涼太が『相棒』である天野勇二あまのゆうじと友達になったのは、小学1年生の時。



 どのように出会い、どのように仲良くなったのか。



 さすがに記憶は曖昧あいまいだが、少なくとも当時から互いの家を行き来するような間柄だった。



 その時、胡桃くるみは歩くのがやっとの幼子。



 天野は家族の誰よりも胡桃を可愛がり、邪険じゃけんにする人間を許さなかった。



 そのため涼太も、胡桃との関係も良好にしようと努めた。



 一緒に『おままごと』をして遊んだこともあった。



 だからこそ、胡桃は涼太にとって『姪っ子』のような存在なのだ。







佐伯涼太

(それがまさか……。こんなに『たくましい女の子』に成長しちゃってたなんて……ッ!)



 秋葉原あきはばらの中央通り。


 涼太は胡桃たちと『お散歩』しながら、泣いていた。


 もうあらゆる思考はストップ。


 チャラ色の脳細胞』「本日の営業は終了しました」と告げている。



白石雪乃

あ、あの……。
どうしたんですか?
具合でも悪いんですか……?



 隣では雪乃ゆきのが不安気に尋ねている。


 その声に答える余裕もない。


 ただ黙って泣くばかり。


 胡桃は涼太が黙り込んでしまったので、せめてこの場を盛り上げなければ、と考えたのだろう。


 懸命に琴乃へ話を振っている。


天野胡桃

え、えっとぉ……。
やっぱり、雪乃センパイのお姉さんは美人ですねぇ。
すごくお顔が小さいですし、モデルさんみたいです。

白石琴乃

あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。
でもあなただって素敵よ。
『カレシ』とかいるの?

佐伯涼太

………!!



 泣いていた涼太の耳が大きく広がった。


 これは重要な質問だ。


 返答次第では『血の雨』が降る。


 胡桃は照れ臭そうに言った。



天野胡桃

そんなのいませんよ。
できたこともありません。

白石琴乃

もったいないわね。
あなたなら『カレシ』の1人や2人、すぐできそうなのに。
雪乃とは同じ高校に通ってるの?

天野胡桃

はい!
雪乃センパイとは委員会が一緒なんです。
いつもお世話になってるんですよ。

白石琴乃

そうなの。
この仕事はいつからやってるのかしら。

天野胡桃

えっとぉ……。
まだ始めたばかりなんです。
だから慣れてなくて……。


 胡桃が「てへへ」と微笑む。


 琴乃はその顔を見て、「確かに天才クソ野郎の妹かもしれない」と感じていた。


 とてもじゃないが、不慣れな様子には見えない。


 少なくとも雪乃より手慣れている。


 一見では無邪気な娘にしか見えないが、身体には兄と同じ『クソ野郎な血液』が流れているのかもしれない。


 いや、絶対に流れている、と感じた。


天野胡桃

あの、お姉さん。
どこかのお店に入りませんか?
お兄さん、なんだかお疲れみたいだし……。

白石琴乃

そうね……。
それがいいわ。
お茶しましょう。
こんな気持ち悪くてハレンチなポスターと看板が並んでいる男臭くてブサイクな人種だらけの街を歩いても、何ひとつ楽しくないもの。



 ちょうど目の前に『ミスタードーナツ』があったので、そこでお茶することにした。


 この間、涼太は泣きながらうつむいているだけ。


 琴乃は「使えないチャラ男だな」軽蔑けいべつしていた。



白石琴乃

さてと……。
いいかしらあなたたち。


 琴乃はドーナツを食べながら、妹たちに説教することにした。


 本来であれば様々な『作戦』があった。


 しかし、涼太が使えない状況なので、全てをすっ飛ばすしかなかった。


白石琴乃

『JK散歩』なんて危険よ。
アキバを歩いてるキモオタに誘われるなんて、私には耐えられない。
今すぐにバイトをやめなさい。


 雪乃は不満気に口をとがらせた。


白石雪乃

お姉ちゃんはそればっかり。
そんなに危険じゃないのに。
誤解してるよ。

白石琴乃

何が誤解よ。
ほとんどの男たちが『散歩』以上の行為を求めてくるんでしょ?
変なことされたらどうするの?

白石雪乃

私は変なことをさせない。
それにされても大丈夫なんだから。

白石琴乃

大丈夫なワケないでしょ。
無理やり襲われたらどうするのよ?

白石雪乃

そうならないように、ちゃんとルールが決まってる。
『防犯ブザー』とか持ってるし、何かあればすぐ警察に行くよ。
『上の人』だっているんだし……。

白石琴乃

それよ。
その『上の人』ってのが問題なの。


 琴乃は良識ある姉として、全力で妹を叱った。


白石琴乃

あなたがしていることは、極めて違法な『水商売』なの。
水商売を仕切っているのは『裏稼業』の人間たち。
つまりね、反社はんしゃである極道ヤクザ『半グレ』なのよ。
そんな連中と関わりを持つなんて恥を知りなさい。

白石雪乃

お姉ちゃんってば……。
本当に何も知らないんだから。
今はね、そんな危ない人ばっかりじゃないの。
オーナーさんが女性だったりもするんだよ。

白石琴乃

女性だけでやれるワケないでしょ?
何かあったらどうするのよ。
世の中には何事も『ケツ持ち』ってのが存在するんだから。


 雪乃は真っ向から反論した。


白石雪乃

だって実際にあるんだし。
お姉ちゃんは考え方が古いんだよ。

私たちがやってるのは『キャバクラ』でもないし、『売春』してるんでもない。
『風俗』『リフレ』でもないの。
ただ散歩してお金貰うだけ。
それの何が悪いの?

『メイド喫茶』
に行けば女子高生が働いてるんだよ。
私がダメならみんなダメじゃん。
どうして私だけが怒られなくちゃいけないの?

白石琴乃

あなたはまだ子供なの。
子供が自分からけがらわしい男の『性のはけ口』になるなんてフツーじゃない。
それを理解できないのは、あなたが子供だからよ。

白石雪乃

何よ『はけ口』って。
意味わかんない。
頭おかしいんじゃない。

白石琴乃

頭がおかしいのは雪乃のほうでしょ!?
ちゃんと私の話を聞きなさいよ!



 姉妹の言い争いは徐々じょじょに険悪なものとなり、終わりが見えなくなっていた。


 涼太はうつむきながらその会話を聞いている。


 もし参戦できれば、案外軽く説き伏せられるかもしれない。


 本来の涼太はそれぐらいの会話術を持っている。


 口先で丸め込むのは得意だ。



佐伯涼太

(だけどなぁ……。目の前には、胡桃ちゃんがいるからなぁ……)


 しかし、すぐそばに胡桃がいる。


 しかも真正面に座っている。


 姉妹喧嘩が始まってしまったので、退屈と気まずさを覚えているのだろう。


 じっと涼太を見つめている。


 そして、おもむろに尋ねた。


天野胡桃

……あのぉ、お兄さん。
お隣に座ってもいいですか?

佐伯涼太

……えっ?
べ、べつに、そこでもよくない……?


 今は4人がけのテーブルについている。


 涼太と琴乃が隣同士。


 正面に胡桃と雪乃だ。


天野胡桃

いいじゃないですか。
……えい、移動しちゃおっと。


 運が悪いことに、涼太が座っているのはシート席だった。


 胡桃は無理やり隣に移動すると、涼太の腕を抱き込むように座った。


天野胡桃

えへへ……。
なんだか照れちゃいますね。


 胡桃が照れ臭そうにはにかむ。


 涼太は必死に顔をらした。


 心が絶叫をあげている。



佐伯涼太

(あああぁぁぁ……! これは大変だよぉ! 思ったより『膨らみ』がボリューミーじゃんかぁ……!)



 生きた心地がしなかった。


 自らの右腕に、胡桃の柔らかいものが当たっているのだ。


 「ムニュ」っとしているのだ。



佐伯涼太

(これは恐らくCカップ……。16歳でCカップ……。まだカラダは発展途上で将来にも期待……ってそうじゃないよ!



 ブルブルと首を横に振る。


 雑念を時空の彼方まで吹き飛ばす。



佐伯涼太

(こんなことが、勇二にバレたら……! こ、こ、こここ殺されるよぉ……!)



 美少女JKが密着しているのに。


 胸が「ムニュ」っとしているのに。


 涼太の脳内を駆けめぐっているのは『死の恐怖』だけ。


 もしこんな密着を天野が知れば、






天野勇二

クックックッ……。
涼太よ、教えてくれ。
どっちの腕が胡桃に触れたんだ?
肩から斬り落としてやろう。






 なんて言葉を吐きながら、チェンソーを全力で振り回すだろう。


 冗談ではなく本当にやりかねない。


 だからこそ怖い。



天野胡桃

……どうしたんですか?
お兄さん、汗が凄いですよ。


 涼太の苦悩なんて知らず、胡桃は可憐かれんに微笑んでいる。


 おまけに涼太の耳たぶを掴み、


天野胡桃

ぷにぷにぃ。


 と遊び始めた。


 これがただのキモオタならゲスな笑顔を浮かべて「お小遣いあげちゃうおw」と言い出す場面だが、涼太にそんな余裕はない。


佐伯涼太

ボ、ボク……。
おトイレ……。


 すぐさま立ち上がり、胡桃の手を振り払った。


 胡桃がスネたように呟く。


天野胡桃

えぇー?
我慢できないんですか?

佐伯涼太

ちょ、ちょっとね……。
ごめんお……。


 汗を拭いながら答えると、胡桃は少し困ったように言った。


天野胡桃

あの……。
もうちょっとだけ、我慢してくれませんか……?


 涼太の腕を引っ張り、耳元でささやく。


天野胡桃

実は、あんまり会いたくない人が来てるんです。
もう少しだけでいいので、仲の良いフリをしてくれませんか?

佐伯涼太

あ、会いたく、ない人……?

天野胡桃

はい……。
今、レジにいる人です。


 涼太は分厚いメガネの奥からレジを眺めた。


 そこにはでっぷりと太ったキモオタが立っていた。


 額は広く、頭頂部の毛は薄い。


 涼太と同じような『おダサいファッション』に身を包んでいる。


天野胡桃

ダメです。
そんなに見たら絡まれます。


 胡桃の声を聞き、涼太は慌てて『ポンデリング』を手に取った。


 目の前まで持ち上げて、ドーナツの穴からキモオタを眺める。


佐伯涼太

あの人……。
知り合いなの?

天野胡桃

そうなんです。
私が『お散歩』すると必ず現れるんですよ。
それでいつも話しかけてきて、お散歩に割り込んでくるんです。

佐伯涼太

それって……。
『ストーカー』みたいな……?

天野胡桃

そんな感じの人です。
アキバでしか会わないんですけど。


 涼太は大きく息を吐いた。


 キモオタを注意深く睨みつける。


 確かに時折、チラチラと下品な笑みを浮かべながら胡桃を盗み見ている。


 本人は気づいていないフリをしているつもりだ。


佐伯涼太

(ふぅん……。なるほどねぇ。いかにもアキバのテンプレに沿った人だね)


 キモオタはレジでドーナツを受け取ると、トレイを持って店内を歩き始めた。


 その視線が胡桃に移る。


薄らハゲのキモオタ

……あっれぇー?
そこにいるのは胡桃氏くるみしじゃないかぁ。


 キモオタはニヤニヤしながら近づいてきた。


天野胡桃

こんにちは。
原田はらださんはお休みですか?

原田さん

そうなんだよ。
ちょっと小腹が空いてさぁ。
こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。
もしかして運命?
なんてねぇ……。

グエフェッヘッヘッ……。


 原田と呼ばれた男がニタニタと微笑む。


 先ほどまで胡桃が座っていた席に腰かけた。


原田さん

せっかくだからさぁ、ボクもご一緒していいかな?

いいよね?
いいとも!
なんちゃって。

ゲェフェフェッ……。


 突然の乱入者を見て、琴乃も雪乃も顔を歪めた。


天野胡桃

あの原田さん……。
今はお散歩中なんです。
遠慮してもらえませんか?

原田さん

えぇー?
いいじゃんかぁ。
ボクがいてもいいでしょぉ?
別にボカァは邪魔しないからさぁ。
むしろ盛り上げちゃおうか?
お散歩が楽しくなるねぇ!

天野胡桃

いや、原田さんにそんなことさせられません。
だから、また今度にしましょう。

空気の読めない原田さん

つれないこと言っちゃ、めっ!
『めっ!』だよ胡桃氏!

……あっ、よかったらドーナツ食べてよぉ。
胡桃氏の分もあるからねぇ。


 テーブルにカラフルなドーナツを広げる。


 涼太は激しく困惑していた。


 こんなキモオタ、退治して追い払うのは容易たやすいことだ。


 しかし、声を荒らげれば胡桃に正体がバレてしまう。


 仕方なく琴乃にささやいた。


佐伯涼太

コトちゃん……。
僕は大声を出せない。
自慢の鉄拳てっけんで追い払ってよ。


 琴乃は舌打ちしながら頷いた。


白石琴乃

今日は鉄拳じゃないけど……。
まぁ、任せてちょうだい。


 ひとつ軽く咳払い。


 「ギロリ」と原田を睨みつける。


白石琴乃

ちょっとあなた。
今は私がこの娘たちの時間を買ってるの。
割り込みたいなら、あなたが私にお金を払いなさいよ。


 原田はとぼけた表情で答えた。


原田さん

なんでぇ?
ボクはたまたま、ここに来ただけだよ。
割り込むつもりなんかないけど。

白石琴乃

それじゃ目の前から消えてちょうだい。
他にも椅子があるでしょ?
あっちのテーブルに移りなさいよ。

原田さん

えぇー?
ケチだねぇ。
そんな冷たいこと言うと、胡桃氏に嫌われるよぉ。


 原田はドーナツをむしゃむしゃ頬張ると、どこか呆れたように琴乃を眺めた。


失礼にもほどがある原田さん

ていうかさぁ……。
おたくはいったい誰なの?
ボクと胡桃氏の仲を引き裂こうとするなんて失礼だよねぇ。

ボクは別にキミと話すつもりはないんだ。
キミみたいな中古品のブサイクなババアとはね。
キミが消えればいいんじゃないかなぁ?

白石琴乃

は、はぁ……!?
なんですってぇ……!


 琴乃はこの発言で完全にキレた。


 拳を握って立ち上がる。


 しかし、先に動いたのは、妹のほうだった。











原田さん

ひでぶっ!?



 店内に「パチン!」という破裂音はれつおんが響き渡った。


 雪乃が原田の頬に、強烈な平手打ちビンタを叩きつけたのだ。


原田さん

……はぇ?
い、痛いよ雪乃氏ゆきのし……。
いきなり何するの?
パパにもぶたれたことないのに……。


 原田が状況を掴めず呟く。


 雪乃は般若はんにゃのような表情を浮かべている。


白石雪乃

あなた……。
今、なんて言ったの?
この人は、私のお姉ちゃんなのよ?

原田さん

ふぇぇ?
雪乃氏の、お姉ちゃん?
それがどうしたの?

白石雪乃

それがどうしたですってぇ……!?


 雪のように白い頬を紅潮こうちょうさせて、雪乃は大声で怒鳴った。



白石雪乃

私のお姉ちゃんをバカにしないで!
お姉ちゃんは『中古品』でも『ブス』でも『ババア』でもないんだから!

消えなさいよブタ野郎!
次に変なこと言ったら、その汚い口にドーナツ突っ込んで窒息死ちっそくしさせてやるから!



 すさまじい剣幕けんまくの怒鳴り声。


 原田が怯えて尻もちをつく。


涙目の原田さん

ひ、ひぃぃぃ!
ご、ご、ごめんなさい……!


 怒った雪乃は怖かった。


 それはそれは怖かった。


 原田は口から食べかけのドーナツを吐き出すと、たちまち逃げ出して行った。



白石雪乃

消えろ!
このハゲデブ!
二度と顔見せないで!



 雪乃が原田の背中に罵声ばせいを投げつける。


 原田の姿が見えなくなると、雪乃はようやく我に返った。


白石雪乃

………あっ。
わ、私ってば……。
なんて汚い言葉を……!


 オロオロと青ざめている。


 琴乃はすっくと立ち上がると、その肩を「ガシッ」と抱きしめた。


白石琴乃

雪乃……!
あんたってばやるじゃない!
さすが私の妹ね!

白石雪乃

お、お姉ちゃん!
ひっく……。
ひっぐぅ……!
怖かったよぉ……!

白石琴乃

うんうん!
そうよね!
恐怖に耐えてよく頑張った!
感動したわ!
あなたは世界で一番素敵な妹よ!



 2人の美人姉妹が涙目で抱きあっている。


 涼太は呆れながらその光景を眺めていた。




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25,256

つばこ

雪乃「お姉ちゃんと散歩とかタルいなぁ…(イライラ」
涼太「クスンクスン…」
雪乃「なんでこのキモオタは泣いてんだよ…(イライライラ」
琴乃「恥を知りなさい」
雪乃「ほんまお姉ちゃんムカつくわぁ…(イライライライラ」
原田さん「グエフェッヘッヘッ…」
雪乃「なんやこのキモオタムカつくわぁ…(イライライライライラ」
原田さん「中古のブスのババア」
雪乃「プッチーーーーーーン!」
 
こんな感じの流れで雪乃ちゃんブチギレちゃいました。
でも『ビンタ』で許してあげたのですから、まだ優しいですよね。
だってミスドにいたんですよ。
お替り自由で美味しい熱々「カフェオレ」をぶっかけたり、「ハニーチュロ」で目を潰したり、「ゴールデンチョコレート」の固い砂糖で皮膚をこそぎ落としたりしなかっただけマシですよね!
 
そんなこんでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 32件

  • たいちょう

    つばこさん、涼太君のお墓はどこですか?

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  • 藤雪

    本名でやってるって怖いな…

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  • ちょぱ

    ひでぶっに全部持ってかれた笑

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  • らむね

    原田さんの名前がちょくちょく変わってる笑笑

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  • ユウリ

    ひでぶっ!

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