赤坂あかさかにある一流ホテル。



 最上階のスイートルームに続く廊下。



 分厚い絨毯じゅうたんのひかれたVIP専用のフロア。



 天野は前島を誘導しながら、ひとつの扉の前に立った。



天野勇二

……この部屋だ。



 懐からカードキーを取り出す。


 前島は大きく深呼吸しながら扉を見つめた。




 ついにこの時がきた。


 この部屋で『決戦』の幕が上がる。




 前島の手のひらは先程からびっしょり濡れている。


 緊張のあまり手汗てあせが酷い。


 膝も軽く震えている。


 『紅白歌合戦』の舞台に立ったり、『レコ大』のトロフィーを受け取った時ですらも、ここまで緊張することはなかった。


 いったい、今の自分はどんな顔をしているのだろう。




 天野はガチガチに固まる前島を眺めながら、部屋のロックを解除した。


 ゆっくり扉を開く。


 『決戦』の舞台が目の前に現れた。



前島悠子

おおっ……。
これがスイートルーム……!
やっぱり広いんですね……!



 扉の向こうには広々としたリビング。


 寝室を2つ備えたスイートルームだ。


 心地よいアロマの香りが鼻をくすぐる。


 大きな窓からは東京の美しい夜景を望むことができる。


 しかし、前島が真っ先に注目したのは、



前島悠子

し、師匠……!
これは!
これはもしかして……!



 リビングの中央。


 ローテーブルの上。


 大きな『プレゼントボックス』が置かれていた。



天野勇二

そうだ。
それが俺様という『サンタクロース』からの『クリスマスプレゼント』だ。



 前島は感動に震えながらその箱を見つめた。


 確かに『プレゼント』はまだ登場していない。


 いったいどのタイミングで登場するのかと思っていたら、すでに部屋に置かれて待機していた。


 しかもとんでもなく大きい。


 幅1メートルはある巨大な箱だ。



前島悠子

ここで『サプライズ』ですか!
なんてキザな演出……!
師匠にこんなことができたなんて……!
開けてもいいですか!?

天野勇二

もちろんだ。
気に入ってくれると良いのだが。



 前島はゆっくりプレゼントボックスに手を伸ばした。


 七色に輝くリボンを解く。


 真っ赤な包装紙を取り去る。


 箱の中には、これまた大きな『フラワーアレンジメント』が入っていた。



前島悠子

お花だ……!
まさかここで、お花とは……!



 それはまさに巨大な花束。


 鮮やかで豪華絢爛ごうかけんらん


 何本もの真っ赤なバラが咲き誇っている。



 しかし、それは『土台』に過ぎなかった。


 メインは中央に置かれた『小さな箱』


 それを演出するための花束だ。


 中に何が入っているのか、見ただけで理解できた。



前島悠子

うひゃぁぁ……!
ここも『王道』で攻めるんですね!



 赤いバラの中央に、白い陶器で作られた『リングケース』鎮座ちんざしている。


 中に入っているのはひとつしかない。


 指輪リングだ。



前島悠子

クリスマスプレゼントは『指輪リング』ですか
ド直球できましたね!

天野勇二

ああ、そうだ。
クリスマスに『変化球』を投げるヤツはわかってないんだ。


 偉そうに言葉を続ける。


天野勇二

『クリスマスデート』とは、女のプライドを満足させるだけではダメだ。
それは他人に『自慢』できる内容デートなのか。
それが重要なんだ。
王道でなければ他人に自慢できない。
クリスマスなんてベタなぐらいでちょうど良いのさ。


 天野はそう言って窓際に向かった。


 夜景の輝きをスポットライトかのように浴びる。


 そして、窓脇に置かれた『白いアコースティックギター』を手に取った。



前島悠子

し、師匠……。
なぜ、そんなところに『ギター』が……。

ま、まさか……。
それさえも師匠の仕込みなんですか……?



 天野は不敵な笑みを浮かべたまま窓際に腰掛けた。


 ギターを右膝に乗せて構える。


 全ての仕草が気障キザったらしいのに、今夜はその全てが決まって見える。



前島悠子

お、お、おおおっ……!
これは、弾くやつだ……!
弾いちゃうやつだ……!


えっ、マジですか?
師匠は本当にギターを弾くつもりですか?

天野勇二

そうに決まっているさ。
それ以外にギターを何に使えばいいんだ。


 もうチューニングは済ませている。


 げんを軽やかにはじく。


 そして、おもむろに歌い始めた。




天野勇二

……So This is Xmas……




 前島の身体は感動のあまり「ガクガク」と震えていた。


 このクソ野郎、ギターまで弾けて、歌まで上手いときている。


 ド定番のクリスマスソングの名曲を歌い始めた。




天野勇二

……A Very Merry Xmas……




 スイートルームに響く美声。


 旋律せんりつが前島の心をこれでもかと震わせる。


 前島はゆっくりリングケースを開けた。


 そこにあるものを見て涙すら出てきた。



前島悠子

うぅっ……!
どこまでも王道ですね……!
たまりません……!



 プラチナリングに天然のピンクダイヤがあしらわれている。


 若い前島に似合う可愛らしいデザイン。


 派手ではないが、ハイブランドのしっかりとした高級品。


 おまけにサイズがピッタリ。


 天野は歌い終わると、優しげに微笑んだ。



天野勇二

受け取ってくれ。
だが、それは明らかな『ラブリング』だ。
あまり人前でつけないほうが無難だな。



 前島はもう感激のあまり号泣していた。



前島悠子

ひっぐぅ……!

師匠、やればできるじゃないですかぁ……!

うっぐ、うぇっぐ……!

やっぱり師匠は『やればできる子』だったんです……!

なんで今までしてくれなかったんですかぁ……!



 ボロボロと涙を流し。


 ズルズルと鼻水をすすり。


 ニマニマと満面の笑みを浮かべる。



前島悠子

すんごく嬉しいです!
こんなに素敵なものをいただけるなんて……!

これはあれですよね!?
婚約指輪エンゲージリングですよね?

天野勇二

おいおい……。
バカなことを言うな。
俺は結婚なんて御免だ。



 嫌そうに苦笑する。


 しかし、本当に今宵こよいのクソ野郎は『理想のカレシ』を演じていた。



天野勇二

それはあくまで『クリスマスプレゼント』だ。
婚約指輪がそんな安物なんて、お前には相応しくないさ。



 また前島の涙腺るいせん決壊けっかいする。


 泣きながら天野の胸に飛び込んだ。



前島悠子

師匠ぉ!
もう最高です!
どこまでも決めてくれますね!

まさにこれは『極上のデート』です!
ありがとうございます!



 天野はギターを置いた。


 優しく前島の頭を撫でる。



天野勇二

それなら良かった。
お前は15歳で芸能界に入り、『アイドル』に10代の全てを捧げた。
その結果、一般的なクリスマスを過ごせなかったようだからな。
定番の全てを詰め込んだよ。
一般人として過ごせなかった青春の全てを味わってほしかったのさ。

前島悠子

もう一生分、いただきました。
人生最高の夜です。
今夜のこと、一生忘れません。

……あっ、そうだ。
師匠にも『クリスマスプレゼント』を渡さなきゃ。
えっと、大したものじゃないんですけど……。


 自分の鞄から小さな包みを取り出す。


 恐縮しながら差し出した。


前島悠子

まさか、ここまでしていただけるとは思わなくて……。
ただの『マフラー』なんですけど、受け取ってくれますか?

天野勇二

ああ、いただこう。


 包装紙を破りマフラーを取り出す。


 淡く白いカシミヤのマフラーだ。


 天野が『普段着』にしている『白衣』の上からでも巻けるデザイン。


 天野がそれを手に取った時。


 何かが胸を叩いた。



天野勇二

……うん?



 首を傾げながらマフラーを見つめる。



前島悠子

ど、どうしましたか?
お好みの色じゃなかったですか?

天野勇二

いや、そうではない……。



 何の変哲もないマフラーだ。


 眉をひそめながら見つめる。



天野勇二

この感情はなんだ……?
妹たちからプレゼントをもらった時の感情とも違う。
これは、なんだろうな……。



 マフラーを軽く巻いてみる。


 肌触りは良く柔らかい。


 不思議な気分だ。


 良質なカシミヤの素材を使っているのだろうか。


 だからとても温かく感じるのだろうか。



天野勇二

……悪くないな。
ああ、悪くない。
前島よ、ありがとう。



 そう言って笑みを浮かべる。


 前島は大きく息を吐いた。




 これでプレゼント交換は終わった。


 ディナーの時間も終わっている。


 ケーキだって食べた。


 もうすぐクリスマスが終わる。


 きっと今が『クリスマスデート』のクライマックスだろう。


 どうやって天野は『勝負』の幕を上げるのか。


 生唾を飲み込みながら尋ねる。



前島悠子

し、師匠……。
ここまでくると、あれですよね……。
『デート』自体は……。
もう『おしまい』ってことですよね……?

天野勇二

そうだな。
これで俺の作戦は完結した。
楽しい夜だったな。

前島悠子

はい……!

そ、それでは……。
その、あのぉ……。
私はまず『シャワー』を……。

天野勇二

いや、そうだ。
これを忘れていた。


 天野は部屋の隅に向かった。


 置かれていた紙袋を手に取る。


天野勇二

これもプレゼントだ。

前島悠子

……うん?
それは何ですか?

天野勇二

お前は『モルモット』を飼ってるじゃないか。
確か2匹いたよな?
そいつらのプレゼントさ。


 紙袋の中には『モルモット専用の餌』が入っていた。


 ビタミンCを配合した高級なペレット。


 このクソ野郎、実に細かいところまで手が込んでいる。


 前島が飼っているペットのクリスマスプレゼントまで用意していたのだ。


前島悠子

モルちゃんたちの分まで!
師匠、覚えていたんですか!?

天野勇二

まぁな。
帰ったらくれてやれ。

前島悠子

は、はい。

そ、それでは……。
私は先に『シャワー』を浴びて……。

天野勇二

ああ、そうだ。
これも忘れていた。


 天野はまた部屋の隅から紙袋を取り出した。


天野勇二

これに着替えてくれ。

前島悠子

き、着替える?

……えっ?
着替えるんですか?
ここで?
この場面で?

な、何に着替えるんですか?

天野勇二

見ればわかるさ。


 小首を傾げながら紙袋を覗き込む。


 中には『サンタクロースの衣装』が入っていた。




前島悠子

……おや?




 前島はゴシゴシと目をこすった。


 もう一度、紙袋の中を確かめる。


 やはり『サンタクロースの衣装』が入っている。


 真っ赤なフェルト地の衣装。


 帽子の先には白いポンポン。


 白く大きな『つけヒゲ』まで入っている。



前島悠子

サンタさん……。
これはどう見てもサンタさんの衣装……。
なぜ……?
なぜ、ここで、サンタさんの衣装が……?



 前島は訝しげに尋ねた。



前島悠子

ま、まさか、『コスプレ』ですか?
いや、それは……。
師匠と初めての夜なのに、『コスプレ』ですか?



 天野はあっさり頷いた。



天野勇二

そうだな。
『コスプレ』だ。
今すぐサンタの衣装に着替えてくれ。




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つばこ

天野くん「そうに決まっているさ。それ以外にギターを何に使えばいいんだ」
 
【質問】
天野くんはギターを何に使うと思いますか?
 
【回答】
1位:誰かの頭に叩きつける(72%)
2位:誰かの身体に叩きつける(18%)
3位:誰かの顔面に6から4弦をひたすら擦りつける(5%)
4位:誰かの尻に突き刺す(3%)
5位:弾く(2%)
 
 
思ったより「聖夜」が長くなったので後半に続きます。
いやぁ、こんなシチュエーションあんまり書かないので楽しくなっちゃいましてねぇ(´∀`*)ウフフ
聖夜後半戦(ガチのクライマックス)もウキウキしながら書いておりますので、次週もお楽しみいただければ幸いです。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ

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コメント 58件

  • 田中

    変化球を投げるのは、自力が足りずに王道を完遂しきれないからなのだと知った。
    そりゃこんな1億点のクリスマスデートを出来る実力があるなら、誰だってそうする。俺だってそうする。

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  • ねここ

    さすが天野くん、ギターの使い方第4位までがドS過ぎる(笑)
    …そして前島ちゃんが期待してたものは…無さそうやね。サンタコスで何か見えてきたな。
    違うといいが。

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  • ゆう

    元々、涼太に仕込んだの天野くんなんだからこんくらい考えるの造作もないんやろーなー

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  • ИДЙ

    ギターの使い道予想第3位が陰湿すぎて最高(*>∀<*)

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  • ナニワの46兎

    天野さんに敵はないんですね…
    はい分かりますよ!!!!!!!

    前島ちゃんこんなチートな彼氏はいないよ!

    もう結婚しちまえ!!!!!!!

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