※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。









『天才クソ野郎の事件簿』


「彼が上手に上司を殴る方法」







 渋谷しぶやの中心部。



 駅の真上にそびえ建つ複合施設。



 今年開業したばかりの『渋谷スクランブルエッグ』という駅ビルだ。



 渋谷エリアでは最も高い地上51階建て。



 17階ロビーは高層階オフィス棟への玄関口になっており、社員や関係者など様々な人間が行き交っている。



 今回の主人公、二宮翔太にのみやしょうたはそこで1人の人物を待っていた。



二宮翔太

ふぅ……。
落ち着け……。
今日の『商談』はトチらないようにしないと……。



 深呼吸しながらロビーを眺める。


 もうすぐ約束の13時。


 そわそわしながら時計を眺める。


山下佐介

……どうした二宮ニノ
まだ緊張してるのかよ?


 同僚の山下佐介やましたさすけが声をかけた。


 大学時代は野球に情熱を燃やした体育会系の同期。


 二宮とは入社時から同じ部署で働いている。


山下佐介

そんなにビビるなって。
二宮ニノの企画はよくできてるよ。
絶対に当たる。
いつきさんもそう言ってたじゃんか。


 『樹さん』とは先輩社員の樹莉乃いつきりののことだ。


 入社3年目の若手社員。


 二宮が最もお世話になっている先輩だ。


二宮翔太

そうだけどさ、藤原ふじわらさんにはボッコボコにされたよ。
企画書も徹夜で修正したんだ。
なんであの人、僕にだけ厳しいのかな。


 山下が困ったように肩をすくめる。


山下佐介

相性ってやつかなぁ……?
二宮ニノを気にかけてるんだとは思うぜ。
俺には何も言ってこないし。

二宮翔太

そりゃ、山下が仕事できるからだよ。
僕から見てもそう思う。
頭の回転は速いし、要領もいいし、取引先を盛り上げるのも上手だし。

山下佐介

俺は野球をやってたからさ。
体育会系のシゴキのおかげだよ。
俺から見れば二宮ニノのほうがずっと優秀だけどな。


 山下が屈託くったくのない表情で笑う。


 爽やかな笑顔だ。


 本当に嫌味のない男だ。


 何かを褒めればいつも「野球をやってたから」と切り返しているが、そのやり取りがすごく心地いい。


 同期が山下で本当に良かったな、と二宮は感じた。


山下佐介

ほら、見ろよ。
今日は雲ひとつない晴天だぜ。
新宿御苑しんじゅくぎょえんがすげぇ綺麗じゃん。
入社して3ヶ月になるけど、ここからの景色は見飽きないもんだなぁ。


 二宮の緊張をほどこうとしているのだろう。


 ロビーから見える渋谷の街並みを指さしている。


 新宿御苑しんじゅくぎょえんはもちろんのこと、西新宿にししんじゅくのビル郡まで望むことができる絶景だ。


山下佐介

マジでよくこんないい会社に就職できたよ。
渋谷のど真ん中だし。
ビルは新築でピッカピカだし。
田舎に帰ったら『ばあちゃん』に自慢しないとなぁ。


 二宮は苦笑しながら山下を見つめた。


 確かに『いい会社』に就職できた。


 Web系広告代理店の『株式会社ファイバーエージェンシー』


 渋谷の一等地に本社を構える一流企業だ。


二宮翔太

そうだよね……。
いい会社に入れたんだ。
今はとにかく、しがみついて頑張らなきゃ……。


 二宮がぽつりと呟いた時だった。


山下佐介

……おっと。
藤原ふじわらさんが降りて来たぜ。


 ロビーに上司である藤原雄大ふじわらゆうだいがやって来た。


 先輩社員である樹も一緒だ。


 山下がいち早く駆け寄り、笑顔で頭を下げた。


山下佐介

お疲れ様ッス!
藤原さんも商談に参加してくれるんですね!
やっぱり『王子様』に興味があったんですか?

藤原雄大

ああ、会議を抜けてきたよ。
『王子様』がどんな顔してるのか、拝んでみたいと思ってな。


 同調するように樹が頷く。


樹莉乃

めっちゃ興味ありますよねぇ。
自分で『王子様』とか、なかなか言えないですよ。

山下佐介

無理ですよねぇ。
ハードル上げすぎッスよ。
どんな人なんですかね?

藤原雄大

これで全然『王子様』じゃなかったら笑えるよ。
いや、むしろ笑っちゃうほどのブサイクだったら最高だな。


 ケラケラと品のない笑顔を浮かべる。


 そして「ギロリ」と二宮を睨んだ。


藤原雄大

だけど、二宮はちゃんと褒めろよ。
『本当に王子様みたいな外見ですね』ってよ。
それがお前の今日一番のタスクだ。
お前は『太鼓持ち』ぐらいしかできないからなぁ。

二宮翔太

は、はい……!
わかりました!
ちゃんと褒めてみます!


 二宮が馬鹿正直に頷く。


 それを見て藤原が舌打ちした。


藤原雄大

ったく……。
ダメだなぁ。

見ろよ樹。
アイツは『冗談』と『本気』の区別がつかねぇんだ。
お前からも何か言ってやれ。
どうやって『王子様』の機嫌を取るのか教えてやれよ。


 樹が「あはは」と笑いながら藤原の腕を叩く。


樹莉乃

藤原さんてばぁ。
無茶振りやめてくださいよ。
二宮ニノが藤原さんほど要領よくないって、そんなのわかりきってるじゃないですかぁ。


 苦笑しながら二宮を眺める。


 藤原から離れ、小声でそっとささやく。


樹莉乃

……ねぇ二宮ニノ
気楽にやりな。
もしミスったとしても気にしなくていいよ。
私と藤原さんがフォローするから。

二宮翔太

は、はい……。
いつも本当にすみません。


 二宮は頷きながらロビーを見回した。


 もうすぐ約束の時間だ。


 SNSで話題の『みかんの王子様』がやって来る。


 二宮は書類を取り出しながら気を引き締めた。


二宮翔太

(本当に今日だけは、変なミスはできないぞ……。初めて任された企画なんだ。樹さんにも協力してもらった。これで藤原さんに認めてもらわないと……!)



 何度も書類を睨みつける。


 打ち合わせの手順を繰り返しイメージ。


 そんな二宮を見て、1人の男が声をかけた。



天野勇二

すまないが……。
君が『ふるのう』の方だろうか?

二宮翔太

……えっ?


 二宮は驚いて顔を上げた。


 1人の青年が立っている。


二宮翔太

は、はい、そうです!
『ふるのう』の二宮と申します!
あなたが『みかんの王子様』なんですか?

天野勇二

そうだ。
そんな名前で活動している。
天野勇二あまのゆうじという者だ。
今日はよろしく頼む。



 二宮は唖然あぜんとして『みかんの王子様』を見つめた。


 想像以上のイケメンのお出ましだ。


 年の頃は自分と同じぐらい。


 恐ろしいほどに整った凛々りりしい顔立ち。


 しかも長身かつ、八頭身のモデル体型。


 何かスポーツでもしているのか、程よく引き締まっておりスタイルも抜群。


 これで十分完璧なのに、どこか上品な色気までかもし出している。


 まさに『王子様』という言葉がピッタリの男。


 いや、これ以上の『王子様』なんて存在するのだろうか、とさえ感じさせる男だ。



藤原雄大

……こ、これは失礼しました。
私たちからお声をかけるべきだったのに。
藤原と申します。
『ふるのう』のプロデューサーを務めております。

樹莉乃

同じくディレクターの樹莉乃いつきりのです。

山下佐介

自分は山下と申します!
本日はよろしくお願いします!


 上司と同期の3人がスマートに名刺を差し出す。


 二宮も一呼吸遅れて名刺を差し出した。


二宮翔太

二宮翔太と申します。
本日はご足労いただき、本当にありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします。


 天野は満足気に二宮を見つめた。


天野勇二

君が二宮か……。
俺にオファーを出した男だな?
会えるのを楽しみにしていたよ。
どこで打ち合わせをするんだ?

二宮翔太

私どものオフィスにお越しください。
会議室を抑えてありますので。

天野勇二

ああ、いいだろう。


 天野を先導しながら高層階へ。


 天野はエレベーターやオフィス棟の内部を眺めながら言った。


天野勇二

ふぅん……。
オフィスとはこのようになっているのか。
立派な建物だ。
随分と立地のいい場所で働いているんだな。


 あちこちを物珍しげに眺めている。


 こういった場所にはまるで縁がない、といった表情だ。


 それを見て樹が尋ねた。


樹莉乃

あのぉ……。
天野さんは普段、何をされている方なんですか?

天野勇二

大学生だ。
医学生として勉学に励んでいる。

樹莉乃

い、医学生……!?
それじゃ、将来はお医者さんになるんですか?

天野勇二

まぁ、その予定だな。

樹莉乃

ちなみに失礼ですけど……。
どちらの医学部に?


 天野が自らの大学名を名乗る。


 都内でも有名な一流私大のひとつだ。


 一流私大の医学部かつ『王子様』という名に相応しいイケメン。


 樹の瞳が一瞬だけ、爛々らんらんと輝いた。


山下佐介

……あれ?
それだったら自分と同じ大学ッスよ!
そこの野球部にいたんです!
プロ野球入りした『てへぺろ王子』とかご存知ないですか?
同世代なんですよ!


 山下が嬉しそうに尋ねる。


 天野の顔が一瞬だけ、心底迷惑そうに歪んだ。


 『てへぺろ王子』という名に心当たりがあるのだろうか。


(詳しくは『彼を上手にプロ野球選手にする方法』にて)


天野勇二

……よく知らんな。
スポーツには興味がないんだ。
申し訳ない。

山下佐介

そうですかぁ……。

……あれ?
そういえば天野さんって、どこかで聞いたような……?


 記憶を漁るように首を傾げる。


 天野は話題を変えるように言った。


天野勇二

そんなことより打ち合わせを始めよう。
今日は『みかん』の話をしに来たんだ。
『みかんの王子様』に頼みたいことがあるのだろう?

二宮翔太

そうですね。
しかし、お医者さんなる予定なのに、なぜまた『みかんのインフルエンサー』をしているんですか……?


 天野は気障キザったらしく微笑んだ。


天野勇二

『みかん』の素晴らしさを世界に広めるためさ。
みかんこそが果実の王。
そして、日本が誇るべき特産物のひとつ。
俺に言わせれば、みかんこそが『クールジャパン』なんだ。


 一同、ぽかんとして天野を見つめた。


 驚くほどに気障キザったらしい口調から、何とも間の抜けた発言が飛び出した。


 しかし、それが不思議とさまになっている。


 二宮も素直に頷いてしまった。


樹莉乃

……へぇ、すごいですね!
それわかります!
日本のみかんは美味しいですよね。
きっと、みかんも天野さんに食べてもらえるなら幸せでしょうねぇ……。


 樹がいち早く甘えた口調を振りかざした。


 取引先の男性をとりこにさせる得意の甘えたトーク。


 天野は「その通りだ」と満足気に頷いている。


樹莉乃

それじゃ二宮くん。
始めましょうか。
天野さんに企画のコンセプトを説明してあげて。

二宮翔太

は、はい……!


 二宮は頷いて書類を取り出した。


二宮翔太

大まかな内容はメールでもお送りしましたが……。
私たちは『ふるのう』という『ふるさと納税サイト』を運営してます。
自治体から依頼を受け、納税や寄付をつのっているサイトになります。

天野勇二

ああ、拝見させてもらったよ。
随分とたくさんの返礼品を扱っているんだな。

二宮翔太

はい!
おかげ様でたくさんの方に利用していただいてます。
さらなる地方の魅力を紹介するため、天野さんにご協力いただきたいんです。


 天野の前に書類を差し出す。


 これが二宮発案の企画だ。


 企画書のタイトルには、




 『みかんの王子様が語る『みかん』の魅力! 今年注目すべき品種はこれだ!』




 という文字が踊っている。


二宮翔太

『インフルエンサー』として活躍されている『みかんの王子様』が、あらゆる『みかん』を紹介する特設ページを作りたいんです。
人気の品種であるべにまどんな』甘平かんぺいはもちろんのこと、それほど知られていない高級みかんもピックアップできればいいなと。


 天野が興味深そうに企画書を見つめる。


 その反応を確かめながら言葉を続ける。


二宮翔太

もし可能であれば、『みかん』以外のフルーツも紹介していただけませんでしょうか。
今や天野さんは『フルスタグラマー』としても有名です。
ふるさと納税では『メロン』『マスカット』といった高級フルーツも人気なので、ご協力いただければすごく助かります。


 『フルスタグラマー』とは、フルーツを中心に発信する『インスタグラマー』のこと。


 天野は『みかん』だけでなく、様々なフルーツをSNSで紹介しているのだ。


天野勇二

ほう……。
なるほどな。
俺は『みかん』さえあれば十分だが、日本には美味すぎる果実が多い。
紹介するのも悪くないな。
だが、メインは『みかん』でお願いしたい。

二宮翔太

承知しました!
みかんの王子様による『ランキング』や、『食レポ』に、農家さんへの『インタビュー』まで……。
あらゆる手段を使って企画を盛り上げていきたいですね。


 天野は満面の笑みを浮かべながら企画書を見つめた。


 本当に『みかん』が好きなのだろう。


 彫刻のように美しい頬がゆるみきっている。


天野勇二

素晴らしい企画だな……。
食レポまで紹介するのか。
それは当然ながら、これらの品種を実際に食べるということだよな?

二宮翔太

もちろんです。
全ての『みかん』を用意します。
季節によって旬が異なりますので、何度かに分けて実施させてください。

天野勇二

大丈夫なのか?
どれも高級品ばかりだぜ。
『愛媛Queenスプラッシュ』『たまたまエクセレント』福寿小町ふくじゅこまちなんて、気軽に買えるものじゃないぞ。

二宮翔太

そんなこと気にしないでください。
『みかん王子様』にピッタリの品種を揃えたつもりです。
『王子様』に安物なんて献上けんじょうできませんから。


 二宮は自信満々に言い放った。


 『王子様に安物は献上できない』というフレーズ。


 これは打ち合わせの場を盛り上げるため、事前に考えていた渾身こんしんのトーク。


 バッチリのタイミングで決まった。


 先輩の樹と同期の山下が空気を読み、すかさず「あははっ!」と笑い声をあげる。


 天野も至極満足そうに頷いた。


天野勇二

実に見事だ。
特にみかんのラインナップが素晴らしい。

『みはやみかん』といった近年に登場した品種。
巨大みかんの晩白柚ばんぺいゆがあるかと思えば、小粒で有名な『桜島小みかん』も抑えている。

バラエティに富んだ品種をピックアップし、閲覧者を飽きさせないよう工夫しているのだろう。
全て君が選んだのか?


 二宮は照れ臭そうに微笑んだ。


二宮翔太

そうなんです。
私は出身が愛媛えひめでして。
周りはみかん畑だらけの環境で育ったんです。

天野勇二

ほう……。
そうなると、この農家は君が声をかけたのか?
ここが『ふるさと納税』の返礼品を提供しているとは驚いたんだ。
相当な希少品種で、市場に出回ることも稀だからな。


 天野は企画書に書かれている越智おち柑橘農園』というみかん農家を指さしている。


 二宮は感心したように言った。


二宮翔太

そこに気づかれるとは、やはり『みかんの王子様』は違いますね……!
そうなんです。
越智さんとはご近所さんでして。
『ふるのう』で取り扱いさせてほしいとお願いしたんですよ。


 天野は感服したように唸った。


 両手を振り回し、大げさな舞台俳優のように手を叩く。


 賞賛の拍手だ。


天野勇二

マーベラスだ。
素晴らしいぞ二宮。
ぜひとも企画に参加させてもらおう。
俺が知る『みかん』の魅力を注ぎ込んでやる。
大船に乗ったつもりでいてくれ。

『みかんの王子様』
にかかれば全てうまくいく。


『ふるのう』を日本一の『ふるさと納税サイト』にしてやろうじゃないか。


 偉そうで気障キザったらしい物言い。


 それがまた見事にハマっている。


 二宮は嬉しそうに息を吐いた。


二宮翔太

良かったぁ……!
ありがとうございます!
僕もみかんが大好きなので、この企画はぜひとも『王子様』にお願いしたかったんです!
これからよろしくお願いします!


 二宮と天野。


 2人の『みかん好き』が固く握手を交わす。


 気障キザったらしくも不思議な魅力に溢れた『みかんの王子様』


 彼との出会いがひとつの『ターニングポイント』をもたらすことになるとは、この時の二宮はまったく想定していなかった。





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23,095

つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
『天クソ』の物語では天野くんが絶対的主人公なんですけど、他キャラから見た天野くんも「それはそれで乙なものかな?」と思い、今回のエピソードを紹介することにしました。
書いてみると思ったより新鮮な気分になりますね。
みんな天野くんを見て「なんやこいつ…! クッソイケメンハイスペック男子やんけ…!」とか思うんですね。
そして「クソ野郎」を知らない人間には「みかんの王子様」で押し通す……という天野くんのスタンスがなんだか可愛かったです(´∀`*)ウフフ
 
さぁ、みかんの王子様の企画はうまくいくのかな?
ではではいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 35件

  • あかね

    藤原雄大がマージャンの人で脳内再生される

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  • せっけん

    悲報:愛媛県民ワイ、ほとんど知らない

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  • まりごるごんぞーら

    やばい、めちゃくちゃ面白そう!!
    これは絶対ふるのうが大躍進するに違いない!!

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  • saku325

    さすがみかんの王子様!
    コメ欄のみなさんが、みかんに興味を…!

    紅まどんなは、果実がまるごとゼリーかのようなプリプリ感があり、とってもジューシー。
    少しお高めだけど、大勢の方に食していただきたいです。

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  • ほりこん

    こんなに人を受け入れてる天野君を見るのはじめてかもw

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