天野勇二

つまり、眞下を殺した犯人は『須田の奥様で確定した』ということです。
これでチェックメイトだ。
あなたの存在こそが、俺様の『推理』が正しいという『証明』だったんですよ。




 西崎は顔を歪めて肩を落とした。


 スマホを持つ手が小刻みに震えている。


 何かを吐き出すように呟いた。



西崎篤史

ふふふ……。
君は本当に、クソ野郎だな……。



 全ての歯車が狂い始めたのは昨日のこと。



 一本の電話がかかって来た時。



 いつかこんな場面を迎えることを、西崎は心のどこかで覚悟していた。


















 西崎のスマホに着信が入ったのは17時20分のことだった。


 まだ講義の真っ最中。


 普段の西崎であれば講義中の着信は全て無視する。


 しかし、その日は勝手が違った。



西崎篤史

……今日は早いが、ここまでにしようか。



 そう告げて講義を打ち切る。


 学生たちは驚きながらも嬉しそうに立ち上がった。


 西崎は定刻までしっかり講義を行う教授だ。


 早く講義を終わらせるのは珍しい。



 西崎は笑顔で学生たちを見送ると、スマホの着信履歴を見つめた。


 思った通りの名前がある。


 彼女はこの時間、眞下に呼び出されたと言っていた。


 電話がかかってくるかもしれない。


 そう西崎は予測していた。



西崎篤史

……僕だ。
智子ともこさんだね?
何か問題が起きたのか?



 電話を折り返す。


 相手は須田の妻こと、須田智子すだともこ


 智子は震える声で言った。



須田智子

篤史あつしさん……。
どうしよう……。
わ、わたし、とんでもないことをしてしまって……。
もうどうしたらいいのか……。



 その声は西崎が聴いたことのない怯えに満ちていた。


 西崎は智子を落ち着かせるため、冷静に尋ねた。



西崎篤史

大丈夫だよ。
落ち着くんだ。
何があったんだい?

須田智子

わ、わたし、眞下さんを……。

西崎篤史

眞下さんをどうしたんだい?

須田智子

ほ、包丁で……。
刺してしまって……。



 さすがの西崎も想定外の言葉だった。



西崎篤史

……えっ?
ちょ、ちょっと待ってくれ……。
包丁で刺した?
眞下さんは酷い怪我なのか?

須田智子

そ、それが……。
もう、息をしてないの……。
どうしよう……。
私、眞下さんを殺しちゃった……。

西崎篤史

なんだって……!?



 最悪の展開が訪れた、と西崎は感じた。


 完全なる西崎の過ちだ。


 『裏口』を恐喝する邪魔な眞下を追い込むように仕組んだのは西崎自身。


 智子と眞下の会合も荒れるだろうと、覚悟はしていた。


 それでもまさか、智子が眞下を殺すことになるなんて想像もしていなかった。



西崎篤史

お、落ち着くんだ……。
君は怪我をしてないか?

須田智子

私はどこも怪我してない……。
だけど……眞下さんが……。

西崎篤史

眞下さんの怪我はどのくらい酷いんだ?
脈は計ってみたのか?


 智子は涙声で訴えた。


須田智子

ないの……。
意識も、脈もないの……。

眞下さんが包丁で脅してきて、私はそれを逃げようと取り上げて……。
気がついたら、こ、こんなに深く刺して……。
血で、床がいっぱいで……。

け、警察に連絡しなきゃ……。


 西崎は思わず大きな声で叫んだ。


西崎篤史

ダ、ダメだ!
そんなことをしたら、君はもうおしまいだぞ!

須田智子

で、でも、私が眞下さんを……!

西崎篤史

いや、ダメだ。
君が眞下さんと会っていた理由を調べられる。
それは須田さんにとって絶対に避けたい問題だ。

須田智子

ど、どうすればいいの……?

西崎篤史

ちょっと待ってくれ。
すぐに折り返す。
まずは落ち着くんだ。



 西崎は電話を切ると頭を抱えた。


 落ち着く必要があったのは西崎のほうだ。


 脳が弾け飛びそうなほどのパニックに陥っている。


 それと同時に、スマホが1人の女子大生からのメールを受信した。



牧瀬美織

本日は尾行に入るそうです。
西崎先生。
須田先生。
権藤先生。
眞下先生。
この4人を尾行し張り込むとのことです。



 西崎の顔が絶望に染まった。


 全身から血の気が引いていく。


 ただでさえ状況は最悪なのに。


 『天才クソ野郎チーム』が自分たちを尾行して張り込む。


 このままでは『殺人事件』が発覚してしまう。


 西崎は権藤ごんどうに電話をかけながら教授棟へ走った。



西崎篤史

権藤さん!
西崎だ!
全ての予定をキャンセルして、須田さんの部屋に来てくれ!
最悪の事態だ!



 権藤の返事を待たずに電話を切る。


 教授棟に駆け込む。


 ノックもせずに須田の教授部屋へ飛び込んだ。



西崎篤史

須田さん……。
大変なことになりました。
落ち着いて聞いてください。



 帰り支度じたくを始めていた須田は、西崎の表情からかなり良くないことが起きたと察した。


 血の気が引いて震えている。


 いつもの頼れる西崎の表情ではない。


須田龍之介

どうした?
眞下くんが反乱したのかね。

西崎篤史

そんなものじゃありません。
今さっき、奥様から電話がかかってきました。
奥様が眞下さんを……。


 生唾を飲み込む。


 真っ青な顔で告げた。


西崎篤史

包丁で……。
刺殺して……しまったそうです……。

須田龍之介

な、なんだと!?


 須田の顔も絶望に染まった。


 全身が小刻みに震え出す。


須田龍之介

じょ、冗談だろ……!?
なぜそんなことが……!
と、智子が眞下くんを……こ、殺したというのかね!?


 西崎は壁にもたれかかった。


 苦しげに首を振る。


西崎篤史

そのようです……。
これは間違いなく僕のミスだ……。
奥様は眞下さんに包丁で脅されたそうなんです。
それを取り上げて、気がついたら刺していたと、言っていました……。

須田龍之介

と、智子に怪我は?
怪我はないのか!?

西崎篤史

奥様は無事のようです。
それだけが、不幸中の幸いです……。



 須田は震えながらスマホを取り出した。


 妻に電話をかけるべきか迷う。


 しかし、何を伝えればいいのか。


 言葉が浮かんで来ない。


 須田はスマホを見つめながら言った。



須田龍之介

……眞下くんが包丁を持ち出したのであれば、智子は『正当防衛』になるはずだ……。
智子が自ら殺すものか……!
殺人罪で逮捕されるなんて、とても耐えられん……!



 西崎は何度も息を吐いた。


 冷静さを取り戻すよう努める。


 ここでの判断をひとつでも間違えれば、全員が奈落ならくの底まで落ちていくだけだ。



西崎篤史

……いや、それはわかりません。
『正当防衛』になるかどうか。
微妙なラインでしょう。

須田龍之介

な、なぜだ?
智子は襲われたのだろう!?

西崎篤史

奥様には……いや、僕らには『眞下さんを殺す動機』があります。

眞下さんには『裏口』のことを喋らず消えてほしかった。
しかも奥様は無傷。
『恐喝相手の口を塞ぐために殺した』と疑われる可能性が高いんです。

そして……。


 西崎は頭をかきむしった。


 顔を歪めながら言葉をつむぐ。


西崎篤史

奥様の『正当防衛』を証明するためには、『裏口』のことを全て白状し、眞下さんが恐喝していた事実も証明する必要があります。

眞下さんは包丁を持ち出すほど、奥様に対して高圧的な態度を取っていた……。

それを警察が認識しなければ、奥様の行動は『正当防衛』として認められません。
だが、それでは奥様も、僕らも、教育学部も……。
何もかもがおしまいだ……。



 須田は顔を覆って椅子に持たれこんだ。


 智子を救うためには『裏口』の存在を公表しなければならない。


 それは自分たちと『裏口』の窓口である智子を逮捕させることに等しい。


 殺人罪から逃げても『裏口』の罪が首を締める。


 これで『正当防衛』が認められなければ、智子の罪状を増やすだけになってしまうのだ。



須田龍之介

な、なんてことだ……。
そんな……。
なぜ、こんなことに……。



 扉が「コンコン」とノックされ、勢い良く開かれた。


 権藤が駆け込んで来る。


 階段も廊下も走り抜けて来たのだろう。


 汗だくで息が切れている。



権藤哲也

はぁ、はぁ……。
西崎さん……。
どうされましたか?



 西崎は強くまぶたを閉じた。


 闇の中で覚悟を決める。


 もうこの道を選ぶしかない。


 この『悪』という名の道を進むしかない。



西崎篤史

……マズイことになった。
須田さんの奥様が眞下さんを刺殺してしまった。

おまけに天野が僕たち3人を尾行するつもりらしい。
最悪だ。
絶対に犯行がバレる。

くそっ……。
奥様と眞下さんを2人きりで会わせるべきではなかったんだ……!



 権藤の顔も絶望に染まった。


 権藤も須田の妻と眞下が会う予定だったことは聞いている。


 須田が震えながら口を開いた。



須田龍之介

……もう終わりだ……。
やはり我々は間違っていたんだ……。
君たちを巻き込んでしまい、本当にすまない。
警察に通報しよう……。


 西崎はそれを聞くと大声で叫んだ。


西崎篤史

やめてください!
そんなことをしたら教育学部は終わりだ!
須田さんも大学を追われますよ!?

須田龍之介

しかし、もう無理だ。
殺人なんて隠せない。
もう、無理なんだよ……。


 須田が弱々しくうつむく。


 西崎は「ドン」と机を叩いた。


西崎篤史

何を馬鹿なことを言っているんですか!?
僕は終わっても構わない!
しかし一番苦しむのは誰ですか!?
あなたの奥様じゃないんですか!?

奥様は『殺人』と『裏口』の罪を全て被ることになるんです!
全ては奥様のための『裏口』だったのに!
僕は絶対に諦めませんよ!


 須田は青ざめて首を横に振った。


須田龍之介

どうにもならん……。
どうやって警察の目を誤魔化せばいいんだ……。


 権藤も震える声で同意した。


権藤哲也

そ、そうです。
それに天野が絡んでくれば最悪です。
アイツは徹底的に張り込みます。
間違いなく見つかりますよ。


 西崎が悔しそうに唇を噛む。


 また1人の女子大生がメールを送ってきた。



牧瀬美織

尾行のやり取りは『LIME』を用いるようです。
念のため、私のアカウントからご確認ください。
もう間もなく開始されます。
お気をつけください。



 西崎は顔を歪めてスマホを見つめた。


 天野たちの『尾行』が優秀なことを西崎は把握している。


 須田を尾行すれば、智子が不自然に外出していたことを知るかもしれない。


 眞下の家を張り込んで『死体』まで発見するかもしれない。


 どこにも逃げ道がなかった。



西崎篤史

LIMEだと……?
あのクソ野郎め……。
もう時間がない。
ど、どうすればいいんだ……。



 須田も権藤も真っ青だ。


 須田は覚悟を決めて口を開いた。



須田龍之介

やはり西崎くん……。
警察に通報しよう。
自首するんだ。
全ての罪を償うために……

西崎篤史

それは絶対にダメだ!



 西崎は何度も首を横に振った。



西崎篤史

僕が『裏口のシステム』を作り上げて、あなたに協力したのは、あなたが奥様の件を何も対処できなかったからです!
全ては奥様のためだったんだ!
奥様のために僕たち
は道を踏み外し、金に困っている権藤さんを引きずり込んだ!


これで奥様が逮捕されれば、僕たちの苦労はいったい何だったんだ!?
奥様をさらなる絶望に叩き落としただけじゃないか!
逮捕なんて絶対に許さない!



 須田も涙目で訴えた。



須田龍之介

しかし、どうすればいい!?
どうやって『殺人事件』を揉み消すつもりだ!?
殺人の隠蔽いんぺいなんて無理に決まってる!

西崎篤史

そ、それは……。

そうだ、『死体』を処分すればいいんです。
山に埋めましょう。
今晩中に捨てるんです。
眞下さんが失踪したように偽装すればいい。
部屋の血も洗い流して……。


 権藤が涙目で叫んだ。


権藤哲也

そんなの無理ですよ!
天野たちが尾行するんです!
アイツらは朝まで張り込みますよ!?
死体の処分なんてできるはずありません!


 西崎は壁を勢いよく蹴り飛ばした。



西崎篤史

くそっ……!
天野め!
あのクソ野郎が!



 西崎は苦しげに髪をかきむしった。


 智子だけでは死体を処理できない。


 智子は自動車免許を持っていないのだ。


 それに『死体の処理』を手伝ってくれるような仲間は西崎たちしかいない。


 しかし、その仲間には『天才クソ野郎』の尾行がついてくる。


 全ては最悪のタイミングが重なりすぎた。



西崎篤史

……待てよ。
尾行……?
そうだ……。
誰が誰を尾行するんだ……。



 一縷いちるの望みをかけて、西崎は女子大生に電話をかけた。



西崎篤史

……西崎だ。
今は大丈夫かな?
近くに天野たちはいるかい?

牧瀬美織

いえ、今は私1人です。

西崎篤史

それなら教えてくれ。
君は誰を尾行するんだ?

牧瀬美織

私は眞下先生を担当いたします。
皆様にもそれぞれ1人ずつ尾行がつきます。

西崎篤史

なるほど……。
LIMEを使うとあったね。
連絡はLIMEだけを使うのかな?

牧瀬美織

はい。
LIMEで4人が情報共有できるようにするとのことです。



 西崎の頭にひとつの閃きが走った。


 西崎には天野たちが気づいていない切り札ワイルドカードがある。


 『彼女』を動かせば、事実を隠蔽いんぺいできるかもしれない。



西崎篤史

(『彼女』が智子と一緒に、死体を処理できれば……!)



 西崎はすぐにその閃きを打ち消した。


 『彼女』も自動車免許は持っていない。


 死体の運搬うんぱんには車が必要不可欠。


 例え眞下の家で死体をバラすとしても、素人の女性2人が実現できる行為ではない。


 死体の処理は不可能だ。



西崎篤史

(もう『死体』の隠蔽いんぺいは諦めるしかない……。それ以外の事実を歪められないか? せめて智子の『アリバイ』だけでも偽装できれば……)



 再び西崎の頭に閃きが走った。


 天野たちの『尾行』から智子を遠ざけること。


 それと同時に智子の『アリバイ』を作ること。


 両方を実現させる『LIMEトリック』だ。


 西崎はその閃きにすがるしかなかった。





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つばこ

一方その頃、『ヒアルロンさん』こと富樫くんは何をしているかというと、
 
「天野さん、犯行現場の様子はどうですか? 涼太さんも順調ですか?」
「……」
「……あれ?」
「……天野さん? 涼太さん? 牧瀬さん?」
「……」
「みんな返事してくれない……! 既読もつかない…! LIMEに1人ぼっち…(´;ω;`)ウッ…」
 
 
今回は天クソではあまりやらなかった『犯人視点の回想シーン』を紹介したいと思います。
西崎はなぜ『LIMEトリック』を仕掛けたのか。
どうやってメスブタちゃんは事件に巻き込まれたのか。
その辺りを楽しんでいただくにはこのパティーンが最適かな、と思いました。
西崎のゲスっぷりと、その仲間たちのどうしようもない生き様に震えていただければ幸いです。
 
ではではいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 27件

  • ИДЙ

    ヒアルロンさんかわいそうに…( そこじゃない

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  • クソ野郎はお前だ西崎ぃぃいい!!!!!!

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  • 美咲

    いや、教授いなくなるは不祥事起こすはで大学潰れるじゃん......せっかくゆうこちゃんが頑張って入学したのに不憫すぎる...

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  • taki

    この西崎とかいう男、頼りになるとか言われてるけど、色んなところで詰めの甘さが出てくるなぁ。

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  • 折川

    作者さんコメのヒアルロンさんのぼっちにわろた

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