涼太とメイたちがファミレスにいる頃。


 天野は総合病院の待合室にて、賢人の父親と対峙していた。


 天野は笑いながら言った。



天野勇二

まずは軽傷で何よりだった。
ミニバンのフロントガラスを破壊したというのに、軽い剥離骨折はくりこっせつだけで済んだとは。
まったく頑丈な男だ。



 賢人の父親は気まずそうに頭を下げた。


賢人の父親

本当に申し訳ない……。
『治療費』を、世話になってしまって……。

天野勇二

気にしないでくれ。
あんたは命の恩人なんだ。
当然の行為だよ。

むしろ仕事は大丈夫か?
さすがにしばらく休む必要があるだろう。
金に困ることはないのか?

賢人の父親

い、いや……。
さすがにそこまでは……。
世話になれないよ……。

天野勇二

ならばせめて、通院ぐらいは面倒を見させてくれ。
この病院に通えばいい。
いつ訪れても申し分のない治療が受けられるよう、話をつけておこう。

賢人の父親

えっ?
こ、こんなに立派な病院に……?
あ、ありがとう……ございます……。



 恐縮しながら頭を下げ、いぶかしげに天野を見上げる。


 この青年は何者なのだろう。


 一回ひとまわり年下の若者。


 しかも恐らく大学生。


 それなのに驚くほど態度が大きく、まるで病院関係者であるかのように振る舞っている。


 天野はそんな困惑を眺めながら言った。



天野勇二

改めて自己紹介しよう。
俺は天野勇二。
賢人の友達クラスメイトの叔父だ。
あんたの名前も教えてくれ。

東原友和

あ、ああ……。
自分は東原友和ひがしはらともかず……。
天野くんの言う通り、賢人の父親だ……。

天野勇二

賢人は『父親がいない』と言っていた。
すでに離婚しているんだな?


 東原は小さく頷いた。


 あまりプライベートなことを喋りたくはないが、天野には病院を世話になっている。


 立場上、正直に話すしかなかった。


東原友和

賢人が生まれた頃に離婚している……。
当時の自分は、職を失い、結構な借金を背負ってしまって……。
幹恵みきえに迷惑をかけないために、籍を抜くしかなかったんだ……。



 天野はじっと東原の瞳を見つめた。


 このクソ野郎は瞳を見ることである程度の心理を読んでしまう。


 特に嘘を見破ることは得意中の得意。


 首を横に振りながら言った。



天野勇二

それだけじゃないな。
恐らくあんたは『褒められた夫』ではなかった。
妻を決定的に怒らせたのか。
暴力でも振るっていたのか。
借金を家族に背負わせたのか。
もしくは……。


 土気色の頬をじっと眺める。


 乾いた唇。


 微かに震える指先。


 典型的な『依存症』の症状だ。


天野勇二

『酒浸り』の毎日を送っていた……。
まぁ、恐らくそれだな。

結構な『アルコール依存症』に陥り、家族に迷惑をかけていた。
しかも、それは今も断ち切れていない。
そこに『失業』と『借金』が重なれば、愛想を尽かされて当然だろうな。


 東原は驚いて天野を見つめた。


東原友和

な、なんでだ……?
君は俺のこと、知らなかったんだよな?

天野勇二

ああ、知らなかった。

東原友和

それなのにわかるのか?
俺はそれほど『アル中』に見えるのか?

天野勇二

見えるさ。
きっと賢人の母親も即座に気づくだろうな。


 東原は苦しげに黙り込んだ。


 目元を押さえて肩を落とす。


東原友和

そうなのか……。
それじゃ、やはりダメだ。
賢人にも、幹恵にも、会わせる顔がない……。

幹恵は『アル中』の俺を憎んでるんだ。
昔、酔った勢いで、幹恵のことを……。


 震えながら呟く。


 天野はため息を吐きながら言った。


天野勇二

あんたの過去に何があったのか。
そんなことに興味はない。
俺が立ち入ることでもないさ。
だが、少々尋ねたいことがある。


 鋭い瞳で東原の顔を覗き込む。


天野勇二

なぜ賢人を『監視』していた?
理由を教えてくれ。



 天野はこの時、すでに覚悟を決めていた。


 もし東原が『反社』と繋がっているのであれば、容赦なく叩き潰すしかない。


 それが賢人の父親であっても。


 賢人を悲しませる結果になっても。


 子供を襲う『反社』を生かしておくつもりはなかった。



東原友和

…………



 東原はしばし黙り込んでいたが、天野がそう尋ねる意図は理解していたのだろう。


 ゆっくり語り始めた。



東原友和

賢人には内緒にしているんだが……。
時々、幹恵と連絡を取り合うことがあるんだ。

あくまで近況報告をするだけで、直接会うことはない。
向こうも俺には会いたがらないし、賢人の前に姿を見せないでほしいって言うから……。
ずっと、それは守り続けていたんだ……。


 天野は静かに頷いた。


天野勇二

それが『約束』というワケか。
なぜそれを破った?

東原友和

いや、それが……。
恥ずかしい話なんだが……。
ある日、幹恵から、賢人が『YouTuber』をやってると聞いたんだ……。


 東原の頬がわずかにほころんだ。


東原友和

驚いたよ……。
賢人があんなに大きくなって、おまけにYouTubeの人気者になってたなんて。
しかも、あんなに愉快な動画を、たくさんの友達と一緒に……。
俺はもう、嬉しくて、嬉しくてなぁ……。


 瞳がうるんでいる。


 立派に成長していた息子の姿。


 それを見ることでき、本当に嬉しかったのだろう。


 天野は腕組みをしながら尋ねた。


天野勇二

それで賢人を『監視』していたのか?
YouTube越しではなく、直接、姿を見てみたいと……。

東原友和

ああ……。
本当にすまない……。
どうしても、本物の賢人を見たくて……。

別に声をかけるつもりもなかったんだ。
遠くから顔を見ることができれば、それで充分だったんだ……。


 言い訳するように言葉を重ねている。


 天野は舌打ちしながらその表情を睨みつけた。


 残念ながら嘘の気配は見当たらない。


 それでも念のため尋ねた。


天野勇二

それは真実だろうな?
俺はあんたが『反社』の手先ではないかと疑っている。
チンピラたちによる拉致は阻止したが、別に『反社』が一組と決まったワケじゃないからな。

東原友和

は、反社……?
それって、どういうことだ……?

天野勇二

賢人は誰かに命を狙われているのさ。
原因は不明。
相手は『極道』や『半グレ』のような『反社会的組織』である可能性が高い。


 東原は口を「ぽかん」と開けた。


東原友和

じょ、冗談だろ……?
な、なんで、賢人がそんな連中に……?

天野勇二

俺様が訊きたいよ。
あんたに原因がある可能性もあるんだ。
『反社』に狙われる心当たりはないのか?
例えば莫大ばくだいな借金を背負ったため、『闇金』がかつての家族たちを狙っている、とかな。

東原友和

そ、そんなのありえない……!
借金は数年前に完済したんだ。
今は真っ当に働いてる。
そんな連中と関わったこともない……!


 青い顔で告げている。


 やはり嘘の気配は見当たらない。


 まったく心当たりがないのだろう。


天野勇二

そうか……。
ならば、やはり原因は『YouTuber』にあるのか……。

あんたが『監視』を始めたのはいつからだ?


 東原は記憶を探りながら言った。


東原友和

……半年ほど前、だと思う。
時々、賢人の登下校を見ていた。

天野勇二

今日のような怪しい連中を見かけたことはないのか?
チンピラのような風貌ふうぼうの男たちだ。


 東原は真剣な表情で黙り込んだ。


 静かに記憶を辿る。


 震える声で言った。


東原友和

言われてみれば……。
2度ほど、あんな物騒な連中を見かけた。
写真を撮っていたような気もする。
あれが、賢人を監視していたのか……?

天野勇二

その可能性が高いかもしれん。
最初に気づいたのはいつのことだ?

東原友和

1ヶ月ほど前……。
ああ、そうだ。
運動会の時だ。
あまり見かけない連中だとは思ったんだが……。


 天野は小さく息を吐いた。


 怪しげな連中チンピラを見かけても、それが『自らの息子の抹殺を企てている』とは、なかなか想像できないものだ。


 この情報は信用できるかもしれない。


 もし『YouTuber』に原因があるとしたら、比較的最近投稿アップした動画にあるのだろう。



天野勇二

……わかった。
もう十分だ。


 天野はそこで立ち上がった。


 背を向けて歩き出す。


 東原は慌てて声をかけた。


東原友和

ま、待ってくれ!
俺のことを、賢人や幹恵には、内緒にしてくれないか?


 天野は背を向けたまま言った。


天野勇二

ああ、もちろんだ。
そもそもあんたがいなければ、俺は目の前で『賢人を拉致られる』という屈辱を味わっていた。
その点は感謝している。

東原友和

き、君は……。
天野くんは、賢人の味方なんだよな?
理由はわからないが、賢人のことを、助けようとしてくれてるんだよな?

天野勇二

そうだ。
出来る限りのことはするつもりだ。

東原友和

それなら、どうか頼む……!


 東原は勢い良く頭を下げた。


東原友和

賢人を守ってくれ……!
今の俺は、あいつの成長だけが『生きがい』なんだ!
あいつのYouTubeを見ている時だけが、生きていると実感できるんだ!
あいつがどうにかなったら、俺は、どうしたらいいのか……!


 嗚咽おえつをこらえるような声。


 天野の足が止まる。


 ゆっくり振り返る。


 その双眸そうぼうには、明らかな怒りと失望が浮かんでいた。


天野勇二

……くだらねぇな。
そんな『依賴』を引き受けるつもりはない。


 吐き捨てるように告げる。


天野勇二

はっきり言うが、俺は『あんたのような人間』が死ぬほど嫌いなんだ。
俺のような人間に頭なんか下げやがって……。
腐っても『父親』だと名乗るなら、あんた自身が誰よりも賢人を守りやがれ。


 再び背を向けて歩き出す。


 もう東原はその背中に声をかけることができなかった。





 その日の夜。


 天野は自らのアパートにメイと賢人を招待した。


 2人の母親には『お泊まり会』と告げて。


 『反社』の正体や目的が掴めないため、賢人を自宅から遠ざけることにしたのだ。



佐伯涼太

ピカルくんのお母さんは大丈夫かな?
彼が狙われている以上、自宅やお母さんも危険かもしれないよ。


 涼太が不安げに尋ねる。


 このパコ野郎も『お泊まり会』に参加するようだ。


天野勇二

その可能性は低いだろう。
敵が狙ったのは賢人本人。
そして賢人のYouTubeが保存されたデータだ。

つまり、狙われているのは『リトル★ピカルくん』というYouTuberなのさ。
そいつが目撃した何かを『反社』は恐れているはずだ。

佐伯涼太

そっか……。
逆にいえば、賢人くんは『反社』が困る『切り札』を握ってるんだ。
そうなると、お母さんを拉致するのは逆効果になりそうだね。

天野勇二

そういうことだ。
母親を拉致しても賢人の口を塞ぐことはできない。
もし母親に危害が及ぶとすれば、事態がさらにややこしくなった後だろうな。



 涼太は寂しげに賢人とメイを眺めた。


 今は天野のベッドの上ですやすや眠っている。


 天野と涼太がたっぷり遊ばせたので、疲れ切ってしまったのだろう。


 無邪気であどけない寝顔。


 涼太はしみじみと呟いた。



佐伯涼太

カワイイ寝顔だねぇ……。
僕に『初恋』の季節が訪れたのも、あれぐらいの年頃だったな。

2人の『初恋』が叶うといいね。
まぁ、たぶん叶わないんだろうけど。
それが『初恋』ってものだしさ。

でもやっぱり……。
叶ってくれたらいいよね。


 天野は舌打ちしながら言った。


天野勇二

そんなことはどうでもいい。
気になる動画があるんだろ?
どれなんだ?

佐伯涼太

うわっ、勇二はドライだねぇ。
さすが『初恋』の季節を知らない人は違うよ。
たまにはキュンキュンしたら?
僕に胸キュンのロマンティックあげてよ。

天野勇二

うるせぇなぁ。
早く教えろ。
俺様は2ヶ月以内に投稿された動画が怪しいと踏んでいるんだが。


 涼太は「ぽん」と手を叩いた。


佐伯涼太

おっ、まさにその通り。
2ヶ月前に投稿した動画だよ。
『「本物のうんこを投げられたら怒らない人0人説」を検証してみた』のやつ。
ちょっと怪しい人がいたんだよね。


 天野は冷めた目で涼太を眺めた。


天野勇二

『うんこ』だと……?
本気で言っているのか?
『反社』が『うんこ』を投げられて激高したとでも言うのか?

佐伯涼太

違うってば。
『うんこ』を投げられた人の中にね、気になる人がいたんだよ。



 問題のシーンを再生する。


 夕暮れ時に撮影された動画だ。


 人気のない駐車場の一角。


 映っているのは2人の男性。


 年の頃は50歳ほどだろうか。


 タバコを吸いながら親しげに談笑だんしょうしている。


 そこに賢人が颯爽さっそうと現れ、奇声をあげながら『うんこ』を投げつけている。



佐伯涼太

これだよ。
最初は気づかなかった。
顔もはっきりとは見えない。
だけど、もしかすると『あの人』じゃないかなって。



 片方の男はオールバックにスーツ姿。


 サングラスをかけた大男だ。


 鼻横に大きなホクロがある。


 もう片方は短髪の小柄な男性。


 フレームのないメガネをかけ、顎の下にマスクをかけている。


 涼太はその男性を指さして言った。



佐伯涼太

画質が悪いから、間違っているかもしれないけど……。
この人は『芸人』だよ。
それも複数の冠番組を持つ超人気者。
お笑い界の大御所とも呼ばれる人物なんだ。
勇二も見たことあるでしょ?


 涼太が芸人の名前をささやく。


 天野は当たり前のように答えた。


天野勇二

知らんな。
見たことも聞いたこともない。

佐伯涼太

まぁ、その回答は想定内だね。
勇二はバラエティを好まないもの。

ただね、すっごい人気者なんだよ。
トップクラスのお笑い芸人と言っても過言じゃない。
海外での知名度だって半端ないんだ。


 天野は「ふぅん」と呟きながら画面を眺めた。


 2人の男は慌てて顔を隠し、賢人の『うんこ』から逃げるように走り去っている。


 涼太は動画を止め、オールバックの男性を指さした。


佐伯涼太

例えばの話だけど……。
もう片方の男性が『反社』だったとしたら、これはとんでもない話になるよ。

ピカルくんはたまたま『超大物芸人と反社のツーショット』を目撃したんだ。
しかもYouTubeに投稿した……。
世間がこれを認知したら、芸能界は大パニックに陥るよ。




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つばこ

ピカルくんの名誉のために補足しますが、彼は『うんこ』を人にぶつけているワケではありません。
ちゃんと当たらないように工夫してます。
それに粘土に色を塗った偽物です。
ただそれでも、
 
「うんこをくらえ!」
「ホカホカのうんこだ!」
「うんこ爆弾投下!」
 
なんて奇声をあげながら投げてますので、まぁ、ダメですよね。
どんな理由があっても『うんこ』を投げてはいけません。
たぶんどこかで天野くんも叱ることでしょう。
どうか読者の皆さまはマネしないでください!
あと念のため補足しますがこれはフィクションです!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 20件

  • LAMP

    これまでの話を読んでると涼太の『初恋』ってセリフが少し哀しげに感じる

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  • ゆんこ

    あっ叱るんだ!

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  • 癒雨@ベスチャ良作宣伝部

    ミスリードにめっちゃ引っかかったwww天野くんも疑ってたし別にいいけどww

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  • ポンデリング

    あっ、闇営業?

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    うーん、多分詐欺グループのアレを元に作った話なんじゃないかと思うけど…
    流石にそんな超有名人がマスクつけてたとは言え、通行人じゃなくて登場人物として写ってたら絶対視聴者気付くよね。まずそこがおかしい。

    しかもその動画がヤバいからってピカル君を殺すなんて…
    しかも事故に見せかけて殺すって、小学生の事故死ってニュースになる可能性がある。
    しかもスモークを貼ってナンバー偽装した車だったなんてもし目撃者がいたら1ヶ月はその話で持ちきりじゃないかな 笑
    しかも天野君とメイちゃんというがっつり知人の目の前で初めての殺し狙うっていうのも考え無し過ぎないか反社…
    てかその喫煙の時もそうだけど、外でマスク一枚で反社とタバコ吸ってるって危険意識低過ぎる 笑笑
    週刊誌とかに狙われてたらどうするんだろ、そこは揉み消せる程の力があるのか?

    でもここから、本当はそうじゃなくて…!って展開がまったく予想つかないな…

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