川口は事務所の車に天野たちを乗せ、都内にある病院へ向かった。



 今永いまながが入院している総合病院だ。



 移動中の車内にて、涼太がさめざめと呟いた。



佐伯涼太

はぁ……。
ななみったん、落ち込んでたねぇ……。
日曜ゴールデンのドラマ出演がバラされたんだ……。
売れてないアイドルにとっては、絶望そのものだろうねぇ……。


 運転席の川口も同感だと頷く。


川口由紀恵

おっしゃる通りです。
元々、彼女は役者志望のアイドル。
今回のキャスティングは悲願だったことでしょう。

天野勇二

不運な娘だな。
確かに見事な演技力だった。
悪くなかったぜ。


 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。


 涼太はその横顔を眺めながら言った。


佐伯涼太

でも川口さん……。
僕たちを『被害者』に会わせるなんて珍しいですね。
勇二の介入かいにゅうなんて嫌がりそうなのに。

川口由紀恵

そんな悠長なことも言ってられないのです。
握手会における襲撃事件はこれで4回目。
しかも今回は『犯人』が逃亡。
私としては天野様が解決の糸口を見つけてくだされば……と願っております。


 涼太は納得したように頷いた。


佐伯涼太

それもそうか……。
『犯人』が捕まらないと、次の握手会なんて開催できないですもんね。

川口由紀恵

その通りです。
『犯人』が逮捕されたとしても、再発防止策が固まらない限り『イベント』は自粛じしゅくするしかありません。
当然ながらCDの発売も延期。
コンサートも中止になるかもしれません。


 川口はやつれた表情で言った。


 顔には悲壮感が漂っている。


 スタッフに負傷者を出し、世論から激しく叩かれ、『芸能事務所』や『運営』は厳しい立場に立たされているのだ。


 天野は川口の心情を眺めながら尋ねた。


天野勇二

今回のような『襲撃事件』が過去にもあったのか?

川口由紀恵

ございました。
もちろん全て別人による犯行であり、犯人は逮捕され解決しております。
再発防止のため、これまで以上に警備体制を整え、今回だけは問題ないと思っていたのですが……。


 苦しげに息を吐く。


 涼太が頷きながら言った。


佐伯涼太

犯人は握手会ブースに『凶器』を持ち込んだことになりますよね。
どうやって警備の目をかいくぐったのか……。
ちょっと気になりますね。

川口由紀恵

ええ、問題なのはその点です。
警備体制のどこに『穴』があったのか。
それが判明しないことには、次の『握手会』を開催することができないのです。


 天野は腕組みしながら川口を眺めた。


 どうやら川口たち芸能事務所の人間は『なぜ犯人が凶器を持ち込めたのか』という点に注目しているようだ。


 イベント主催者であれば気にするのも当然だろう。


天野勇二

おい涼太。
『持ち物検査』は実施していなかったのか?

佐伯涼太

実施してたよ。
警備員が手荷物の中身をチェックしてたはず。
ペットボトルや液体の持ち込みさえ禁止されてたね。

天野勇二

駒元は『服の中』から『鉈』が出てきたと言っていたぜ。
随分とザルな警備だな。
3回も事件を起こしているのに、何も学んでいないのか。


 川口がゆっくり首を横に振った。


川口由紀恵

いえ天野様。
それが違うのです。
今回は最新の検査システムが導入されておりました。
それもイベント会場だった『幕張メッセ』の設備でございます。
会場の入り口に大型機器を設置し、一度に大人数の検査が実施できるようにしていたのです。

天野勇二

ほう?
そんなものがあるのか。

川口由紀恵

私は詳しくありませんが、『AI』と『後方散乱X線検査技術』を応用した最新鋭のシステムだとか。
刃物や拳銃といった『凶器』を体内に隠されても、見つけ出すことができるのです。
その精度はなんと99%に達するそうです。

天野勇二

ふぅん……。
それは凄いな。
大した技術だ。

川口由紀恵

何でも『東京オリンピック』の開催に合わせて、いくつかの会場で試験的に導入しているようです。
信頼度が高い上に、検査の時間を大幅に短縮できるので、私たちも安心していたのですが……。


 苦しげに言葉を続ける。


川口由紀恵

まさか、こんな事件が起きるなんて……。
なぜ検査システムが『凶器』の持ち込みを見逃したのか。
『幕張メッセ』に問い合わせているのですが、未だに明確な回答が返って来ておりません。

天野勇二

原因不明、ということだな。

川口由紀恵

その通りです。
このままでは検査機器も自前で用意しなければなりません。
警備員の数も増やす必要があるでしょう。
そうなると、膨大な費用がかかってしまうのです……。

天野勇二

なるほどね……。
なぜ『凶器』を持ち込めたのか。
『犯人』を確保したら、真っ先に尋ねてみたいところだな。

川口由紀恵

そうですね。
警察にも追求いただくようお願いしております。


 天野は小さく息を吐いた。


 ボサボサ頭の冴えないドルオタである石田の顔を思い浮かべる。


 あの男が、そんな最新鋭システムを突破するだけの技量を持っていたのだろうか。


天野勇二

(とてもそのようには見えなかったな……。誰かが石田を手引きしたのか? 他に『共犯者』がいるとは思えないんだがな……)


 涼太がチラリと天野を眺めた。


 その瞳が「石田くんのことを川口さんに伝えるべきかな?」と尋ねている。


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

(そろそろ伝えるべきだろう。だが、今は黙っておけ。まずは今永の話を聞こう)



 車は20分ほどで目的地に到着した。


 都内にある病院のひとつ。


 病院周辺に報道関係者マスコミの姿は見当たらない。


佐伯涼太

もっとマスコミが集まってるかと思ったけど……。
静かなもんだね。
ここに『被害者』が入院してるって知らないのかな?

天野勇二

『被疑者』が逃亡しているからな。
今永を保護するためにも、関係者にしか情報を公開していないのさ。


 天野たちは病院の4階へ向かった。


 外科病棟のひとつ。


 大きな個室に今永は入院していた。



今永春馬

……あっ、川口さん……。
どうもお疲れ様です。
こんな姿ですみません。


 病院着の今永が頭を下げる。


 年の頃は30歳ほど。


 なかなか精悍せいかんな顔つきの持ち主だ。


 鋭く力強い一重の瞳。


 唇の上に僅かな無精髭ぶしょうひげが乗っている。


川口由紀恵

お気になさらないでください。
お身体の具合はどうですか?

今永春馬

もう安定してます。
多少は痛みますが、いつでも退院できるそうです。

川口由紀恵

それは何よりです。
今回は私共のためにご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。


 川口は謝罪から入った。


 今永が恐縮しながら頭を下げる。


今永春馬

そ、それは自分が言うべき言葉ですよ!
事務所の皆様にご迷惑をおかけし、本当にすみませんでした……!


 土下座せんばかりの勢いだ。


 今永は『握手会』などのイベント現場を取り仕切る会社の人間。


 川口はその会社に業務を発注する側の人間。


 つまり、今永にとって川口は最重要の顧客なのだ。


 低姿勢になるのも無理はない。


 川口はその様子を眺めながら、天野たちを紹介した。


川口由紀恵

こちらは私がお世話になっている『アドバイザー』の天野様と佐伯様になります。
特に佐伯様は『握手会スタッフ』として、決定的な犯行を防いでくださいました。

今永春馬

ええ……。
もちろん存じ上げてます。


 今永がじっと涼太を見上げる。


 また深々と頭を下げた。


今永春馬

ありがとうございます。
佐伯くんのおかげで、メンバーへの被害を防ぐことができました。
本当に感謝しています。

佐伯涼太

いいんですってば。
むしろ今永さんにお怪我をさせてしまい、本当にすみませんでした。


 今永はゆっくり首を横に振った。


今永春馬

いや、これは自業自得の結果です。
あの時、複数のスタッフで『犯人』を囲み、慎重に取り押さえるべきでした……。
僕の軽率な判断が『犯人』を逃したんです。
悔しくてたまらないですね……。


 顔を歪めながら肩を落とす。


 そこで天野がゆっくり歩み出た。


 威圧感いあつかんを放ちながら今永を見つめる。


天野勇二

アドバイザーの天野というものだ。
川口に頼まれ、事件のことを調べている。
いくつか話を聞かせてもらえないか。

今永春馬

は、はい……。
もちろんです。
何でも聞いてください。


 今永は緊張の面持ちで天野を見上げた。


 芸能事務所の『アドバイザー』という謎の肩書に萎縮いしゅくしたのか。


 天野が『年下』であることを理解した上で敬語を使っている。


 天野はひとつ息を吐くと、険しい表情で言った。


天野勇二

駒元七珠から『セクハラ』『パワハラ』の報告を受けた。
あなたは彼女の身体を触ったり、罵倒ばとうしたり、立場を利用して個人的な誘いを持ちかけたりしたそうだな。
それは真実なのか?


 病室に緊張が走った。


 川口がぎょっとした表情で天野を見る。


 今永はいぶかしげに瞳を細めた。


今永春馬

……えっ?
どういうことですか?
セクハラ……?
僕がですか?

天野勇二

ああ、そうだ。
個人的に会えばイベントの場所を優遇してやる……。
そんな誘いを持ちかけたらしいな。
駒元は泣きながら訴えていたよ。

今永春馬

ぼ、僕が、駒元さんに?
ちょ、ちょっと待ってくださいよ……。
何かの冗談ですよね?
本当なんですか川口さん?


 困惑しながら川口を見つめる。


 川口も今永と同じように困惑の表情を浮かべている。


川口由紀恵

私も、その件は初耳ですね……。
駒元が天野様にそう伝えたのですか?

天野勇二

ああ、そうだ。
前島も聞いている。
すぐに社長やプロデューサーの耳に入るだろう。


 今永の顔が一気に青くなった。


 震えながら唇を開く。


今永春馬

え、えぇ……?
いや、そんなはずありませんよ……。
僕が駒元さんにそんなことを?
い、いくらなんでも、冗談キツいですって……!


 今永は激しく狼狽ろうばいしている。


 「まるで身に覚えがない」といった表情だ。


 それでも天野は「ニタリ」と唇を歪め、極悪の表情で語りかけた。


天野勇二

真実であれば認めたほうがいい。
そのほうが傷は浅いぞ。

相手は芸能事務所という巨大組織だ。
裁判になれば勝ち目はない。
むしろ裁判なんか無視して、加害者の口を塞ぐ可能性も高い。

あなたの人生が終焉しゅうえんを迎えるかもしれないんだぜ。


 冷たい脅しの言葉。


 病室に天野の殺気が広がっていく。


 今永は恐怖に震えながら口を開いた。


今永春馬

ま、待ってくださいよ……!
違いますって!
そりゃ、駒元さんとは多少会話することもありましたけど……。
グループのメンバーにセクハラなんて、考えたこともないですって!


 青ざめながら訴える。


今永春馬

僕はもう1年以上、握手会の『現場責任者』を務めてるんですよ!?
これまで一度もトラブルは起きてなかったはずです!
駒元さんと個人的に会ったこともありません!
他のメンバーとも適切な距離を保ってきました!
それは川口さんもご存知のはずです!


 川口が困ったように天野を見る。


 頷きながら口を開いた。


川口由紀恵

確かにそうですね……。
今永さんには何度も仕事をお願いしております。
メンバーからも不満の声は届いてないですね……。

今永春馬

ですよね!?
セクハラなんかとんでもないですよ!
そんなことしたら、自分なんか一発で『クビ』になりますって!
絶対にやってません!


 青ざめながら言葉を吐き出す。


 セクハラの『疑惑』を晴らそうと必死。


 顔を歪めて『無実』を訴えている。


 天野は「ふむ…」と呟くと、


天野勇二

それは悪かったな。
あなたは現場責任者だ。
ちょっとした発言を『セクハラ』『圧力』と受け取ったのかもしれない。
駒元が勘違いしている可能性も高いな。


 あっさり態度を軟化なんかさせた。


 険しい表情を引っ込め、冷静に今永を眺める。


 態度を変化させることで今永の『反応リアクション』を伺っているのだ。


 今永は安堵あんどしたように息を吐くと、


今永春馬

『圧力』ですか……。
いや、それもどうかと思いますよ……。


 疲れたように言葉を続けた。


今永春馬

天野さんは知らないと思いますが……。
『現場責任者』といっても、大した権限は持ってないんです。
握手会レーンやブースの場所なんて、自分の一存では決められません。
特定のメンバーを優遇することなんかできないんですよ。

天野勇二

ほう?
そうなのか?

今永春馬

ええ、うちの会社はイベントの開催場所に合わせて『ブース』や『レーン』の設営を行います。
でも、メンバーがどのレーンに立つのか。
それは運営や事務所の方々が決めるんです。
僕たちは上からの指示に従うことしかできないんですよ。

天野勇二

川口よ。
それは真実か?

川口由紀恵

は、はい……。
今永さんは常にこちらの都合で動いていただくよう、お願いしております。
特定メンバーの優遇なんて不可能ですね……。


 川口が困惑した表情のまま頷いた。


 天野は両手を広げると、ヘラヘラと笑みを浮かべながら言った。


天野勇二

それは失礼なことを言った。
俺の確認不足のようだ。
改めて駒元を問い詰めることにしよう。
すまなかったな。


 今永は恨めしげに天野を見上げた。


 随分と偉そうな謝罪の言葉だ。


今永春馬

はぁ……。
まぁ、信じていただけたなら、それでいいんですけど……。

天野勇二

きっと駒元も混乱しているのだろう。
何せ『鉈』で殺されかけたワケだからな。
他にも色々と意味不明な供述をしていたよ。

今永春馬

意味不明な供述……?

天野勇二

ああ、そうだ。
なぜかわからないが、あなたは『犯人に刺されたのではない』と言っていたんだ。
あなたがナイフを自らに突き刺した。
つまり『自作自演』だと主張したのさ。
そんなことがあるワケないのによ。


 今永の瞳が大きく見開かれた。


 唇が微かに震えている。


 大きく首を横に振ると、心底呆れたように言い放った。


今永春馬

……ありえないですね。
僕は彼女のために、危険を承知で『犯人』に飛びかかったのに……。
なんで、そんなことを考えるのか、まったく理解できないですね……。


 天野が大きく頷く。


天野勇二

俺様も理解できんな。
駒元はショックを受けているのだろう。
精神が不安定なんだ。
そんな時はありもしない妄想に囚われることが多い。
許してやってくれないか。

今永春馬

……はい。
そりゃ、僕も駒元さんには同情してますよ。
彼女が襲撃される理由なんて存在しないでしょう。
今後の芸能活動に影響がなければいいと、そう願ってますけど……。


 今永は右胸を見つめた。


 『ナイフ』が突き刺さった場所だ。


今永春馬

実際に刺されて、入院しているのは僕なんです。
佐伯くんがいなかったら死んでいたかもしれません。
それに会社からは、今回の責任を取れと、厳しく言われているんです……。


 自嘲じちょうしたように頬を歪める。


今永春馬

それも当然でしょうね。
腐っても『現場責任者』ですから。
懲戒解雇クビになりますよ。
退職金も出ません。

いやもう、何もかもが情けなくて、ホント笑っちゃいますよ……。


 病室に乾いた笑い声が響く。


 何かが壊れたような笑い声。


 苦しげに言葉を吐き出す。


今永春馬

ナイフで刺されて。
死ぬほど痛い目にあって。
それも全部僕の責任だって言われて。
会社もクビになって。
これで『セクハラ』『自作自演』の疑いをかけられるんですから……。
ホントに、情けない話ですよ……。


 顔を覆い、頭をかきむしる。


 涼太と川口は同情の眼差しで今永を眺めている。


 しかし、天野はどこか冷めた表情で今永を見下ろしていた。



天野勇二

(ふぅん……。なかなか優秀な男じゃないか。この程度の『尋問』は想定していたな。悪くない切り返しだ)



 冷静に今永を見つめる。


 『犯人』に刺された被害者。


 絶望に暮れ、全てを失った男。


 一見ではそのように見える。



天野勇二

(だが、俺様の瞳を誤魔化すことはできない。いくつかの『嘘』も確認できた。やはりコイツが『自作自演』を仕掛けたんだ。そのように考えて間違いないだろう)



 腕組みをしながら息を吐く。



天野勇二

(それでもやはり『動機』が見えない。なぜ『自作自演』を仕掛けた? むしろ今永と駒元はどんな『自作自演の方程式』を描いたんだ? それは今も作用しているのか……?)



 思案しながら今永を見つめる。


 黙り込む天野を見て、涼太が声をかけた。



佐伯涼太

ね、ねぇ……。
ここまでにしたら?
もう十分だと思うな。
今永さんも病み上がりなんだしさ……。

天野勇二

……ああ、そうだな。
失礼しよう。
今永さん、お時間をいただき感謝する。



 頷く今永に背を向け、病室を後にする。


 川口と涼太も頭を下げ、慌てて天野を追いかける。


 今永は3人の背中を神妙な表情で見つめていた。




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つばこ

今週は天野くんと『今永さん』が激突!
『握手会編』もクライマックスに突入しました!
天才クソ野郎でもなかなか掴めない『動機』とはいったい何なのか!?
次回もご期待いただければ幸いです!
 
そして…。
ついに天クソも『300話』に到達しましたーー!!!ヾ(*´∀`*)ノ
 
これもひとえに読者の皆さまのおかげでございます。
いつもありがとうございます。
まだまだお届けしてみたいエピソードがてんこ盛りですし、未だに公開していない長編もあったりするので、これからも応援いただければ幸いです。
 
どうかこれからも皆さまの傍らに天クソがありますように!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございまーーーーす!!!!!

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コメント 25件

  • ポンデリング

    300話おめでとうございます!

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    300話…!凄い!おめでとうございます!!
    書籍化を…お願い出来ませんか…_:(´ཀ`」 ∠):

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  • (°∀°)「左原」要チェック

    連載300話おめでとうございます*\(^o^)/*
    これからも楽しみにしています♪

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  • LAMP

    天野くん300話おめでとうございます!!!!(*'∇')/゚・:*【祝】*:・゚\('∇'*)

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  • ピク

    300話達成おめでとうございますヾ(●´∇`●)ノ

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