佐伯涼太

く、胡桃ちゃんだぁ……!
やばいよぉ……!
これはマジでやばいよ!
過去最高にやばいヤツじゃんかぁ!




 秋葉原あきはばらの裏通り。


 様々な衣装に身を包んだ『客引き』の娘たちが並ぶ通り。


 通称『メイド通り』とも呼ばれる場所だ。


 そこで涼太は電柱の陰に隠れ、ガタガタと震えていた。



佐伯涼太

なんでこんなところで胡桃ちゃんが『JK散歩』の客引きをしてるの!?
ありえない……!
これを勇二が知ったら……!



 背筋に冷たいものが走る。


 想像するだけで恐怖だ。


 琴乃にはまるで『JK散歩』を容認するような台詞を吐いていたが、天野がそんなものを許さない性格であることを、涼太はよく理解している。


 天野は基本的に『子供』や『女性』を食い物にする連中を好まない。



佐伯涼太

大変だよぉ……。
こんなのどうすれば……。

……あぁぁ!
コトちゃん!
何してるのよ!?


 慌てて琴乃から『隠しカメラ』を奪い取る。


白石琴乃

えぇ?
なんで?
涼太さんが「撮影しろ」って言ったんじゃない。

佐伯涼太

ダメだよ!
絶対にダメ!
こんな写真を勇二に見せられないってば!


 琴乃はいぶかしげに顔を歪めた。


白石琴乃

……はぁ?
隠し撮りして天野くんに見せるんでしょ?
そのための写真じゃなかった?

佐伯涼太

いいの!
そんなものはいらない!
いらないったらいらないの!



 涼太はぷりぷりしながら隠しカメラを懐にしまい込んだ。


 最愛の妹である胡桃が『お散歩』しているなんて、天野が知れば発狂はっきょうするだろう。


 本当に目に入れても痛くないほど可愛がっているのだ。


 実際に目の中に胡桃を放り込んでも、天野は一言も「痛い」とは言わないだろう。



佐伯涼太

これはやばいよ……。
もし勇二が知ったら、間違いなく……。



 ゴクリと生唾を飲み込む。


 『処刑』だ。


 待っているのは凄惨せいさんな処刑だ。


 お散歩したキモオタは『半殺し』


 お散歩を取り仕切っている連中は『全殺し』にするだろう。


 間違いなくするだろう。



白石琴乃

ねぇ、どの娘が天野くんの妹さんなの?
雪乃の隣にいる可愛い娘?

佐伯涼太

うん……。
その娘だよ。
素直でめっちゃいい子なんだよ。

白石琴乃

確かに美人ね。
兄は野蛮なクソ野郎なのに、その気配をまるで感じない。
明るくて素直そうで理想の妹だわ。
あんなクソ野郎と同じ血が流れてるなんて、信じられないわね……。


 琴乃がそう言うのも無理はない。


 自らの妹である雪乃も相当な美人だ。


 しかし、胡桃は全く見劣みおとりしていない。


 何人ものキモオタが立ち止まり、2人の美少女に声をかけている。


佐伯涼太

うわぁ……!
胡桃ちゃんが、楽しそうにキモオタと話してる……!


 そして、何より涼太を驚愕きょうがくさせていたのは、胡桃の『接客態度』だった。


 雪乃はつまらなそうにツンケンしているのだが、胡桃は朗らかに微笑み、どんなキモオタともフレンドリーに会話している。


 この光景を天野が見たら、恐らく自我じがが崩壊してしまうだろう。


白石琴乃

マズイわね……。
さすが私の妹。
お散歩を始めそうだわ……。


 メイド通りには20人ほどの娘が立っているが、胡桃と雪乃に匹敵する美少女は存在しない。


 当然、ゲスなキモオタは見逃さない。


 誰もが2人をロックオンしている。


白石琴乃

このままじゃ誰かと散歩しちゃう。
どうするの?


 琴乃が何度も尋ねる。


 しかし涼太はそれどころじゃない。


 とにかく目の前の光景が信じられないのだ。



佐伯涼太

あの胡桃ちゃんが、キモオタに微笑んで、こびを売ってる……ッ!



 涼太は胡桃の幼い頃を知っている。


 胡桃が『オムツ』を履いていた頃から知っているのだ。


 お人形のように可愛らしい少女だった。


 それがどのように美しいレディに成長していったのか。


 全てを知っていると言っても過言ではない。



白石琴乃

……ねぇ!
ちょっと!
聞いてるの!?
このままじゃ行っちゃうわよ!


 琴乃が焦って涼太の頭をビシバシ叩いた。


 そこで涼太は我を取り戻した。


佐伯涼太

そ、そうだね。
えっと、どうしよう……。


 困り顔で自らの『変装』を見つめる。


 今は秋葉原という街に溶け込むため、驚くほどの『おダサい服』を装備している。


 靴は安物のスニーカー。


 薄汚れたチノパン。


 ダサい配色のチェックシャツを羽織り、パンツの中にイン。


 顔には分厚いメガネ。


 頭にはボサボサのカツラを載せている。


 ファッションセンスの欠片も存在しない服装だが、これが不思議と秋葉原という街にマッチするのだ。


白石琴乃

一旦、お散歩させて様子を見る?
それとも接触すべきかしら?


 涼太は脂汗をぬぐいながら言った。


佐伯涼太

せ、接触しよう。
キモオタとの散歩を黙って見てたなんて、勇二は絶対に許さない。

でも、僕の正体は言わないで。
まずは正体を隠した上で、胡桃ちゃんの反応を確かめたい。

白石琴乃

大丈夫かしら?
彼女は涼太さんのことを知ってるんでしょ?

佐伯涼太

もちろん。
よく知ってるよ。
でも僕は自分の『変装』の腕を信じる。
気づかれないようにしてみせるよ。

白石琴乃

わかったわ。
それじゃ行きましょう。


 2人は顔を見合わせて頷くと、すぐに電柱の陰から飛び出した。


 メイド通りを駆け抜け、妹たちとキモオタの間に割り込む。


白石雪乃

……あ、あれ?
お姉ちゃん!?


 雪乃が驚いて琴乃を見つめた。


 琴乃は「ギロリ」とキモオタを睨みつけると、


白石琴乃

ごめんなさいね。
私はこの娘の『姉』なの。
帰ってくれるかしら。


 殺気をこめた声で言った。


 哀れなキモオタが脱兎だっとのごとく逃げ出して行く。


 ちょっと下衆ゲスな感情を抱いてJKに声をかけたら、いきなり姉が出てきたのだ。


 誰だって逃げ出すだろう。


白石琴乃

雪乃……。
何度言ったらわかるの?
こんなバイトはやめなさい。
あなたは受験生なのよ?


 雪乃は最初こそ驚いていたが、すぐに勝ち気な瞳で姉を睨みつけた。


白石雪乃

そんなの、お姉ちゃんに指図さしずされることじゃない。
どうして私の邪魔をするの?

白石琴乃

邪魔をしてるんじゃないの。
あなたのためを思って言ってるのよ。

白石雪乃

何が私のためよ。
私は好きでやってるの。
口出ししないで。


 姉妹の言い争いを見て、すかさず涼太が間に入った。


 胸元から5枚の万札を取り出す。


佐伯涼太

こ、こ、これで……。
お散歩しない?
ここで言い争うのは、よくないよね……?


 ボソボソと小声で告げる。


 大きな声を出せば、胡桃に正体がバレてしまうからだ。


白石雪乃

えっ?
こ、この人は……?

白石琴乃

このキモオタは私の知り合い。
キモいし性格も最低だけど、お金持ちなの。
あなたがお散歩をやめないなら、私があなたの時間を買うわ。
2人共、お願いできるかしら。

白石雪乃

そ、そんな……。
お姉ちゃんとお散歩なんてしたくないよ……。


 雪乃が嫌そうに顔を歪める。


 しかし、胡桃が素早く動いた。


天野胡桃

いいじゃないですか。
雪乃センパイ、お姉さんとお散歩しましょうよ。

白石雪乃

えぇっ?
で、でも……。

天野胡桃

こんなにくれるんですよ。
もったいないですって。


 その言葉を聞き、涼太はもう泣き出したくなった。



佐伯涼太

(あの胡桃ちゃんが『現ナマ』を見て、目の色を変えてる……ッ!)



 別に『天野家あまのけ』は貧乏という訳ではない。


 女子高生としては十分なお小遣いを貰っているはずだ。


 これ以上、現金を見せると、どうなってしまうのか。


 涼太は心配だった。


 なので、試しに出してみた。


佐伯涼太

追加で……。
ここまで出すけど……。


 懐から10枚の万札を取り出す。


 天野から『軍資金』として頂戴している金だ。


 胡桃の顔は太陽のように輝いた。


天野胡桃

わぁ!
すごぉい!
それなら夕方まで大丈夫です!


オプションもあるんですよ。
手をつなぐとか、腕を組むとか……。
ハグとかもできるんです。


 笑顔でビラを掲げ、オプション料金の項目を指さす。


 手をつなぐと5,000円


 ハグは10,000円(10秒)だった。


 涼太は戦慄せんりつを覚えた。



佐伯涼太

(たったの10,000円で、胡桃ちゃんが見知らぬキモオタに抱きしめられるなんて……!)



 汗が止まらない。


 身体が地震のように震えている。


 天野がこれを知ればどうなってしまうのか、不安でしょうがない。


 お散歩したキモオタは『半殺し』で済むかと思ったが、その程度の処刑では済まないだろう。


 『皆殺し』だ。


 秋葉原のキモオタたちは、絶滅ぜつめつの危機にひんしていたのだ。



天野胡桃

いいですよね?
雪乃センパイだって変な人とお散歩するより、お姉さんのほうが安心じゃないですか。

白石雪乃

うーん……。
そうかもしれないけど……。

天野胡桃

そうしましょう!
決まりです!
それじゃ、ちょっと待っててくださいね。



 胡桃は涼太から大量の現金を受け取ると、総武線そうぶせんのガード下まで駆けて行った。


 男に現金を手渡している。


 きっと『JK散歩』を管理している連中の1人だろう。


佐伯涼太

(な、なるほど……。あれが胡桃ちゃんたちの『バック』ってことか……)


 派手なパーカーを着た男性だ。


 JKに『お散歩以上の行為』をリクエストすると、この男から厳しい制裁を受けるのだろう。


 男の背後には秋葉原を根城にしている暴力団こと、寺嶋組てらしまぐみが潜んでいる。



天野胡桃

……お待たせしました!
お散歩を始めましょう!
どこに行きますか?


 胡桃はほがらかに笑うと、自ら涼太の手を握った。


 別にオプションを頼んだ訳ではない。


 きっと大金を出した太客なので、自主的にサービスしているのだろう。


 涼太はこれだけで背筋が凍ったが、


天野胡桃

お姉さんとも、手をつないでいいですか?

白石琴乃

えっ?
わ、私と?

天野胡桃

はい!


 胡桃は返答も聞かず、自ら琴乃の腕に手を伸ばした。


 抱きしめるように腕を組む。


佐伯涼太

(し、信じられない……。あの胡桃ちゃんが、空気を読んで自らリードしてる……!)


 涼太の左手を握り。


 琴乃の右腕を抱き。


 甘えん坊のように2人の間を歩く。


 恐ろしいほどの高等テクニックだ。


 さり気なく琴乃と雪乃の距離を離し、険悪な姉妹喧嘩を回避させようとしているのだ。


佐伯涼太

(あんなに無邪気だった胡桃ちゃんが、こんな大人になっていたなんて……。僕は嬉しくて悲しくてたまんないよ……)


 雪乃は涼太の顔を見ると、驚いて言った。


白石雪乃

あ、あの……。
な、なんで、泣いてるんですか……?

佐伯涼太

うん……。
ボクはね、オジサンみたいな心境なんだ……。
めいっ子の成長が嬉しいんだよ……。

白石雪乃

め、姪っ子……?
何かの、アニメのことですか?

佐伯涼太

アニメなんて生温いものじゃないんだよ……。
ボクは成長という喜びと、これによって発生する惨劇さんげきに怯えてるんだ……。

これは進撃されちゃうよ……。
巨人より恐ろしいものが、この街を蹂躙じゅうりんしちゃうんだよぉ……。

白石雪乃

はぁ……?


 グズグズ泣いている涼太を、琴乃は呆れながら見つめていた。


白石琴乃

(ちょっとあのチャラ男……。なんで泣いてるのよ)


 涼太は完全に行動停止状態におちいってしまった。


 切れ者のチャラ男は見る影もない。


 本当のキモオタみたいだ。


天野胡桃

あのぉ……。
お兄さんとお姉さんは、お付き合いされてるんですか?


 胡桃が無邪気に尋ねた。


白石琴乃

……えっ?
私が?
こんなチャラ男と?

天野胡桃

チャラ男?
それって誰のことですか?

白石琴乃

そこのキモオタよ。
あんなチャラくてだらしない男と付き合うなら、死んだほうがマシね。

天野胡桃

……?
チャラくてだらしない?
へぇ、そうなんですか。


 胡桃が興味深そうに涼太を見上げた。


天野胡桃

そんな風に見えませんね。
お兄さん、すごく真面目そうなのに。
でも、本当は悪い人なんですね。


 イタズラっ子のように微笑む。


 涼太は必死で顔を逸らした。


 いくら涼太の変装がたくみだったとしても、至近距離から顔を観察されれば気づかれる。


佐伯涼太

(ど、ど、どうしよう……。こんなにジロジロ見られるのはマズイよぉ……。胡桃ちゃんなら気づいてもおかしくないじゃん……)


 胡桃は青ざめる涼太を見上げ、どこか楽しそうに言った。


天野胡桃

お兄さんって……。
なんだか、私の知っている人に似てますね。


 涼太の胸の中心を、見えない弾丸が「ドキュゥゥン」という音をたてて貫いた。


佐伯涼太

そ、そう……?
グ、グフフ……。
ど、どんな人……なの……?

天野胡桃

すっごくチャラいんです。


 弾丸なんて生易なまやさしいものではなかった。


 これは大砲だ。


 涼太はその言葉だけで身体が吹き飛ぶのではないか、と思った。


天野胡桃

お兄ちゃんの友達で……。

……あっ、私、お兄ちゃんがいるんです。
医学生でカッコイイんですよ。
お兄ちゃんの幼馴染おさななじみの人に似てるんです。

佐伯涼太

へ、へぇ……。
それじゃ、その人もカッコイイ……のかな?


 胡桃はふるふると首を横に振ると、


天野胡桃

ぜーんぜん。
お兄ちゃんについて歩く『金魚のフン』みたいな人でした。
お兄さんの方がずっと素敵ですよ。


 と言って、にんまり微笑んだ。


 もう涼太のライフはゼロだ。


 どうやら『お散歩』とは、寿命を削りながら楽しむ遊びのようだ。





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つばこ

念のため解説しますが、『JK散歩』とは1時間8,000円ほどでカワイイJKとデートできる遊びのことです。
観光案内してもらったり、お茶したり、買い物したり、ゲーセンやカラオケに行ったりと。
中には「お小遣いあげるからラブホで休憩しようぜ」なんてことを抜かす男がいるので、児童買春の温床として問題になりました。
なので現在、アキバではJKとのお散歩が禁止されています。
お散歩したら逮捕されますし、JKもいっぱい摘発されました。
つばことしてもそういうアルバイトを推奨したくはありません。
良い子の読者の皆さまはお散歩しないでくださいね。
天野くんに全殺しにされちゃいますぞ( *`ω´)グフフ
 
そんなこんなで胡桃ちゃんとのお散歩がすたーてぃん!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 21件

  • まこと

    涼太ドンマイ

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  • ぷに

    涼太不憫すぎる。

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  • hikari@ネト充ラブ

    秋葉原、崩壊しそうで心配w

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  • はと

    涼太ガクブル最高笑

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  • みーやん

    伊達に黒魔術使われてるな?笑笑

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