今永との面会後。



 天野たちは御茶ノ水おちゃのみずにある喫茶店コメダに移動していた。



 天野が「一旦、これまでの情報を整理したい」と希望したからだ。



佐伯涼太

はぁ……。
今永さん……。
本当に可哀想ですね……。
まさかクビになるなんて……。


 涼太がアイスコーヒーを飲みながら呟く。


 川口に愚痴るように訴えた。


佐伯涼太

何とかならないんですか?
僕が見る限り、今永さんは果敢かかんに『犯人』を押さえ込もうとしてましたよ。
むしろ動いてくれたのは『今永さんだけ』だったんです。
あれで懲戒解雇クビだなんてあんまりですよ。


 川口も辛そうに言った。


川口由紀恵

私も同感です……。
事務所としても、今永さんを『解雇』にしてほしいとは考えておりません。

ですが、何度かお伝えした通り、今回の事件は大失態なのです。
イベント会社には厳しく指導しております。
その中で責任を問われるのは、やはり『現場責任者』である今永さんになってしまいますね……。

佐伯涼太

そりゃドイヒーですね。
むしろ命が助かったことを喜ぶべきなのに。

でもまぁ、川口さんとしても別会社が考えることですもんね。
立場的に口を出せるワケでもないのか……。

川口由紀恵

そうなんです。
できる限りのことはしたいと、思っているんですが……。


 2人が重い息を吐いた時。


 天野がテーブルに戻って来た。


 電話をかけるため席を外していたのだ。


佐伯涼太

おかえり。
石田いしだくんに電話したんだよね?
彼は無事だった?

天野勇二

ああ、ちゃんと病室で大人しくしていたよ。
脱走した気配もなさそうだ。

佐伯涼太

そりゃ良かった。
『凶器』のことを聞いたんだよね?
なんて言ってた?


 『凶器』という単語を聞き、川口がいぶかしげに瞳を細める。


 天野はその表情を眺めながら言った。


天野勇二

『特に何も考えていなかった』とのことだ。

どうも握手会の『身体検査』は甘かったようでな。
『持ち物検査』は実施されるが、衣服の中まで調べることはない。
だからこそ『服の中』『鉈』を隠したと言っていたよ。

佐伯涼太

それだと『検査システム』に引っかかるよね。
どうやって突破したの?


 天野は呆れたように肩をすくめた。


天野勇二

それがなぁ……。
石田は『検査システム』の存在を知らなかったんだとよ。
ゲートに大型の機器があることさえ、覚えていなかったぜ。

佐伯涼太

マジで?
じゃあ単純に『検査システムが凶器を見逃した』ってこと?

天野勇二

そうなる。
石田が真実を話していれば、の話だが。


 涼太も呆れたように肩をすくめる。


佐伯涼太

今さら隠し事をする必要性はないよね。
もう彼が頼れるのはガチで勇二しかいないんだもの。
嘘を吐いてる感じだった?

天野勇二

さすがに電話越しでは読めん。
だが、真実と考えて問題ないだろう。
俺様のカンはそう告げている。

佐伯涼太

ふぅん……。
これはどういうことなんだろうねぇ……。



 2人が思案しながら腕を組む。


 川口は困ったように天野を見つめた。


 なんだか、よくわからない話をしている。


 しかもそれは、とても重要な話のような気がする。


 涼太は川口の困惑を無視して言った。



佐伯涼太

なんかさぁ……。
ななみったんと、今永さんに会ったことで、よくわからなくなったんだよねぇ……。


 首を傾げながら言葉を続ける。


佐伯涼太

本当に『自作自演』が存在したのかな?
だって、両方とも生半可なまはんか『自作自演』じゃないんだよ。

片方はファンをそそのかして凶行。
もう片方はナイフを自分の胸にブスリ。

どっちも覚悟が必要だよね。
何か強い『動機』があるに決まってる。

天野勇二

ああ、その通りだな。

佐伯涼太

でも、それがまったく見えて来ないんだ。
僕は正直なところ、ななみったんと今永さんが『共犯関係』にあると思ってたんだけど。


 天野がタバコを取り出しながら頷く。


天野勇二

俺もその線を疑っている。
両方の『自作自演』が偶然クロスするはずがない。
駒元と今永は何らかの事情があり『共犯関係』にあった。
『自作自演の方程式』は2人で描いたはずなんだ。

佐伯涼太

ところがどっこい。
ななみったんは今永さんの『自作自演』を暴露した。
あれは驚いたね。
僕たちは彼女の『自作自演』を疑ってたのにさ。

川口由紀恵

あ、あの……!
ちょ、ちょっとお待ちください!


 川口が真っ青な顔で割り込んだ。


川口由紀恵

先程から、御二人は何を話されているんですか?
自作自演……?
駒元が自作自演したとは、どういう意味なんですか?


 天野がゆっくりタバコに火をつける。


 当たり前のように言い放った。


天野勇二

言葉通りの意味だよ。
駒元はファンをそそのかし、自らを握手会で襲撃させるように仕組んだのさ。
だから『自作自演』なんだ。

川口由紀恵

こ、駒元が、そんなことを……!?
冗談はやめてください!
彼女がそんなことをするはずありません!

天野勇二

そのように考えるのが自然だろう。
だがな、俺たちは『犯人』からそう聞いてしまったんだ。
襲撃事件の発案者は駒元七珠本人だってな。

川口由紀恵

なんですって……!


 川口が驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


 川口は天野が『規格外の男』であることをよく理解している。


 事件の捜査を依頼したら、案外あっさり解決してしまうのではないか。


 そんな期待も抱いていた。


 それがまさか、既に『犯人』と接触していたとは。


川口由紀恵

は、犯人……!?
天野様は事件の『犯人』をご存知なのですか!?

天野勇二

そうなんだよ。
驚いただろう?
もう確保して『軟禁』しているぞ。
良かったな。


 偉そうにタバコの煙を吐き出す。


 川口は青ざめながら立ち上がり、大声で叫んだ。


川口由紀恵

な、な、軟禁!?
それって、通報していないってことですか!?
なぜ通報していないんですか!?
むしろどうして、私に教えてくださらないんですか!?

天野勇二

あっはっは。
落ち着けよ。
だから今、お前に教えているんじゃないか。
あまり大きい声を出すと目立つぞ?


 川口は慌てて周囲を眺めた。


 喫茶店コメダの客が迷惑そうに川口を睨んでいる。


 川口は口元を押さえながら席に戻った。


 怒りに震えながら言葉を吐き出す。


川口由紀恵

……何か、お考えがあるんですよね……?
天野様のことは信用しています……。
何か重大な理由があると、そう考えていいんですよね……!?

天野勇二

もちろんだ。
『犯人』は駒元を襲撃したことを認めたが、今永を刺したことは否認したんだよ。
事件の真相が駒元と今永による『自作自演』であれば、『犯人』は重い冤罪えんざいを着せられることになる。
さすがに無視はできんな。


 川口は唸りながら顔を覆った。


 『自作自演』なんて信じられない。


 駒元と今永に、そんなことをする『メリット』があるとは思えない。


天野勇二

とりあえず、今はその線で推理を進めさせてくれ。
お前に迷惑をかけるつもりはない。
わかったな。


 何か言いたげな川口を黙らせ、涼太を見つめる。


 涼太は頷きながら尋ねた。


佐伯涼太

実際どうだったの?
勇二の『嘘を見破るセンサー』に、ななみったんは反応した?
僕には嘘を吐いているように見えなかったけど。


 天野は腕組みしながら言った。


天野勇二

正直なところ、五分五分だな。
俺たちが『石田』の存在を明かさなかったこともあるが、駒元はそこまでの嘘を吐かなかった。

もちろん嘘は吐いているし、何かを隠している。
例えば、お前に対する『感謝の気持ち』なんか、一片も抱いてなかったぜ。

佐伯涼太

ええっ!?
マジで!?
めっちゃ感謝してたじゃん!
あれ『嘘』だったの!?

天野勇二

ああ、安い演技だよ。
それは今永も同様だ。
2人ともお前に感謝なんかしていない。
残念だったな。


 涼太はげんなりと肩を落とした。


佐伯涼太

そりゃないよぉ……。
僕は2人のために頑張ったのにさぁ……。

じゃあ、ガチでななみったんは石田くんに『自作自演』を持ちかけたのかな?

天野勇二

演繹法に則れば、その結論が導かれるな。
駒元はお前に感謝していない。
つまり、お前の行動は好ましいものではなかった。
言い換えれば、石田による襲撃を望んでいた、ということになる。
まったく大した小娘だよ。


 嫌そうにタバコの煙を吐き出す。


 涼太は腕組みをしながら言った。


佐伯涼太

それでもまだよくわかんないね。
ななみったんには『自作自演するメリット』が見当たらないもの。
むしろ『デメリット』しか見えないよ。
TVドラマの出演がバラされちゃったんだからさ。

天野勇二

今永にも『自作自演するメリット』が見当たらなかったな。
現場責任者である以上、今回のような失態は最悪だ。
降格されて然るべきだろう。


 涼太が指をパチンと鳴らす。


佐伯涼太

じゃあこのパターンは?
ななみったんと今永さんは『男女関係』にあった。
もしくは今永さんがななみったんを『恨んでいた』とか。
『痴情のもつれ』ってやつかもしれないよ。

天野勇二

それは決め手に欠けるな。
駒元が自作自演する『動機』が存在しないだろう?

佐伯涼太

だったら『脅迫』は?
今永さんがななみったんを脅して『自作自演』させたのかもしれない。
それなら成立するでしょ?

天野勇二

『脅迫』の可能性はあり得る。
だがその場合、駒元が今永の『自作自演』を暴露する必要がない。
俺はあの供述を聞いて、『脅迫』の可能性が下がったと感じたよ。


 涼太は困り顔で腕を組んだ。


佐伯涼太

うーん……。
さっぱりわかんないよ。

もう天才クソ野郎による『ブラフ』の出番じゃない?
メスをブンブン振り回したら?
誰か口を割るかもしれない。

天野勇二

それは『ブラフ』じゃない。
ただの『脅し』だ。
明確な根拠が存在するなら有効な手段だが、現時点では得策じゃないな。

佐伯涼太

そりゃ困っちゃうね。
この分だと、事件は有耶無耶うやむやの内に終息しちゃうよ。


 疲れた表情で言葉を続ける。


佐伯涼太

誰が何を言っても『証拠』はない。
それぞれの証言は裏取りが困難。
唯一判明しているのは、石田くんがななみったんを襲撃したことだけ。

これは間違いなく『今永さんを刺した容疑』でも逮捕されるよ。
今永さんが『自作自演』を自白するとは思えないもの。

天野勇二

そうだろうな。
自らを刃物で突き刺す。
これは相当な意思がなければ実行できない。
今永が自白する可能性は皆無に等しいだろう。


 ぼんやりと呟き、タバコの煙を眺める。


 なぜ今永が『自作自演』を仕掛けたのか。


 その『動機』が掴めれば、得意の『ブラフ』を振りかざすことは可能だ。


 しかし、それが見えない。


 天野は仕切り直すように言った。


天野勇二

事件を初めから振り返ってみよう。
どうも何か単純なことを見落としている気がする。

佐伯涼太

そうだね。
僕も同感。
ここまで考えても壁がぶち破れないってことは、何か決定的なことを見落としているはずだよね。


 涼太も居住まいを正す。


 記憶を探りながら口を開いた。


佐伯涼太

僕が『幕張メッセ』の会場でスタンバイしたのは……。
確か13時頃だったかな。
メンバーの『ミニライブ』が終わった後だった。
『剥がし』として、13レーンの握手会ブースに入ったんだよ。

天野勇二

そこで駒元と顔を合わせたんだな。

佐伯涼太

そういうこと。
あの時、大好きな『まきりん』の担当じゃなくてガッカリしたんだよね。
ななみったんのことも、よく知らなかったしさ。


 苦笑しながら言葉を続ける。


佐伯涼太

でもまぁ、僕ちゃんが『剥がし』で良かったよ。
他のスタッフさんだったら、襲撃を防ぐことはできなかったかも。
僕ほどの『足技』を持ち、数々の『修羅場』をくぐった『剥がし』なんて、なかなか存在しないもんねぇ。

……あっ、でもアレかな?
もし『自作自演』だったなら、僕の存在なんてクッソ邪魔だったことに……………




 涼太のおどけた言葉が途切れた。


 思わず真顔になる。


 天野も同様だ。


 瞳を見開き、涼太の顔を凝視ぎょうししている。


 天野は小さく息を吐くと、



天野勇二

……それだ。
それだよ。
俺たちは『そのこと』を見落としていたんだ。



 悔しげに言葉を吐き出した。


 涼太が生唾を「ごくり」と飲み込む。


佐伯涼太

そっか……。
そういうことだよね。
あの時、『自作自演』を企んでいた2人にとって、僕は最悪ともいえる『邪魔者』だった……。

その前提で考えるべきだったんだよね!?
ななみったんは僕の顔を覚えてたけど、『足技』『修羅場』のことなんて知るワケないもの!

天野勇二

ああ、それで間違いない。
今永たちにとって、お前の行動は完全に想定外だった。
アイツらが描いた『自作自演の方程式』には、お前という『変数』が含まれていなかったのさ。

だが、そうなると……。
お前を『駒元の剥がし』に任命したのは誰なんだ?
川口になるのか?


 天野が川口を睨みつける。


 川口は状況がよく掴めていなかったが、懸命に口を開いた。


川口由紀恵

い、いえ。
スタッフの配置まで決めることはありません。
それは『現場責任者』にお任せしております。
恐らく、今永さんが決めたのではないかと……。


 天野が納得して頷く。


天野勇二

なるほどね……。
涼太にとっては初めて体験する『剥がし』の仕事。
つまりは『ド素人』だ。
大した仕事はできないだろう。
例え『凶器』が現れたとしても、対処できるかどうか怪しい。

佐伯涼太

今永さんはそれを期待して、僕にななみったんの『剥がし』を任せたんだね。
でも、僕は期待を裏切った。
それで『自作自演』の計画は破綻したんだ。

天野勇二

それに関係する『矛盾』も存在するぜ。
お前が受け取ることになった『ボーナス』だ。


 涼太の瞳が大きく見開かれた。


佐伯涼太

あっ……!
そうだよ……!
あれも明らかにおかしいじゃん!

天野勇二

おい川口よ。
涼太はイベント会社から『30万円』のボーナスを受け取ることになっている。
それはお前たちが用意したのか?

川口由紀恵

えっ?
30万円ですか?


 川口が慌てて首を横に振る。


川口由紀恵

それは初耳です……。
さすがにそこまでの金額は用意しておりません。
用意する予定もないですね……。

天野勇二

だろうな。
そんな『口止め料』を払う必要はない。
そうなると……。



 突然、天野が立ち上がった。


 何かをブツブツ呟きながら、喫茶店の店内を歩き回る。


 実はこのクソ野郎、考えごとをする際に、独り言を呟きながらその場を歩き回る癖がある。



天野勇二

もし涼太が活躍しなかったら、この事件はどのような結末を迎えていたんだ……?

駒元が石田に殺されていた?

いや、石田が駒元を殺せたとは思えない。

今永だってそれぐらいは理解できるだろう……。



 それほど広くない店内を一周。


 店員や客が困惑顔で天野を見上げているが、もうそんなものは視界に入らない。


 灰色の脳細胞がフル回転しながら事件のキーワードをかき混ぜる。




 売れないアイドル。


 握手会での襲撃事件。


 ファンによる凶行。


 メリットのない自作自演。


 右胸に突き刺さったナイフ。


 握手会ブースに持ち込まれた鉈。


 それぞれの凶器。


 作動しなかった検査システム。




 天野の足が静かに止まった。



天野勇二

……もしかすると、これなのか?
アイツはこのために『自作自演の方程式』を描いたのか……?
ならば、わざわざ『ボーナス』を用意したのも……。



 店内をじっくり見回す。


 ここは駒元が石田との『密会』に選んだ喫茶店だ。


 それぞれのテーブル。


 ポスターの貼られた壁。


 天井を見上げる。


 そこでニヤリと悪い笑みを浮かべた。



天野勇二

……ああ、これは使えるな。
あとは推理の『根拠』さえ手に入れば、『ブラフ』で一刀両断できるじゃないか……。

完璧だ。
ようやく『動機』を掴んだぞ。
やはり天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。
クックックッ……。



 仁王立ちしながら不敵な笑みを浮かべる。


 そんな天野のもとに、涼太と川口がやって来た。



佐伯涼太

あ、あのさぁ……。
勇二の癖はよく知ってるんだけど、ここ喫茶店だからさぁ……。
ちょっと、場所を変えてみない……?


 店内の視線を気にしながら尋ねる。


 天野は偉そうに頷いた。


天野勇二

ああ、いいだろう。
川口よ。
すぐに事務所へ戻るぞ。
そして、俺様の言う通りに行動してくれ。

川口由紀恵

は、はぁ……。
それは構いませんが……。
何をすればよろしいのですか?



 困惑する川口。


 周囲にペコペコ頭を下げる涼太。


 天野は胸を張り、堂々と言い放った。



天野勇二

『イベント会社』に電話しろ。
そして『今永の履歴書』を取り寄せるんだ。



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つばこ

喫茶店の店員さん「なんなのあの客…。ブツブツ呟きながら歩き回ってニヤニヤ笑ってるよ…。通報したほうがいいのかなぁ…(´;ω;`)ウッ…」
 
 
『握手会編』もクライマックス突入!
単純なのになぜかややこしい(涼太くんのせいでした)事件も解決の兆しが見えてきました!
 
天野くんはどんなブラフを振りかざすのか!?
『動機』とはいったい何か!?
石田くんはななみったんと旅行に行けるのか!?
次週も楽しみにしていただければ幸いです!
 
そんなこんなでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 22件

  • ポンデリング

    灰色の脳細胞…令和のホームズですかね

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  • ブチコ

    コメダw

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  • まこと

    威圧感が足りなければ、推理がまとまる前に店員と押し問答を挟んでいただろう

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  • LAMP

    毎回天野くんの思考回路についていけないので来週が楽しみです。

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  • ニル

    よくわからんから来週が楽しみ

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