前島悠子

ま、まさか、『コスプレ』ですか?
いや、それは……。
師匠と初めての夜なのに、『コスプレ』ですか?



 天野はあっさり頷いた。



天野勇二

そうだな。
『コスプレ』だ。
今すぐサンタの衣装に着替えてくれ。

前島悠子

うむむっ……。
……わ、わかりました……。



 前島は頬を染めながら衣装に手を伸ばした。





 ここまで『王道』を貫き通してくれたのだ。


 どこまでも完璧でド直球な『クリスマスデート』を演出してくれたのだ。


 ちょっとの変化球コスプレぐらいは大目にみよう。


 なぜ『サンタクロース』に着替える必要があるのか、さっぱり理由がわからないが、きっと天野なりの『哲学こだわり』があるのだろう。


 きっと、あるのだろう。


 男子にはきっと、色々あるのだろう。




 そんなことを思いながらドレスを脱ごうとすると、天野が呆れたように言った。



天野勇二

おい……。
何をしている。
俺の前で着替えなくてもいいだろう。
隣の部屋で着替えてこい。

前島悠子

……あっ!
そ、そうですよね!
や、やだー!
着替えてきます!



 慌てて隣の部屋に飛び込む。


 目の前には大きなクイーンサイズのダブルベッド。


 色々とあたふたしながらドレスを脱ぎ捨てる。


 そして『サンタクロースの衣装』を手に取った。



前島悠子

むむっ……。
これは、本当にサンタさん……。
『長袖』に『長ズボン』のサンタさん……。



 思ったより露出が少ない。


 『ミニスカサンタ』でも着させられるのかと思ったが、想定よりサンタだ。


 全身を赤い布が包んでいる。


 完全なるサンタだ。



前島悠子

これは……。
ちょっと、肌を出したほうが良いのか……。
それとも、このままのほうが師匠好みなのか……。
どっちなのかな……。



 前島は悩みながらもしっかり着込んだ。


 男子は『衣服を脱がすこと』によろこびを見出したりする。


 そんな噂を聞いたこともある。


 サンタクロースに変身して天野のもとに戻った。



前島悠子(サンタさん)

あの師匠……。
着替えましたけど……。
ほ、本当に『これ』でいいんですか?


 天野はゆっくり首を横に振った。


天野勇二

それではダメだ。
『ヒゲ』をつけろ。

前島悠子(サンタさん)

ヒ、ヒゲもですか!?

天野勇二

そうだ。
ちゃんと大きな『つけヒゲ』を用意したはずだぞ。
何をやっているんだ。


 紙袋から『白いヒゲ』を取り出す。


 確かにサンタクロースといえば真っ赤な衣装に白いヒゲだ。


天野勇二

こうやって……。
こうして……。
こうだな……。


 『つけヒゲ』が前島の顔に装着。


 顔の半分以上が隠れてしまった。


 なんとも可愛らしい『サンタクロース』の完成だ。


天野勇二

よし、これでいい。

前島悠子(サンタさん)

こ、これで?
これでいいんですか?
これで、その、あの……。

す、する……。

……ってことですか?

天野勇二

……する?
まぁ、そうとも言えるか。

前島悠子(サンタさん)

す、するんだ……。

やだ……。
師匠って……。
結構マニアックですね……。

天野勇二

そうか?
定番のサンタクロースだと思うが。

前島悠子(サンタさん)

いや、だからですよ。



 天野は不思議そうに首を捻った。


 時計を確かめる。


 もう23時過ぎ。


 クリスマスが終わろうとしている。



天野勇二

もうこんな時間か。
じゃあ帰るぞ。

前島悠子(サンタさん)

はい、帰りましょう。

……って、えぇっ!
か、帰るんですか!?


 前島が愕然がくぜんとして叫ぶ。


 ブンブンと首を横に振った。


前島悠子(サンタさん)

ちょ、ちょっと待ってください!
まだ大事な『イベント』が終わってませんよ!

大事な!
ほらぁ!
師匠が『一番大好きなやつ』が!

天野勇二

一番大好きやつ?
なんだそれ?

前島悠子(サンタさん)

いやいや……!

世間の男子がみんな大好きなやつですよ!
男子の最終目標は『それ』じゃないんですか!?
みんな『そのこと』ばっかり考えてるんじゃないんですかッ!?

女子だって嫌いなワケじゃ、いや、何を言ってるんですか私は!

天野勇二

何を言ってるんだ?
いきなりどうした。
頭大丈夫か?

前島悠子(サンタさん)

師匠の頭こそ大丈夫ですか!?

……いやっ!
そうか!
わかりましたよ!
謎が解けました!
私の家でするんだ!
そこで『決戦』というワケですね!

大丈夫ですよ師匠!
ここで全然大丈夫です!


 前島が「バンバン」とスイートルームの床を踏み鳴らす。


 天野は何度も首を捻った。


天野勇二

本当に何を言っている?
もう行くぞ。
車を用意してあるからな。

前島悠子(サンタさん)

く、車!

……車ぁ!?

『ポチ』でするってことですか!?
しかもこの格好コスプレで!?


いやぁ……。
ちょっと最初がそれでは……。

天野勇二

ポチは使わないぞ。

前島悠子(サンタさん)

そ、そうですよね。
やだもう……。
私ったら早合点してしまって……。

天野勇二

リムジンを呼んであるんだ。
ほら、行くぞ。

前島悠子(サンタさん)

リ、リムジン!?

えっ!?
リムジンってなんですか!?
ど、どういう『趣味』なんですか!?



 天野は混乱する前島の手を握り、スイートルームから飛び出した。


 慎重に周囲を伺う。


 廊下やエレベーターホールに人影はない。



天野勇二

よし……。
怪しいヤツはいないな。



 エレベーターに乗り込み地下駐車場へ。


 天野は『この場面』を記者にスクープされないか警戒しているのだ。


 そのため『サンタクロース』の衣装を前島に着せている。



天野勇二

駐車場には……。
誰もいないな。
うまく人払いできたか。



 安堵あんどの息を吐きながら歩く。


 駐車場の奥に1台のリムジンが停車している。


 真っ白なキャデラックだ。


 車の前には1人の運転手。


 天野を見てうやうやしく頭を下げる。



天野勇二

待たせたな。
指定の場所まで運んでくれ。

運転手

はい。
かしこまりました。



 運転手が笑顔で後部座席の扉を開ける。


 そこに混乱したままの前島を座らせる。


 天野は優しく微笑んで言った。



天野勇二

じゃあ、おやすみ。

前島悠子(サンタさん)

はい、おやすみなさい。

……って!
ちょっと!



 白いヒゲをむしり取り、地面に「ペシーン」と叩きつける。


 慌てて天野の腕を掴んだ。



前島悠子

は、はぁ!?
なんで!?
なんでここで『おやすみ』なんですか!?
師匠は一緒に乗らないんですか!?

天野勇二

お前の家は危険だからな。
記者が張り込んでいる可能性が高い。
どうせ川口かわぐちもお前の帰宅を待ち受けているだろう。
アイツの小言こごとは聞きたくない。
だから1人で帰るんだ。

前島悠子

えっ!
えぇぇっ!?
ここで『お別れ』ってことですか!?
まだ、してませんよ!

天野勇二

うん?
もう『極上のデート』はしたじゃないか。

前島悠子

いやいやいやいや!
その、あの、その……!



 前島が涙目で運転手をチラチラ見つめる。


 運転手はそれだけで空気を察した。


 さり気なく運転席に乗り込み、後部座席との『仕切り』を作動させる。


 これで後部座席の会話は聴こえない。


 前島は大きく深呼吸して言った。



前島悠子

……師匠。
まだ、してませんよ。

天野勇二

はぁ?
だから何をしてないんだよ?

前島悠子

いや、だからぁ……!

あれですよ!
あれ!
あれを、その……!

…………もう!



 前島は恥ずかしくてたまらなかったが、諦めて叫んだ。



前島悠子

私を抱かないんですか!?
それがクリスマスデートの『メインディッシュ』じゃないんですか!?

つまりはセックスですよ!
セックス


……ってもう!
何を女に言わせてるんですか!?
やだー!



 天野は納得したように頷いた。


 このクソ野郎、言われるまで全く『そのこと』を考えていなかった。


 本当に考えていなかった。


 前島がはっきり口にしなければ、永遠に気づかなかっただろう。



天野勇二

ああ……。
そういうことか……。

前島悠子

そういうことですよ!
むしろ『チュウ』もしてません!
何もしてない!
チュウしてない!
どうしてですか!?
私は『抱く価値もない』ってことですか!?

天野勇二

そうではないさ。
正直に言うとな……。
俺はそれを考えてもいなかったよ。

前島悠子

えぇっ!?
考えてもいない!?
そ、そんな男子がこの世に存在するんですか!?



 天野は軽くため息を吐いた。


 そういえば前島には伝えていなかった。


 別に伝える理由もなかったのだ。


 天野は諦めて口を開いた。



天野勇二

俺はな……。
その行為が、むなしくて嫌いなんだよ。



 前島は仰天ぎょうてんした。



前島悠子

えぇぇぇぇっ!?

なんですかそれ!
どんだけ『草食系男子』なんですか!?
見るからに『肉食獣』のくせに!

天野勇二

お前も知っている通り、俺の心は壊れている。
お前が魅力的じゃないとか、そういうことじゃない。
俺自身の問題だ。

いつからか、女を抱くことに虚しさを覚えるようになってな。
その行為が嫌になっちまったんだ。
そんな気分で大切な女を抱きたいとは思わないのさ。

特にお前のことは、一番、抱きたく、ない…………。







 天野の言葉がふいに途切れた。



 何かに驚き顔をしかめる。



 怪訝けげんな表情で呟いた。




天野勇二

……抱きたくない、だと?

俺がお前を?
考えてもいなかったぞ……。

そんなことを俺は思っていたのか……?



 前島は切なげに天野を見上げた。



前島悠子

それは……。
私が『弟子』だからですか?

天野勇二

ああ、そうだな。
弟子だからだ……。

前島悠子

世界でたったひとりの弟子だからですか?

天野勇二

ああ、お前は世界でたったひとりの弟子だ……。

ただそれだけ……。

それだけ、なのか……?




 真顔で虚空こくうに問いかける。



 前島はその瞳に浮かぶ『本質』を垣間かいま見た気がした。



 上辺で取りつくろった優しさではない。



 『理想のカレシ』を演じていたクソ野郎ではない。



 天野の奥底にあった感情。



 それに、ようやく触れた気がした。




前島悠子

師匠……。
私、師匠のことが大好きです。




 前島は力強く天野の手を握った。




前島悠子

私はずっと、師匠の心が治る日を待ってます。
どれだけ時間がかかっても構いません。
何があっても待ってます。

だから、いつか、その時がきたら……。
もう一度、私と『デート』してください。



 天野は弟子の瞳を見つめた。


 潤んだ瞳の奥。


 戸惑う自分の顔が見える。



前島悠子

今日みたいな『極上のデート』じゃなくて、師匠が本当に望む『デート』をしたいんです。

もちろん今夜は嬉しかったですけど……。
それでも、私が好きなのは『天才クソ野郎』である師匠なんです。

野蛮で、悪くて、偉そうで、気障キザったらしくて……。
それなのに、変なところだけ優しくて……。

そんなワケのわからない師匠が大好きなんです。



 前島は純真無垢じゅんしんむくな笑顔を浮かべた。



前島悠子

師匠が『一番大好きなやつ』は、その日までとっておきますね。
楽しみに待ってます。
ずっと待ってますから。



 天野は小さく息を吐いた。


 唇を歪めて呟く。



天野勇二

ああ……。
いいだろう。
約束しよう。

前島悠子

ありがとうございます。
それじゃ師匠、おやすみなさい。
今夜は本当に楽しかったです。



 前島はそこで後部座席の扉を閉めた。


 キャデラックがゆっくりと天野を残して走り去る。


 その姿が見えなくなると、天野はじっと前島が握った自らの指先を眺めた。




 微かに残る温もり。



 胸の奥底まで染み渡るような、不思議な温もり。



 それはしばらくの間、天野から消えることはなかった。





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つばこ

【天野くんのクリスマスデート費用(推定)】
・ドレスなどの貸衣装…96,000円
・ヘリコプター遊覧飛行(30分)…158,000円
・打ち上げ花火(10発)…250,000円
・一流ホテルスイートルーム1泊2日…450,000円
・レストラン貸し切り&フルコース…2,000,000円(友情価格)
・クリスマスプレゼント…200,000円(モルモット餌込)
・リムジン送迎…5,000円(友情価格)
・天野くんの理想のカレシ演技…プライスレス
 
合計……3,159,000円
 
クリスマスってお金がかかりますなぁ…( ゚д゚)
ほんと金遣いの荒い男です。
天野くんはZ●Z●TOWNの社長だったりするのかな?
 
そんなこんなで『クリスマスデート編』も次回の後日談でラスト! 
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 43件

  • 心が壊れてしまってそういう行為を出来なくなってしまった天野氏が前島ちゃんを抱けないってことは、無意識に彼女を大切に思ってるってことだよね。

    いつか前島ちゃんが天野氏の傷ついて凍りついた心を解かして癒してくれることを祈ります。
    そして前島ちゃんが天野氏に心も体も愛してもらえる日が来ることを祈ります。
    (表現いやらしいかな、すみません)

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  • rtkyusgt

    プライスレスwさすがですw

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  • ねここ

    なんか今回は天野くんの本当の心が…
    クソ野郎の仮面の下の、純粋な少年の心が、ちょっとだけ見えた気がする。
    ここまでしたのは、前島ちゃんのお陰だよね。良かったね。
    きっと、いつか、本当のカップルに…ドキドキ♪

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  • ナニワの46兎

    コラコラ、前島ちゃん大声でそれ言ったらアウトだよ…

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  • マグカップ

    ものすごく贅沢な海外旅行みたいなお金を一日に使った…

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