駒元七珠こまもとななみが襲われた握手会での傷害事件。



 当然ながら、この事件はセンセーショナルなニュースとして世間を駆け巡った。



 たびたび問題になる『アイドル』への暴行。


 それも握手会参加者アイドルファンによる凶行。


 おまけに『襲撃犯』は会場から逃亡。


 現在も逮捕されていない。


 世論せろんは当然ながら「運営の危機管理意識が欠如けつじょしている」「運営はアイドルたちを凶行から守る気がない」と、握手会の管理体制を痛烈つうれつに批判していた。






佐伯涼太

いやぁ、驚いたよぉ。
いきなりなたを取り出すんだもの。
僕が『剥がし』だったのが不幸中の幸いだったね。
僕ちゃんがいなかったら、間違いなく『ななみったん』も襲われてたよ。



 事件の翌日。


 涼太はいつものテラスで雄弁ゆうべんに自らの活躍劇を語っていた。


 聴取者リスナーは『天才クソ野郎』こと天野勇二あまのゆうじ


 そして、涼太にアルバイトを紹介した『国民的アイドル』の前島悠子まえしまゆうこだ。



佐伯涼太

しかもね、『襲撃犯』を見た瞬間、なんか怪しいなぁってイヤな予感がしたのよ。
『天才チャラ男』の第六感シックスセンスが僕にささやいたね。
コイツはヤバい。
コイツは僕が最も嫌う『女の子に手を上げるヤツ』だって。



 涼太はドヤ顔で語っている。


 『天狗の鼻』が伸びまくり。


 それでも前島は感心したように言った。


前島悠子

はぁ……。
それは確かにすごいです。
よく気づきましたね。
涼太さんもダテに修羅場をくぐってませんね。

佐伯涼太

そりゃそうよ!
僕だって『殺人犯』を捕まえたり、逮捕に協力したり、暴漢を『稲妻キック』で撃退したこともあるんだ!
ただのチャラ男じゃないんだよ!
女の子に手を上げる外道なんか全力で潰しちゃうよ!

前島悠子

本当に立派です。
川口さんも感謝してました。
今度しっかり御礼を伝えたいと言ってましたよ。


 前島の賞賛しょうさんを受け、さらに『天狗の鼻』が伸びる。


佐伯涼太

ふっふっふっ……。
御礼なんていらないよ。
男がカワイイ女の子のために身体を張るなんて、当たり前のことだもの。
恐竜の時代から決まってることだよね。
むしろそれがおとことしての正しい生き様だよ。

……まぁ、それでも川口さんが御礼を伝えたいって言うなら、別に断る理由もないかな。
川口さんには「まきりんも同席でオナシャス」って伝えておいて。


 ウインクしながら告げる。


 天野は呆れたように言った。


天野勇二

まったく能天気なヤツだ……。
忘れたのか?
『犯人』は捕まってないんだ。
どこかの間抜けな『剥がし』が逃してしまったからな。


 スポーツ新聞をテーブルに叩きつける。

 新聞には涼太の華々はなばなしい活躍なんて一文字も書かれてない。

 紙面をめているのは、『襲撃犯』を捕まえなかった運営とスタッフの批判ばかり。

 涼太はしょんぼりと肩を落とした。


佐伯涼太

まぁねぇ……。
それは僕としても不覚だったよ。

でも説明したじゃん。
現場責任者が刺されて、スタッフたちはパニクっちゃったんだ。
さすがにガチで刺してくる人は怖いよ。
スタッフだって結局は『素人』だからね。


 同情しながら言葉を続ける。


佐伯涼太

むしろ犯人を逃して正解だったと思う。
下手に追いかければ『第二の犠牲者』が生まれたかもしれないよ。

犯人の確保は警察に任せればいい。
刃物を持った人からは全力で逃げればいい。
勇二もそう考えてるでしょ?

天野勇二

ああ、そうだな。
それは否定しない。

だがな、お前は『素人』じゃないんだ。
お前が確実に仕留めていれば、現場責任者も刺されることはなかったはずだぜ。

佐伯涼太

まぁ、そうなんだけどさぁ……。
いくら相手が『加害者』でも、やり過ぎれば問題になるでしょ?
ローキックで仕留めるのが最適かな、と思ったんだよ。

天野勇二

いや、違うな。
お前は『加害者』よりも、アイドルの『被害者』に目を向けたんだ。

お前なら犯人を確保したまま警察の到着を待つことが可能だった。
なぜそれをしなかったか?
怯えるアイドルに駆け寄り、励ましたり避難させたりすることを優先したからだ。
その甘さが犯人を逃したんだよ。


 涼太は痛いところを突かれた。


 加害者の確保よりも、被害者であるアイドルの安全を確保することが先決。


 その判断が間違っていたとは思わない。


 しかし、そこに多少の『下心』があったことは、否定できなかった。


佐伯涼太

はぁ……。
クソ野郎は厳しいなぁ。

僕はななみったんを守ったのに。
敵は刃物を持ってたのに。
これだけじゃ合格点を与えてくれないのね。


 落ち込む涼太に前島が言った。


前島悠子

いえ、涼太さんは立派だったと思います。
最悪の事態を防いでくれたんですから。

七珠ちゃんと涼太さんは怪我をしなかった。
刺されたスタッフさんも命に別条はなかった。
これだけで合格ですよ。

佐伯涼太

おおっ……!
珍しく前島さんが僕に優しい!

そうだよね!
僕ちゃん頑張ったよね!?
たぶんバイト代も出るよね!?

天野勇二

弟子も甘いな。
コイツは本気を出せば、踵落としで鎖骨さこつをへし折る男だぞ。
明らかに手を抜いている。
俺様は物足りないな。

前島悠子

師匠の感性がおかしいんですよ。
刺されたスタッフさんは気の毒ですけど、涼太さんが悪いワケじゃないんですから。



 前島が天野をなだめていると、誰かがテラスの階段を上がる足音が聴こえた。


 訪問者がやって来る。


 天野が何気なくテラスの入り口を眺めると、



???

あ、あのぉ……。
えっと……。
天野さん……ですよね?
は、は、はじめまして……。



 気の弱そうな男が顔を出した。


 地味な顔立ち。


 ボサボサの長髪。


 分厚いメガネをかけた小柄な青年。


 見覚えのない顔だ。


 天野は偉そうに言い放った。


天野勇二

確かに俺が天野勇二だ。
お前は誰だ?
まず自己紹介から入るのが天才クソ野郎のルールだ。
名を名乗れ。


 小柄な青年がおどおどしながら頷く。


石田清史郎

す、すみません……。
僕は商学部1年の石田清史郎いしだせいしろうといいます……。
あの、天野さんに、どうしても聞いてほしい話があって……。


 怯えながら天野を見上げている。


 その視線が涼太と前島にも移る。


 膝は先ほどから震えっぱなし。


 何かを酷く恐れているようだ。


天野勇二

ほう?
『学園の事件屋』への依賴というワケだな?


 天野はニタリと唇を歪めた。


 どこか楽しそうに石田の顔を睨みつける。


 テラスの椅子を指さしながら言った。


天野勇二

最近はマトモな依頼人が訪れなかったからなぁ。
実に楽しみだ。
話を聞こうじゃないか。
まずは座るといい。

石田清史郎

は、はい……。
失礼します……。


 石田は小刻みに震えながら腰掛けた。


 顔色は真っ青。


 可哀想なほど緊張している。


佐伯涼太

(……うーん? どうしたのかな。随分と怯えてるね)


 涼太は小首を傾げながら石田を見つめた。


 『天才クソ野郎』は大学の恐怖ともいえる存在なので、怯えてしまうのも無理はない。


 しかし、石田の態度は少々異なる。


 天野というよりも、隣に座る涼太を恐れているように見える。


佐伯涼太

……どうしたの?
君とは初対面だよね。
僕のことが怖いの?


 涼太は笑顔で尋ねた。


佐伯涼太

そんなに怯えることないよ。
怖いのはこっちの『クソ野郎』だけだから。
僕と前島さんはガチで『ただの大学生』だもの。

……あっ、いや違うか。
前島さんは『ただの大学生』じゃなかった。
前島さんのことは知ってるでしょ?
今をときめく『国民的アイドル』だよ!


 人懐ひとなつっこい笑顔で語りかける。


 石田の緊張をほどこうとしているのだ。


 石田は首をブンブン振ると、


石田清史郎

も、もちろん知ってます……!
僕、アイドルグループの大ファンなんです!
前島さんの握手会に行ったこともあります!


 前島が即座に営業スマイルを浮かべた。


前島悠子

えっ!?
そうなんですか!?
嬉しいです!
ありがとうございます!
今もグループを応援してくれてるんですか?

石田清史郎

は、はい……!
もちろんです……!
今もグループの大ファンです!

前島悠子

それなら昨日の全国握手会にも行きました?
現場は大変だったみたいですね。
石田さんは事件に巻き込まれませんでしたか?

石田清史郎

……えっ?


 石田の顔が一気に青ざめた。


 ガクガクと全身が震えている。


 天野は瞳を細めながらその様子を見つめた。


石田清史郎

え、え、その、えっと……。
昨日の、握手会には……。
行ってないんです……。

前島悠子

そうなんですか。
事件に巻き込まれなくて良かったです。
ファンの皆さまにご迷惑をかけてしまって、本当に申し訳なく思います……。

石田清史郎

そ、そんな……!
前島さんが、謝ることじゃないです……。
僕は、昨日の握手会に、行ってないんですし……。


 天野はチラリと涼太を見つめた。


 涼太も天野を神妙しんみょうな表情で見つめ返す。


 緊張の面持ちだ。


 天野は静かに尋ねた。


天野勇二

……石田といったな。
なぜ、そんな『つまらない嘘』を吐いた?
お前は昨日の握手会に行ったのだろう?


 石田が「ぎょっ」として天野を見つめる。


石田清史郎

いや、ち、違います……!
昨日は、本当に……!

天野勇二

だから嘘を吐くなよ。
俺様は目を見るだけで嘘を見破れるんだ。
お前の浅はかな嘘なんか手に取るように見えるぜ。

おい涼太よ。
コイツに見覚えはあるのか?


 涼太はじっと石田を見つめた。


佐伯涼太

……なんとも言えないね。
昨日の『襲撃犯』は帽子とメガネとマスクで顔を隠してた。
顔はよく見えなかったんだ。

でもね、背格好が似てるよ。
雰囲気もそっくり。
もしかしたら、何発か蹴ったかもしれない。

天野勇二

そうか。
石田よ、悪いが脚を見せてくれ。
もし君が『襲撃犯』ならば、涼太の蹴りによるあざが残っているはずだ。
いきなり犯人扱いしてすまないと思うが……。
拒否は受け付けない。


 ゆらりと立ち上がる。


 全身から解き放たれる殺気。


 石田は慌てて椅子から立ち上がると、



石田清史郎

す、す、すみません……!
僕です……!
僕がやりました!
僕が、昨日、ななみったんを襲おうとした犯人です!



 テラスに土下座しながら叫んだ。


 その声を受け、涼太と前島も立ち上がる。


前島悠子

は、犯人……!?
そ、そんな……!
師匠……!


 前島が慌てて天野に駆け寄る。


 涼太は素早く石田の後方に回った。


 テラスの出入口を塞ぎ、今度こそ逃さないために。


 天野は前島を背中に隠しながら言った。


天野勇二

弟子よ。
通報しろ。
警察に引き渡すぞ。

前島悠子

は、はい!
わかりました!


 スマホを取り出す前島を見て、再び石田が叫んだ。


石田清史郎

待ってください!
違うんです!
これは誤解なんです!

天野さんお願いです!
僕を助けてください!


 涙目で言葉を続ける。


石田清史郎

僕は本気で襲うつもりじゃなかったんです!
手違いがあったんですよ!
無実なんです!
まずは僕の話を聞いてください!


 天野は舌打ちしながら言った。


天野勇二

なぜ俺様がお前の話を聞かねばならない?
女子供を襲うゲスの話なんか聞く気もないぜ。

石田清史郎

だから違うんです!
頼まれたんですよ!
握手会で襲撃するような『お芝居』をしてほしいって!



 天野の眉が「ぴくり」と動いた。


 注意深く石田の顔を睨みつける。


 背後では前島がスマホを持ち、


前島悠子

……警察ですか!?
今ここに、犯人がいるんです!


 と叫んでいる。


 天野はゆっくりスマホを取り上げた。


前島悠子

あっ……!
なんでぇ!?
通報しないんですか!?


 スマホの通話を切る。


 舌打ちしながら石田を眺めた。


天野勇二

『お芝居』だと?
それはどういう意味だ。
誰にそんなことを頼まれた?



 石田はボロボロ涙をこぼしながら天野を見上げた。


 ゆっくり震える唇を開く。



石田清史郎

『ななみったん』です……!
ななみったん本人に、自分を襲ってくれって頼まれたんです!




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つばこ

思ったよりも天野くんは涼太くんに厳しかったですね。
そもそも刃物を持った人を相手にした時、正しい選択肢は「にげる」です。
決して「たたかう」だとか「メスを振り回す」とか「薄い硫酸をぶっかける」とか「極道から盗んだハジキをぶっ放す」ではないのです。
天野くんだって刃物を持った相手には逃げて……ないな。逃げてない。あいつ考えてみればほとんど逃げてない。
 
クソ野郎はどうかしてるんです!
決してマネしないでください!
そんな感じでオナシャス!!!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 23件

  • ゆう

    涼太

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  • ポンデリング

    炎上商法かな〜と思ったらまさかの当たり、ななみったん、可愛かったから悲しいなぁ…

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  • モンピア

    どちらかと言えば
    刃物をもった犯人が天野くんから「逃げる」
    じゃない?wwwwwwww

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  • まこと

    このアマ、おにぎり好きの風上にも置けない奴め

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  • ぷに

    えーーーー
    目立つために?売れるために?売名のために?
    人が怪我してるのに

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