石田清史郎

『ななみったん』です……!
ななみったん本人に、自分を襲ってくれって頼まれたんです!



 石田の絶叫がテラスに響いた。



 『断末魔だんまつまの叫び』のような悲鳴。



 前島はすぐさま怒鳴り返した。



前島悠子

はぁぁぁっ!?
なに言ってるんですかこの人!?
そんなことあるワケないですよッ!



 前島は元々、『アイドルグループ』のセンターだった娘だ。


 何度も『握手会』に参加した。


 呆れるほどファンとの交流を重ねた。


 そうやって積み重ねた幾千いくせんもの『握手』が、現在の『国民的アイドル』という地盤じばんを作り上げたと自負している。



前島悠子

みんなが、どんな思いで『握手会』に挑んでいるのか……!

あれは私たちが『アイドル』として輝くための大切なステージなんですよ

大勢のスタッフも関わってます!
たくさんの人生を背負ったイベントなんです!
そんな場所で『自分を襲え』なんて言うワケありません!

師匠!
早く通報してください!


 石田に詰め寄る勢いで叫んでいる。


 涼太も構えながら言った。


佐伯涼太

僕も同感だね。
情けをかけない方がいい。
彼は『ナイフ』で刺してくるタイプの人間だよ。
この場でフルボッコにしても、警察は怒らないね。


 天野はじっくり石田を見つめた。


 全身を眺めて嘘の気配を探す。


 ゆっくり首を横に振った。


天野勇二

ちょっと待て。
少しだけ気になる。
通報はするな。
この男の話を聞くぞ。

前島悠子

え、えぇぇっ!?
ちょ、師匠!?
正気ですか!?

天野勇二

俺様はいつだって正気だ。
おい石田よ。
話を聞かせてもらおう。
まず椅子に戻れ。


 石田は涙目で天野を見上げた。


 ガクガク震えながら椅子に戻る。


 天野も椅子に戻り、気障キザったらしくタバコを取り出した。


天野勇二

理解していると思うが、別にお前の全てを信用したワケじゃない。
お前も『天才クソ野郎』の噂は耳にしているはず。
俺様を騙すのであれば、死んだほうがマシだと思えるほどの拷問を与えてやるぜ。


 石田は慌てて頷いた。


石田清史郎

わ、わかってます……!
天野さんと佐伯さんのことは、色々な人から聞いてます……。

あらゆる格闘技を習得した『白衣を着た悪魔』……。
その相棒である『歩くコンドーム屋さん』のことも……。


 涼太が驚いたように言った。


佐伯涼太

へぇ、僕のことも知ってるんだ。
有名になったもんだね。
もしかして、『剥がし』が僕だって気づいてたのかな?

石田清史郎

は、はい……。
すぐ気づきました。
こんな偶然があるんだって驚きました。

でも、だからこそ、天野さんに『依頼』できるんじゃないかと思ったんです……!


 石田は震えながら自らの鞄に手を伸ばした。


 いったい何を取り出すのか。


 再びテラスに緊張が走る。


 しかし、石田が鞄から取り出したのは、


石田清史郎

見てください!
僕は本当に、ななみったんの大ファンなんです!
中学生の時から『ななみったんし』なんですよぉ……!






 駒元七珠との『チェキ』『生写真』など。


 アイドルイベントである『握手会』『チェキ会』『ツーショット撮影会』などで入手したものだ。


 満面の笑みを浮かべる駒元七珠。


 その隣でニヤけている石田。


 手書きで『せいちゃん♥』と書かれているのは、きっと石田の『あだ名』だろう。


天野勇二

ふぅん……。
結構な数だな。
これがどうしたんだ?

石田清史郎

い、いや、これが『証明』ですよ!
『無実の証明』です!
僕は世界中の誰より『ななみったん』を愛してるんです!

こんなに好きな女の子を本気で襲うはずないですよねぇ!?



 テラスをなんともいえない沈黙が包んだ。


 涼太が「なにバカなこと言ってんのよ…」とため息を吐く。


 前島が「やはり通報しなくては」とスマホを握る。


 天野も舌打ちしながら言った。



天野勇二

呆れた男だな……。
こんなものでは証明にならん。

俺様が知りたいのは『お芝居』の意味だ。
アイドルからどんな『お芝居』を要求されたのか。
詳しく説明しろよ。

石田清史郎

はい……。
そ、そうですよねぇ……。


 石田は小さく頷くと、


石田清史郎

そもそも『ななみったん』に出会って、恋をしたのは……。
まだ僕が、中学生だった頃なんです……。


 顔を歪める天野たちに構わず、大昔のことを語り始めた。





 石田が駒元七珠に恋をしたのは中学3年生の時。


 当時の『アイドルグループ』は、絶対的センター前島悠子を有する最強グループ。


 アイドル業界の枠組みを飛び出し、お茶の間にも浸透しんとうし始めていた頃だ。


 CDはミリオンセラーを連発。


 様々なテレビ番組に出演。


 紅白歌合戦などにも出場。


 思春期を迎えた石田も、当たり前のように夢中になった。


 そして、駒元七珠と出会ったのだ。



駒元七珠

いつもありがとうございます!
この間も来てくれたよね?
さては七珠のこと、好きになっちゃったのかなぁ?



 それが『握手会』で初めて聴いた生声。


 石田としては初対面であり、「誰と間違えてるのかな?」と思ったが、


石田清史郎

う、うん!
好きだよ!
僕はななみったんのことが好きなんだ!

駒元七珠

やったぁ!
ありがとう!
七珠も君のこと大好きだよー!
また来てねー!


 このやり取りで、石田のハートは完全に掴まれてしまった。


 『ドルオタ』という人生の幕開け。


 バイト代の全てを駒元につぎ込み、CDはもちろんのこと、あらゆる『ななみったんグッズ』を買い漁った。


 『握手会』や『ツーショット撮影会』も必ず参加。


 残念ながら、それによって駒元の人気が上がることはなかったが、石田は幸せだった。


 むしろ「自分が一番に推さなくちゃ」という使命感を抱いていた。


 そんな人生に転機が訪れたのは、3ヶ月前の『チェキ会』だった。



駒元七珠

ねぇねぇ……。
せいちゃんはこの後、予定とかあるの?



 イベントの最中、駒元は小声でそんなことを尋ねた。


石田清史郎

よ、予定?
特にないけど……?

駒元七珠

じゃあさ……。
七珠と会えないかな?
せいちゃんとゆっくりお話したいの。
みんなにはナイショで、2人きりでお茶とかしたいな。



 ささやかれたお誘いの言葉。


 石田の全身が燃えるような歓喜に包まれた。


 大好きなアイドルとお忍びデート。


 あらゆるドルオタが夢見る最高の展開だ。



石田清史郎

う、う、ううううん!
大丈夫だお!
ぼ、ぼ、僕も、ななみったんとお話したいお!

駒元七珠

ちょ、ちょっと……。
声が大きいってば。
みんなにはナイショなんだから。

石田清史郎

そ、そ、そっか……!
そうだよね……!

駒元七珠

イベントが終わったら……。
御茶ノ水おちゃのみず喫茶店コメダで待ってて。
すぐに抜け出して行くから。
誰かに言ったら絶交だからね。



 石田は夢見心地で喫茶店に向かい、駒元の到着を待った。


 こんな幸福が自分に訪れるなんて。


 本当に現実なんだろうか。


 夢を見ているのではないだろうか。


 何かの『ドッキリ』だろうか。


 それとも怖いお兄さんが現れ、自分から金品を奪ったりするのだろうか。


 そんな不安は、やって来た駒元の笑顔が全て吹き飛ばしてしまった。



駒元七珠

お待たせ!

時間がかかってごめんね。

せいちゃんに会いたかったよぉ……!

なんだか、こうやって会うのドキドキするね。
悪いことしてるみたい。

石田清史郎

うん……!
そ、そうだね……!

駒元七珠

でも信じて。
ファンの人に会うのは、せいちゃんが初めてなの。
せいちゃんだから、デートしてみたいと思ったんだよ。



 この時、石田がどれだけの幸福を覚えたのか。


 細かく説明するまでもないだろう。


 もう死んでも良かった。


 明日地球に隕石が落下して全てが粉々に吹き飛んで宇宙のチリになって消えても、別に良かった。



駒元七珠

今はね、新曲のダンスレッスンをしてるんだ。
幕張まくはりメッセの全国握手会で踊るから、せいちゃんは絶対に来てね。
せいちゃんのためにパフォーマンスするから。
私がこうやっておでこに『ピースサイン』作ったら、それはせいちゃんへのサインだからね。



 おまけに駒元は楽しそうに自分と会話してくれるのだ。


 本当に死んでも良かった。


 だからこそ、駒元が寂しげな表情を浮かべて、



駒元七珠

七珠ってさぁ……。
本当に人気がないよね。
もう5年もアイドルとして頑張ってきたけど、このあたりが限界かも。

事務所の人も『グループを卒業しなさい』って七珠に言うんだ。
ずっと拒否してきたけど、そうすべきかもしれないよね……。



 そんなことを言い出した時は、全力で否定した。


 口からツバを飛ばしながら『ななみったん』の魅力を語った。


 『ななみったん』が世界で一番カワイイ。


 これからもアイドルとして活躍できる。


 いつか前島悠子まえしまゆうこ柏田麻紀かしわだまきより人気が出るに決まっている。


 『ななみったん』こそが1,000年に1人の美少女なんだと、熱く語りかけた。



駒元七珠

うふふ……。
ありがとう。
せいちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ。

だけど、うちのグループは『恋愛禁止』だよ?
七珠が卒業したら、せいちゃんとも『お付き合い』できるかもしれないよ?



 そう言われた時は思わず黙り込んでしまったが、石田は『ななみったんというアイドル』を心から愛していた。



石田清史郎

そんな夢みたいなこと、あればいいけど……。

ななみったんは可愛いからもったいないよ。
僕はもっと応援したい。
ななみったんが上に行けるように、もっと頑張るよ。

駒元七珠

本当にそう思ってくれる?
七珠のためだったら、なんでもしてくれる?

石田清史郎

もちろん!
なんでもするよ!

駒元七珠

本当に?
せいちゃん優しいからなぁ。
誰にでもそう言ってるんでしょ。

石田清史郎

そ、そんなことない!
僕はななみったんだけだよ!
本当だってば!

駒元七珠

じゃあ、七珠のことを……。

『握手会』で襲撃して。

……って言ったら?
そこまでしてくれる?


 石田は小首を傾げた。


石田清史郎

……ふぇ?
どういうこと?
握手会で襲撃って……?

駒元七珠

七珠ね、考えたんだ。
どうしたら人気が出るのか。
どうしたら世間の注目を集められるのか……。
それで思いついたの。

七珠が『ファン』に襲われたら、すごく話題になるんじゃないかなって。

石田清史郎

………えっ?



 石田は青ざめてしまった。


 真性の『ドルオタ』であるがゆえに、駒元が呟いた『作戦』の意図が理解できてしまった。



駒元七珠

『握手会での襲撃事件』……。

これは大ニュースになるよね。
私の名前をたくさんの人が知ってくれる。
実際にセンターだった前島さんも、すごく話題になったでしょ?

石田清史郎

で、で、でもそれは……!
ダメだよ……!
そんなの絶対にダメだってば……!

駒元七珠

うん、ダメだよね。
でもね、芸能事務所って事件が起きたタレントをすごく優遇ゆうぐうしてくれるの。

少なくとも『卒業』を強要させたりしない。
仕事も回してくれる。
売れるようにプッシュもしてくれる。
健気けなげに頑張る姿を見せれば、人気も上がると思うんだ。



 石田は震えていた。


 それは『アイドル』として絶対に許されない行為。


 考えることも許されないほどの行為だ。


 駒元は優しく石田の手を握りしめた。



駒元七珠

せいちゃん……。
お願い。
七珠のことが好きなら協力して。

まだ、私は『アイドル』を続けたいよ。
せいちゃんの前で踊りたい。
せいちゃんだけに『ななみったん』を見てほしいの。

石田清史郎

で、でも……!

駒元七珠

これは『お芝居』だよ。
誰も損をしないちょっとした『お芝居』なの。
七珠は『お芝居』のためなら、別に怪我をしてもいいんだ。



 駒元の手がほんのり濡れている。


 汗ばんでいるのだ。


 いつもの『握手』には存在しない感触。


 駒元は緊張している。


 そして、本気で頼み込んでいるのだと、感じることができた。



駒元七珠

こんなこと頼めるの、せいちゃんしかいないの……。
せいちゃんだけが頼りなの。
七珠のために協力して……?



 熱い吐息が石田の顔にかかる。


 今にも泣き出しそうな声。


 石田は必死に唇を開いた。



石田清史郎

そ、そりゃ、協力したいよ……。
協力したいけど……。
もしかしたら、僕は捕まるかもしれないよね……?

駒元七珠

うん……。
そうかもしれない。

でもね、せいちゃんが捕まらないように、逃げるルートを用意しておく。
もし捕まったとしても、七珠が警察にせいちゃんの罪を軽くしてくれるようにお願いする。

それならいいでしょ?
七珠のためなら、なんでもしてくれるんだよね……?



 濡れた視線が石田を貫く。


 愛するアイドルが自分の助けを必要としている。


 他の誰でもなく、自分だけを。



石田清史郎

……う、うん……。
わかった……。



 石田は思わず頷いてしまった。


 別に明日、死んだっていいんだ。


 警察に逮捕されることなんて、それに比べたら軽いものじゃないか。


 そう考えてしまった。



石田清史郎

僕、やるよ……!
ななみったんのために、やってみせる……!
『お芝居』をするだけだもんね?



 駒元は満面の笑みを浮かべた。



駒元七珠

嬉しい……!
ありがとうせいちゃん!

……あっ、そうだ。
この計画が成功したら、2人きりで旅行に行こうよ。
泊りがけがいいな。
その時は、七珠がせいちゃんにたっくさん『御礼』をするからね……。



 はにかみながら告げた誘い。


 甘すぎる旅行の誘い。


 それで石田の決意は確固たるものに変わってしまったのだ。








石田清史郎

……という訳なんです。
『お芝居』だったんです。
僕は本当に、ななみったんを傷つけるつもりはなかったんです……。



 深々と頭を下げる。



石田清史郎

どうか、このことは内緒にしてください。
ななみったんが僕と『旅行に行く』なんて、ファンのみんなが聞いたらショックを受けますから……。



 天野は腕組みをしながらタバコの煙を吐き出した。


 隣を見れば、前島が真っ青な顔で首を横に振っている。


 涼太も似たようなものだ。


 2人の顔が「そんなことありえない。妄想に決まっている」と告げている。



天野勇二

ふぅむ……。
なかなか小狡こずるい女だな。
『襲撃事件』を自作自演するとは。

しかもお前を完璧に手玉に取ってやがる。
大した小娘だ。
嫌いじゃないな。

石田清史郎

そ、そうですか!?
天野さんも気に入ってくれましたか?
すごくダメな考えですけど、ななみったんも追い詰められてたんだと思います。

……あっ、そうだ!
よかったら、生写真1枚どうですか!?


 石田の笑顔を無視して尋ねる。


天野勇二

なぜお前はスタッフを『ナイフ』で刺したんだ?

今の話が真実であれば、襲撃するのはアイドルだけのはず。
逮捕も覚悟していたのだろう?
スタッフを刺す必要性が感じられないぜ。


 石田はブンブンと首を縦に振った。


石田清史郎

そ、そ、それなんですよ!
それが天野さんにお願いしたいことなんです!

天野勇二

どういう意味だ?

石田清史郎

僕はスタッフさんを刺してないんです!
そもそも『ナイフ』なんてんですよ!

なんであんなことになったのか……!
本当にわからないんです!



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つばこ

ななみったん「実際にセンターだった前島さんも、すごく話題になったでしょ?」
 
ななみったんのセリフですが、これは『天才クソ野郎とアルカナの支配者』での出来事を示しています。
あの時、前島ちゃんは結構な事件やスキャンダルに巻き込まれました。
きっとその事件をバネにして頑張り、さらなる人気を獲得したのでしょう。
ななみったんはそれを見て
 
「いいなぁ、物騒な事件に巻き込まれるって」
 
なんて考えたのかもしれません。
まぁ、石田の話が真実であれば……の話ですけどね( ´艸`)ムププ
気になった方はぜひとも『アルカナ編』を読んでください!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 22件

  • ポンデリング

    涼太の通り名‪w‪w‪w

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  • ゆっきー

    襲撃事件の時、ナイフ刺されたの見て、犯人が驚いてた気がしたのそれのせいか!!ななみったん、炎上商法までして生き残りたいんか…スタッフさんの方も自作自演じゃないだろうな…

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  • 宙舞

    つばこさんの書く文章を大漁に読みたくなって
    最近アルカナ読み始めたばかりなのでタイムリーすぎて変な声出ました…!

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  • hide

    ナイフを用意してないだと??マジか!?

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    なんか仕切ってたバイトリーダーみたいなやつとななみったんが付き合ってたりするんかな。
    だとしたらまぁ、ななみったんもしたたかだけど、バイトリーダーみたいなあいつもなかなか演技上手いな、涼太が見て確実に「取り乱してる」と思うほどの演技を"ナイフを自らに刺しながら"あの演技な訳だもんな。
    やるな。

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