天野勇二

(なぜ、こんなに出来た少年ガキなんだ……。これが他人様に『うんこ』を投げつけるなんて、とても想像できんぞ……)




 そんなことを考えながらも、天野はまず『紅茶アイスティー』をいただくことにした。


 小学生が頑張って来客のためにお茶を用意してくれたのだ。


 なかなかできることではない。


 少なくとも「粗茶ですけど」なんて言葉。


 ただの小学生が口に出せる言葉ではない。



天野勇二

……ふむ。
美味いな。



 デカフェの無糖アールグレイ。


 確かにそこそこ上質な紅茶だ。


 賢人は嬉しそうに笑った。


吉川賢人

良かった!
お母さんがパート先の忘年会でもらったやつなんです。
お中元用の紅茶なんですって。
特別なときに飲みなさい、って言われてたんです。

天野勇二

そうか……。
それはありがたいな。
お母さんは仕事に行っているのかい?

吉川賢人

はい。
駅前のスーパーで働いてます。
うちは『お父さんがいない』んで、苦労をかけてばかりなんです。


 賢人はさらっとデリケートなことを口にした。


 天野は思わず部屋の中を眺めた。



天野勇二

(ほう……。『母子家庭』なのか。随分と貧しそうな家だとは思ったが……。苦労しているんだな)



 前述した通り、賢人が住んでいるのは相当なオンボロアパートだ。


 間取りは1DK。


 風呂場はない。


 テレビはおろか、エアコンなども存在しない。


 窓際には扇風機が置かれており、窓から飛び込むセミの鳴き声をかき混ぜている。



天野勇二

……うん?



 扇風機の前に型落ちのノートパソコンとビデオカメラが置かれている。


 決して高級品ではない。


 しかし、この部屋の中では一番の『贅沢品』といえるだろう。



吉川賢人

あっ、それ……。
YouTuberユーチューバー用のパソコンとカメラなんです。


 賢人が天野の視線に気づいた。


 少し誇らしげに言葉を続ける。


吉川賢人

たぶんメイちゃんから聞いたと思うんですけど……。
僕、YouTuberをやってるんです。

最初は学校のカメラとパソコンを使ってたんですけど、ちょっと広告収入をもらえたので、思い切って買っちゃったんです。

天野勇二

そういうことか。
メイから聞いたよ。
俺はよく知らないが、人気のYouTuberなんだってな。


 賢人は照れくさそうに頭をかいた。


吉川賢人

いやぁ……。
そんな人気ってほどでもないんですけど……。

あの、僕のYouTube……。
オジさんは見ましたか?

天野勇二

いや、まだ見てないな。


 賢人は安堵あんどしたように微笑んだ。


吉川賢人

それならよかった……。
あの、実は僕、あんまり良くない動画を投稿してるんです。
オジさんが見たら、僕のことを嫌いになるんじゃないかなって。


 賢人は随分と「もじもじ」している。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

なぜそんなことを言うんだ?
君は好きでやっているのだろう?
俺に遠慮する必要はあるまい。
堂々と胸を張ればいいさ。

内田愛唯

そうだよ!
ピカルくんは面白いよ!
パパだって見ればぜったいに笑うもん!


 メイが励ますように告げる。


 賢人は「ありがとう」と微笑みながらも、


吉川賢人

好きだからやってるんですけど……。
僕がYouTuberを始めたのは『お金』がほしかったからなんです。
胸を張るだなんて、そんな偉そうなものじゃないんです……。


 伏し目がちに言った。


 しかし、すぐに「これは交際相手の叔父に見せる姿ではない」と察したのだろう。


 慌てて背筋を伸ばした。


 家の中を眺めながら告げる。


吉川賢人

見てのとおり、僕のうちはお金持ちじゃありません。
お母さんも病気がちで働けないことが多くて……。
家計の足しにできないかと思って、YouTuberを始めたんです。


 今度はしっかり胸を張っている。


 その『動機』にやましい感情はない。


 そう自分に言い聞かせているのだろう。


吉川賢人

本当はちゃんとしたアルバイトがしたかったんです。
でも、小学生だとなかなか働かせてもらえなくて。
昔はよかったらしいんですけど、なんかそういうのがすごく厳しいんですって。

天野勇二

まぁ、そうだろうな。

吉川賢人

でもYouTuberだったら大丈夫だったんです。
もちろんお金持ちになれるほど貰ってません。
でも、YouTubeのおかげで『生活保護』を抜け出すことができたんですよ!


 天野は思わず唸った。


 賢人は恐ろしいほどに真っ直ぐな瞳で天野を見つめている。


 感心しながら言った。


天野勇二

ほう……。
それは立派だな。
お母さんを喜ばすことができたんだな。

吉川賢人

はい!
そうなんです!

最初はお母さんも「そんなことしなくていい」って反対してたんですけど……。
今は仕事先でいっぱい僕のことを自慢してるんですって。
それがすごく嬉しくて。
本当にYouTubeには感謝してます。


 賢人はキラキラした瞳で語っている。


 天野は「少し意地悪かな」と思ったが尋ねた。


天野勇二

あまり偉そうなことを言う立場でもないが……。
君の動画はどれも過激で品のないタイトルばかりだ。
自分が『炎上系YouTuber』であることは自覚しているのかい?


 メイが少し「ムッ」とした表情で天野を睨んだ。


 その瞳が「動画を見たことがないのに批判するつもりなのか」と訴えている。


吉川賢人

はい、もちろんです。
下品ですよね。
オジさんに嫌われないか。
僕も心配しています。


 賢人は堂々と答えた。


 大人びた表情がより強くなる。


 もしかしたら、この手の質問は言われ慣れているのかもしれないと、天野は感じた。


吉川賢人

今はとにかく『注目を集められればいい』って考えてます。
少しでもお母さんをラクにさせてあげたいんです。

それにYouTuberを長く続けるつもりはありません。
僕にそこまでの才能はないですし、動画元YouTubeがなくなったらできなくなる仕事ですから。
大人になったら、YouTuber以外のしっかりした職業につきたいとも考えてます。


 天野は腕組みをしながら賢人を見つめた。


 このクソ野郎は瞳を見ることで、ある程度の心理を読んでしまう。


 あどけない瞳の奥をじっくり探る。


 苦笑しながら言った。


天野勇二

そうか……。
なかなか立派な男だ。
気に入ったよ。
姪っ子の恋人カレシとしては合格だ。
どちらから告白したんだい?


 褒めながら話題を変える。


 メイが嬉しそうに声をあげた。


内田愛唯

あたしが告白したんだ!
ピカルくんにラブレターを渡したんだよ!

天野勇二

ほう?
それはまた興味深いな。
詳しく教えろよ。


 天野は優しげな微笑みを浮かべながら、幼い恋人たちの姿を眺めた。





 空が茜色あかねいろに染まった頃。


 天野は賢人の家を後にすることにした。


 賢人は「ぜひお母さんにも会ってください」と頼んでいたが、そこまでする必要もないだろうと判断したのだ。



天野勇二

メイよ。
なかなか興味深い時間だった。


 メイと一緒に夕暮れ時を歩く。


 感慨深い表情で告げる。


天野勇二

小学生との会話なんて盛り上がらないだろうと思っていたが、なかなか楽しめたよ。
賢人の話術も見事だった。
さすが人気のYouTuberだな。



 天野の言う通り、賢人たちとの話題が尽きることはなかった。


 メイたちの日常。


 最近のマイブームや悩み事。


 つたなく可愛らしい恋人たち。


 大学生の天野にとっては忘れかけた日々。


 それらを耳にすることはなかなか楽しい。


 天野自身も前島まえしま柏田かしわだといった国民的アイドルをグアムで護衛したんだぜ」といった話をしてやり、賢人とメイの瞳をバラ色に輝かせていた。



内田愛唯

ピカルくん、良かったでしょ?
パパも気に入ったよね?

天野勇二

ああ、気に入ったよ。
あれほどの好青年が存在するとはな。
最近の若いヤツは素晴らしい。
心の底から感心したぜ。


 天野は財布を取り出した。


 何枚か札を抜き取り、メイの手に握らせる。


天野勇二

これは小遣いだ。
賢人と一緒に美味いものでも食え。

内田愛唯

えっ……。
で、でも、これは多すぎるよ。
こんなのお年玉でも貰ったことないよ。

天野勇二

気にするな。
俺は気分が良い。
お前にはしっかりとした『男を見る目』があった。
それが確信できたことが嬉しいのさ。

内田愛唯

そ、そうなの?
じゃあ、貰っておくね。

天野勇二

だが、ちゃんとママに小遣いを貰ったことは言うんだぞ。

内田愛唯

わかった!
ありがとう!


 メイが嬉しそうに財布に小遣いをしまう。


 満面の笑みだ。


 天野は少し悩んだが、告げておくことにした。


天野勇二

メイ……。
あまり、お前を怖がらせたくはないんだが……。
念のため、訊いておこう。

内田愛唯

どうしたの?

天野勇二

昼間、賢人のアパートの前で、車にかれそうになったな?
前にもあんなことはなかったか?


 メイは小首を傾げた。


内田愛唯

車に……?
ううん。
ないよ。
私はちゃんと信号を守るし。

天野勇二

ああ、言い方が悪かったな。
お前じゃないんだ。
『賢人が車に轢かれそうになったこと』はあるのか。
それを訊きたいんだ。

内田愛唯

えぇっ?
ピカルくんが?

うーん……。
たぶんないと思うけどなぁ。
なんでそんなこと………


 メイの言葉が途切れた。


 何かに気づいたように天野を見上げる。


 天野は静かに頷いた。


天野勇二

そうだ。
あれは『事故』じゃない。
明らかに『轢き殺すつもり』だった。
理由はわからないが、賢人は誰かに命を狙われているぞ。





 賢人と会った数日後。


 天野はテラスに幼馴染かつ『相棒』の佐伯涼太さえきりょうたを呼び出した。



 メイの恋人に会ったこと。


 それがYouTuberであること。


 暴走車に轢かれそうになったこと。


 そして自らの推理を告げる。


 涼太は困惑しながら言った。



佐伯涼太

うーん……。
それは考えすぎじゃない?
なんでピカルくんを狙うのよ?
別にピカルくんは『大富豪のボンボン』ってワケじゃないんでしょ?


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

理由は俺にもわからん。
だが、間違いないさ。
ただの『暴走車』でもなければ、ふざけた『煽り運転』でもない。
窓にスモークフィルムを貼り、ナンバープレートまで隠していたんだぜ?

佐伯涼太

まぁ、明らかに素人カタギの手口じゃないね。
『極道』『半グレ』みたいな『反社会的組織』のやり方だよ。

ただね、その相手がピカルくんってなると、ちょっとよくわからないんだよね。
ピカルくんが『反社』から恨まれるはずがないもの。
その手の『闇営業』『直営業』なんかしてるワケないし。


 責めるような瞳で天野を見つめる。


佐伯涼太

本当はさ、勇二を狙ってたんじゃない?
勇二なら全然ありえるよ。
勇二はガチで『裏社会』との繋がりがあるんだもの。
それならすごく自然だよね。

天野勇二

俺も初めはそれを疑った。
だが、俺を轢き殺すために『子供2人』を巻き込むか?
子供を巻き込んだ交通事故なんて大騒ぎになるぜ。


 涼太は腕組みをして唸った。


 確かに歩道にいる子供を轢き殺したとなれば、新聞の一面を飾る大ニュースになるだろう。


 ナンバープレートを隠すほどの慎重派プロが、そこまで大胆な犯行に出るとは思えない。


佐伯涼太

……そうなると、これはちょっと心配だね。

『反社会的組織に命を狙われている小学生YouTuber』か……。

おだやかじゃない話だね。
また襲われるかもしれないよ。

天野勇二

とりあえず『メスブタ』を向かわせている。
賢人の登下校を見張るように頼んだよ。

佐伯涼太

あっ、早速メスブタちゃんを使ったのね。
ブタ使いの巧みなご主人様だね。

天野勇二

気になるのは『動機』だ。
賢人のYouTubeはチェックしてくれたか?

佐伯涼太

もちろん。
とりあえず全部再生してみた。
『高評価』も押しといたよ。

天野勇二

どうだった?
誰かの恨みを買うような動画はあったか?


 涼太は困り顔で首を横に振った。


佐伯涼太

ないね。
まったくない。

『うんこ』を投げたり、ブラジャーをロケット花火で飛ばしたり、友達の頭をバリカンで剃るっていうドッキリを仕掛けたりしてるけど、所詮は子供の『悪ふざけ』だよ。

轢き殺されるほどの恨みを買ってるとは思えない。
あれで殺されちゃうなら、YouTuberの半分は生きてないね。


 苦笑しながら言葉を続ける。


佐伯涼太

それに思ったよりピカルくんが可愛いんだよねぇ。
あどけなくてどこか憎めない美少年でさ。
いつの時代も『カワイイは正義』だよ。
『ピカチュウたちのコメントも温かいものばっかりだったね。


 『ピカ厨』とは『リトル★スターピカルくん』を愛するリスナーたちの愛称だ。


 主な構成員は20代前半の女性。


 天野は舌打ちしながら言った。


天野勇二

そうなると敵の正体が掴めんな。
しばらく賢人の周囲を張り込むしかなさそうだ。


 涼太は苦笑しながら天野を見つめた。


 天野は本気で賢人の身を案じている。


 なんだかんだいっても子供思いの『クソ野郎』だ。


佐伯涼太

僕ちゃんも協力するよ。
メイちゃんの恋人となれば、無視はできないからね。

天野勇二

ああ、助かるよ。
お前には賢人の家庭環境を探ってほしい。

佐伯涼太

オッケー。
まかせてよ。
勇二はどうするの?


 天野は渋い表情で1枚のプリントを取り出した。


 テーブルの上に置く。


天野勇二

学校で賢人がどのように過ごしているのか。
この目で確かめておきたい。
教師からの話も重要になるかもしれん。
あまり気が進まないが、これに参加してみようと思っている。


 涼太は驚いてプリントを見つめた。


佐伯涼太

こ、これに行くの?
勇二は『叔父』だから、別に行っても構わないとは思うけど……。
本気なの?
すっごく似合わないよ。

天野勇二

言われなくてもわかっているさ。
だが、好都合でもあるからな。


 天野の表情は真剣そのもの。


 涼太は口元を押さえ、必死に失笑を飲み込んだ。


 腹筋が笑いたくて震える。


 それも無理はなかった。


 プリントには『授業参観のお知らせ』と書かれてあったのだ。




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つばこ

【選考発表!ピカルくんファンの「呼び方」はこれだ!】
 
①『ピカチュー』『ぴかちゅう』『ピカ厨』
とてもいいですね!
ただ、これは色々と難しいなぁ…。
担当さんの困り顔が目に浮かぶようですわ……。
 
②『うんこーず』
これもいい線いってます!
美少年ピカルくんが「スカチョロマニア」と誤解されそう! それがいい!
 
③『遠い親戚』
これも草生えポイント高い!
「ブンブン!ハロー遠い親戚のみんな!」で始まるYouTubeとかほっこりしますね!
 
④『月の民』
これも背筋がぞわぞわしていいですね!
「ピカルくんのアンチは我ら月の民が全力で潰す」みたいな過激発言を想像するだけで草生えます!
 
 
そんなワケで選ばれたのは『ピカ厨』でした!
まぁこれなら全然セーフでしょう!(ピカチューはAUTOだと思いますけど)
たくさんの応募、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 19件

  • メロンパンの皮欲しいです。

    ピカルにピカ厨…
    いやただのヒ〇ルやん。

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  • ゆたんぽ。

    縁を切った父親が反社会組織の一員で、ちょっと売れた息子の人気に苛立ってヤリに来たとかかな?

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  • まこと

    自分の子供捨て置いて天野くんを注視するだろうな、違和感しかない!どうせ白衣で行くんだろ?

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  • あき

    広告がポ◯モンでわろたwww

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  • ブチコ

    ピカ厨に決まったんですね。
    年齢層はもうちょい上かと思ったけど。
    「父親がいない」てのがキーワードでしょうね。
    天野くんの授業参観楽しみですw

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