天野はひとつ舌打ちすると、床に転がっていた『バール』を手にとった。



 長さ40cmの鉄製の釘抜き。



 人体なんて軽くえぐってしまえる凶器。



 命だって簡単に奪えてしまう。



 それを握りながら、涼太と胡桃を睨みつけた。



天野勇二

お前たち……。
こんなところで何をしているんだ?
詳しく聞かせてもらおうか。



 燃えるような双眸そうぼうが涼太を睨みつける。


 全身から放たれる殺気。


 張り詰める空気。


 天野の殺気が店内に充満し、酸素さんそを奪っているかのようだ。



佐伯涼太

(こ、殺される……!)



 涼太は真っ先にそう思った。


 手足の震えが止まらない。


 奥歯が「ガチガチ」と鳴っている。


 それでいて、身体は金縛かなしばりにあったように動かない。


 『死』という文字が脳内を駆け回る。


 失禁しっきんしてしまうのではないか」と思うほどの恐怖が、涼太の全身を包んでいた。



天野胡桃

ちい兄ちゃん……。
どうして、ここに……?



 胡桃がかぼそい声で呟いた。


 天野はバールを肩で担ぐと、眉根まゆねを寄せながら店内を眺めた。


天野勇二

……いや、質問は後だな。
騒ぎになりそうだ。
店を出るぞ。


 涼太はその言葉でわれに返った。


 不審者が『バール』を持って暴れ回り、それを別の不審者が瞬殺しゅんさつしたのだ。


 客も店員も涼太たちに注目している。


 きっと通報もしているだろう。


 涼太は原田を指さしながら言った。


佐伯涼太

そ、そうだね。
逃げよう。
この人はどうするの?
息してるかな?

天野勇二

捨てておけ。
手加減はしてやった。
死ぬことはないだろう。


 天野はレジに向かった。


 おびえている店員に万札の束を手渡している。


 涼太は念のため、原田の状況を確かめた。


 失神しっしんしているが息はある。


 鼻骨びこつが折れ、鼻血がき出ているので手当ては必要だろう。


 しかし、ふざけた理由で襲いかかってきた相手だ。


佐伯涼太

まぁ、このままでもいいや……。
胡桃ちゃん、僕たちも行こう。


 声をかけるが、胡桃の反応はかんばしくない。


 うつろな瞳で天野を見つめている。


 涼太の声なんか耳に届いていない。


 涼太は「ああもう!」と叫びながら胡桃の腕を掴んだ。


佐伯涼太

ぼさっとしないで!
逃げるよ!


 天野はすでに喫茶店を飛び出している。


 涼太は胡桃を引っ張り、その背中を追いかけた。


 普段と変わらない神保町じんぼうちょうの街並みを駆け抜ける。


 靖国通やすくにどおりを抜けて北へ。


 天野は錦華公園きんかこうえんに到着すると、その足を止めた。



天野勇二

……この辺りでいいだろう。
まずはお前たち。
そこに座れ。



 手短なベンチを指さしている。


 もう涼太と胡桃に抵抗する意思はない。


 大人しくベンチに座った。



天野勇二

改めて尋ねよう。
お前たち、あんなところで何をしていた?
詳しく説明してくれ。



 涼太は生唾なまつばを飲み込みながら、『チャラ色の脳細胞』をフル回転させていた。


 なんと答えるべきか。


 どのように説明するべきか。


 天野が「何をしていた?」と尋ねるということは、『胡桃と2人きりで会っていたこと』とがめているのかもしれない。


 うまく言い逃れすれば『JK散歩』のことは隠せる。


 そう信じて口を開いた。



佐伯涼太

えっとぉ……。
どうしたのよ?
何か誤解してる?
まさか僕と胡桃ちゃんが『デート』してたとか思ってるの?

そんなワケないじゃん。
たまたま神保町でバッタリ会ったんだよ。
そうだよね胡桃ちゃん?
『古本』でも買いに来たんだっけ?



 ヘラヘラ笑いながら胡桃を見る。


 お願いだから話を合わせてくれ。


 そうアイコンタクトを飛ばすが、胡桃は青ざめてうつむいたまま。


 涼太はおろか、天野の顔も見ていない。


 天野はその反応を眺めながら言った。



天野勇二

ふぅん。
神保町ねぇ……。
俺はてっきり秋葉原アキバで会ったのかと思ったぜ。



 涼太の背筋せすじが凍った。



天野勇二

しかも、結構な騒動そうどうを起こしたらしいな。
寺嶋てらしま組に喧嘩を売り、粉末消火器をぶっ放し、『JK散歩』の娘を拉致らちして逃亡。

アキバは通りを封鎖ふうさするほどの騒ぎになっている。
俺も先ほど見てきたが、パトカーやマスコミの中継車が中央通りを埋め尽くしていたぜ。


 胡桃が驚いて顔を上げた。


 もう顔面は蒼白そうはく


 思考は完全停止していることだろう。


 天野はひとつ舌打ちすると、鋭い表情で涼太を睨みつけた。


天野勇二

いいか涼太。
ちゃんと説明してくれ。
くだらねぇ嘘は聞きたくない。

もうひとつ言っておくが、すでに富樫と琴乃は確保かくほした。
おおよその事情は吐かせているぜ。


 涼太の瞳が大きく見開かれた。


 震える声をあげる。


佐伯涼太

そ、それってマジ!?
なんで知ってるのよ!?
ナイショにしてたはずなのに!

じゃあさっき、勇二が喫茶店に現れたのは……!
富樫くんから居場所を聞き出したってこと!?

天野勇二

まぁ、そんなところだ。
下手ヘタを踏みやがって。
寺嶋組と揉めれば『厄介なことになる』と言ったのによ。


 涼太は青ざめながら天野を見上げた。


 なんという『地獄耳』の持ち主だ。


 いったいどこから情報がれたのだろう。


佐伯涼太

ご、ごめんよ……。
それはマジでごめん……。
完全にやらかしちゃってさ……。
それじゃ、胡桃ちゃんのことも聞いたの……?

天野勇二

ああ、聞かせてもらった。
初めは何かの『ドッキリ』かと思ったぜ。


 天野は冷めた表情で言った。


 瞳の奥に静かな殺気がゆらめいている。


 死の恐怖を届ける輝き。


 涼太は「この現実から逃亡できるなら死んだほうがマシ」とまで思った。


 しかし、逃げることはできない。


 このクソ野郎は天国まで追いかけてくる。


 涼太は土下座して叫んだ。



佐伯涼太

ご、ご、ごめんよぉ!
内緒にしててごめんよ!



 あれだけ天野の耳に入れないよう努力したのに。


 『因果律いんがりつの崩壊』を回避することができなかった。


 それも最悪のシチュエーションで告げなければならない。


 涼太は涙目で言葉を続けた。



佐伯涼太

お願いだよ!
勇二に隠してたことは謝る!
だから、胡桃ちゃんのことは怒らないで!

僕のことはいい!
ここで殺されてもいい!
きっと何か事情があると思うんだ!

お願いだから胡桃ちゃんを許してあげてよ!



 胡桃が困惑したように涼太を見る。


 天野は舌打ちしながら言った。


天野勇二

落ち着けよ。
まず事情を説明しろ。
大体の状況は把握はあくできたと思うが、お前から直接聞かせてほしい。
さすがに信じがたい内容だからな。

佐伯涼太

そ、そうだよね……。
わかったよ……。


 涼太は何度も生唾なまつばを飲みこんだ。


 目元をぬぐいながら言葉を吐き出す。


佐伯涼太

ま、まず、僕はコトちゃんの依頼を受けて、アキバに行ったんだ。
そこで胡桃ちゃんを見つけたんだよ……。

もうマジで驚いた。
これを勇二に知らせたら最悪の事態が発生する。
もうとんでもないことになる。
そう思って、僕たちは独自に動いていたんだ……。


 天野は頷きながら尋ねた。


天野勇二

なぜ俺に知らせたら『とんでもないこと』になると思った?
それはどういう意味だ?

佐伯涼太

は、はぁ?
いやぁ……。
言わなくてもわかるでしょ?
因果律いんがりつの崩壊だよ。
勇二がアキバを進撃しちゃうからだよ。

天野勇二

因果律?
進撃だと?
何を言っているのか理解できんな……。

まぁいい。
そうなると、胡桃は本当に『JK散歩』をしていたんだな?


 涼太は震えながら天野を見上げた。


 もう隠しきれない。


 正直に告げるしかない。


 涼太は小さく頷いた。


佐伯涼太

うん……。
マジのマジだよ。
胡桃ちゃんは、『JK散歩』をしていたんだ……。

天野勇二

……そうか。



 天野は小さく息を吐いた。


 黙って胡桃を眺める。


 怒っているような、悲しむような、それでいてあわれむような。


 複雑な感情が入り混じった表情を浮かべている。


 涼太は天野の足にしがみついて叫んだ。



佐伯涼太

ちょっと待って!
落ち着いて!
冷静になって!
何か事情があるんだよ!
お願いだから早まったマネはしないで!

僕のことはいくらでも殴っていいから!
それで落ち着くなら好きにしていいからさぁ!

天野勇二

うるせぇな。
俺様は冷静だ。
お前が落ち着けよ。

佐伯涼太

僕も落ち着いてるよ!
ただ『死の恐怖』に怯えてるだけだ!

ここで勇二を止めないと、秋葉原に『血の雨』が降る!
世界が崩壊する!

僕は勇二に『史上最悪の犯罪者』になってほしくないんだよぉ!

天野勇二

おい涼太……。
お前、さっきから何を言ってるんだ……。


 嫌そうに涼太を見下ろす。


 天野は心底呆れたように言った。


天野勇二

富樫と琴乃に話を聞いた時にも思ったが……。
お前たちは何を怯えているんだ?

俺様をなんだと思ってやがる。
あまり甘く見るな。
胡桃が『JK散歩』をしていたぐらいで、我を失ったりすることはない。
とにかく落ち着け。


 涼太はブンブン首を横に振った。


佐伯涼太

それは嘘だ!
僕にはわかるよ!
今の勇二は感情のリミッターが吹き飛んでる!
お願いだから法に触れることはしないで!
人とか殺さないでぇ!

天野勇二

しつこいな……。
もう離れろ。
離れろと言っているんだ。


 まとわりつく涼太を強引に振り払う。


 天野は大きく息を吐いた。


天野勇二

色々と気を使わせたな。
感謝している。
だが、ここからは『家族』の問題だ。


 胡桃に向き直る。


 胡桃は黙って顔を伏せたまま。


 天野は静かな声で語りかけた。


天野勇二

胡桃よ。
さすがに俺も驚いた。
だが、別に怒っているワケじゃない。
なぜ『JK散歩』をしていたのか。
理由を聞かせてくれないか?



 地面にしゃがみこみ、胡桃と目線を合わせる。


 胡桃は怒ったように視線をらした。


 あらゆるものを拒絶するようなこわばった表情。


 胡桃はぽつりと呟いた。



天野胡桃

……なにそれ。
そんなの、どうだっていいじゃん……。



 瞳から涙がこぼれ落ちる。


 何度も息を吸って、吐いて。


 振り絞るように言葉を吐き出した。



天野胡桃

私のことなんか、本当はどうでもいいくせに……。
ずっと嘘を吐いてたのに……。
どうして、そんなこと言うの……?

天野勇二

……うん?


 天野が眉をひそめながら胡桃を見る。


天野勇二

……どうした?
しばらく連絡していなかったことを怒っているのか?
それは謝る。
だがな、俺はいつだって胡桃のことを大切に……

天野胡桃

やめてよ!
もうそんなの聞きたくないの!



 胡桃が真っ赤な顔で怒鳴った。


 驚く天野を睨みつけて。


 大粒の涙をこぼしながら立ち上がった。



天野胡桃

ちい兄ちゃんに話すことなんて何もないよ!
理由も説明したくない!
もう私に構わないで!

どうせちい兄ちゃんは、私のことなんかどうでもいいんでしょ!?
ちい兄ちゃんなんか大嫌い!
死んじゃえばいいんだ!



 公園にとどろく大声。


 胡桃はそのまま泣きながら走り去った。


 涼太は呆然とその光景を見つめていた。


 胡桃があれほどの『怒り』を叩きつけるなんて。


 しかも、天野はなぜか動こうとしない。


 黙って胡桃の背中を見つめている。



佐伯涼太

……勇二?
大丈夫?
息してる?



 おずおずと尋ねた。


 胡桃に拒絶されたショックで心臓が止まったのかもしれない。


 そんな不安を抱いていたが、天野は思ったより冷静にたたずんでいた。



佐伯涼太

息はしてるね……。
いいの?
胡桃ちゃんを追いかけなくて。

天野勇二

ああ……。


 天野は軽く息を吐いた。


 寂しげに胡桃の背中を見つめている。


天野勇二

今の胡桃に何を言っても無駄だろう。
どうせ家には帰るはずだ。
一旦、落ち着かせた後に話すよ。

佐伯涼太

そっか……。
まぁ勇二がそう言うなら、大丈夫なのかな……。


 不安気に天野を見上げる。


 本当に大丈夫だろうか。


 最愛の妹が『JK散歩』。


 おまけに全力で拒絶。


 進撃のシスコン番長ならばグレて暴れ回ったり、絶命ぜつめいしたりしてもおかしくない。


 涼太がなんと励まそうか悩んでいると、


天野勇二

胡桃のことも気になるが……。
もうひとつ、気になることがある。

佐伯涼太

えっ?
ど、どうしたの?
何かあったの?

天野勇二

ああ、お前に尋ねたいんだ。

佐伯涼太

ふぇ?
僕に?
これ以上なにを訊きたいの?



 涼太が小首を傾げた瞬間。


 天野は一瞬で『鬼の形相ぎょうそうを浮かべた。


 全身からほとばしる殺気。


 涼太の胸ぐらを掴み上げた。



天野勇二

おい涼太……。
お前、胡桃とアキバを『お散歩』したらしいな。
しかも、手をつないだり、腕を組んだりしたそうじゃねぇか。
それは真実なのか?




 涼太は声にならない悲鳴をあげた。



天野勇二

お前の女癖おんなぐせの悪さは知っている。
俺様は何度も言ったはずだ。
女のことに関しては、お前を一切信用していないと。
まさかとは思うが……。


胡桃に手を出すつもりだったんじゃねぇだろうな!?



 涼太は金魚のように口をパクパクさせていた。


 もう『チャラ色の脳細胞』は完全停止。


 喉奥から必死に言葉を絞り出す。



佐伯涼太

ま、待ってぇ……!
違うんだよ!
誤解だ!
手を出したりしないってば!

天野勇二

黙りやがれ!
ならばなぜ、俺様に隠していた!?
なぜ隠れて『お散歩』していたんだ!?
やましい感情があるからじゃねぇのか!?

佐伯涼太

はぁぁぁ!?
なにそれぇ!?
ぜんぜん違うっての!



 泣きながら弁明を飛ばす。


 しかし天野の耳には届かない。


 完全に我を忘れ、怒り狂っている。


 胡桃の『非行』『拒絶』が、天野のリミッターを破壊してしまったのだ。



天野勇二

このクソゴミクズパコ野郎め……!
胡桃に手を出したら、例えお前でも殺してやるぞ!

……いや、もう面倒だ!
ここで制裁してやる!
くたばりやがれ!



 どこまでも理不尽りふじんな暴力が襲いかかる。


 神保町の公園に、哀れなチャラ男の泣き声が響き渡っていた。





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つばこ

今回の天野くんはちょっとばかりドイヒーでしたね。
あまりに理不尽かつ非道。
さすがに涼太くんが可哀想。
しかし残念ですが、胡桃ちゃんが絡んだ天野くんは元々こんなものです(´∀`*)ウフフ
 
そしてひとつお詫びがあります!
前話の作コメで「天クソ連載5周年」と書きましたが、あれは私の勘違いでした!
来週が連載5周年です!
正確には4/23でcomicoノベルが丸5年を迎えます!
本当にすみません!
つばこ先走っちゃった!
なんか色々とお得なイベントが始まるらしいので、4/23はぜひともcomicoノベルを開いてみてください!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 27件

  • オルタ

    本気でキレてる時ってかなり冷静だって聞くしなぁ…天野くんもそういう精神状態だったのかな?

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    涼太可哀想だけどこれでこそ涼太でもある…←

    天野君が意外と冷静なのは驚いたな。
    どうやって分かったんだ…

    てか、マスコミまで騒ぐって流石に早過ぎね?

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  • 神楽

    やっぱり胡桃ちゃんの事は最初から正直に天野くんに全部言っといた方が良かったね。

    天野くんが胡桃ちゃんの言葉に対して冷静でいられたって事は胡桃ちゃんがJK散歩をする理由を大体察してるって事なのかな?

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  • いち

    たまたま聞こえた話で「自分だけ血が繋がってない」ってくるみちゃん、絶賛勘違い中とか?

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  • バカ野郎

    崩壊したのは因果律でなく天野の中のリミッターと涼太か…

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