二宮と偶然出会った夜。



 陸橋の上で、社会人の愚痴を聞いた夜。



 あれから数日後。



 天野は再び渋谷しぶやスクランブルエッグ』のロビーに立っていた。



天野勇二

クックックッ……。
二宮め、随分ずいぶんと早く『みかん』を揃えたな。
今日は越智おちのみかんが食えるかな?
実に楽しみだ。



 天野は不敵な笑みを浮かべている。


 頭の中は『みかん』でいっぱい。


 今日は『実習』が入っていたが、上質な『みかん』を食べられるのであれば無視だ。



山下佐介

……あっ!
天野さん!
お世話になってます!



 『ふるのう』のディレクター、山下が現れた。


 二宮の姿は見当たらない。


 『実食会』の準備をしているのだろうか。


山下佐介

ご足労いただき、本当にありがとうございます!
お忙しくはなかったですか?


 山下はかなり恐縮している。


 それも無理はない。


 山下が天野に連絡を入れたのは30分前のこと。


 「お時間がある時にお会いできませんか?」と、メールを送ったのだ。


天野勇二

気にすることはない。
ちょうどヒマだったんだ。
どうせなら渋谷まで来てしまおうと思ってな。
今回はどんな『みかん』を揃えたんだ?

山下佐介

あっ、いや……。
申し訳ございません……。
お会いしたかったのは、『実食会』のことじゃないんです……。


 天野はいぶかしげに瞳を細めた。


天野勇二

『実食会』じゃない?
それはどういう意味だ。

山下佐介

えっと……。
ちょっとここでは、話しにくいことなんで……。
こちらに……。


 山下はロビーに併設へいせつされているカフェへ向かった。


 天野の分のコーヒーを注文し、奥まった席を選ぶ。


天野勇二

君だけでいいのか?
二宮は来ないのか?

山下佐介

は、はい……。

天野勇二

君の上司である藤原や樹も来ないのか?

山下佐介

そうなんです……。
2人とも、商談のために席を外しておりまして……。

天野勇二

念のため尋ねるが……。
『みかん』はないんだな?

山下佐介

はい……。
『みかん』はまだ、届いておりません……。


 天野は「ふぅん」と呟きながら椅子に座った。


天野勇二

ならば手短に済ませてくれ。
急いで病院に戻らなくてはならない。
医学生も社会人と同じように多忙なんだ。
貴重な時間を無駄にするのは良くないな。

山下佐介

そ、そうですよね……。


 山下は青ざめながら天野を見つめた。


 深く頭を下げ、震える唇を開く。


山下佐介

突然のお話になり、本当に申し訳ございません。
二宮が『みかんの王子様』の企画担当を外れることになりました。
今後は自分が担当させていただきます。

天野勇二

……なんだと?


 天野が驚いて山下を眺める。


天野勇二

担当を外れるだと?
これは二宮が発案した『プロジェクト』じゃなかったのか?
俺にオファーを出したのも二宮だぞ。
アイツが外れてどうするんだ。
なぜそんなことになった?

山下佐介

は、はい……。
実はその、色々ありまして……。


 山下は青ざめながら肩を落とした。


 言葉の歯切れが悪い。


 どのように伝えるべきか迷っているのだろう。


天野勇二

君に不満があるワケではないが……。
恐らく君では『プロジェクト』を成功させられない。

もちろんひとつの形にすることはできるだろう。
しかし、二宮がいなければクオリティは確実に落ちるぞ。
それを理解しているのか?

山下佐介

……はい。
もちろんです。
それはよく理解しています……。

天野勇二

ならばなぜ、そんな結論に至った?
プロデューサーの藤原が決定したことなのか?


 山下は小さく頷いた。


山下佐介

その通りです……。
『みかん』を腐らせた責任をとった……。
そのような形になっています。
『みかん』の管理に問題があるため担当を変えると、そのようにご理解いただけますでしょうか……。

天野勇二

バカバカしい。
俺はそんなことを気にしてはいない。
そんな理由なら却下だ。
担当は二宮で進めてくれ。


 天野が強く言葉を吐き出す。


 山下は意外にも安堵あんどの表情を浮かべた。


山下佐介

そうですか……。
天野さんにそう言っていただけるのは、本当に嬉しいです……。
きっと、二宮も喜ぶかと思います……。


 どこか悲しげに微笑んでいる。


 天野はその表情を見て気づいた。


 周囲を気にしながら尋ねる。


天野勇二

……何かあったのか?
二宮は会社を休んでいる……。
もしくは別部署に飛ばされた……。
まさかとは思うが、行方不明だったりするのか?

山下佐介

い、いや、さすがにそこまでは……。
でも、似たようなものかもしれませんね……。


 山下は悲しげに顔を歪めた。


 ひとつ息を吐く。


 何かを決意したように口を開いた。


山下佐介

これは上司から口止めされているんですが……。
二宮は入院しているんです。
自宅のアパートの、階段から、落ちたみたいで……。

天野勇二

落ちた……だと?
おいそれ、まさか……。



 『飛び降りたのか』


 そんな言葉が喉元まで出かかった。


 山下はゆっくり首を横に振った。



山下佐介

それはわかりません……。
本人は『足を滑らせただけ』と言ってるんですが……。
もしかしたら、その可能性もあるんじゃないかって……。


 天野は嫌そうに息を吐いた。


 『自殺未遂』の可能性がある怪我。


 それによる入院。


 当然ながら会社は大騒ぎになっているのだろう。


天野勇二

二宮はいつまで入院しているんだ?
復帰する時期などは決まっているのか?


 山下は苦しげに黙り込んだ。


 その心理を天野が素早く読み取る。


 山下はそこまでの情報を手にしていない。


 つまり二宮の復帰時期は未定。


 『ふるのう』に復職できるかどうかも怪しいのだろう。


天野勇二

……そういうことか。
それは残念だ。

だが、よく君はそれを話したな。
俺は部外者だぜ。
伏せておくべきだったんじゃないのか?

山下佐介

はい……。
上司からもそう言われています……。
だけど……。


 山下は悔しげに顔を歪めた。


 拳を「ぎゅっ」と握りしめている。


山下佐介

二宮はとっても、天野さんに感謝してたんです……。
初めての企画で、迷惑もかけたのに、それを一切責めずに励ましてくれたって……。
自分が見舞いに行った時も、この企画をなんとか成功させてくれって、そればっかり頼むんですよ……。


 切なげに言葉を続ける。


山下佐介

アイツはよく頑張ってるんです……。
同期や先輩はみんなわかってます。
仕事ができないヤツなんかじゃありません。

だけど、それがうまく噛み合わなくて……。
あんなに悩むほどのことじゃないんですよ……。


 天野は山下の顔を眺めた。


 小さく息を吐く。


 コーヒーを一口飲み、ゆっくり立ち上がった。


天野勇二

そうか……。
だが、それは取引先の相手に告げるべきことじゃないな。
上司が耳にすれば良く思わないだろう。
聞かなかったことにするよ。

山下佐介

は、はい……。
すみません……。
あの、それで引き続き、プロジェクトの方を……。

天野勇二

少し考えさせてくれ。
事情は理解した。
また『みかん』を手に入れたら連絡してくれ。



 山下に背を向けて歩き出す。


 すれ違う人々が「ぎょっ」とした表情で天野を見ている。


 きっと今の自分は険しい表情をしているのだろう。



天野勇二

チッ……。
面倒な連中め。
俺様の貴重な時間をなんだと思ってやがるんだ。



 スマホを取り出し、知り合いのいる病院に電話をかける。


 いくつかの病院に入院患者について質問。


 二宮の居場所はあっさり判明した。


 世田谷区せたがやくにある総合病院だ。


 何度も舌打ちしながら病院へ向かう。


 ノックもせずに病室の扉を開け放った。



天野勇二

おい二宮……。
お前、こんなところで何をしているんだ。

二宮翔太

……あ、天野さん!?



 二宮は仰天ぎょうてんして天野を見つめた。


 慌てて食べていた『みかん』を小脇に置く。


 天野はそれを見て顔を歪めた。


 よりにもよって『越智柑橘農園』の『みかん』だ。


 しかも超貴重な『甘平』だ。



天野勇二

ほう……?
お前は生意気だな。
俺様の担当から外れたくせに、『越智』の『みかん』を食ってやがるとは……。

二宮翔太

あっ、こ、これは違うんです!
実家がお見舞いで送ってくれまして……!

……いや、そんなことより、すみませんでした!
僕のせいでご迷惑をかけてしまって、本当にすみません……!


 二宮は涙目で頭を下げた。


二宮翔太

うっかりしてたんです……!
階段から滑り落ちて、しばらく入院することになって……!

お願いします!
どうかそれでも『プロジェクト』は継続してください!
これは僕が初めて任された企画なんです!
担当は外れますが、それでも最後までうまくいってほしいんです……!


 天野は嫌そうに二宮を眺めた。


 右足にギプス、頭には包帯が巻かれている。


 二宮は涙目で言葉を続けた。


二宮翔太

代わりの担当は山下が務めてくれます。
僕よりもずっと優秀な社員です。
今まで以上に安心してプロジェクトを進めてくれるはずです!
『みかん』を腐らせるようなこともしません!
どうか今まで通りお願いします!

天野勇二

それはお前が『復職』するまでの話だよな?
山下にも言ったが、このプロジェクトはお前じゃないと成功しないぞ。


 二宮は苦しげに顔を落とした。


 振り絞るように言葉を吐き出す。


二宮翔太

……いえ、僕はたぶん、『ふるのう』には戻れません……。
このまま、別部署に異動することになるかと思います……。


 天野は呆れたように言った。


天野勇二

ならば、却下だ。
俺はプロジェクトから降りる。
『みかんの王子様』との契約はこれっきりにしてくれ。


 二宮は愕然がくぜんとして天野を見上げた。


二宮翔太

えぇぇっ……!
そ、そんな……!
冗談ですよね!?
そんなこと言わないでくださいよ!

天野勇二

いや、ダメだ。
このプロジェクトはお前のもの。
そして、俺とお前がコンビを組んで始めた仕事だ。
お前以外の社員とやる気がしない。
どうせ大した成果も上げられないだろう。



 二宮は一気に青ざめた。


 想定外の言葉だった。


 温厚おんこうで優しい『みかんの王子様』ならば、二つ返事で快諾かいだくしてくれる。


 二宮はそのように考えていた。



二宮翔太

そ、そんな……!
そんなの困ります……!
どうか、お願いします……!



 二宮が天野の腕を掴んだ。


 すがりつくように懇願こんがんする。



二宮翔太

僕のせいで企画が頓挫とんざしたら、もっと会社に迷惑をかけてしまいます!
そんなことになったら、もう会社に僕の居場所なんかありません……!
間違いなく解雇クビになります!

お願いします!
考え直してください!
僕のことを思うなら、企画を続けてください!



 天野は嫌そうに二宮の手を振り払った。


 吐き捨てるように告げる。


天野勇二

くだらねぇな。
お前は自分や世界というものが何も見えていない。
そんなこと、俺様の知ったことじゃないんだよ。


 天野は一歩も譲らない。


 叩きつけるように言葉を続ける。


天野勇二

俺様は『ただの大学生』だ。

責任ある社会人じゃない。
どこかのお偉い社長様でもない。
名声を求めるインフルエンサーでもない。
お前の会社に尻尾を振る犬でもないんだ。

自らの行為で誰かに迷惑をかけても知ったことか。
お前が立ち上げた『プロジェクト』の結末を見守る義理もないんだよ。



 偉そうで気障キザったらしい物言い。


 『みかんの王子様』とは違う、天野が持つもうひとつの素顔。


 二宮が怯えたように天野を見上げている。



天野勇二

それにな二宮……。
俺はお前が気に入っているんだ。
前にも言ったが、お前のことは高く評価している。



 天野は険しい表情で言葉を紡いだ。



天野勇二

そんなお前を追い込んだ連中と、ヘラヘラ笑いながら何を語ればいいんだ?
一緒に仕事をするなんて反吐ヘドが出るぜ。
連中から報酬ギャラなんて受け取りたくない。
それが『不義理』や『契約違反』だと言われても、全て知ったことじゃないさ。

お前が降りると言うのなら、俺様も降りるだけのことなんだよ。



 二宮は驚いて天野を見上げた。


 乱暴な優しさが胸に突き刺さる。


 にじむ瞳と溢れる涙。


 しばらくの間、病室には二宮の嗚咽おえつが響いていた。




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つばこ

私事で恐縮ですが、先日、ありがたいことにファンレターをいただきましたッ!ヾ(*´∀`*)ノ
どんな時でも嬉しくテンションがブチ上がるもの!
それがファンレター!!!
本当にありがとうございます!!!
これをいただくと
「もうちょっと頑張ってみるか( ー`дー´)キリッ」
なんて思ったりするので、気に入った作家さんにどんどん送ってあげてくださいね!
 
さてさて、とりあえず二宮くんが無事でホッとしました。
そしてようやくいつもの天野くんが帰ってきました。
やっぱコイツは『俺様は~』とか言ってくれないと気持ち悪いですね。
もし現実に俺様がどうのこうのとか言い出すヤツがいたらガチでキモいんですけど、不思議と天野くんはしっくりきますね。
そんなことを考えてしまう私は天クソにすっかり毒されているのでしょう(´∀`*)ウフフ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!

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コメント 21件

  • LAMP

    これでこそ天野くん!!!!!!!

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  • みしゅる

    うあああああ!!これは泣く!!!

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  • まこと

    お前が気に入っているんだ
    俺様に言われてみたい!(///△///)

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  • ちょぱ

    早くスカッと展開読みたい!でも今回ので二宮君の心は少し救われたと思う…

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  • ふにゃ

    あの上司をギャフンと言わせたい
    二宮はもっと強くなって
    女性の先輩(名前忘れた)の流し方を見習え

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