橋田在昌

……きたね。
ついにきたんだね。
いつか勇二くんから連絡が入ると、覚悟していたよ……。


……だからこそ、はっきり言わせてもらおう。



 橋田は天野が喋り出す前に言った。



橋田在昌

勇二くんに事件の捜査状況を教えることはできない。
今回はかなり情報規制しているんだ。
わかってくれるね?


 天野は軽く笑った。


天野勇二

ええ、それは理解しています。
ですが……。
俺が『情報提供したい』と言い出せば、話は別ですよね?

橋田在昌

ぐっ……。
やはりそう言うのか……。



 橋田はため息を吐きながら人気ひとけのないところに移動した。


 同僚に天野との会話は聞かせられない。


 うんざりしながら尋ねる。


橋田在昌

はぁ……
どんな情報なのかな。
教えてくれるかい?

天野勇二

クックックッ……。
賢明な判断ですね。
俺が勝手に犯人を捕まえたりしたら困りますからねぇ。
こちらの情報や行動はチェックしておきたいのでしょう?

橋田在昌

そ、そうなんだよ。
頼むよ。
教えておくれ。



 橋田はかなり下手したてに出ているが、それも無理はなかった。


 天野は警察の面子メンツを潰し続けている厄介な民間人。


 それが殺人事件に関与しているのであれば、余計な情報を流したくはないし、何を調べているのか把握しておきたい。


 橋田としても『天才クソ野郎に出し抜かれる』なんて失態しったいは二度と演じたくないのだ。



天野勇二

実はですね……。
被害者の眞下准教授には『裏口入学を斡旋あっせんしている』という噂があったんですよ。

橋田在昌

裏口入学の斡旋だって?
それは事実なのかい?

天野勇二

あくまで噂です。
俺はとある事情により、眞下准教授のことを調べてましてね。
その中で入手したんです。


 橋田は心底驚いたように告げた。


橋田在昌

それは初耳だね……。
そんな情報は入ってないよ。

天野勇二

ふむ……。
それは意外ですね。
まぁ、まだ捜査の2日目か。
どこかで耳にすると思いますよ。

橋田在昌

裏口入学か……。
それが事件に関わっているのかな?

天野勇二

それはまだわかりません。
ただ、『裏口』に関与していると想定される人間は他にもいるんです。
実は昨日、俺たちは複数人で教育学部の連中を尾行していたんですよ。


 橋田は困ったように言った。


橋田在昌

それは牧瀬さんから聞いたよ。
褒められた行いじゃない。
友達を危険なことに巻き込んではいけないよ。

天野勇二

ええ、気をつけます。
ご存知だと思いますが、俺たちが尾行した3人の教授が『裏口』の容疑者たち。
これが眞下准教授の死亡推定時刻後、示し合わせたように歌舞伎町かぶきちょうへ集結したんです。

これ、怪しくないですか?
無視できる行動ではないでしょう?


 橋田は真剣な表情で頷き、メモを取り出した。


 天野が有力な情報を持ってくるのか半信半疑はんしんはんぎだったが、これはなかなか興味深い。


橋田在昌

それは確かに不自然だね……。
えっと、3人の教授というのは……。

天野勇二

教育学部の須田、西崎、権藤。
この3人です。

橋田在昌

なるほど……。
参考にするよ。
調べさせてもらおう。

天野勇二

よろしくお願いします。
それでは『情報提供者』への見返りをいただきましょうか。
いくつかお尋ねしたいんです。


 橋田は予想していたとはいえ、さすがに顔をしかめて言った。


橋田在昌

何も教えられないよ……。
勇二くんも理解してほしい。
君に捜査情報をらしたと知れたら、私の首が飛びかねないんだ。

天野勇二

大したことじゃありません。
眞下准教授の自宅からは大量の『現金』が見つかったはずです。
それはいくらだったんですか?

橋田在昌

……うん?
現金だって?
何のことかな?


 橋田は不思議そうに唸っている。


 本当に知らないのか。


 とぼけているのか。


 さすがの天野も電話越しでは読み取れない。


天野勇二

自宅には『現金』があったはずですよ。
それも大量のね。

橋田在昌

被害者の自宅には貴金属やブランド品があったが……。
それのことかい?

天野勇二

そんなものじゃありません。
ナマの『現金』です。
数千万はあるはずなんですが。

橋田在昌

す、数千万だって?
いや、それは知らないね。
なぜそんなものがあると思うんだい?


 天野は軽く小首を傾げた。


 橋田が捜査情報を漏らせないことは天野も理解している。


 しかし、現金の存在はぐらいは告げても構わないはずだ。


天野勇二

おかしいな……。
タンスの奥に隠してあるはずなんですが。

橋田在昌

タンス?
被害者の自宅にはタンスなんかないよ。

天野勇二

何ですって?
2階にあるはずですよ。

橋田在昌

いやぁ……。
2階にもタンスはなかったねぇ……。


 天野は何度も首を捻った。


天野勇二

(タンスも現金も存在しないだと……? すでに持ち出されていたのか? いつ持ち出した? 眞下の殺害前、もしくは殺害直後に持ち出したのか?)



 現金を持ち出すタイミングはいくつか存在する。


 最も可能性が高いのは、牧瀬と涼太が不法侵入してから天野たちが張り込みを開始するまでの間。


 天野は思案し、ゆっくり首を横に振った。



天野勇二

(……いや、持ち出したんじゃない。現金なんてんだ。つまり、これは俺様の『推理』が正しいことの『証明』だ……)



 確信を持って頷く。


 ひとつの『疑念』が『確証』に変わる。



天野勇二

(これが『前提』にあれば、全ての物事はまったく違う顔を見せる。やはり俺たちは『トリックの歯車』として使われたんだ。だが、目的はなんだ? なぜあんなややこしい『アリバイトリック』を作り上げた……?)



 事件のあった夜。


 LIMEライムを使って追いかけた教授たち。


 須田、西崎、権藤。


 そして2人の『謎の女』。


 天野の両目が鈍く光った。



天野勇二

(そうだ……。『謎の女』だ。あの『アリバイ』『謎の女』のために急遽きゅうきょ作られた。その前提で間違っていなかったんだ……)



 推理ロジックの先に見える『謎の女』の正体。


 それがおぼろげに見えたのは過去のこと。


 今は明確な姿が見える。


 天野は強く唇を噛み締めた。



天野勇二

(……だが、これでは全てを解決できない。俺様が『謎の女』の正体に気づくことなんて、敵は初めから想定している。そのための布石を打っているんだ。どうやってこの『アリバイトリック』を覆すべきか……)



 灰色の脳細胞が唸りを上げて回転している。


 いくつかの作戦が浮かんでは消える。




橋田在昌

……勇二くん?
聞いてるのかい?
おーい?


 スマホの向こうで橋田が呼んでいる。


 まだ橋田には尋ねたいことがある。


 天野は急いで言葉を吐き出した。


天野勇二

現金が存在しなくとも、眞下准教授の自宅には『シャネル』のブランド品が存在しましたよね。
1階の部屋に山積みにされていたはずです。


 橋田は静かに唸った。


 念のため尋ねる。


橋田在昌

ねぇ勇二くん……。
どうしてそのことを知ってるの?
それはどこにも公開してないんだけど……。
本当に、勇二くんは事件に関与してないよね……?

天野勇二

いやだなぁ橋田さん。
まさか俺のことを疑っているんですか?
息子の友人ですよ?
疑うなんて酷いじゃありませんか。

橋田在昌

い、いや、疑ってないよ。
本当だよ。
うん、本当だよ。

天野勇二

眞下准教授はシャネル愛好家シャネラーだ、という噂を耳にしていたんですよ。
シャネルの衣服や鞄などを部屋に並べていると。
強盗殺人犯であればその部屋を無視するはずがない。

何か盗まれた形跡けいせきはなかったんですか?
どこかにブランド品が捨てられたりしませんか?
犯人が何かを落としていれば明確な痕跡こんせきになりますよね。



 橋田は心底困っていた。


 天野は捜査情報に関係するギリギリの質問を飛ばしてきた。



 『裏口』の噂を知らない警察は、今回の事件は『強盗殺人』である可能性が最も高い、と考えている。


 そのため犯人が痕跡こんせきを残していないか徹底的に捜査している。


 だからこそ殺害現場だけでなく、その周辺もキープアウトしているのだ。


 しかし、それを天野に説明することはできない。


 捜査情報の漏洩ろうえいになってしまう。



橋田在昌

うーん……。
これは難しい質問だねぇ……。
ノーコメントでも構わないかな……?

天野勇二

橋田さん。
『独り言』を呟きましょう。
独り言を呟きながら考えをまとめる。
それだけの話です。

橋田在昌

ゆ、勇二くん……。
本当に困るよ……。

天野勇二

橋田さんが協力的であれば、俺は警察の顔に泥を塗るようなマネはしませんよ。
別にこのんで警察の面子メンツを潰しているワケじゃないんです。
橋田さんにも迷惑はかけたくない。

ただ……。


 ニタリと極悪の笑みを浮かべる。


天野勇二

こんな些細ささいなことも教えてくれないのであれば、橋田さんに協力する義理を感じることはできませんね。
警視庁の顔を塗り潰すためのドロをたっぷり用意してやる。
また無能な警察が民間人に出し抜かれるんだ。
もし、そこに橋田さんが関与していたことが判明したら……。
これは困ることになるでしょうねぇ。


 橋田はげんなりと顔を歪めた。


 とんでもない脅しだ。


 警視庁捜査一課の人間にここまでの脅しを飛ばせる大学生なんて、この先も天野しか存在しないだろう。



橋田在昌

はぁ……。
まったく君は……。
本当に手を焼かせる青年になったね……。



 橋田は諦めて、とぼけたように語り始めた。


橋田在昌

……しかし困ったなぁ。
殺害現場の周辺を調べても、被害者の所持品は何も見つからない。
ブランド品が捨てられていることもない。
何か落ちていたりすれば捜査も進展するんだがなぁ。
実に困った。



 天野は満足気に唇を歪めた。


 ゴミ捨て場の存在は確認できなかった。


 しかし、そこに『ブランド品は捨てられていなかった』という事実が確認できた。


 この事実が天野にひとつの『推測』を運んだ。


天野勇二

ありがとうございます。
これは新しい『切り札』になります。
あともうひとつ。
俺の後輩はいつ解放されるんですか?

橋田在昌

ああ、それか。
それは言ってもいいかな。


 牧瀬まきせはどうも天野の友人のようだ。


 事情聴取じじょうちょうしゅの内容は嫌でも天野に伝わってしまうだろう。


 隠す必要性もないと橋田は判断した。


橋田在昌

牧瀬さんの事情聴取は先ほど終わったよ。
もう家に帰れるはずだ。

天野勇二

それは良かった。
牧瀬は『殺害していない』と断定したんですね。

橋田在昌

まぁ、そうなるね。
詳しいことは本人から聞いてくれるかな?

天野勇二

わかりました。
橋田さん、また何かあればお願いしますよ。

橋田在昌

ふぅ……。
もう勇二くんの手をわずらわせたくないものだよ。



 天野が電話を切ると、LIMEライムがひとつのトークを表示した。


 メスブタである牧瀬からのトークだ。



牧瀬美織(LIMEトーク)

牧瀬です。
今、解放されました。



 すぐに涼太が喜びのスタンプを貼った。


佐伯涼太(LIMEトーク)

牧瀬さんお帰り!
待ってたよ!
警察に変なことされなかった?

牧瀬美織(LIMEトーク)

大丈夫です。
ご主人様に報告したいことがあるんです。

天野勇二(LIMEトーク)

メスブタも疲れているだろう。
明日でも構わんぞ。

牧瀬美織(LIMEトーク)

いえ、私の事情聴取によって警察の捜査状況が予測できます。
きっとご主人様のお役に立つはずです。
できれば直接お話させてください。

それに何より……。
愛しのご主人様のお顔を拝見したいんです。

佐伯涼太(LIMEトーク)

ヒュー!
熱い発言キター!
牧瀬さんはベタ惚れだねぇ。
ねぇ勇二、前島さんに刺されないようにね。


 天野は思案しながらトークを返した。


天野勇二(LIMEトーク)

ならば大学に来てくれ。
俺もメスブタには会いたい。
テラスで待っている。

牧瀬美織(LIMEトーク)

ありがとうございます!
すぐ行きます!
走って行きます!


 LIMEを閉じ、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる。


天野勇二

クックックッ……。
健気けなげで可愛いメスブタめ。
どんな反応を見せてくれるのか。
実に楽しみだな。




 天野は『天才』だ。


 しかし、その天才も『万能』という訳ではない。


 ずっと隣にいる弟子の存在をすっかり忘れていた。


 LIMEを覗きこんでいた前島の全身は怒りに震え、ヘルメットも「カタカタ」と小刻みに揺れている。


 天野が乙女心おとめごころまで理解できる天才になるには、まだ相当な試練が必要のようだ。




前島悠子

し、し、ししょう……!
これは……!
どういうことなんですかぁ……ッ!




 ヘルメットを被った弟子から呪詛じゅそのような声が漏れる。


 天野は平然と告げた。


天野勇二

お前には言ってなかったな。
メスブタを1匹飼うことにしたんだ。

前島悠子

メ、メスブタ!?
ハァッ!?
な、なんですかそれ!?

天野勇二

メスブタはメスブタだ。
飼うことにしたんだよ。

前島悠子

師匠はバカになったんですか!
天才どこに行きました!?
ブタさんはLIMEなんて使えませんよ!

天野勇二

それが現代のメスブタはLIMEを使いこなせるんだ。
ブタの進化を甘く見てはいけないぞ。

前島悠子

それはブタじゃなくて人間じゃないですかぁ!
もぉう!
私たちは交際してるのに!

天野勇二

あっはっはっ。
メスブタだと言っているじゃないか。
お前もモルモット以外のペットが欲しいだろう?
しかもLIMEが使える…………





 天野の言葉がふいに止まった。



 前島はまだ抗議したかったが、天野の様子を見て言葉を止めた。



 天野は真顔で固まっている。



 そして虚空こくうを見つめて、ブツブツと独り言を呟き始めた。



天野勇二

そうだ……。

『LIME』だ……。

別にこの目で確かめる必要はないんだ……。

LIMEを使ってやればいいじゃないか……。



 独り言を呟きながら周囲を歩き始める。


 天野が何かを思案する時の癖だ。


 やがて「パチリ」と指を鳴らすと、



天野勇二

……これだ。
これでいこう。

この作戦ならば『物的証拠』を確認でき、ふざけた『アリバイトリック』を覆すこともできる。
全てに終止符ピリオドを打てるじゃないか……。

クックックッ……。



 ニタリと不敵な笑みを浮かべた。


 何度も偉そうに頷く。


 前島は「まさか」と思ったが、念のため尋ねた。


前島悠子

あの師匠……。
まさかとは思いますけど……。
まさか、まさか……。

『犯人わかっちゃった』とか……。
『謎は全て解けた』とか……。
『真実はいつもひとつ』だとか……。

そんなこと言いませんよね?

天野勇二

犯人がわかった?
謎が解けただと?
いや、違うな。

前島悠子

ふぅ……。
そうですよね。
そんなこと言われたらどうしようかと思いました。

天野勇二

正確に言えば……。
謎は全て解けており、犯人を確保するための作戦も閃いた。

前島悠子

そうそう。
謎は全て……
……えぇっ!?



 驚愕きょうがくの表情で天野を見上げる。


 天野は気障キザったらしい笑みを浮かべながら言った。



天野勇二

まったくトリックなんてものは解けてしまうと本当につまらないものだ。

もう全ての謎は解けた。
犯人の正体も見えている。
そして、クズ共の尻尾を握り潰すための作戦まで閃いた。

やはり俺様は天才だ。
この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいく。
クズ共の泣き顔が目に浮かぶようだぜ。




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つばこ

ここまでが『メスブタの問題編』となります。
 
今回のミステリーは『ハウダニット(トリック当て)』がメイン。
犯人の正体には何となく辿り着けると思います。
その先にある『ハウダニット』と、天野くんの『ホワイダニット(動機当て)』に挑んでいただければ幸いでございます(*´ω`*)
 
さてさて、皆さま毎週水曜連載中の『マンガ版・天才クソ野郎の事件簿』は読んでいただいてますか!?
実は5/22(水)先読み更新話より、つばこの書き下ろしエピソードが始まるんです!
ノベルで公開する予定はありません!
マンガ版でしか読めない完全新作の天クソ!
しかも古くからの天クソ読者であれば「ついにきたのか…!」と驚愕する(たぶん…)出来事が発生します!
どうか読んでくださいッ!
 
それではいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 30件

  • バルサ

    天野くん凄いな(^^;

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  • ゆんこ

    (☝ ˘ω˘)☝ふぅー!!

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  • rtkyusgt

    金田○少年の事件簿とか名探偵○ナンとかネタが豊富だなぁ((●゚ν゚)

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  • hikari@ネト充ラブ

    無課金勢なのでまだ1話しか読めてませんが、マンガオリジナル読んでます!
    確かにあの始まり方は言われてみれば、なぜ今までなかったんだろうと思う始まり方でしたね笑笑
    小説もマンガも続きが気になります!!!

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  • LAMP

    読者を置いてけぼりにするいつも通りの天野くん

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