西崎の頭に閃きが走った。


 天野たちの『尾行』から智子を遠ざけること。


 それと同時に智子の『アリバイ』を作ること。


 両方を実現させる『LIMEトリック』



 西崎はひとつ咳払いをすると、スマホの向こうにいる女子大生に告げた。



西崎篤史

……頼む。
君には重要な役目を任せたい。
受けてくれるね?

牧瀬美織

もちろんです。
『ご主人様』のご命令とあれば。



 西崎が小さく頷く。


 電話をつないだまま、須田と権藤の顔を見上げた。



西崎篤史

まず須田さん。
あなたを天野たちの誰かが尾行します。
奥様が外出していたことを悟られるのは危険だ。
あなたは真っ直ぐ家に帰ってください。

須田龍之介

あ、ああ……。

西崎篤史

そして『20時半』になったら外出するんです。
施錠せじょうはせず、家の明かりも点けたままで。
自宅に『奥様』が残っているかのように細工してください。

須田龍之介

が、外出だと……?
どこに行けと言うんだ……?

西崎篤史

適当な場所で構いません。
できるだけ人が多い街に……。

……そうですね。
歌舞伎町かぶきちょうにしましょう。
僕は先に行って須田さんを待っています。
どこかの店で合流しましょう。


 須田は震えながらも頷いた。


 西崎はそのまま権藤を睨みつける。


西崎篤史

権藤さん。
奥様を今から歌舞伎町に直行させます。
あなたは居酒屋で奥様と合流して、僕の指示があるまで2人で時間を潰してください。

奥様と別れた後は、僕と須田さんのところに移動するんです。
僕たち3人は待ち合わせて飲む予定だった。
そういうことにしましょう。


 権藤は怯えながら尋ねた。


権藤哲也

し、しかし……。
それでは天野たちに、奥様を見られてしまいますよ……?

西崎篤史

奥様には変装させます。
それでも顔が悟られないように注意してください。

それに……。
正体がバレても構いません。
そのための布石ふせきを打ちます。

権藤哲也

そ、それでも奥様と会うのは……。
須田さんか、西崎さんのほうが適任かと……。


 西崎は強く首を横に振った。


西崎篤史

奥様は僕たちの前では感情を隠すことが難しいでしょう。
権藤さんが適任だ。
奥様は絶対に、

「警察に行く」
「自首したい」

と願うはずです。
それだけは止めるよう、あなたが説得してください。



 権藤は真っ青な顔で頷いた。


 この役割は重要だ。


 『尾行』と『張り込み』に気づいていないフリをしながら、智子が自首しないよう説得しなければならない。


 権藤はもうこの時点で『破滅』という名の未来が見えていたが、西崎は無視してスマホの向こうにいる女子大生に語りかけた。



西崎篤史

いいか。
君の行動と、天野のLIMEをあざむくことが最重要となる。
僕が細かく指示を出す。
その通りに動いてほしい。

牧瀬美織

はい……。

……あ、あの……。
何か、あったんですか……?



 さすがに女子大生も動揺していた。


 西崎たちの会話の中身はよく聴こえなかった。


 それでも声の様子から、あまり良くないことが発生していると理解できた。


 西崎は強く唇を噛み締めた。




西崎篤史

(……僕は自らの事情エゴのために、この娘を巻き込もうとしている……)




 心の中で罪悪感が渦巻うずまいている。


 教授としても、1人の人間としても、自らの行為は道に外れている。


 彼女を巻き込むのは最低の行為だ。




西崎篤史

(智子を……。智子を守るためなんだ……!)




 何度も自分に言い聞かせる。


 そしてわずかな良心を投げ捨てた。


 『悪』という名の絶望が全身を駆け巡る。



西崎篤史

……18時以降に、眞下さんの家の張り込みを開始してくれ。
その後の行動に関しては……。
もう一度、連絡する。



 西崎はそう言って電話を切った。


 すぐさま智子に電話をかける。



西崎篤史

智子さん……。
待たせたね。
まだ眞下さんの家にいるね?

須田智子

う、うん……。
もう……。
どうしたら、いいのか……。

西崎篤史

落ち着くんだ。
君を『立件』させないよう工夫する。
まずは家を出るんだ。

須田智子

で、でも……。
私の服は血だらけで……。



 西崎は顔を歪めて智子の様子を思い浮かべた。


 智子は刺殺している。


 おびただしい量の『返り血』を浴びているだろう。


 自らの衣服は血まみれ。


 その姿を目撃されれば一巻の終わりだ。


 西崎は舌打ちしながら言った。



西崎篤史

眞下さんの衣服と鞄を盗もう。
返り血のついた服を鞄にねじ込み、眞下さんのシャネルに着替えるんだ。
仮に目撃者がいても、それが眞下さんだと錯覚させられるように。

須田智子

えっ?
き、着替えるの……?

西崎篤史

そうだ。
手袋とマスクとサングラスもしてくれ。
完全に顔を隠すんだ。
そして、部屋の電気を点けたまま家を出たら、タクシーを捕まえて歌舞伎町まで移動してくれ。


 智子は涙を流しながら尋ねた。


須田智子

ど、どうして歌舞伎町に……?
警察は……?
なんて言えばいいの……?
私、人を殺したのに……!


 西崎は何度も首を振った。


西崎篤史

警察には行くな。
君を『殺人犯』にはさせない。
『裏口』に関与していたことも露呈させない。
僕のことを信じてくれ。

須田智子

で、でも……!


 西崎は脂汗を拭った。


 悲痛な声で叫ぶ。







西崎篤史

いいか!
今は僕を信じろ!

僕には君を救う明確なアイデアがある!
君を警察なんかに捕まえさせはしない! 

全員、僕の指示に従うんだ!



 これは智子だけではなく、須田と権藤にも向けられた叫びだった。


 西崎は異様ともいえる形相を浮かべている。


 智子も、須田と権藤も、その姿に全てを託すしかなかった。



須田智子

わ、わかった……。
篤史さんを……。
信じる……。

西崎篤史

ああ、それでいい……。
僕から権藤さんに君が席を立つタイミングを伝える。
権藤さんと別れた後、君は『アルタ前』へ向かうんだ。
そこに1人の女性を迎えに行かせる。

須田智子

だ、誰かが、来るの……?

西崎篤史

信頼できる人物だ。
安心してくれ。
君はその女性と一緒にタクシーに乗り込むんだ。
そのまま自宅に帰ればいい。
そして、自分の正体は、その女性には一切伝えないでくれ。

須田智子

う、うん……。
わかった……。
本当にごめんなさい……。
なんて言ったら、いいのか……。



 西崎は何も答えずに電話を切った。


 須田が怯えた表情で尋ねる。



須田龍之介

西崎くん……。
君はいったい、何を考えているんだ……?
眞下さんの死体はどうする……?
死体の発覚は危険すぎるぞ……。



 西崎は何度も頬を叩いた。


 身体は小刻みに震え続けている。



西崎篤史

天野たちが尾行する以上、死体の運搬はリスクが高すぎます。
死体の隠蔽いんぺいは諦めましょう。
むしろアイツらに死体を発見させ、偽の『アリバイ』を証言させるんです。

須田龍之介

そ、そんなことができるのか?

西崎篤史

できます。
僕を信じてください。

……いや、僕の指示に従うんです。
これまであなたにも、権藤さんにも、『裏口』や『金』の件で散々面倒を見てきました。
どれだけ僕のおかげで救われたと思っているんですか?
ここは僕の指示に従う場面なんです。



 須田と権藤は静かに頷いた。


 西崎の思考は理解できない。


 それでも、この男の閃きにすがるしかない。


 それがどれだけ危険な閃きだったとしても。




 西崎は2人を黙らせると、すぐさま須田の教授部屋を飛び出した。


 自らの教授部屋に入り、思考をフル回転させる。


 どこかに漏れはないか。


 どこかに『トリック』の抜け穴が空いてないか。


 全ての思考を集中させる。


 そして、頼れる女子大生に電話をかけた。



西崎篤史

……待たせたね。
改めて君への指示を伝える。

まずLIMEに眞下さんの家を撮影した動画を送るんだ。
室内に人の気配を感じる、というトークも送ってくれ。
そのまま眞下さんの家を張り込んでいると、天野たちに錯覚させるように。



 女子大生は不審に思いながらも、西崎の言葉に頷いた。



牧瀬美織

な、なるほど……。
実際の行動は別ということですね?

西崎篤史

そうなる。
まずは全身を隠す衣服を用意してほしい。
帽子にマスクにサングラスにコート……。
顔や髪はもちろんのこと、肌さえも隠すように努めてほしい。

牧瀬美織

衣服を……。
わかりました。
調達いたします。

西崎篤史

それともうひとつ。
小型の『GPSロガー』を購入するんだ。
位置情報を細かく記録できるものを選んでほしい。

牧瀬美織

『GPSロガー』を……?
わ、わかりました。
それも調達いたします。

西崎篤史

衣服を着込んだら、再び眞下さんの自宅に向かうこと。
そして『20時』になったら、

「眞下先生が家を飛び出してタクシーに乗った」
「追いかけたが見失った」


というトークをLIMEに送ってくれ。
君が『目撃した人物』の服装は、できるだけ自分の変装と酷似させるように。



 女子大生は西崎の言葉をメモに取っている。


 随分と細かい指示だ。


 天野たちには『存在しない人物』を目撃したと、伝える必要があるようだ。



牧瀬美織

わかりました……。
LIMEで天野さんたちを徹底的に欺くんですね。
その後はいかがいたしますか?

西崎篤史

君もタクシーを捕まえて歌舞伎町に向かうんだ。
その時、タクシーの車体に購入した『GPSロガー』を貼り付けろ。
『GPSロガー』が示す記録は

「眞下さんの自宅を飛び出した人物が乗っているタクシーである」

と、天野たちに伝えてくれ。



 女子大生は小さく息を吐いた。


 西崎の指示する行動は理解できる。


 しかし、なぜそんな行動を取らなければならないのか。


 理由がまったく掴めない。


 女子大生はメモを確認しながら尋ねた。



牧瀬美織

私が取るべき行動はよく理解できました。

しかし、これは……。
どのような意図があるのでしょうか……?
重要な行動なのですか……?

西崎篤史

もちろんだ。
君の行動が僕を救う。
全てが重要だ。
君にしか頼めない。

……いや、君だから頼めている。
そう理解するんだ。



 西崎は顔を歪めて呟いた。


 頭の奥でドロドロとした罪悪感がざわめいている。


 女子大生は西崎の心情が理解できなかったが、健気に頷いた。



牧瀬美織

……わかりました。
ご主人様の指示に従います。
歌舞伎町に向かった後はどうしましょう?

西崎篤史

アルタ前に向かってくれ。
シャネルに身を包んで顔を隠した女性がいる。
その方の素性は絶対に尋ねるな。

牧瀬美織

……えっ?
女性ですか……?
その御方は、ご主人様にとって、どのような……。


 西崎は舌打ちしながら言った。


西崎篤史

くだらないことを訊くな。
僕は頭の悪い『メスブタ』を飼うつもりはないぞ。
利口な君の言葉とは思えないな。

牧瀬美織

も、申し訳ございません……。
出過ぎたことを、言いました……。


 女子大生の声が震えている。


 西崎は大きく息を吐いた。


西崎篤史

……女性と合流したら一緒にタクシーへ乗り込んでくれ。
もし天野たちの誰かが尾行していたなら、うまくそれを撒くように。

牧瀬美織

尾行を撒く……。
そうですね。
新宿であれば、周回することで尾行を振り払えると思います。

西崎篤史

それでいい。
尾行を撒いたのを確認したら、女性と別れて眞下さんの家に戻るんだ。
そして……。



 西崎は苦しげにまぶたを閉じた。




 この先が重要だ。


 『殺人現場』を彼女に見せなければならない。


 そのまま『偽証』させなければならない。


 それは事件とは無関係な彼女に『殺人の隠蔽いんぺいという重罪を着せること。


 西崎はそのことがこれ以上ないほど苦しい。


 それでも言葉を絞り出した。



西崎篤史

……最後の指示は、改めて伝える。
尾行を振り払ったら電話をくれ。

牧瀬美織

は、はい……。
わかりました……。

西崎篤史

よろしく頼む。
君のことを信じている。
君も僕を信じてくれ。
どんな状況にあっても、僕のことだけを信じるんだ。


 女子大生は小さく頷いた。


牧瀬美織

……もちろんです。
私もご主人様を信じております。
いつだって、ご主人様のことだけを信じております。



 西崎は顔を歪めた。


 娘は『殺人』が起きたことを知らない。


 きっと想像すらしていないだろう。


 電話を切ると、西崎は顔を覆って呟いた。



西崎篤史

すまない……。
本当にすまない……。
牧瀬くん……。
どうか僕を許してくれ……。



 自らにのしかかる絶望。


 吐き気を覚えるほどの卑劣な行い。


 何度も頬を叩き、冷静さを取り戻すよう努める。


 自分にも『尾行』がつく。


 不審な態度を見せることはできない。




 西崎は大学を出ると、タクシーに乗り込み歌舞伎町へ向かった。


 胸の奥にドロドロとした『悪』が渦巻いている。


 その『悪』は智子の無事を祈り、事件に巻き込んだ牧瀬への謝罪を吐き出していた。






















西崎篤史

……ふふっ……。
くくくっ……。
やはり、間違っていた……。
まさか、たった1日で、暴かれてしまうとは……。



 西崎は力なく呟いた。


 全てはとっさに思いついた計画。


 あの瞬間に舞い降りた閃き。


 その全てが『天才クソ野郎』に丸裸にされていた。




 西崎にとって最大の不幸だったのは、「権藤の尾行を天野が担当した」という点だろう。


 天野が権藤を尾行していなければ、全ては西崎の計画通りに進んだかもしれない。


 一番の敵は須田か自分を担当すると賭けていた。


 その66%の確率を、西崎は外してしまった。



天野勇二

さて、西崎教授……。
あなたの口から告げてもらいましょう。

あなたがここに来たことで、須田の奥様が犯人であることは確定した。
あなたは俺よりも早く『カプシーヌ』を手に入れたかったのでしょう?



 西崎はしばらく無言で地面を見つめていた。


 大きく息を吐く。


 そして言った。



西崎篤史

……ああ、そうだ。
君の推理通りだよ。

まさかと思い、須田さんの奥さんに訊いてみれば、本当に現場に『鞄』を残していたと言うじゃないか……。
彼女も動揺していたんだ……。



 弱々しい自供の呟き。


 西崎はその時、自らの『悪』が息絶えたことを悟った。





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つばこ

まぁ、西崎教授はどうしようもないクズ野郎なんですけど、実のところ彼が閃いた計画って、ものすごく『メスブタ』に依存してますね。
完全に『メスブタ』ありきのトリックです。
『メスブタ』が従順に『メスブタ』としての使命を全うしなければ成立しません。
むしろメスブタちゃんがいなければ「もぅマヂ無理。。自首しょ。。」となったはずなんです。
 
この「追い詰められた『ご主人様』が無意識の内に『奴隷(メスブタ)』にすがってしまう」という構図!
なんだかちょっぴりシニカルでお気に入りでございます(´∀`*)ウフフ
 
そんなこんなで「天野vs西崎」の対決も次回でラストだ!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 22件

  • ゆんこ

    思ったー(=^・^=)

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  • みかんばたけ

    最終的には己の保身にもなるけれど、誰かを守るために悪の道を選び、それによって別の誰かを陥れてしまうことに苦悩する。
    その様を描く凄まじい筆致に、スマホを持つ手が震えました。
    最低かもしれないけど、嫌いじゃないです、こんな悪役。

    そんな内面の深みを与えられた、この章の悪役・西崎。天野君はどんな形の制裁を下すのか、固唾をのんで次回の更新を待ってます。

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  • べっちん

    これ、本当に漫画の方で見てみたいわ。
    つばこ先生、宜しくお願いしますw

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  • ぷに

    日常生活では絶対使わないメスブタって単語を週1で沢山読んでたら慣れてしまった。

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  • 折川

    西崎ほんとさいてーだなぁ

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