年が明けて1月。



 天野はいつものテラスでのんびり昼食を頬張っていた。



 相変わらずの白衣姿。



 首元にはあわく白いマフラーが巻かれている。



佐伯涼太

やっほー!
勇二ってばあけおめ!
今年もヨロシクねぇー!



 涼太がチャラチャラしながら現れた。


 リズミカルに腕を振りながら「パンケーキ食べたい♪」と歌っている。



天野勇二

涼太か。
お前は年が明けても変わらんな。
今日は試験じゃないのか?

佐伯涼太

さっき終わったよ!
後期はバッチリだね!
また単位を落とすんじゃないかヒヤヒヤしたからさぁ。
やっと肩の荷が降りたって感じだよ。

天野勇二

よく言うぜ。
年末は遊び歩いていたくせによ。

佐伯涼太

年末?
あっ、そうだ!
そのことで勇二に御礼を言わなきゃ!



 涼太は小躍こおどりしながら言った。



佐伯涼太

去年のクリスマスはもう最高だったよ!
やっぱり『まきりん』こそがナンバーワン!
あの美しさ、もはや神だね!


ちょっとお話できたし、『連絡先』が入ったプレゼントも手渡しできたし、なんと『あけおめ』のメッセまで貰えたんだよ!

僕ちゃんは国民的アイドルグループのセンターから新年の挨拶を頂戴するチャラ男!
これは手応えあり!
今年はなんだかイケそうな気がするね!


 涼太はご機嫌だ。


 デレデレと顔をほころばせている。


 『新年の挨拶』は天野のスマホにも届いているのだが、それは言わないことにした。


天野勇二

まぁ、良かったな。
応援してるよ。
ただ、『炎上』しないように気をつけろよ。

佐伯涼太

もちろん!
そっちはどうだったの!?
ちゃんと前島さんに『極上のデート』はお届けできたのかな!?


 興味津々きょうみしんしんといった表情で尋ねる。


 天野は偉そうに言った。


天野勇二

俺様の作戦に抜かりはないさ。
去年はみかんの王子様インスタグラマーで稼いだ『あぶく銭』があったからな。
極上を極めに極めたデートを演出してやったよ。
なかなか楽しい夜だったぜ。

佐伯涼太

へぇ?
勇二が『楽しい夜』だなんて珍しいね。
女の子との『デート』なんか「くだらねぇ」としか思ってなさそうなのに。

天野勇二

あっはっは。
俺がそこまでひねくれた人間に見えるのか?
それは心外だな。


 呆れたように苦笑する。


 涼太は「捻くれた人間に見えるし、実際に捻くれてるよ」と思ったが、それは言わないことにした。


佐伯涼太

でも無事にデートできて良かった。
僕は心配してたんだよ。
なんだかんだ理由をつけて、いつか『お付き合い』を解消しちゃうかもしれないってね。


 どこか優しげに言葉を続ける。


佐伯涼太

時にはさ、『恋心』って感情が人を前進させてくれることもあると思うんだ。

特に勇二は『心』がイカれてるんでしょ?
しかも最低の『クソ野郎』じゃん?

それでもしたってくれる『前島さん』っていう存在は激レアさんだよ。
手放すべきじゃない。
もっと大事にしてあげてほしいなぁ、と思ってたんだよね。



 天野はじっと涼太を見つめた。


 去年、湘南しょうなんの砂浜で目にした光景が浮かぶ。


 あの時、天野はひとつの『結論』を見た。



天野勇二

そうだな……。
お前の言うことも、一理あるかもしれんな……。



 天野は素直に頷いた。



天野勇二

確かに俺は前島のことを知ろうともしなかった。
アイツとの関係をどうするのか。
アイツがどんな存在なのか。
何ひとつ考えたことがなかった。
だからこそ、様々な変化を見落としていた……。

情けない話だ。
これは俺の怠慢たいまんだな。



 ここで涼太は少し不安になった。


 おかしい。


 なんだか天野の様子がおかしい。


 このクソ野郎、こんなに殊勝しゅしょうなセリフを吐く男だっただろうか。



佐伯涼太

そ、そうなんだ……。
ちなみに訊くけどさ、今、ラリってる?

天野勇二

うん?
どういう意味だ?

佐伯涼太

いや、そのね……。
なんか、危ないクスリとかキメてない?

天野勇二

おいおい。
バカを言うな。
俺はドラッグなんか好まないぜ。


 どこか楽しげに言葉を続ける。


天野勇二

今回の『デート』では、前島の話を少し聞いてやろうと思ってな。
改めてアイツの経歴を調べてみたのさ。

いや驚いたな……。
アイツがあそこまでの『売れっ子』だとは。
今や日本を代表する『女優』でもあるんだな。


 涼太は驚いて尋ねた。


佐伯涼太

えっ?
知らなかったの?
マジで?

天野勇二

お前は知っていたのか?
去年はCDを3枚もリリースして、映画の主演を2本務め、連ドラのヒロインにも抜擢ばってきされ、『紅白』では1人で堂々と歌ってやがったんだぞ。
しかも『年間タレントCM起用社数ランキング』じゃ女性部門の第1位だったんだ。

佐伯涼太

いや……。
そんなの知ってるよ。
むしろ常識だよね。

天野勇二

そうなのか?
じゃあこれは知ってるか?
今年は『ハリウッド』にも進出するんだぜ。


 涼太は呆れてしまった。


佐伯涼太

あ、あのさぁ……。
それも超常識だよ。
みんな知ってる。
勇二の『カノジョ』だよ?
マジで知らなかったの?

天野勇二

まぁ、最近は会っていなかったし、興味もなかったからな。

佐伯涼太

うわぁ……。
それはドイヒーだね。
ファンが聞いたら血の涙を流すよ。
今やテレビをつければ毎日前島さんに会えるのにさ。

天野勇二

そうだ。
そこなんだ。


 天野は瞳を細めた。


 険しい表情でテラスの木漏れ日を睨みつける。


天野勇二

知らなかった……。
俺は何ひとつ知らなかったぜ……。
前島がそれほどの『流星スター』に成長していたとはな……。

無知とは恐ろしいものだ。
俺は本当にあらゆる変化を見落としていた……。



 しみじみと呟く。


 何かを深くやんでいる。


 涼太はとにかく驚きだった。


 今の前島は芸能界を代表するスター。


 アイドルグループを卒業しても人気が右肩上がりという、奇跡のようなアイドル様なのだ。


 それを天野が知らなかったことも驚きだが、涼太が一番に驚いているのは『それを知らなかったことを後悔している』という点だった。



天野勇二

……涼太よ。
俺は決めたぞ。



 天野は決意を固めた。



佐伯涼太

えっ?
な、な、何を?
何を決めたの……?

天野勇二

このまま前島のことを知らずに生きるなんて、やめようと思うんだ。




 これは衝撃の発言だった。



 涼太の両手がわなわなと震えている。




佐伯涼太

…………えっ?
そ、そ、そ、そそそそそそそれって……。
ど、どういうこと……?

天野勇二

言葉通りの意味さ。
俺は行くぞ。

佐伯涼太

い、行く?
い、い、行くぅ?



 涼太は愕然がくぜんとして天野を見つめた。



 どんな心境の変化があったのだろう。



 このクソ野郎、よく見ると『悟り』を開いたかのような表情を浮かべているではないか。



佐伯涼太

(……やばい。これはやばい。この発言は見逃せない。いったい、『クリスマスデート』で何があったのよ……?)



 涼太の両膝がガタガタ震えている。



佐伯涼太

(これもしかして、勇二の『心』が治ったんじゃないの……? 聖夜の夜に『パコった』とか……? いや、それだけじゃないよ……!)



 もう興奮がとまらない。


 今、自分は歴史的瞬間に立ち会っている。


 そんな錯覚が涼太の全身を包んでいる。



佐伯涼太

(ま、まさか、あれだけ嫌っていた『結婚』ってことも……! ありえる……! ありえるよ……! このクソ野郎ならありえるよ……!)



 生唾なまつばを何度も飲み込みながら尋ねた。



佐伯涼太

ど、どどどどこに行くの?
行くって、どういう意味……?

天野勇二

やはりな、デカいところがいいと思うんだ。

佐伯涼太

デッ!?
デデデデデカい!?

天野勇二

ああ、俺にはよくわからないが、そんなものじゃないか?



 『デカい』とは何のことだろうか。


 『デカいところ』に行く。


 意味がわからない。



佐伯涼太

(……あっ! も、もしかして!)



 涼太は「ぽん」と手を叩いた。



佐伯涼太

『結婚式場』のことかな!? そ、そうか! 前島さんなんだから、そりゃデカくなきゃダメだよ!)



 もう興奮を隠し切れない。


 涼太は立ち上がり、テラスの椅子を振り回しながら叫んだ。



佐伯涼太

そ、そうだよ!
大きくなきゃダメ!
だって前島さんだもん!
一番デカいのにしよう!


 天野は感心したように頷いた。


天野勇二

やはりお前もそう思うか……。
ならばそうしよう。
どうせ俺様は医者のボンボンだ。
金なら腐るほどある。

佐伯涼太

うん!
そうしよう!
僕は心から祝福するよ!

天野勇二

なに……?


 天野は驚きの表情を浮かべた。


天野勇二

祝福までしてくれるのか?
それなら早く行くべきだったな……。

佐伯涼太

本当だよ!
うっひゃあ!
マジでこんな日がきたんだ!

これ夢じゃないよね!
『初夢』を見てるんじゃないよね!
『夢オチ』なんか絶対にイヤだからね!

天野勇二

もしお前が暇なら、一緒に選んでくれないか?

佐伯涼太

えぇっ!
いいの!?
僕ちゃんがお邪魔しても、いいのぉッ!?


別にいいけど前島さんが怒らない!?
前島さんと一緒に決めないの!?

天野勇二

前島?
アイツは忙しいだろ。
そんな時間を作らせるのは申し訳ないな。

佐伯涼太

いやいや!
そんなことないよ!
前島さんは喜んで引き受けるって!

天野勇二

ほう……。
そうなのか……。



 天野は感慨かんがい深く頷いた。



天野勇二

そんなものなのか……。
俺の知らないことばかりだ……。

佐伯涼太

そりゃそうだって!
前島さんにも関係することだからね!

天野勇二

まぁ、そうとも言えるか……。
1人と限ったワケじゃないからな。

佐伯涼太

そうだよ!
ていうか1人じゃないよね!
2人だから!
2人でするものだから!
2人じゃないと無理だって!


 天野は軽く首を傾げた。


天野勇二

1人じゃ、無理なのか?

佐伯涼太

……はぁ!?
な、何を言ってんの!
1人で何すんのよ!?
2人だけでするもんでしょ!

天野勇二

ふぅん……。
今は薄くなったと聞いていたが、2人じゃないと持てないのか……。
まぁ、デカければデカいほど重くもなるか。





 涼太の動きがピタリと止まった。





佐伯涼太

(……えっ? 薄い? 持てない? 何を言ってんの?)



 なんだか、嫌な予感がする。


 涼太は慌てて尋ねた。



佐伯涼太

いやいや、何を持つのさ?

……あっ、そうか!
そういうことか!
勇二ってばロマンチックじゃん!
前島さんを『お姫様抱っこ』したいってことだね!



 天野はまた首を傾げた。



天野勇二

前島?
アイツを持ってどうするんだよ?

佐伯涼太

はぁ?
『持たない』ってこと?

天野勇二

ああ、できれば運んでほしいな。

佐伯涼太

えっ?
運ぶの?

天野勇二

なんだ、運んでくれないのか?

佐伯涼太

えぇっ?

天野勇二

うん?



 涼太も首を傾げた。


 おかしい。


 まったく会話が噛み合わない。



佐伯涼太

……ちょ、ちょっと待って。
誰が運ぶのよ。
運ぶとしたら勇二でしょ。
他の誰が運ぶのよ。

天野勇二

俺が運ばないとダメなのか?
それは面倒だな。

佐伯涼太

別に面倒じゃないでしょ。
前島さんぐらい軽く運べるでしょ?

天野勇二

前島?


 天野は呆れて言った。


天野勇二

なんで前島を運ばないといけないんだよ。
アイツは運ぶ方だろ。
いや、そうじゃなくて、俺は『店員』や『業者』なんかに運んでほしいんだが。








 涼太は深呼吸することにした。



 大きく息を吸い、大きく息を吐く。



 おだやかな冬の空気を胸の中に吸収する。



 そして、改めて尋ねた。



佐伯涼太

えっとぉ……。
勇二さん。
正確に詳しく教えてほしいんですけど……。
どこに行くつもりなんですか?

天野勇二

だから『デカいところ』だよ。
秋葉原あきはばらに行けばいいのだろうか。

佐伯涼太

アキバ?
あ、秋葉原の、どこに行くのよ?

天野勇二

やはりヨドバシカメラかな。

佐伯涼太

ヨ、ヨドバシぃ!?



 涼太の全身がわなわな震えている。


 嫌な予感は、当たった。



佐伯涼太

ヨ、ヨドバシに行って、何をするの……?
というか、何を買うのよ……?



 天野は何度も首を傾げた。


 先程からずっとその話をしているのに、涼太はなぜそんなことを尋ねるのだろう。


 不可思議な気持ちでいっぱいだったが、改めて告げた。



天野勇二

『テレビ』だよ。

佐伯涼太

テ、テレビ……?

天野勇二

ああ、そうだ。



 天野は堂々と宣言した。



天野勇二

テレビを買おうと思うのさ。

俺が一人暮らししているアパートにはテレビを置いてないからな。
弟子の活躍を師匠が見ていないなんて、なんとも情けない話じゃないか。


 苦笑しながら言葉を続ける。


天野勇二

これまでテレビなんて「くだらねぇ」と思っていたんだ。
マスメディアの偏向報道なんてゴミだし、ドラマや映画のような『まがい物』には興味がないし、バラエティなんてクソッタレだ。

だがそれは愚かな偏見へんけんでもあったと思うのさ。
今は弟子の活躍する姿を見てみたい。
それを観察するのも悪くない。
どうせなら大画面で眺めたい。

それにな、正月の時に胡桃くるみが言ってたんだよ。



 天野は嬉しそうに顔をほころばせた。


 『胡桃くるみ』とは、天野が目の中に入れても構わないほど可愛がっている末妹のことだ。



天野勇二

俺と一緒に大画面の『テレビ』で映画を観てみたい……とな。
テレビがあるなら

ちい兄ちゃんの部屋に泊まるのも悪くないなぁ。

とまで言うんだぜ?
なんということだ。
なぜ俺はそんな素晴らしい家電を揃えていなかったのだろう。
まさに絶好の機会だ。

俺は買うぞ。
テレビを買うんだ。
ついに俺は前に進むのさ。



 涼太は口を大きく開けて天野を見つめた。


 全身がわなわなと震えている。


 やがて大きく両腕を振り回すと、



佐伯涼太

……ど、どうでもいいよッ!



 テラスの床を「ガンガン」と踏みつけた。



佐伯涼太

そんなことマジでどうでもいい!
クソどうでもいい!


テレビだぁ?
テレビぐらい勝手に買えよ!
しかも結局は『胡桃ちゃん絡み』か!
くたばれシスコン番長!
そんなこといちいち偉そうに宣言しなくていいんだよ!



 天野はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



天野勇二

そう言うな。
これは人類にとって小さな一歩だが、俺にとっては大きな一歩なのさ。

佐伯涼太

知らないよ!
そんなの知らない!
ニール・アームストロングみたいなこと言わないで!


もうなんなのよ!?
ややこしい言い方してさ!
あああもう!
ああぁぁあぁぁあぁもぉおぉおぉぉうぅッ!


いつになったら勇二は『ラブ』に目覚めてくれるのさぁ!?



 涼太の絶叫がテラスにとどろく。



 新年一発目の絶叫がとどろく。



 天野は小首を傾げながら発狂はっきょうする相棒の顔を眺めていた。







(おしまい)




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つばこ

ご愛読ありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
まぁ、何事も『一歩』が大事ですよね。
はじめの一歩があるとないとでは大違いですからね(´∀`*)ウフフ
 
さてさて、今回はほのぼのとしたラブコメでしたが、次回はまた『ミステリー』を紹介します。
ちょいと長めのエピソードになると思います。
かなり過激なサブタイトルかつ、ぶっ飛んだキャラが動き回る物語なので、小心者のつばこと担当さんは「このエピソードは批判を浴びないだろうか(´・ω・`)」と不安でいっぱいでございます。
どうか楽しんでいただけますように。
 
それでは次週土曜日、
『彼が上手にメスブタを飼う方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでした!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 40件

  • ИДЙ

    なんか鈍感っちゅーか天然っちゅーか……天野くん……w
    前島ちゃん頑張れ(・ω・`*)

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  • ナニワの46兎

    親ではなく、自費だったのね!!!!!!!( -`ω-)b

    てっ、テレビ無かったのかい!

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  • さら

    相変わらずのアンジャッシュだったけど
    マジで何を言ってるのかテレビの名前出るまでわからなかったわ…
    結局妹が言ったからっていう理由でも、前島ちゃんからしたら嬉しいだろうなぁ

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  • ゆんこ

    ( ˙༥˙ )

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  • まこと

    TVか!全然分からなかった!何か悔しい

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