※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。



 都内にある私立大学。


 学生食堂の2階テラス席。


 そこには学園一の問題児こと、天野勇二あまのゆうじの姿がある。



天野勇二

ほぅ……。
胡桃くるみめ。
テストで高得点を取ったのか。
これは褒めてやらねばならんな。



 その日の天野は楽しそうにスマホを眺めていた。


 画面に表示されているのはひとつのSNS


 LIMEライムというコミュニケーションアプリだ。


 天野はそこまでSNSにのめり込む男ではなかったが、このLIMEだけは別物だった。



天野勇二(LIMEトーク)

胡桃よ。
やはり俺の妹は優秀だ。
今度会った時に褒美をくれてやろう。



 天野がLIMEにトークを送ると、妹である天野胡桃あまのくるみが嬉しそうにトークを返す。



天野胡桃(LIMEトーク)

ちい兄ちゃんありがとう!
可愛いカバンが欲しいなぁ。

天野勇二(LIMEトーク)

いいだろう。
高すぎるものでなければ買ってやるぞ。



 すぐにもう1人の妹、天野桃香あまのももかから怒りのトークが飛んできた。



天野桃香(LIMEトーク)

ずるいよ!
ちい兄はいつも胡桃を贔屓する!
私だってカバン欲しい!

天野勇二(LIMEトーク)

お前は高校3年の受験生だ。
高1の胡桃とはワケが違う。
大学に合格したら買ってやるよ。

天野桃香(LIMEトーク)

えぇっ!?
胡桃が『小テスト』でご褒美なのに、私は『大学合格』が条件なの!?
うぇーん!
お母さん、ちい兄がイジメるよぉ!



 天野の母親である天野桃子あまのももこもLIMEに参戦してきた。



天野桃子(LIMEトーク)

いいえ。
勇二の言う通りね。
桃香はもっと勉強しなさい。

天野勇二(LIMEトーク)

そうだ。
受験生には合格まで『アメ』を与えないほうがいいんだ。

天野桃香(LIMEトーク)

みんな酷いなぁ。
いいもん、ちい兄と同じ大学に現役合格して、みんなを驚かせてあげるからね。

天野勇二(LIMEトーク)

お前の成績じゃ難しいな。
志望校を吟味ぎんみすべきだと思うぞ。

天野桃香(LIMEトーク)

そうだよねぇ……。
ちい兄の大学は偏差値高いもん。
そこだったら悠子ゆうこちゃんの後輩にもなれるのに。

天野勇二(LIMEトーク)

また天野の家に行ったら勉強を見てやるさ。
カバンが欲しければしっかり勉強しとけ。

天野桃香(LIMEトーク)

はーい。
わかりましたよー。



 LIMEには仲の良いメンバーを集め、全員でチャットできる機能がある。


 天野が参加しているのは『天野家』というグループ。


 妹たちのトークを眺めながら、天野は恍惚こうこつの笑みを浮かべていた。



天野勇二

これは素晴らしいな……。
こんな便利なもの、なぜ使わなかったのか。
まったく無知とは恐ろしいものだ……。



 最愛の妹たちと気軽に楽しくコミュニケーションがとれる。


 日常会話の様子も観察できる。


 妹たちと離れて暮らしている天野にとって、何気ない日常をやり取りできる『LIME』は最適のツールだったのだ。



天野勇二

これは『依頼』の時でも使えそうだな。

『チャット』ができる。
『音声通話』もできる。
おまけに『写真』『動画』はもちろんのこと『位置情報』なんかも共有できる……。

集団チーム戦の機会があれば活用してみたいものだ。



 そんなことを思いながらタバコに火をつけると、テラスの階段を上がる足音が聴こえた。


 誰かがテラスにやって来る。


 何気なく階段を眺めると、



???

あ、あ、あのぉ……。
どうもぉ……。



 不安気な表情を浮かべる1人の女性が立っていた。


牧瀬美織

えっとぉ……。
わ、私は、牧瀬美織まきせみおりと申します……。
天野さん、お久しぶりです……。


 天野はいぶかしげに眉をひそめた。


天野勇二

お前は誰だ?
牧瀬だと?
心当たりがないな。

牧瀬美織

そ、そうかもしれませんね……。
実は天野さんに、ご依頼したいことがあるんです……。

天野勇二

ほう?
『学園の事件屋』への依頼か。
いいだろう。
そこに座れ。


 牧瀬は天野の正面に座り、深々と頭を下げた。


牧瀬美織

天野さん。
お願いします。
私を……その………えっと………メ…………。


 か細い声で『依頼』を告げる。


 天野は顔をしかめて言った。


天野勇二

よく聞こえなかった。
大きな声で言ってくれ。

牧瀬美織

は、はい……!
その、実はですね…………。


 今度は確実に依頼を告げた。


 天野の耳にもしっかり届いた。


 天野は当然の疑問を投げ返した。


天野勇二

………はぁ?
何を言っているんだ?
お前は今、とんでもないことを言ったぞ?
俺様をバカにしているのか?

牧瀬美織

いいえ。
本心なんです。
『ちょっと変わった依頼』かもしれませんけど……。

天野勇二

変わりすぎだ。
そんな依頼は受けんぞ。

牧瀬美織

ダメでしょうか……?
どうしても天野さんにお願いしたいんです……。


 牧瀬は至極マジメな顔で天野を見つめた。


 恐らく大学1年生だろう。


 まだ幼さが目立つが、キャンパスでも注目を集めそうな美人だ。


 天野は人体の見てくれに興味を持たないが、「男たちはこの女に群がるだろうな」と感じた。


天野勇二

却下だな。
何を言われてもお断りだ。


 あっさり吐き捨てる。


 牧瀬は悲しげに目を伏せた。


牧瀬美織

そんな……。
どうしても、天野さんにお願いしたいんです……。

天野勇二

しつこい女だな……。
俺は大学でも有名な『クソ野郎』だぞ?
『学園のダニ』とみ嫌われている正真正銘の野蛮人だ。
ふざけた好奇心で近づくな。

牧瀬美織

そんなこと関係ありません。
私だって真剣です。
お願いできるのは、天野さんしかいないんです。


 牧瀬は一歩も引かない。


 確固かっこたる決意を持って天野を見上げている。


 天野は呆れながらタバコの煙を吐き出した。



天野勇二

(世の中には、本当に変わった女がいるものだ……。まだ俺は人間の不思議さを理解してないな……)



 心底そう思った。


 前述した通り、牧瀬はキャンパスでも注目を集めるような美人だ。


 アイドルのように整った顔立ち。


 長い髪も絹糸のように美しい。


 スタイルだって悪くない。


 しかも清純なオーラを放っており、けがれなき純白さと可憐かれんさをあわせ持っている。



天野勇二

(だが、この女は『非処女』だ。男を十分に知り尽くしている。計算しているのか、天然なのか……。わからんな……)



 天野の父親は産婦人科を手広く経営している。


 その影響なのか、天野は女性を『処女』なのか『非処女』なのか、見極めてしまう特技センサーを持っている。


 牧瀬は間違いなく非処女。


 しかし男を知らないような『あどけなさ』を持ち、それでいて成熟した女性としての魅力も漂わせている。


 清純さと色気をバランスよく保っているのだ。



 天野が「脅して追い払うかな」と考えていると、テラスの階段を誰かが勢い良く駆け上がった。


佐伯涼太

やっほー!
勇二ってば元気してるー?
相棒の涼太りょうたちゃんの登場だよ!


 幼馴染である佐伯涼太さえきりょうたが現れた。


 相変わらずチャラチャラしている。


 今日は「ヘイヘイドクターヘイドクター♪」と歌いながらキレのあるダンスを踊っている。


佐伯涼太

……あれれ?
お客さんがいるじゃん。
しかも女の子……

……って、君は!


 涼太が牧瀬に気づいた。


 満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


佐伯涼太

キミは法学部の1年生ルーキー
牧瀬美織ちゃん!
今年の『ミスコン』での優勝候補じゃんかぁ!


 涼太はすかさず牧瀬の隣に座った。


 牧瀬は怯えながら涼太を見ている。


佐伯涼太

ねぇねぇ!
こんなとこで何してんの!?
どこか遊びに行こうよ!
法学部の『過去問』や『レポート』とかプレゼントするからさ!
君のような美人と楽しい時間を過ごしたいなぁ!


 即座にナンパし始めた。


 天野が静かにたしなめる。


天野勇二

おい涼太。
やめておけ。
その女はとんでもないぞ。


 もう涼太には天野なんかの声は届かない。


佐伯涼太

でもさ、最初は2人きりだと不安だよね。
だからみんなで『合コン』してみよう!
お友達も呼んでさ、楽しいパーティとかバーベキューするの!
それなら安心だね!
まずは軽くさ、かるぅーくお茶でも行こうよ!


 牧瀬が困惑の表情を浮かべた。


 天野に『SOS』の視線を飛ばす。


 天野は仕方なく助け舟を出した。


天野勇二

もう一度言うぞ。
その女はやめておけ。
それに依頼人だ。

佐伯涼太

えぇ?
牧瀬さんが依頼人なの!?
じゃあ僕も話を聞くよ!
なになに?
ストーカー?
どんな男が邪魔なのかな?
僕たちがしっかり『お仕置き』してあげるよ!

天野勇二

おい涼太……。
そんな生易しい依頼ではない。

佐伯涼太

じゃあ殺人事件かな!?
僕は『名探偵』としてデビューしたこともあるんだ!
どんな謎も解決しちゃうぞ!

天野勇二

全然違う。
もう引っ込んでろ。

佐伯涼太

さっきから外野がうるさいねぇ。
いやぁ、君と話すことができるなんて、きっと今日は僕にとって運命の日だよ!
君と出会うことが僕の運命!
さぁ遠慮なく依頼を教えてよ!


 牧瀬は困惑していたが、さすがにはっきりと首を横に振った。


牧瀬美織

い、いえ……。
私は天野さんに、お願いしたいんです。

佐伯涼太

やめときなって!
あのクソ野郎はどうせ最後は『暴力』で解決するんだからさ!
あんな野蛮人に関わったら評判が悪くなるよ!
僕のほうが頼りになるって!

牧瀬美織

私は天野さんだからこそ、お願いしたいと思ったんです。
天野さんでなければ解決できません。


 天野はげんなりしながら口を開いた。


天野勇二

本気で言ってるのか?
頭がイカれてるだろ?
そんなことを言う女を見るのは初めてだ。
何度言われても、お前の依頼なんか受けないぞ。

牧瀬美織

そ、そんな……!
お願いします!
天野さんしかいないんです!
どうかお願いします!


 神にでも祈るかのように天野を見上げている。


 祈る姿もまた美しい。


 その相手が『クソ野郎』という名の神であっても、美しいことは美しい。


 涼太は不満げに言った。


佐伯涼太

ふぅん……。
勇二も人が悪いじゃん。
こんなに可愛い女の子がお願いしてるんだから、依頼のひとつやふたつ受けちゃえばいいのに。

天野勇二

お前は『依頼』を聞いてない。
だからそう言うのさ。

おい牧瀬よ。
涼太がいても構わん。
もう一度、お前の依頼を告げろ。


 牧瀬は頬を染めて涼太をチラチラ見つめた。


牧瀬美織

もう一度……?
い、言わなくては、いけませんか……?

天野勇二

ああ、そうだ。
言っても断るがな。

牧瀬美織

そ、そんな……。


 牧瀬は悲しげに顔を落とした。


 懸命に口を開こうとするが、やはり恥ずかしげに顔を落としてしまう。


 涼太がそばにいるとそこまで恥ずかしいのだろうか。


 さすがの涼太も空気を読んだ。


佐伯涼太

ねぇ……。
僕ちゃん、お邪魔かな?
消えたほうがいい?

天野勇二

いや、俺にとっては邪魔ではない。
牧瀬にとっては邪魔なんだ。

佐伯涼太

ふぅん……。
なんか、ちょっとイヤな予感がしてきたよ。
これもしかして前島まえしまさん』とか『まきりん』のパターンじゃないよね?

天野勇二

言っておくが、お前の想像を超えているぞ。

佐伯涼太

マジで?
僕は「牧瀬さんが勇二に惚れてる」っていう、クソつまんないパターンしか想像できないけど。

天野勇二

だろうな。
やはり想像を超えている。


 天野はタバコを灰皿に投げ込んだ。


 殺気をこめて牧瀬を睨みつける。


天野勇二

どうした?
早く『依頼』を言えよ。
ここで言えないのであれば、所詮はその程度の『依頼』だった、というだけの話だ。

俺様にくだらねぇ時間を使わせるな。
いつまでもそこで黙っているなら、椅子ごとテラスから放り投げてやるぞ。
わかったならとっとと消えろ。


 涼太は不思議そうに首を捻った。


 天野は本気で脅しの言葉を口にしている。


 なんだかんだいっても『クソ野郎』は女性に甘い。


 ここまで無害そうな女性に殺気を飛ばすのは珍しい。


 つまり、天野は本当に牧瀬の依頼が嫌なのだ。



牧瀬美織

……わかりました。
私、言います。



 牧瀬は殺気にあてられるように立ち上がった。


 しゃがみこんで正座。


 テラスの床に三つ指をつく。



牧瀬美織

天野さん……。

……いえ、天野様。



 強い瞳で天野を見上げる。


 どこまでも真っ直ぐな瞳。


 大声で自らの依頼を口にした。 




牧瀬美織

どうかお願いします!

私の『ご主人様』になってください!

天野様しか、私の『ご主人様』は考えられないんです!




 涼太が「……はぁ?」と呟き、牧瀬の顔を覗きこむ。


 可憐かれんで純情そうな女の子の口から、とんでもない『パワーワード』が飛び出した。


 そして、牧瀬はさらに決定的な言葉ワードを口にした。









牧瀬美織

私のことは『メスブタ』と遠慮なくお呼びください!

むしろののしってください!

ご主人様の『メスブタ』として、私を飼ってほしいんです!



 テラスに牧瀬メスブタの懇願がこだまする。


 天野は嫌そうにため息を吐き、涼太は口を「ぽかん」と開けるだけ。


 彼女メスブタとの出会いが『大きな事件』に発展するなんて、この時の天野はまったく予想できなかった。



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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
ノベル版天クソでは『天才クソ野郎とアルカナの支配者』という別作品の長編ミステリーを紹介していますが、今回の『メスブタ編』はそれの「第二弾」という位置づけになります。
初っ端から『変態』が登場したのも、アルカナ編のセルフオマージュってワケですね。
アルカナ編よりもコンパクトに、かつ推理の難易度を下げたものにしたいなぁ、と考えております。
 
それはそれとして『変態』の新キャラが登場!
今のところ「ミステリー」の気配が一切ございません(ハレンチの気配しかない)が、どんな事件が天野くんを待ち受けているのか!?
ご期待いただければ幸いです!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヾ(*´∀`*)ノ

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コメント 44件

  • 子熊

    読み返しに来ました。

    本当だ( ゚艸゚;)

    伊達君…前ご主人様の、言い付け通りに、
    新ご主人様を見付けたんですね♡

    なんて健気で、良い子なんでしょう(´•ω•̥`)♡
    高校の卒業式のラストに、ウルウル(இдஇ`。)

    つばこ先生の作品は、凄いですね
    色んな作品が交差してるのに、違和感無し
    素晴らしいです(*˘︶˘人)♡*。+

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  • カボルイス世ハピ天クソ契約

    なんでメスブタになりたかったんだっけ?と思って読み返したら…
    おやー?これは冒頭のシーン、天野君がLIMEを使うようになったよーってだけじゃなくて、桃香ちゃん来年天才クソ野郎チームに参加フラグ立ってるじゃん 笑

    これはメスブタの衝撃でみんな忘れてるだろ 笑

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  • ナニワの46兎

    涼太の表情やばみ笑笑

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  • ИДЙ

    爆笑
    依頼の意図が知りたいwww

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  • バルサ

    天野くんもだけど涼太の顔、面白い(^^)
    黒魔術、最初しか読んでないな。今度、読まなきゃ?️続き楽しみ\(^o^)/

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