ

    作者コメ、笑った!確かに全裸だね(^^;
    久々に読んで、猫と戯れる天野くん良かった!おまけに、猫さん可愛い

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  • ユタ

    言い争いをして天野に勝った生物ってこの猫が初めてなのでは…??

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  • ヽ(・∀・)ノ

    指輪はめてても全裸ですよね。
    ネックレスがあっても全裸です。
    だから、首輪があっても全裸でOK!!

    猫大好きだから嬉しい!!!

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  • yk

    ネコだけにネコババはわろた

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