翌日。


 昼食の時間。


 天野は上機嫌でキャンパスを歩いていた。


 小脇には『みかん』が入った紙袋。


 春川の奥様からの貢ぎ物だ。


 しばらく食後のデザートに困ることはないだろう。


 天野が軽やかにテラスに駆け上がると、そこには1人の男が佇んでいた。



西崎篤史

天野くんか……。
待っていたよ……。



 天野はみかんを取り出しながら言った。


天野勇二

西崎教授ではありませんか。
食べます?
このみかん、なかなかイケますよ。

西崎篤史

いや……。
遠慮しておくよ。

天野勇二

ふぅん。
もったいない。
しかし、入院するほどの怪我ではなかったんですね。
それなりに心配しましたよ。


 ヘラヘラ笑いながら椅子に座る。


 西崎は完全に憔悴しょうすいしきっている。


 心なしか老け込んだようにも見える。


西崎篤史

君は本当に酷い男だ……。
親友に『傷害罪』を与えようとするとはね。
まさに『クソ野郎』そのものだ。

天野勇二

お褒めいただき光栄です。
涼太は見逃してやったんですね。
俺は絶対に涼太だけでも『ブタ箱』にぶち込むと思ったのに。


 西崎は苦笑しながら言った。


西崎篤史

そうなれば『君が黙っていない』と思ったよ。
むしろそこまで計算していたのだろう?
だからこそ僕の家に侵入し、『裏口』の証拠を握ったんだ。
僕が不都合な行動に出れば、即座にそれを暴露するために。
そうなれば教育学部は終わりだからね。


 天野は満足気に頷いた。


天野勇二

さすが頭が回りますね。
嫌いじゃないな。
その通りですよ。
いや、同じ『悪』だからこそ、俺様と思考が似るのかな?

西崎篤史

ふふっ……。
だが、君は僕という『悪』を、見逃してはくれなかったね……。


 西崎は苦しげに息を吐き出した。


西崎篤史

須田さんの奥さんは逮捕された。
しかし『動機』や『裏口』については報道されていない。
君はどこまで警察に話しているんだい?

天野勇二

ほう?
あなたの昔の女は、『裏口』のことをペラペラ喋る女なんですか。

西崎篤史

いや、彼女はきっとそのことを喋らないだろう。
そういう女性なんだ。
天野くんの出方が知りたい。


 天野は悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

実は警視庁捜査一課のベテランに、もう『裏口』のことは伝えているんです。

だが、警察は俺様の情報なんてマトモに扱わないでしょう。
そもそも『裏口』は捜査一課の管轄外。
早期解決を望むのであれば、大した捜査もせずに終わると思いますよ。

ただ……。


 懐からスマホを取り出す。


天野勇二

俺が警察に何をどこまで話すのか……。
それがポイントになるでしょうね。

特に何も語らず終わるのか。
須田の奥様を窓口として『裏口』が行われており、眞下はそれを恐喝していたと伝えるのか。

これは大きく違いますね。


 西崎は大きく息を吐いた。


西崎篤史

天野くんという『悪』は、どんな結論を導くつもりなんだ?
教育学部を潰すのか?
それとも生かすのか?

……いや、そんなことは、もう決まりきっているのか……。



 西崎は真摯しんしな瞳で天野を見つめた。


 爽やかで気さくな教授の顔ではない。


 腹黒さをにじませたギャンブラーのような表情でもない。


 驚くほどに真っ直ぐな瞳だ。


 これが西崎の素顔なのだろうと、天野は感じた。



西崎篤史

君が持つ『本質』は『悪』なんかではない。
それは上辺だけのものだ。
君には決して揺らぐことのない『信念』がある。
君が『クソ野郎』と呼ばれる真の理由は、その『確固たる信念』を崩すことがないからだ。

それがよく理解できたよ。
僕たちは君という名の『正義』に従い、この大学を去ることにしよう。


 天野は苦笑しながら肩をすくめた。


天野勇二

あなたは誤解している。
俺は『真の悪』ですよ。
正義感なんて俺の中にはありません。


 そう告げると、何人かの人間がテラスの階段を上がって来た。


 涼太に富樫。


 前島と牧瀬の姿もある。


 『天才クソ野郎チーム』の集合だ。



佐伯涼太

……ああ!
西崎先生だ!


 4人はそれぞれ異なる感情を抱いていたが、まず涼太が動いた。


 西崎の前に深く土下座する。


佐伯涼太

昨晩はありがとうございました!
僕のことをかばっていただき、本当に感謝しております!

西崎篤史

いいんだよ。
君も僕のことを話さなかった。
それでお互い様さ。

佐伯涼太

マジで助かりました!
西崎先生が「見知らぬ誰かに襲われた」と警察に言ってくれなければ、僕は確実に逮捕されてました!


 何度も頭を下げる。


 西崎は警察に「見知らぬ誰かに暴行を受けた。それを涼太が追い払ってくれた」と伝えている。


 涼太の首の皮は、その証言で何とか繋がっていた。


佐伯涼太

……それから勇二ぃ!
酷いじゃんか!


 立ち上がって天野に詰め寄る。


佐伯涼太

なんで僕をあんな目にあわせたのよ!?
ちゃんと今日こそは説明してもらうからね!

天野勇二

すみませんね西崎教授。
こんなバカを見逃してくれて。

佐伯涼太

僕の話を聞いてるの!?
ねぇちょっと!

天野勇二

そんなに怒るな。
みかんをくれてやろう。
ほれ、オヤツだ。

佐伯涼太

僕はペットじゃないんだよ!
いらない!
クソいらない!
もう、このクソ野郎!


 涼太が諦めて椅子に座る。


 牧瀬がもじもじしながら西崎の前に出た。


牧瀬美織

西崎先生……。
本当に、あの……。
申し訳ございませんでした……。


 西崎は牧瀬を見ると薄く微笑んだ。


西崎篤史

気にすることはない。
牧瀬くんはもう僕の『メスブタ』ではないんだ。
君が『メスブタになりたい』と志願してきた時は心底驚いたが……。
それも昔の話だ。
それに謝るのは僕のほうだよ。


 深く頭を下げ、牧瀬の顔を見上げる。


西崎篤史

本当にすまなかった。
無関係な君を巻き込んだこと。
君を『スパイ』として扱ったこと。
そして、殺害現場を見せつけ、偽証させるように仕組んだこと……。

どれだけ詫びても足りない。
君の忠誠心を『殺人の隠蔽』に変換させたんだ。
僕は最低の人間だよ。

牧瀬美織

いえ、そのことはいいんです。
裏切るなんて、本当にダメなメスブタです……。


 西崎は両手を上げて笑った。


西崎篤史

そんなことは気にしないでくれ。
天野くんが君を救った。
単純に犯人を警察に突き出すのではなく、君の偽証罪を打ち消すための『LIMEトリック』を仕掛けたんだ。
彼は見事だよ。

もう僕のことは忘れなさい。
そして、天野くんという新しい『ご主人様』に仕えるんだ。

牧瀬美織

はい……。
今まで、ありがとうございました……。


 牧瀬が頭を下げる。


 今度は前島が天野に詰め寄った。


前島悠子

師匠……。
私も言いたいことがあります。

天野勇二

うん?
なんだ?
お前には何もしてないぞ。


 前島はブンブンと両腕を振り回した。


前島悠子

私を春川さんの家まで、迎えに来なかったじゃないですか!
私も春川さんも朝まで師匠を待ってたんですよ!?
徹夜だったんです!
まさか家に帰って寝てたなんて!
酷いじゃないですか!

天野勇二

なぜ春川が朝まで待ってるんだ。
春川に用事はないぞ。
それに『作戦終了。全員家に帰れ』とLIMEしたはずだ。

前島悠子

そ、それはそうですけど……!
迎えに来てくれる約束だったじゃないですか!

天野勇二

眠かったんだよ。
悪かったな。
ほら、みかんをくれてやろう。
オヤツだ。

前島悠子

こちらもペットじゃないんですよ!
クソいりません!
もう!
このクソ野郎!


 前島も諦めて椅子に座った。


 残っているのはあと1人。


 『ヒアルロン酸』こと富樫だ。


天野勇二

なんだ富樫よ。
何か言いたいことがあるのか。

富樫和親

い、いや……。
僕はいいです……。

天野勇二

そうか。
ならばみかんをやろう。
ほれ、オヤツだ。

富樫和親

あ、ありがとうございます……。


 富樫は複雑な気分でみかんを受け取った。


 今回、富樫は本当に無駄な張り込み役を演じさせられてしまった。


 西崎を罠にハメるための布石でしかなかった。


 むしろ西崎と対決した涼太。


 須田の張り込みを任され、LIME上で重要な役割を演じた前島。


 2人のことが羨ましかった。


富樫和親

(はぁ……。僕はいつになったら、天野さんのお役に立てて、脚光を浴びることができるんだろう……)


 天野は満足気にチームの面々を眺めると、改めて西崎と向き合った。


天野勇二

話が脱線しましたね。
何度も言いますが、俺はあなたが考えているような『正義の味方』ではありません。
むしろあなたよりずっとタチの悪い男ですよ。

西崎篤史

謙遜することはない。
君からの罰を心から受ける。
君の思惑通り大学を去り、警察に自供し、教育学部を解体させよう。

天野勇二

いやぁ……。
それでは困るんですよね。
あなたには大学に残っていただきます。
『裏口』がバレたから逃げるだなんて、そんな生易しい『罰』を与えるつもりはないんですよ。



 一同、小首を傾げながら天野を見つめた。


 天野は犯罪者を許さない。


 殺人犯も警察に逮捕させた。


 不正の温床おんしょうだった教育学部も解体させ、最終的には西崎を警察に突き出すだろう。


 誰もがそう思っていた。


 しかし、天野こそが最悪の男で、この事件で最大の「クソ野郎」だった。



天野勇二

実はですね……。
俺様の妹が高校3年生なんですよ。

大学進学を望む受験生。
しかし残念ながら俺様ほどの天才ではない。
標準的な偏差値の持ち主。
一流大学への進学は困難。
取引したいんですよね。



 天野は「ニタリ」と唇を歪めた。









天野勇二

教育学部が『推薦』で妹を拾ってください。
つまりはあなたが作った『裏口』から、妹を招いてほしいんです。

実行してくれるならば、俺が手に入れた情報は全て破棄しましょう。
これが手打ちにする条件だ。



 全員が驚愕の眼差しで天野を見つめた。


 最も卑劣ひれつな『悪』はここにあった。


 『裏口』の証拠はしっかり握り、殺人犯は警察に突き出し、そして私利私欲のために『悪』を利用する。


 最低下劣げれつのクソ野郎だ。



牧瀬美織

ご、ご主人様ぁ……!
これが真の『悪』なんですね!
素敵すぎます!



 牧瀬だけが恍惚こうこつの眼差しを送っている。


 変わった女性だ。


 涼太は友人として天野をいさめた。



佐伯涼太

ゆ、勇二ぃ……。
それは良くない。
それはない。
うん、どう考えてもない。
そんなことされても桃香ももかちゃんは喜ばないよ。

天野勇二

桃香に言うワケないだろ?
バレなきゃいいんだよ。
『裏口』だろうが『正門』だろうが、入ってしまえば大学なんて同じなんだ。
俺はこのために教育学部を攻めたんだ。

佐伯涼太

こ、このためだったの!?
マジでぇ!?


 涼太が呆れて黙りこむ。


 前島も弟子として天野をいさめた。


前島悠子

それはさすがにダメですよ。
非道にも程があります。
そんな人の道に外れたことはやめてください。

天野勇二

弟子よ、言ったはずだ。
俺様は『悪』なんだ。
非道こそが俺様の歩く道だ。
むしろいつから俺様が『人の道』を歩いていると、錯覚していたんだ?

前島悠子

な、なんてクソ野郎ですか!
それは『悪』というか、ただの『下衆ゲス』ですよ!?

私が目指しているのはこんな『クソ女』じゃありません!
師匠、見損ないましたよ!

天野勇二

クックックッ……。
お前の言葉なんて『そよ風』にしか感じないな。
俺様は可愛い妹が一流大学に進学できるなら、この程度の『悪の道』、ウサイン・ボルトより速く走ってやるよ。



 涼太も前島も富樫も、心底軽蔑しきった瞳で天野を見つめた。


 性根の腐ったクソシスコン野郎だ。


 おまけに仲間たちの『軽蔑という名の視線』を、どこか気持ち良さそうに浴びている。


 救いようのないクズだ。




西崎篤史

……ふ、ふふっ……。

ふふふっ……。

あは、あははははっ!



 西崎が我慢の限界とばかりに笑い出した。


 何もかもが面倒になって言った。



西崎篤史

君は本当に『クソ野郎』だ……。
いや、これが『天才クソ野郎』ということなのか……?

僕に与える『罰』は、逃げることを許さず、罪を重ね続けろということ……。
おまけに私欲のために僕を手駒として利用する。
君は僕に贖罪しょくざいすることも許さないんだね。


 天野は偉そうに頷いた。


天野勇二

そういうことさ。
どうせあんたを警察に突き出しても、大した罪に問われることはないんだ。
『偽証』と『隠蔽』はメスブタの証言を変えることで消えてしまったからな。


 敬語を放り投げていつもの口調に戻る。


天野勇二

おまけに『裏口』の全てが暴かれる可能性も低い。
警察が起訴する理由もなく、逮捕されるかどうかも怪しい。
『実刑判決』なんか間違いなく下らないね。
誰もあんたに見合う『罰』を与えることができないのさ。


 舌打ちしながらため息。


 気障キザったらしく指先を振り回し、呆然とする西崎に突きつける。


天野勇二

ならば、お前が果たすべき『贖罪』とはなんだ?
お前のようなクズは何をすれば許されるんだ?

『裏口』を自供することか?
教育学部を解体させることか?
この大学を辞めることか?
それらを全て行い反省すれば、あとは何もなかったフリをして暮らせるというのか?

くだらねぇな。
どれも意味のない『贖罪』だ。
その『贖罪』には一番大事なものが欠けてやがる。


 強い口調で言葉を続ける。


天野勇二

お前はこの大学に残るんだ。
そして、自らが『裏口入学』させた学生が一流の人間になるよう教育しろ。


『裏口のシステム』を作り上げた噂の男、というレッテルを貼られながらも、この地でもがき、全ての学生を育て上げること。
それが真の贖罪だ。

他学部の教授たちには後ろ指をさされるだろう。
学生からの評判も地に落ちるだろう。
風当たりはどこまでも厳しい。
それでも息絶える前に、腐らせた教育学部を再建させやがれ。



 西崎は唖然あぜんとして天野を見つめた。


 鋭く、険しく、怒りに燃える瞳。


 その瞳に宿る『本質』を、西崎は垣間見た気がした。



西崎篤史

そうだ……。
解体は、甘い考えだ……。
ここで僕が逃げること……。
それは『贖罪』から逃げることに等しいのか……。

天野勇二

そういうことさ。
須田も同様の考えなら、お前が説得しろ。

西崎篤史

ああ……。
なんということだ……。
わかった……。
僕たちはこの大学に残ろう……。



 目元を拭う。


 大きく息を吐く。


 そして天野の手を握りしめた。



西崎篤史

僕は甘い考えを抱いていた……。
自らの学生を捨てて逃げるところだった。

僕は改めてそれに人生を捧げよう。
道を踏み外してしまったが、君がやり直すチャンスをくれたんだ。
君はやはり、同じ『悪』を見逃してくれるんだね……。



 天野はニタリと唇を歪めた。


 西崎の手を握り返す。



天野勇二

そういうことです。
これからも悪人同士、仲良くやろうじゃありませんか。
まずは俺様の妹を宜しく頼みますよ。

西崎篤史

ふふっ……。
ありがとう、天野くん。
君が『天才クソ野郎』で良かった……。
僕に贖罪の機会を与えてくれて、本当にありがとう……。



 西崎が瞳を滲ませながら笑う。


 憑き物が落ちたような笑顔。


 それに反比例するかのように、天野は『極悪そのもの』といった笑みを浮かべている。


 周囲の仲間たちは「本当に天才クソ野郎で良かったのかなぁ…?」と思いながら、奇妙な悪人の談笑を眺めていた。



この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

53,636

つばこ

今回の天野くんの采配、つばこは正直驚きました。
まさか西崎ほどのゲス野郎を大学に残すとは。
社会的or物理的に抹殺すると思ってましたね。
いやきっと1年間給料50%減ぐらいの処分はあるのかな。
それでもこの決断には「トップが変わらなきゃ何も変わらねぇよ!」とスッキリしない人も多いのではないでしょうか。
 
ただこの先、西崎が受ける批判は相当なものです。
間違いなく大学サイドは激おこです。
教育学部の教授全員がクビになっても不思議じゃない事件です。
『裏口入学』した学生も肩身が狭くなるでしょう。
たぶん天野くんはその全ての矢面に立ち、全員を守り、さらに組織を再建しろと、西崎に伝えたかったんじゃないかなぁ……いやそれはないかなぁ……あいつ真性のシスコン番長だからなぁ……。
 
そんなこんなでメスブタ編も次回の『後日談』でラスト!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 40件

  • まこと

    ド変態シスコン番長

    通報

  • nao

    これは天才クソ野郎だから
    許されること

    通報

  • ゆんこ

    ふふふ(๑⁍᷄ω⁍᷅๑)

    通報

  • 一方通行

    入学できるのはええけど、後々しんどくなりそう

    通報

  • ニル

    めでたし、めでたし。

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK