天野勇二

ほう……。
それなら、ひとつ素晴らしい命令をくれてやろうじゃないか。



 天野はニタリと嫌な笑みを浮かべた。



牧瀬美織

ほ、本当ですか!
ありがとうございます!
なんでもお申し付けください!



 牧瀬が嬉しそうに天野を見上げる。


 天野は偉そうに言葉を叩きつけた。



天野勇二

今この場で、俺様と出会ったことを忘れろ。
全ての記憶を忘却ぼうきゃく彼方かなたに投げ捨てるんだ。



 気障キザったらしく指先を振り回す。



天野勇二

そして、ごく平凡な女子大生としての生活に戻れ。
平凡なキャンパスライフを謳歌おうかし、平凡な進路を選択し、平凡だが幸福に満ち溢れた人生を過ごして大往生だいおうじょうしやがれ。
つまり、二度と俺様に近づくな、ということだ。

牧瀬美織

えぇ……。
そ、そんなぁ……。


 牧瀬がしょんぼりと肩を落とす。


 意外にも涼太が抗議してきた。


佐伯涼太

ちょっと待ってよ勇二。
その『放置プレイ』はアンフェアだよ。
牧瀬さんを『メスブタとして飼育している』という前提条件があってこそ成立する命令じゃん。

勇二はメスブタを飼ったのに『ご主人様』としての責務せきむ放棄ほうきしてる。
これはルール違反だと思うな。


 天野は驚いて涼太を見つめた。


天野勇二

なぜお前が牧瀬の肩を持つ?
俺様の命令には何でも従うのだろう?
ならばこれで話は終わりじゃないか。

佐伯涼太

ここまで低姿勢でお願いしてるのに、そんな命令は可哀想だよ。
それにね、これちょっと悪くない気がするんだよね。


 涼太にもひとつの閃きが降りていた。


佐伯涼太

勇二の『心』を治す良いチャンスだよ。
女の子と深い関係になれないのは『天才クソ野郎』の弱点でもあるんだ。
牧瀬さんという『メスブタ』を飼うことで、少しは女の子の温もりを思い出したほうがいいよ。
勇二は前に進むって決めたんでしょ?


 天野はげんなりしながら涼太を見つめた。


 軽薄けいはくなチャラ男ではあるが、涼太は基本的に友情に厚い男だ。


 天野の『壊れた心』を修復させるきっかけになるかもしれない、と考えているのだ。


天野勇二

本気で言っているのか?
『メスブタ』だぞ?
これを飼うことで何かが変わるというのか?
どう扱えばいいのか何もわからねぇのによ。

佐伯涼太

別にそれでいいじゃん。
『メスブタの飼い方』なんて勇二が好きに決めればいいんだから。

天野勇二

しかしなぁ……。
前島のヤツが怒りそうな気がするんだよなぁ。
アイツの怒る顔が目に浮かぶようだ。

佐伯涼太

……えっ!?


 涼太はその言葉に仰天ぎょうてんした。


 興奮を抑えながら尋ねる。


佐伯涼太

ちょ、ちょっと待ってよ!
なんで前島さんが怒ると思うのさ!?
確かにもの凄く怒ると思うけど!

天野勇二

そうだろう?
俺にもよくわからないが、そんな気がするんだよ。

佐伯涼太

それはあれだよね!
『ラブ的なやつ』だよね!?

天野勇二

はぁ?
何を言ってるんだ。
そんなものもよくわからんな。

佐伯涼太

いやいや!
わかってるでしょ!
わかってないとそんなセリフ出ないよ!

やっぱり『クリスマスデート』で何かあったんだね!
ついにパコッたの!?
ねぇいったい何があったのさぁ!?


 やかましい涼太を軽やかに無視。


 天野は諦めたように言った。


天野勇二

仕方あるまい……。
メスブタの飼い方なんか想像もつかないが、お前はしつこい女のようだ。
俺様がペットとして飼ってやろうじゃないか。


 牧瀬は嬉しそうに飛び跳ねた。


牧瀬美織

ありがとうございます!
ご主人様の『メスブタ』として認めていただけるんですね!

天野勇二

ああ、そうだ。
だが『俺様のメスブタ』になる以上、『俺様のルール』に従ってもらう。
お前が立派なメスブタになれるのか、ひとつテストをしてやろう。
それに合格したら『自分は天才クソ野郎のメスブタだ』と名乗るが良い。
まずは椅子に戻れ。


 牧瀬はコクコクと頷き、瞬時に椅子へ戻った。


 真性の変態だが、素直で従順じゅうじゅんな女の子のようだ。


天野勇二

お前も噂で聞いたと思うが……。
俺様は『学園の事件屋』だ。


 牧瀬は頷きながら天野を見上げた。


牧瀬美織

もちろん存じあげております。
天野様は『昼食を奢ること』を条件に、学生から様々な依頼を引き受けていると。

天野勇二

そうだ。
それが俺様の趣味だ。
俺様の『メスブタ』になるならば、チームの一員として動いてもらう。

牧瀬美織

はい!
お任せください!
私、天野様の良き『右腕』になってみせます!

天野勇二

良い返事だ。
ならば、早速ひとつの任務ミッションを与えよう。


 天野は気障キザったらしく指先を振った。


 まるで壮大そうだいなオーケストラを率いる指揮者マエストロのようだ。


 その指先がスマホに触れ、画面を軽やかになぞる。


 1人の女性の写真が現れた。


天野勇二

この女を調べてこい。
教育学部の准教授じゅんきょうじゅ眞下朋美ましたともみだ。
尾行と張り込みと聞き込みを駆使し、行動パターンや関係している人間を洗い出せ。
これが俺様のメスブタになるための条件テストだ。


 牧瀬は素早くメモを取り出した。


 眞下の名前を記入し頷く。


牧瀬美織

かしこまりました。
天野様のご命令、必ずげてみせます。

天野勇二

5日間の猶予ゆうよを与えよう。
俺様の心理を読み、どんな情報を望んでいるのか推理し、希望通りの調査結果を用意しろ。
これが『テスト』だ。
これくらいやってもらわねば『メスブタ』として認められない。


 牧瀬は静かに唸った。


 これは難問だ。


 いったい天野が何を望んでいるのか。


 付き合いの浅すぎる牧瀬では想像することができない。


 困惑する牧瀬の顔を見て、天野はヘラヘラと意地の悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

どうした?
もう諦めるのか?
この程度の調査、俺様がくぐってきた修羅場しゅらばを考えれば安いものだぜ。
『メスブタ』になりたいと懇願こんがんしたくせに『テスト』にひるむとはつまらないブタだな。
生姜焼きにでもしてしまえ。


 天野の挑発に乗って、牧瀬は力強く頷いた。


牧瀬美織

……お任せください。
私、天野様のご命令とあれば、どんな難問もくぐり抜ける覚悟でございます。

天野勇二

いいだろう。
5日後の昼。
テラスにて結果を聞いてやる。

牧瀬美織

かしこまりました!
それでは、今すぐに行って参ります!


 牧瀬は「ビシッ」と敬礼してテラスを飛び出した。


 今すぐに調査を始めるつもりなのだろう。


 その姿勢が天野は嫌いではない。


天野勇二

ほう……。
なかなかできるメスブタだ。
期待できるかもしれんな。


 新しいタバコを取り出し、どこか楽しげに火をつける。


 涼太はおずおずと天野に尋ねた。


佐伯涼太

勇二……。
マジで『メスブタ』として飼ってあげるんだ。

天野勇二

ああ、テストがクリアできたらな。

佐伯涼太

それにしては難問を出したね。
それもとんでもないヤツを出したね。
勇二にとって眞下准教授といえば『あの件』しかない。
もう一度メスを入れるつもりなの?


 天野は静かに煙を吐き出した。


天野勇二

そうだ。
あの女の『黒い噂』が真実なのか。
もう一度洗ってやろうと思っていたんだ。

佐伯涼太

へぇ……。
そりゃ意外だよ。
勇二がそこまで固執こしつしてるとは思わなかった。



 実は『天才クソ野郎』と『教育学部』にはいくつかの因縁いんねんがある。


 しかも眞下准教授は「ひとつの悪事」を働いているのではないか、という『黒い噂』を持つ女性だ。



佐伯涼太

勇二が裏口うらぐちに興味を抱いてたなんて知らなかった。
普段なら無視する事件なのに。
実は依頼が来てたりするの?


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

いや、依頼は来ていない。
だが『裏口入学が真実であれば、眞下を追放する材料に使える。
眞下はやかましい女だからな。
どうやら教授への昇進が間近なんだとよ。


 涼太は納得しながら頷いた。


佐伯涼太

なるほどね……。
あの人が教授になったら、天才クソ野郎は居心地が悪くなるね。

天野勇二

ああ、教授という『権力』を手にすれば、すぐに俺様を排除しようと目論むだろう。
おまけにもうすぐ『大学入試センター試験』が廃止になる。
大学入試の在り方が大きく変貌へんぼうするんだ。
必然的に『裏口入学』の需要じゅようは高まる。
だからこそ、今の内に先手を打ちたいのさ。



 前述した通り、天野は大学でも有名な問題児。


 これまで幾度いくどとなく暴力ぼうりょく沙汰ざたを起こした。


 誤認ごにんではあったが、殺人事件の犯人として指名手配されたこともある。


 当然ながら各学部の天野に対するバッシングは大きい。


 その先頭に立つのが教育学部の教授陣。


 そして眞下准教授という女性なのだ。


 教育にたずさわる人間だからこそ、天野が野放しにされている事実が許せないのだろう。



 天野たちは眞下を返り討ちにするため、様々な『弱み』を探し続けた。


 そして、ひとつの『黒い噂』を手に入れた。


 それが「眞下は裏口入学を斡旋あっせんしているのではないか」というものだ。



佐伯涼太

確かに裏口入学は問題だけどさぁ……。
勇二の『医学部』のほうが真っ黒なんじゃないの?
医学部ってのは『寄付金』を積めば点数が上がるんでしょ?
最近じゃ女の子を軒並み不合格にさせた大学もあったよ。


 天野は何事もないかのように言った。


天野勇二

常識だな。
医療の進歩というものは金がかかるんだよ。
医学部の点数とは金で買うもの。
金持ちを優遇ゆうぐうさせるためなら、女だって容赦なく不合格にするのさ。


 涼太が嫌そうに顔をしかめる。


 天野は平然と言葉を続けた。


天野勇二

つまり、貧乏人は医者になる資格もない、というワケさ。
命を救うのは結局のところ『金の力』だ。

駅前にでも行ってみろよ。
ワクチン接種の募金だとか、心臓移植をしたいだとか、介助犬がどうだとか……。
歩いている人間から金をせびるじゃないか。

医療とは命をかけたビジネス。
ボランティアでは成立しない。
金持ちが良い治療を受けられるのだって当然の話なんだ。


 ニタニタと唇を歪め、偉そうに涼太を眺める。


天野勇二

そんなビジネスに参加したいのであれば、まず医療を進歩させる金を持って来いってことなんだよ。
金があれば研究ができる。
薬も買えて誰かの命が救える。

貧乏人は医者なんか志望するな。
勉強する前に札束を用意しろ。

みんなそう思っているのさ。


 顔を歪めて吐き捨てる。


天野勇二

それがふざけた医学部の実態だ。
腐りきっていて反吐ヘドが出る。

だが、それも真実であり、変えられない現実だ。
実際にそんな医療社会を体現している国は少なくない。
貧乏人は治療も受けられず死んでいく。
おまけに日本の病院は医療制度を逆手にとり、税金を医療の名の元にむさぼくす。

一番オペする必要があるのは、モラルのねぇそいつら全員の頭の中身さ。



 苛立ちながらタバコの煙を睨みつけている。


 文学部に在籍している涼太では、医学生の天野が意図することを全て理解できない。


 涼太に理解できるのは、眞下准教授が「裏口入学を斡旋して金を稼いでいる」という『黒い噂』を持っている、ということだけ。



佐伯涼太

医学部にも勇二はメスを入れたいみたいだけど……。
まずは勇二を排除しようと目論んでいる眞下准教授をオペする、ってことだね。

天野勇二

そういうことさ。
眞下が教授に昇進する前に手を打ちたい。
それにな……。


 天野が何かを言いかけた。


 しかし、首を振ってその言葉を捨て去った。


天野勇二

……まぁいい。
まずはメスブタの結果を待とう。
眞下の『黒い噂』が真実でなければ、俺様が出しゃばることもない。
それに『黒さ』によっては、見過ごしてやっても構わない。

佐伯涼太

はぁ……。
やっぱり勇二が一番変わってるよ。
変わった『悪党』だよね。

天野勇二

ああ、俺様は悪そのものだ。
悪も同じ悪には、それなりに手を取り合って同情してやるのさ。


 そう言って、天野はタバコを灰皿に投げ捨てた。




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つばこ

念のため補足しますが、「准教授」とは「教授」の次に偉い役職のことです。
天野くんの大学では「学部長(1人)」→「教授(数人)」→「准教授(数人)」→「講師(10人以上)」といったヒエラルキーになっています。
基本的に役職は欠員や学科が新設されない限り増えませんので、眞下准教授は誰かを蹴落とすか、誰かが辞めることになったのか……。まぁどちらかなんだと思います。
 
そんなワケで今回は『裏口入学』と『メスブタ(変態)』を軸に物語が展開しそうですね!
もうひとつ補足しますけど、天クソはフィクションです!
裏口入学してる大学なんか存在しません! そんな医学部もありません! 女の子だけをなぜか不合格にしていた大学もたぶんありません!!!!
 
そんな感じでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(ノ´∀`*)

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コメント 23件

  • バルサ

    センター試験って無くなるの?気になってしまった(^^;
    続き楽しみ!(*^^*)

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  • ピカルディの3度

    桃井先生、塀の中から自力で脱出したんですか?
    お気持ち察しますが、お戻りください。

    眞下准教授が何歳くらいなのかちょっと気になる。
    倫理観破綻系野心家大人女性キャラ楽しみです!
    特に天野さんとの絡みは。

    裏口斡旋…このご時世に難しいテーマきましたね。
    天野さんが遠慮なく親の金貪って好き放題してるのも(あ、褒めてるよ?)、上の人間の薄汚さへの憤りが大元でもあるんだよね。

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  • あゆ

    天野さんの考え好きだなぁー!

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  • ポンデリング

    天野くん実は心を取り戻してきているのでは〜!

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  • まこと

    天野が女子と近づくことに前島ちゃんを気にした!前進!

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