『みかんの王子様』との初顔合わせ。



 二宮はスムーズに企画の進め方や意図を説明していた。



二宮翔太

もし天野さんのご都合がよろしければ、みかん農家さんに取材してみたいですね。
生産者の声を紹介すれば、『ふるさと納税』も集まりやすいと思うんです。

天野勇二

それは賛成だな。
台風や豪雨の被害を受けた農家は多いが、その実情が報道されることは少ない。
そこを紹介するのも悪くないな。

二宮翔太

そうですよね……。
どこかおすすめの産地や生産者さんはいらっしゃいますか?

天野勇二

大勢いるぜ。
例えば愛媛えひめ佐田岬さだみさきなんかどうだ?
細長い半島に築かれたみかんの段々畑だんだんばたけ
収穫の時期になれば、なかなかフォトジェニックな光景が拝めるぞ。

二宮翔太

いいですね!
それなら向灘むかいなだ『日の丸みかん』が紹介できます!
あのみかんも美味しいんですよね!



 天野との商談も大盛り上がり。


 想像以上に話しやすく、こちらの意図を素早く汲み取ってくれる男だ。


 しかも頼れる先輩と同期が傍にいる。


樹莉乃

二宮くん……。
さすがに佐田岬は遠いと思うな。
天野さんのご都合もあるし、手短なところを紹介するのはどう?

山下佐介

あははっ。
確かに遠いッスよね!
それで実際……。
佐田岬ってどこにあるんですか?


 樹がさりげなくフォロー。


 山下がおちゃらけて場を明るくさせる。


 2人とも出しゃばらず、二宮の立場をしっかり立てている。


 本当に頼もしい同僚だ。


二宮翔太

それと、肝心の天野さんにお渡しする報酬なんですが……。
私共としては、この額を想定しております。
いかがでしょうか?


 テーブルに請求書を提示。


 天野は一瞥いちべつして言った。


天野勇二

悪くないだろう。
俺としてはレアな『みかん』が食べられること。
そして『みかん』のPRにたずさわれること。
この2つが叶えば十分だ。
SNSでの拡散も任せてくれ。


 二宮は心から安堵した。


 『みかんの王子様』のような『インフルエンサー』報酬ギャラは、どうしても高額になりがちなのだ。


 『専門家』としてのサイト監修の相場は10万円ほど。


 しかし、これに『SNSで拡散』という要素が加わると、金額は驚くほど跳ね上がる。


 ここだけの話、100万円単位の報酬を要求するインフルエンサーも珍しくない。


二宮翔太

『顔出し』はいかがでしょうか?
天野さんの顔写真を使えれば、うちとしてはすごく助かります。

樹莉乃

私も同感です。
『みかんの王子様』がこれだけの男前となれば、食いつくメディアも少なくありませんよ。


 二宮の言葉に樹も頷く。


 王子様は一流大学の医学部に通うイケメン。


 『みかん』の知識も豊富。


 喋らせても不快な印象をまったく受けない。


 ここまで『メディア映え』する男は希少だ。


天野勇二

すまないな。
『顔出し』は遠慮させてくれ。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

俺の本業は医学生だ。
みかんの宣伝とはいえ、こうしたことで表に出たくはない。
当然ながら本名や経歴も伏せてくれ。

樹莉乃

それはもったいないですよ。
天野さんが顔出しすれば『インフルエンサー』の知名度も上がります。
今以上のお仕事が舞い込むと思いますよ。


 樹が援護射撃を飛ばす。


 天野はつややかな微笑みを浮かべた。


天野勇二

そう言ってくれるのはありがたい。
だが、俺としては今の立ち位置が心地いいんだ。
樹さんにもご理解いただけると嬉しいな。


 そう言って『ウインク』を贈る。


 なんて気障キザったらしい男なのだろう。


 しかもなぜ、これがまたさまになってしまうのだろう。


 普通の男なら失笑しっしょう間違いなしのセリフなのに。


樹莉乃

そ、それなら仕方ありませんね……。
かしこまりました。
二宮くん、他に決めることはあるかな?

二宮翔太

いえ、これで以上です。
天野さん、本日はありがとうございました。
また再来週の13時にお越しいただけますでしょうか。

天野勇二

次は『高級みかんの実食会』だな。
実に楽しみだ。
よろしく頼むよ。



 そこで初顔合わせは終了した。


 天野をロビーで見送り、深く息を吐き出す。


 初めて商談の『進行役』を務めたが、これなら良い出来できだったと言えるのではないか。


 手応えを感じながらオフィスに戻る。


 樹も嬉しそうに言った。


樹莉乃

すごく良かったよ。
ちょっと固かったけど、それも二宮ニノらしいかな。
天野さんも満足してたと思うし。

山下佐介

俺もめっちゃ良かったと思います!
これは合格ッスよね!?

樹莉乃

そうだね。
合格あげる。
これなら他の商談も任せられるな。
私がいなくても大丈夫だね。

二宮翔太

ありがとうございます……!
もう全部、樹さんのおかげです!


 二宮は胸を撫で下ろした。


 初めて樹から『合格』を貰った。


 1ヶ月前は「全然ダメ」「トロい」「準備が足りない」「頼りないにも程がある」と、呆れるほどの『不合格ダメ出し』を貰ったのに。


二宮翔太

(良かった……。これで僕も『ふるのう』のディレクターとして、独り立ちできるかもしれないな……)


 小さくガッツポーズを決める。


 そんな時だった。


藤原雄大

おい……。
二宮、ちょっと来い。


 藤原の声がオフィスに響いた。


 険しい顔で二宮を睨んでいる。


 二宮は慌てて藤原のデスクに向かった。


二宮翔太

は、はい。
なんでしょうか……?

藤原雄大

なんでしょうか、じゃねぇよ。
なんださっきのは?
俺があんな『商談』のやり方を教えたことあったか?

二宮翔太

え、えっ?
な、何か、まずかったですか……?

藤原雄大

まずいに決まってんだろ。
お前は何を考えてんだ。
まさかとは思うが、自分が何をミスったのか理解してないのか?


 二宮は困惑の表情を浮かべた。


 何をミスしたのだろう。


 樹の反応を見る限り、致命的なミスはなかったはずだ。


 二宮がオロオロしていると、藤原が呆れたように言い放った。


藤原雄大

『顔出し』だよ。
なんで『顔出し』の許可を取らなかった?
専門家の顔写真が出てたほうが、サイトの信頼度が上がるって説明しただろ?

二宮翔太

か、顔出しですか……?

藤原雄大

それしかねぇだろ。
あれだけの男前だぞ。
しかも他メディアじゃ一切公開してない。
うちだけの独占コンテンツになるだろうが。
あれを使わないなんてもったいないと思わねぇの?


 二宮は青ざめながら藤原を見つめた。


 もちろん二宮だって『顔出し』の重要性は理解している。


二宮翔太

し、しかし、天野さんは、嫌がってましたから……。
名前も出すなと……。
その意思を尊重すべきかと思ったんですけど……。

藤原雄大

それをなんとかするのがお前の仕事だろ?
相手の要求を聞くだけのディレクターなんて、うちには必要ねぇんだ。
そんなのロボットで十分だ。

可能な限り『顔出し』は交渉しろって教えたよな?
まさか忘れてたのか?

二宮翔太

い、いや、忘れてないです。
それは本当にわかってます。


 藤原は呆れたようにため息を吐いた。


 苛立ちながら机のボールペンを持ち上げ、乱暴に放り投げる。





藤原雄大

忘れてない!?
わかってます!?
じゃあ、俺が何を言っても『できない』ってことじゃねぇか!
何を説明しても無駄なんだな!?

二宮翔太

い、いや……!
そんなことないです!
ただ今回は、その……。

藤原雄大

いちいち言い訳すんな!

ったくよぉ……。
お前ってマジで素直じゃないよな。
いるんだよなこういう素直じゃないヤツ。

俺が指導した時間を返してくんない?
こっちもヒマじゃねぇからよ。
なんでわざわざ会議を抜けて部下の無能っぷりを見なくちゃいけねぇんだ。



 二宮は震えながら頭を下げた。


 確かに『ふるのう』のようなWebサイトにとって、専門家の『顔出し』は重要な要素だ。


 顔や名前を公表している人物のほうが、物品の訴求効果は高い。


 『みかんの王子様』の素顔が見れるのは『ふるのう』だけ、という独自性もサイトの魅力になる。


 しかし、天野はSNSで話題のインフルエンサー。


 『顔出し』を無理強むりじいすべきではない。


 二宮はそのように判断していた。


二宮翔太

(打ち合わせの時、藤原さんも口を挟まなかったから……。その判断で問題ないと思ってたのに……。ダメならその場で言ってくれればいいじゃないか……!)


 そんな言葉を飲み込む。


 藤原に伝えれば、怒りに油を注ぐだけ。


 二宮はひたすら頭を下げた。


二宮翔太

すみませんでした……。
自分の判断が甘かったです。
もう一度、天野さんにお願いしてみます。

藤原雄大

ああ、そうしてくれ。
あの程度の商談で調子に乗るな。
俺から見ればお前は全然ダメだ。
あまり俺を怒らせるなよ。

二宮翔太

は、はい……。
本当にすみませんでした……。


 青ざめながら自席に戻る。


 そこまで怒るなら、自分が交渉すれば良かったのに。


 そんな感情を胸奥に流し込む。


 怒りに震える二宮のもとに、山下と樹がやって来た。


山下佐介

なぁ二宮ニノ……。
あんまり気にすんな。
あれはしょうがないよ。
デッドボールを食らったと思って忘れようぜ。


 叱責しっせきされている場面を見ていたのだろう。


 山下が軽やかに二宮を励ます。


 樹は若干の苛立ちを見せながら言った。


樹莉乃

ったくさぁ……。
何をマジメに返してんのよ。
あんなの適当に

わかりました!
ガチで交渉します!


って、やる気だけ見せとけばいいんだって。
後で「やっぱり無理でした」って報告しても、キツくは言われないからさ。

二宮翔太

そ、そうなんですか……。

樹莉乃

そうだよ。
あんたホント要領悪いね。

ほら、とっとと切り替えて。
こんなことでヘコむんじゃない。
他にも仕事はいっぱいあるんだから。


 二宮はゆっくり頷いた。


 ため息を吐きながら2人を見る。


 片方は何を言われても気にしない前向きな同期。


 片方は要領良く立ち回れる先輩。


 どうして自分は2人のようにできないのだろう。


二宮翔太

(はぁ……。僕って、本当に仕事ができないんだな……)


 まだ独り立ちの時は遠い。


 いつになったら一人前の社会人になれるのか。


 やるせない無力感と、自分への失望感が重くのしかかる。


 二宮は唇を噛み締めながら業務に励んでいた。





 忙しい日常は慌ただしく過ぎ。


 あっという間に2週間後がやって来た。


 『みかんの王子様』との2回目の打ち合わせ。


 今回は『高級みかんの実食会』が開催される。


 二宮たちは大きなダンボールを会議室に運んでいた。


山下佐介

へぇ、これが『高級みかん』なのか。
桐箱きりばこに入ってるなんてすごいな。

二宮翔太

でしょ?
贈呈用のみかんなんだ。
『愛媛Queenスプラッシュ』なんて、地元でもなかなか食べられないんだよ。

樹莉乃

これ1個、いくらぐらいするの?

二宮翔太

2,000円もしました。
ビックリするほど美味しいですよ。
果肉がプルプルで甘くてジューシーなんです。


 樹と山下がダンボールを運びながら「みかんなのに、1個2,000円…!」唖然あぜんとしている。


 会議室にみかんを運び終えると、藤原が天野を連れてやって来た。


二宮翔太

天野さん!
お久しぶりです!
今日もよろしくお願いします!

天野勇二

二宮よ。
楽しみにしていたぞ。
『愛媛Queenスプラッシュ』を購入したそうだな。

二宮翔太

はい!
ちゃんと味比べできるように甘平かんぺい西之香にしのかおり『ポンカン』も揃えました!
きっとご満足いただけるはずです!


 天野の瞳が一瞬、飢えた肉食獣のように輝いた。


 ニタリと悪い笑みを浮かべる。


天野勇二

ほう……。
ちゃんと『甘平』もあるのか。
わかっている男だ。


 口元に手を当て「クックックッ…」と笑みをこぼす。


 随分と悪そうな笑顔だ。


 こんなチンピラのような男だったろうか。


 天野はひとつ咳払いすると、


天野勇二

『愛媛Queenスプラッシュ』とは、高級みかんである『甘平』のひとつ。
より品質の高い選ばれしみかんだ。

そして、『甘平』西之香にしのかおり『ポンカン』をかけ合わせた品種。
祖先のルーツまで揃えたワケだな。
素晴らしいラインナップじゃないか。


 爽やかな笑みを浮かべて言った。


 チンピラのような男が消え去り、イケメンの『みかん王子様』が現れる。


 二宮は苦笑しながら言った。


二宮翔太

まずみかんを撮影し、実食会の準備を進めます。
その間に契約書を見ていただけますでしょうか。

天野勇二

ああ、構わないぜ。


 二宮が契約書を提示し、その様子を藤原が眺める。


 樹と山下は実食会の準備だ。


 山下がダンボールを開けると、


山下佐介

……あれ?
これって……。
樹さん、ちょっと見てくれますか?

樹莉乃

どうしたの?


 ダンボールを覗き込んだ樹の顔に緊張が走った。


 慌てて二宮に声をかける。


樹莉乃

ちょっと二宮ニノ……。
あんた、みかんをチェックした?

二宮翔太

えっ?
もちろんしましたけど……。
何か問題ありましたか?

樹莉乃

……見てごらん。
これ、さすがに食べられないんじゃない?

二宮翔太

食べられない……?
そ、そんなまさか……。


 天野も異変を感じ取ったのだろう。


 二宮と一緒にダンボールの中を覗き込む。


二宮翔太

……嘘だ。
そんな、これって……。


 二宮の声が震えている。


 もう頭は真っ白だ。


 そこには確かに『みかん』が入っている。


 注文した通りの『高級みかん』が入っている。


 天野はそのひとつを掴み取ると、


天野勇二

……傷んでいるな。
カビが生え、腐ってやがる。


 心底落胆したように言葉を紡いだ。


天野勇二

実に残念だ。
さすがに食べるべきじゃない。
全て捨てたほうがいいだろう。





この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

26,619

つばこ

天野くん…! 素が出てる!
ちゃんと素を隠して!
今回は『みかんの王子様』になるんでしょ!?
普通の人は「クックックッ…」って笑わないからね!!!
 
お気づきかと思いますが、本エピソードの『みかん』は全て実在します。
もし皆さまお気に入りの『みかん』があれば教えてください。
王子様が食してくれるかもしれません。
ただ、申し訳ないことに旬の概念はある程度無視しました。
天クソの世界には優秀な農家さんがいるので、冬のみかんでも夏に食べられたりするのです。
そんな感じでよろしくお願いします!
 
そして、先読み更新分ではこれが2019年最後の更新になります!
今年もありがとうございました!
どうか来年も皆さまの傍らに天クソがありますように!
良いお年をお過ごしください!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 28件

  • はな

    二宮くん頑張って!!天野くんに対する信頼度は高すぎるくらいだから二宮くんが報われることを願う

    通報

  • ぷに

    天野くんが楽しみにしていた大好きなミカンを駄目にするなんて、どんな仕返しをされるかわからないぞ!!!!(楽しみ)

    通報

  • LAMP

    天野くんと二宮くんどっちが殴るんだろうね!o(^o^)o ワクワク

    通報

  • nao

    大丈夫!天野くんならわかってくれる!はず!

    通報

  • 紫兎

    みかんを粗末にする奴は
    みかんにやられて死んじまえ
    脳内BGMはもうこれだよね。
    みかんみかんみかん みかーん

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK