天野勇二

(……見事だ。実に優秀なメスブタだ。これで『LIMEトリック』が完成した、というワケか)



 不敵な笑みを浮かべながら牧瀬を見つめる。


 涼太が怯えたように言った。


佐伯涼太

これは恐ろしい話だねぇ……。
牧瀬さんは『2時間以上も犯人の側にいた』ってことになるんだ……。

犯人が牧瀬さんに気づかなくて良かったよね。
もし気づいてたら襲われちゃったかもしれないし。


 富樫が首を横に振った。


富樫和親

いや、気づかれてましたよ。
『尾行』『張り込み』は教授たちにバレているんです。
理由はわかりませんが『犯人にもバレていた』と考えるほうが自然かもしれません。

佐伯涼太

あっ、そうか……。
そう考えると犯人が『2時間以上』も殺害現場に滞在した理由が納得できるね。


 青ざめた表情で言葉を続ける。


佐伯涼太

犯人は殺害現場から逃亡しなかったんじゃない。
牧瀬さんの『張り込み』があったから、すぐに逃亡することができなかったんだ。

富樫和親

その可能性が高いですね。
だから犯人は『変装』していたんだと思います。
牧瀬さんが『眞下先生を見た』と勘違いしたのは、そのためじゃありませんか?

牧瀬美織

はい……。
きっとそうだと思います……。


 涙目で肩を落とす。


 涼太は心底同情して不運だった牧瀬を見つめた。


佐伯涼太

うひゃぁ……。
そう考えるとマジで危なかったね。
犯人が『牧瀬さんを殺そう』と考えてもおかしくないよ。

だけど路地での殺害じゃ目撃者も多くなる。
牧瀬さんに逃げられる可能性も高い。
だから『被害者である眞下准教授』に変装して逃亡したんだ。
これは不幸中の幸いだったんだね。

牧瀬美織

そうなんです……。
警察にも同じことを言われました。
もし私が不用意に動いていれば、犯人に殺されたかもしれません。
その可能性を考えると、すごく怖いです……。


 自らを抱きしめながら呟く。


 華奢きゃしゃな肩が小刻みに震えている。


 天野はタバコを咥えながらスマホを取り出した。


天野勇二

その『変装』が重要だ。
お前はLIMEに

眞下先生が自宅を出ました!
大きな帽子にサングラス、マスクを装着してタクシーに乗りこみました!


というトークを残している。
なぜ『犯人』が「眞下である」と思ったのか。
改めて教えてくれ。

牧瀬美織

『犯人』は完全に顔を隠していて、つばの広い帽子ハットまで被っていたんです……。
おまけに体型を隠すようなロングコートまで羽織っていました。
一見ではブランド品シャネルを着込んだ女性に見えたんです。
当たり前のように眞下先生だと思ってしまいました。


 涼太はため息を吐きながら牧瀬を見つめた。


佐伯涼太

そりゃそう思うよ。
その時点で眞下先生は殺害されていたけど、そんなの想像できるワケがない。
僕が見ても『眞下先生だ!』って判断するだろうね。


 感心したように言葉を続ける。


佐伯涼太

こりゃ勇二の言う通りLIMEを使って、ある意味正解だったね。
僕たちのトークが確実に残っていて時系列を追うのが容易い。
牧瀬さんの『証言』も有力だよ。
状況証拠として使えるかもしれないね。


 涼太の言う通り、警察は牧瀬の『目撃証言』を軸に捜査を進めている。


 しかも牧瀬はその人物が『タクシー』に乗り込んだこと。


 タクシーには『GPSロガー』を貼りつけたこと。


 タクシーは歌舞伎町かぶきちょうへ向かったことも証言しているのだ。


 警察が『タクシー』『GPSロガー』を見つけ出すのは時間の問題だろう。


富樫和親

これは意外と早く『犯人』が特定できそうですね。
牧瀬さんの『張り込み』が犯人を追い詰めてます。
タクシーが見つかれば『運転手』の目撃証言も手に入りますよ。

佐伯涼太

そうなれば犯人が歌舞伎町のどこに向かったのか判明するよね。
歌舞伎町は監視カメラだらけの街だ。
芋づる式に目撃者が見つかる。
さすがに犯人も逃げ切れないよ。


 天野は満足気に頷いた。


天野勇二

そのようだな。
法廷ではメスブタの『証言』が重要視されることだろう。

まったくお前は優秀なメスブタだ。
今後もお前を飼い続けたい。
俺様はその確信に至ったよ。

牧瀬美織

ほ、本当ですか!
ありがとうございます!


 牧瀬が嬉しそうに微笑む。


 そこで沈黙を守っていた前島の我慢は頂点に達した。


前島悠子

……飼いません!
メスブタなんて飼いませんよ!
絶対に却下です!

大体あなたは誰なんですか!?
師匠と私の間に割り込まないでください!

牧瀬美織

……あれ?


 牧瀬はここでようやく前島の存在に気づいた。


 大学に在籍しているとは噂で聞いていたが、国民的アイドル様に会うのは初めて。


 慌てて両手を拭く。


 こびを売るように言った。


牧瀬美織

悠子ちゃんじゃないですか!
大ファンなんです!
いつも応援してます!
あのぉ、もしよろしければ、握手していただけませんかぁ……?


 前島はすかさず純真無垢じゅんしんむくな笑顔を浮かべた。


前島悠子

もちろんですよ!
いつも応援ありがとうございます!


 条件反射のように『ファン』への態度が出てしまった。


 慌てて牧瀬の手を振り払う。 


前島悠子

そ、そうじゃないです!
ファンだとしても、あなたみたいな人はいらないんです!
クソいりません!

牧瀬美織

うふふ……。
大丈夫です。
私がお仕えしたいのは天野様だけですから。

前島悠子

それが問題なんですよ!
もぉぉう!


 テラスに前島の地団駄じだんだがこだまする。


 天野はおだやかに苦笑しながら、牧瀬の瞳をじっと覗きこんだ。


天野勇二

さて……。
メスブタよ。
お前はこれからどうするんだ?

牧瀬美織

これからですか?
一旦家に帰って着替え、メイクをして……。
その後はご主人様の指示を仰ぎたいと考えております。

天野勇二

そうではない。
俺様は『天才クソ野郎』だ。
あまり俺様のことを見くびらないことだな。



 その瞬間、天野の全身から殺気が解き放たれた。


 おだやかだった表情も一変。


 瞳はえた肉食獣のように光り、唇は狂気に歪んでいる。



牧瀬美織

……えっ?
ご、ご主人様……?
な、なにか、至らないことがありましたか……?



 青ざめながら天野を見つめる。


 天野はゆっくり首を横に振った。



天野勇二

いや、お前は優秀なメスブタだ。
俺様の下僕ペットにしたい。
だから尋ねているんだよ。

牧瀬美織

ど、どういうことでしょうか……?



 天野はゆらりと立ち上がった。


 張り詰めるような殺気がテラスに拡散する。


 とにかく天野の殺気と脅しは怖い。


 殺気だけならば本職の極道にも劣らない。


 涼太たちもいきなり豹変ひょうへんした天才クソ野郎を驚いて見上げている。


 天野は偉そうに口を開いた。



天野勇二

今回の事件は『裏口入学』に関する噂を調べたことから始まった。

まずお前が眞下の自宅に不法侵入。
翌日には眞下が殺害。
俺様としては不本意な結果になった。

もし眞下と再会する機会があれば謝罪したいものだよ。
もっと俺様が早く真実を掴んでいれば、眞下が死ぬこともなかっただろう。



 ゆっくりテラスを歩き回る。



天野勇二

問題なのは殺害後だ。

教育学部のボスである須田
食えない西崎
冴えない権藤

コイツらが不自然に歌舞伎町へ集結した。
おまけにそれだけじゃない。

俺様の前に現れた『謎の女』
アルタ前で合流した2人目の女
そしてお前が目撃した眞下の家から出てきた女……。

この事件には『3人の謎の女』が関わっている。



 ぴたりと足を止める。


 殺気に満ちた瞳で牧瀬を睨みつける。



天野勇二

だが……。
『謎の女』は1人しかいない。



 牧瀬の顔が驚きに包まれた。



天野勇二

メスブタよ。
俺様の靴には鉄板が仕込んである。
ブタなんて一撃で始末しまつできるぜ。
これは本気の脅しだと理解するがいい。



 涼太が慌てて立ち上がった。


 天野は本当に回し蹴りを牧瀬の顔面に叩きつけそうだ。


 牧瀬をかばうように両手を広げる。



佐伯涼太

ちょ、ちょっと待ってよ!
牧瀬さんは殺してないんでしょ!?
警察が解放したのが何よりの証拠じゃん!

天野勇二

そうだな。
俺様もそうだと感じている。
だが、そんなことは問題じゃないのさ。



 指先を「パチリ」と鳴らし、気障キザったらしく振り回す。


 まるでオーケストラを率いる尊大そんだいな指揮者のように。


 それを牧瀬に突きつける。



天野勇二

メスブタよ。
もう一度尋ねよう。
お前はどうするんだ?

俺様は『LIMEトリック』を解き明かしたぞ。
正確に言えば『スマートフォンを駆使したアリバイトリック』だ。

まだ俺様を敵に回して「ブーブー」鳴く自信はあるのか?
お前はどこで鳴くのがお似合いだ?



 牧瀬の顔面は蒼白そうはくだ。


 震えながら天野を見上げている。



牧瀬美織

そ、そんな……。
ご主人様、まさか……?

天野勇二

その通りさ。
俺様はお前という『メスブタ』を飼いたいんだ。
優秀なお前にはこれだけ言えば理解できるだろう。



 冷たい瞳で牧瀬を見下す。


 天野の殺気に支配されたテラス。


 指先ひとつも動かせないほどの緊張感に包まれている。


 涼太も富樫も前島も、天野が何を考えているのかさっぱりわからない。


 牧瀬は「ごくり」と生唾を飲み込んだ。


 何度も静かに頷く。


 そして天野をうるんだ瞳で見上げた。



牧瀬美織

……さすがです。
改めて敬服けいふくいたします。
天野様が『天才クソ野郎』と呼ばれている理由を初めて理解することができました。

まさか、こんなにも早く、真相を掴んでしまうなんて……。
『謎の女』の正体もお見抜きになられたのですね。

天野勇二

クックックッ……。

やはりお前は優秀だ。
もう俺様が言いたいことを理解したな。

お前だって『謎の女』の正体は理解しているんだろう?



 涼太たちが驚愕きょうがくの眼差しを牧瀬に向けた。


 牧瀬は弱々しく微笑んだ。


 ゆっくり、そして長く。


 静かに息を吐く。


 まるで背負っていた重い荷物をようやく地面に降ろしたような。


 そんな安堵あんどの息だ。



牧瀬美織

天野様……。
申し訳ございません。
私、そのことは知らないんです。



 天野はいぶかしげに牧瀬を見つめた。



天野勇二

……なんだと?
お前、知らないのか?

牧瀬美織

はい。
存じ上げておりません。
今も見当さえついていないんです。

天野勇二

そういうことか……。
なんてことをしやがる。
反吐ヘドが出るぜ。



 嫌そうに吐き捨てる。


 牧瀬は深々と頭を下げた。



牧瀬美織

しかし、私がつかえるべき御方は誰なのか……。
心から理解することができました。
私は今、天野様にお仕えするためにこの世に産まれたとすら感じます。

私はあなたの『メスブタ』になりたい……。
どうか私のことを飼ってください。



 涼太と富樫と前島が困惑こんわくの表情で互いの顔を見つめる。


 天野と牧瀬が何を話しているのか。


 まったく理解できない。



天野勇二

…………



 天野は注意深く牧瀬の顔を睨みつけた。


 そこに『嘘』の気配はない。


 満足気に言い放った。



天野勇二

……いいだろう。
許可してやる。

ではお前たち、最後の作戦会議に入るぞ。
あの教育学部のクズ共をお仕置きしてやるための作戦会議だ。




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つばこ

涼太&富樫&前島「……えぇ? どういうこと? なにがいったいどうなってるの?( ゚д゚)ポカーン」
 
残念ながら3人は上記の感情を抱いたまま『解決編』に突入します。
今回の天野くんは仲間たちにほとんど『推理』を語ろうとしませんね。
あえて情報共有を怠ってます。
これは『最後の作戦』において「敵を騙すなら味方から」という点が重要になるためです。
別に天野くんがイジワルしているワケじゃない……と思います……たぶん……。
 
さぁいったいメスブタは何を隠していたのかな!?
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 31件

  • まこと

    分からん!分からん!
    全く何も推測できない!妄想すら出来ない!モヤつくーー!

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  • rtkyusgt

    ポイント使ってやっと追いついた!
    涼太達と読者はきっと同じ気持ちだよ(笑)

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  • べっちん

    さてさて、メスブタちゃんの元々の飼い主は、だらだったのかな?
    次回、楽しみですわ。

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  • ぷに

    先週に引き続き、ますますわからなくなってきたぞ!

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  • つー

    メスブタはもともと教育学部側に飼われていて、眞下先生を消すために天野くんを利用しようと潜り込んできたんじゃない?
    でも天野くんが優秀すぎて、本当に仕えるのが誰なのかわかった発言なのだと思うわ。

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