天野は単車を走らせ、前島が所属している芸能事務所のオフィスに向かった。


 ここを訪れるのは昨年のクリスマス以来。


 当然ながら前島は不満げに言った。



前島悠子

あの師匠……。
ここが『デートスポット』なんですか……?

天野勇二

そうだ。
お前の事務所だ。
パパラッチされても安心だな。

前島悠子

うぅ……。
師匠を信じた私がバカでした……。
こんなの、全然『おデート』じゃないです……。


 天野が事務所に足を踏み入れると、すぐに前島のマネージャーである川口かわぐちが飛んで来た。


川口由紀恵

これは天野様。
お久しぶりです。

天野勇二

突然すまないな。
時間は大丈夫か?

川口由紀恵

もちろんです。
応接室を押さえております。
どうぞこちらに。


 オフィスを抜けて応接室へ。


 前島は事務所のスタッフにペコペコ頭を下げているが、このクソ野郎は完全に無視だ。


 偉そうにオフィスをずんずんと歩いている。



事務所のスタッフA

(おい、天野じゃないか。何度もアイドルの命を救った『伝説のSP』のお出ましだ)

事務所のスタッフB

(相変わらず凄い威圧感いあつかんだな……。大学生の放つオーラじゃないぞ)

事務所のスタッフC

(今日は『対天野様フォーメーション』を組まなくていいんだよな?)

事務所のスタッフD

(悠子ちゃんはあんな男の何を気に入ってるんだろう……)



 事務所のスタッフは興味深そうに天野を眺めている。


 もはや芸能界にとって、『天才クソ野郎』とは無視することのできない存在になりつつある。


 国民的アイドルの命を何度も救い、『恋人カレシ』とも噂され、何度も殺人事件に巻き込まれたことのあるクソ野郎。


 ちょっとした業界の有名人だ。



川口由紀恵

天野様……。
先ほどお電話で指示された通りに、用意はしたんですが……。


 応接室に入ると、川口は天野に茶封筒を手渡した。


 事務所を訪れる前。


 天野が電話で用意するように命じた代物だ。


 天野は中身を確かめると、


天野勇二

……これでは話にならん。
名前、顔写真、住所、親の職業、親の年収……。
あと本人の性格なども加えてくれ。


 あっさり机の上に放り投げた。


川口由紀恵

そこまで、ですか……。
さすがに個人情報になるので……ちょっとそれは……。


 川口が困惑の表情を浮かべる。


 茶封筒に入っていたのは高校3年生のアイドルの個人情報。


 天野は川口に「大学進学を控えているアイドルの個人情報を用意してくれ。履歴書として作成してほしい」と命じていたのだ。


天野勇二

これのどこが個人情報なんだ。
顔写真はない。
名前も住所もイニシャルだらけ。
使える代物じゃない。

川口由紀恵

しかし……。
相手が天野様といえども、詳細な個人情報をお渡しすることはできません。
万が一『流出』でもしたら、どうなさるおつもりですか?
タレントの経歴に大きな傷がついてしまうんですよ?


 天野はそれもそうだなと、納得して言った。


天野勇二

ならば顔写真だけくれ。
あとは俺様が適当に書く。
よく考えればそれで十分だ。


 川口と前島は心底不思議そうに天野を見つめた。


 「個人情報をよこせ」と要望しながら捏造ねつぞうする」と言い出した。


 いったいクソ野郎は何を考えているのだろう。


天野勇二

全ての情報をデタラメに書こう。
それなら流出しても問題あるまい。
川口のPCを貸してくれ。


 川口は渋い表情を浮かべた。


 天野は命を救ってもらったこともある恩人だ。


 最近は前島との『恋仲スキャンダル』で悩まされているが、恩人である事実は変わらない。


 一生をかけても返せないほどの借りがある。


 それでも念のため釘を刺した。


川口由紀恵

天野様……。
そんなことは絶対にないと信じておりますが……。
本当に信じておりますが……。
これを『悪用しない』と約束してくださいますか?

天野勇二

ああ、いいだろう。
悪用はしない。

川口由紀恵

本当ですね?
その言葉に偽りはございませんね?

天野勇二

もちろんだ。
俺様の辞書に『偽り』という言葉は存在しない。


 堂々と言い放っている。


 川口はため息を吐きながら言った。



川口由紀恵

……かしこまりました。
少々お待ちください。



 仕方なく自らのPCを天野に貸し出す。


 天野はそれを使って個人情報を捏造ねつぞう


 顔写真は実際のアイドルだが、名前や住所や両親の職業などは全てデタラメ。


 あっさり『架空かくうのアイドル』の履歴書を手に入れた。



天野勇二

なかなか良い出来だ。
生田胡桃いくたくるみというアイドルにしてやったぜ。
俺様の可愛い妹の名前を頂戴するとは、実に名誉あるアイドルだ。


 満足気に履歴書を茶封筒にしまう。


 前島は呆れて言った。


前島悠子

あの師匠……。
その娘を知らないんですか?

天野勇二

知らんな。

前島悠子

その娘は『ムーンちゃん』っていう人気急上昇中のアイドルですよ。
『まきりん』に匹敵するほどの逸材いつざいです。
テレビをつければよく観るはずですけど。

天野勇二

ふぅん。
この地味な女がねぇ。
観たこともないな。


 川口は天野が何を考えているのかさっぱり理解できなかったが、念のため尋ねた。


川口由紀恵

天野様……。
まさかそれを『第三者』に渡したりはしませんよね……?

天野勇二

その質問には答えられないな。

川口由紀恵

えっ!?
それなら何に使うんですか?


また悠子ちゃんに危機が迫ってるとか……。
悪人を捕まえるための作戦だとか……。
そういうことじゃないんですか!?

天野勇二

そんなことはない。
俺様が個人的に使わせてもらうだけだ。


 前島と川口は困惑して互いの顔を見つめた。


 このクソ野郎、相変わらず何を考えているのかまったく理解できない。


 川口は心の中で「どうか悪用されませんように」と祈り続けていた。



天野勇二

じゃあ前島。
次に行くか。

前島悠子

今度こそ『デートスポット』に行くんですよね。
今度こそ『おデート』にピッタリな甘い空気を吸える場所に行くんですよね。

天野勇二

ああ、もちろんだ。
ついて来い。

前島悠子

はい!



 前島と一緒に単車にまたがり、天野は都内にあるひとつの家を目指した。


 場所は涼太から聞いている。


 田園調布でんえんちょうふの一等地。


 東京とうきょうでも有数の富豪ふごうが住む地域。


 一流大学の学部長ボスが住むに相応しい場所といえるだろう。



天野勇二

ここが須田すだの家か……。



 閑静かんせいな住宅街。


 広い庭のある一戸建て。


 教育学部のボス、須田教授の自宅だ。


 当然ながら前島は不満げに言った。


前島悠子

あの師匠……。
こんなところに『デートスポット』があるんですか……?

天野勇二

そうだ。
目の前にあるぞ。

前島悠子

うぅぅ……。
これは須田教授の自宅じゃないですか……。

そうじゃないかと思ってはいましたが……。
まぁ恐らくそうだろうと覚悟していましたが……。
やはり事件の捜査なんですね……。


 肩を落としながら周囲を眺める。


 視界に入るのは豪邸ごうていばかり。


 前島にとっては縁のない地域だが、この辺りの風景には見覚えがある。


 ロケなどで訪れたのだろうか。


前島悠子

……あっ!
師匠!
あれは春川はるかわさんの家ですよ。
須田教授とはご近所さんなんですね。


 前島が一軒の豪邸を指さした。


 天野は小首を傾げながら尋ねた。


天野勇二

……春川?
誰だそれ?

前島悠子

いやいや……。
師匠も会ったことあるじゃないですか。
アイドルグループのプロデューサーですよ。
芸能界の『裏のドン』とも呼ばれる御方です。


 天野は嫌そうに顔を歪めた。


 確かに会ったことがある。


 天野に『処女』のアイドルグループを選出させようとした、いけ好かないプロデューサーだ。


(詳しくは『彼女を上手にプロデュースする方法』にて)


天野勇二

ああ……。
あの豚狸ブタヌキか。
アイツ、まだ生きていたのか。

前島悠子

当たり前じゃないですか。
今も新しいアイドルグループを生み出したり、ドラマやCMをプロデュースしたりと大活躍ですよ。


 須田の自宅から通りを挟んで2軒ほど隣。


 そこに春川の豪邸がある。


 土地も家の大きさも周囲の3倍以上。


 玄関先ではガーデニングでもしているのか、1人の中年女性が花壇の手入れをしていた。


前島悠子

あれっ!
春川さんの奥様がいらっしゃいます!
ちょっと挨拶してきますね!

天野勇二

なんだ?
アイドルってのはプロデューサーの家内にもペコペコしなくちゃいけないのか?

前島悠子

師匠はご存知ないと思いますが、奥様は過去に春川さんが成功させたアイドルグループのセンターだった御方なんです。
私にとって大先輩ですよ。
たまに差し入れもしていただいてるんです。


 すでに芸能界を引退しているが、春川の妻は平成初期に活躍したアイドル。


 町で見かけたら挨拶するのが業界の常識だ。


天野勇二

ふぅん。
あのクソプロデューサー、自分の『商品』に手を出したのか。
とんでもない男だな。

前島悠子

師匠……。
それは芸能界ではタブーです。
言ってはダメですよ。

天野勇二

残念ながら俺様にはデビューの予定がない。
タブーなんか知ったことではないな。



 天野は毒づきながらも前島と一緒に春川の自宅へ向かった。


 春川の家内が前島に気づく。


 嬉しそうに手を振った。


春川ふみえ

悠子ちゃんじゃない!
久しぶり!
どうしたの?
ロケか何か?

前島悠子

いえ、たまたま近くを通りかかったんです。
奥様の姿を拝見したので、これはご挨拶せねばと思いまして。
いつもお世話になっております。


 深々と丁寧に頭を下げる。


 売れっ子になっても天狗てんぐにならず謙虛けんきょな態度を崩さない。


 アイドルのお手本のような女の子だ。


春川ふみえ

気を使わないでいいのに。
でも嬉しい。

……あら?
隣の人は事務所の方?

前島悠子

いや、違うんです。
えっと……。
大学の先輩なんです。


 前島が告げると、天野は爽やかな笑みを浮かべて言った。


天野勇二

天野勇二と申します。
お会いできて光栄です。
いつも後輩がお世話になっております。


 これまた丁寧に頭を下げる。


 前島は安堵あんどして胸をで下ろした。


 天野が『クソ野郎』な態度を取らないか心配だったが、ちゃんと力関係を把握して気を使ってきた。


 意外にもその辺りの気遣いが出来る男だ。


春川ふみえ

大学の先輩?
天野くん?
あらもしかして……。


 春川の家内は苦笑しながら尋ねた。


春川ふみえ

あなたが『天才なんとか野郎』って、呼ばれている子なの?


 前島は驚いて春川の家内を見つめた。


前島悠子

な、なんでそのことをご存知なんですか!?

春川ふみえ

だって悠子ちゃん。
女性週刊誌にはあなたと『大学の先輩』の噂がちょこちょこ載ってるのよ?
それにね……。


 楽しそうに手を叩く。


春川ふみえ

前に旦那が『悠子ちゃんの先輩にやり込められたぁ』って荒れてたことがあるのよ。
もう酷く怒ってて愉快だったわぁ……。
確か『天野くん』っていう名前だった。
うちの旦那を叱ってくれたんでしょ?


 前島は困ったように天野を見上げた。


 確かに天野は春川を出し抜き、完全にやり込めてしまったことがある。


 前島は天野が余計なことを言わないか心配だったが、天野は前島が思っているより大人だった。


天野勇二

いえ奥様。
それは誤解でございます。
春川さんは才能にあふれた偉大な御方です。
自分のような男が叱るだなんて恐れ多い話です。
きっと何か誤解があったのでしょう。


 柔らかい笑みを浮かべて否定。


 おまけに春川のことをしっかり持ち上げている。



天野勇二

……ですが、奥様のような美しい方に名前を知っていただけたのであれば……。
どんな誤解でも誇らしく感じますね。



 突如、天野の雰囲気が変わった。


 つやっぽく濡れた切れ長の瞳。


 神秘的ともいえる眼差し。


 それが春川の家内に真っ直ぐ向けられる。


 どこか甘えるような口調で言った。






天野勇二

奥様の印象に残るのであれば、どれだけ悪い噂であっても構わない……。
そう考えてしまうのはいけないことでしょうか?


……いや、すみません。
生意気なことを言いました。
あまりに奥様が眩しくて、舞い上がってしまったのかもしれません。



 照れ臭そうにはにかむ。


 中年女性の母性本能を「これでもか」とくすぐる仕草。


 春川の家内のほおがゆっくり紅潮こうちょうしていく。



春川ふみえ

あらやだ……。
急にどうしたの?
こんなオバサンを持ち上げちゃって。



 春川の家内は満更まんざらでもない表情を浮かべている。


 何せ天野は彫りの深い男前イケメンだ。


 おまけに高身長&八頭身のモデル体型。


 知性と気品に溢れ、気障キザったらしい台詞の全てが決まっている。


 『クソ野郎』という要素さえなければ完璧だ。


 天野は甘い笑みを浮かべると、



天野勇二

奥様……。
実は私、ひとつ調べていることがあるんです。
もしよろしければ、奥様からお話をお伺いできませんでしょうか?
他の誰でもなく、奥様からお伺いしたいんです。



 あからさまに話をすり替えた。


 色気たっぷりの口調で迫る。


 前島は心の中で叫んだ。



前島悠子

(うぐぅ……! いきなり師匠が口説き始めましたよ! 私という恋人カノジョの目の前で『人妻』を! あんな色目、使われたことないんですけど!)






この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

40,142

つばこ

イエエェェェーーーイ!!!!!
これが平成最後の更新!平成最後の天クソです!(これを書いてるのは4/26です)
令和になっても天野くんの活躍を追いかけていただけたら光栄です!!!!
 
ただいまcomicoノベル4周年の企画として、
 
①全話購入50%OFF
②レンタル券の回復時間が12時間
③天クソ異世界編の壁紙がダウンロードできちゃう
 
なんて企画を実施しています!
異世界編の天野くんめっちゃカッチョイイので是非ダウンロードしてください!
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 25件

  • コハク

    偽りが存在するから「偽りが存在しない」ということも平気で偽るんだろうね笑

    通報

  • rtkyusgt

    前島ちゃんにも須田教授の家知られてたのか

    通報

  • タク

    奥さん、オバハンをイメージしてたが、全然抱ける外見でびっくり。さすが元アイドル

    通報

  • りおー

    天クソ、、、初めて見たぞ、そんな顔
    何年か見てる気がするけど、天野くんそーゆー事できるのな

    通報

  • 伊達加藤ムーンぐらこ

    ムーンちゃんwww
    どこかで聞いた名前だなあ!

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK