新宿しんじゅく歌舞伎町かぶきちょう



 街の一角にある小さな電気屋。



 町内会の『防犯カメラ』を管理している一室。



 部屋にいるのは天野と涼太。



 電気屋の店主には僅かばかりの金を握らせ、退席してもらっている。



???

……りゅうさん?
ひかるさん?
今、大丈夫ですか?



 部屋に1人の男が現れた。


 歌舞伎町で働く『ホスト』だ。


 源氏名げんじなしょう


 天野が以前、『1日ホスト』を務めた際に知り合った男だ。


(詳しくは『彼が上手にホストになる方法』などを参照)



佐伯涼太

ああ、翔クン。
仕事中なのに悪かったね。

いえ、龍さんたちのためなら、自分はいつでも大丈夫です。
言われた通り『ゴミ捨て場』『ラブホ』を調べてみましたよ。


 肩を落としながら言葉を続ける。


まず『ゴミ捨て場』ですけど、『コート』『手袋』は一切見つからなかったですね。

たぶんゴミ収集業者が回収したとは思うんですけど……。
あの辺りはホームレスも多いんで、誰かが拾った可能性も高いです。
そこまで調べてみましょうか?


 天野はしばし思案すると、首を軽く横に振った。


天野勇二

……いや、そこまでする必要はない。
『ラブホ』はどうだった?

警察がキープアウトしてて、中には入れませんでしたね。
まだ建物内を調べてるみたいです。

天野勇二

そうか……。
まだ入れないか。
ちょっと『ラブホ』の構造が知りたいんだがな……。

あっ、それはわかりますよ。
あそこは安いんで使ったことがあるんです。


 翔が恥ずかしげに言った。


ホテルに入ると部屋の写真が壁一面に並んでて、空部屋を客が選ぶようになってるんです。
金を入れると部屋の鍵が出てくる仕組みですね。
自動販売機みたいな感じです。

天野勇二

受付の人間はいないんだよな?

いないですね。

天野勇二

カップルが部屋を選んでいる様子を、別の人間が見ることはできるのか?

それは無理です。
奥まった場所にあるんで、第三者が覗くのは難しいでしょうね。


 天野は軽く息を吐いた。


 どこか苦しげに頷く。


天野勇二

やはりそうか……。
もう十分だ。
助かったよ。
仕事に戻ってくれ。

は、はい!
また店に顔出してください!
店長も待ってますんで!

天野勇二

ああ、考えておくよ。


 翔に別れを告げ、天野は再びモニターを睨みつけた。


 映し出されているのは、経済学部の重鎮じゅうちん桃井康晃ももいやすあきの姿だ。



天野勇二

チッ……。
やはり『物証』は存在しないか。
これでは話にならないぞ……。
確証に至ることもできない……。



 タバコに火をつけながら舌打ち。


 腕時計を見て顔を歪める。


 涼太はその横顔を眺めながら口を開いた。



佐伯涼太

ねぇ勇二……。
これまさか……。
まさかと思うけど……。


 生唾を飲み込みながら尋ねる。


佐伯涼太

桃井教授は『経済学部』の代表として『学長選挙』に出馬するよね……。
だから対抗馬ライバルである深沢教授の『弱み』を握るために、深沢教授と中里さんを『尾行』していたのかな……?


 天野は冷たい瞳で涼太を見つめた。


天野勇二

訊きたいのはそれだけか?

佐伯涼太

あ、い、いや……。
え、えっと……。

天野勇二

深沢の『弱み』を握るために『愛人』である中里を殺したのか。

そう尋ねたいんじゃないのか?


 涼太が「ぎょっ」とした表情を浮かべた。


 ブンブンと首を横に振る。


佐伯涼太

さ、さすがにそんなのありえないって!
選挙で勝つために?
たかが、そんなことのために、中里さんを殺したっていうの?

天野勇二

いや、俺様はそう推測している。
桃井ならやりかねない。
一昨日のアイツはそこまで追い詰められていた。

権力という『甘い汁』をすすり続けるためならば、ある程度の犠牲を払っても構わない。

そんな顔をしていたよ。


 天野は指先を掲げた。


 気障キザったらしく振り回し、モニターの中にいる桃井を指さす。


天野勇二

コイツは死亡推定時刻後に『コート』『手袋』を処分している。
不自然極まりない行動だ。

『中里の殺害時に着用していた衣服を処分した』

そうとしか考えられない。


 涼太が呆れたように叫んだ。


佐伯涼太

そりゃ確かにそう見えるけど……。
いくら何でもそんなバカなことしないでしょ!?

だって殺す必要がないじゃん!?
人を殺したら選挙どころじゃない!
『逮捕』だよ!

むしろ殺さずに『深沢教授と中里さんの関係』を暴露すればいい!
それで選挙に勝てる!


 天野は腕組みをして黙り込んだ。


 瞳を細めながら尋ねる。


天野勇二

……中里と桃井が『肉体関係』にあった。
その可能性はどうだ?


 涼太は即座に首を横に振った。


佐伯涼太

ないね。
絶対にない。
中里さんと関係していたのは深沢教授しか考えられない。
そりゃ教授と学生だから話したことはあると思うけど、男女の関係なんてありえないよ。

天野勇二

ならば、桃井は中里を『殺すつもりではなかった』のか……?

……いや、そうだ。
これはそもそもんだ。
殺すつもりならば、何かしらの『凶器』を準備すべきだからな。


 天野は両手を宙に掲げた。


 虚空こくうを強く握り絞める。


天野勇二

中里は扼殺やくさつされている。
犯行に使われたのは『両手』だ。

つまり『真犯人』は中里を殺すための『凶器』を準備してはいなかった。
これはんだ……。


 指を「パチリ」と鳴らす。


 モニターの中にいる桃井に突きつけた。


天野勇二

まず桃井は深沢の『弱み』を掴むため、単独で『尾行』していたと想定される。
深沢を蹴落とすための情報ネタ渇望かつぼうしていたんだ。


 涼太が頷きながら言った。


佐伯涼太

ここ最近はヒマさえあれば『尾行』してたんだろうね……。
その努力が実り『愛人との不倫現場』を目撃した……。
ラブホテルまで尾行したはずだよね。

天野勇二

恐らくカメラを構え、『盗撮』機会チャンスを伺っていたのだろう。
ラブホから出るところを写真におさめれば、決定的な『不貞の証拠』となる。
深沢を蹴落とすには格好の材料ネタだ。

佐伯涼太

ところが、ラブホから出てきたのは深沢教授だけ……。
桃井教授は困惑したよね。
愛人を部屋に残して帰るなんて、何かあったに決まってる。

天野勇二

桃井はどうすべきか迷ったことだろう。
だが、何らかの理由で『愛人』が残る部屋に入った。
そこで『何か』があった。
とっさに中里を絞め殺した。
時間軸としては、これで事件が成立する。


 涼太が何度も頷く。


佐伯涼太

それで殺害後に『コート』と『手袋』をゴミ捨て場に処分した、ってことだよね……。
中里さんの『爪』に残った『繊維』から、自分の『衣服』が特定されちゃうから……。

天野勇二

それで『物的証拠』は消える。
部屋には『深沢の痕跡』が強く残っている。
自分が犯人として特定される可能性は低い…………。



 そこで天野の『推理』は壁にぶち当たった。




天野勇二

……これでは……『立証』できない……。




 『防犯カメラ』の映像だけでは「桃井が殺した」という『物的証拠』にはならない。


 映像が証明できるのは『歌舞伎町に桃井が存在した』ということだけ。


 殺人事件との関連性を証明することは難しい。



天野勇二

これだけではダメだ。
警察が俺たちの言葉に耳を貸すワケがない。
映像を渡しても無視されるだけだ……。



 殺害現場から『桃井の痕跡』は見つかるかもしれない。


 しかし、追及できるのはそこまで。


 証拠としても弱すぎる。


 殺人の物証となる『衣服』は処分されているのだ。


 『部屋にいた』ということが証明できても、『殺した』ということは証明できない。


 仮にうまく逮捕させたとしても、桃井が『否認』すれば嫌疑不十分けんぎふじゅうぶんで不起訴となるだろう。



佐伯涼太

僕たちは『ただの大学生』だからね。
そもそも「殺害現場から桃井教授の痕跡を探す」っていうハードルが高すぎる。
捜査一課の橋田はしださんにお願いしてもダメかな?



 橋田とは捜査一課に在籍する警部補けいぶほのことだ。


 天野とはひとつの事件をきっかけに知り合っている。


(詳しくは『彼と上手に決着をつける方法』を参照)



天野勇二

無意味だろうな。
橋田は下っ端したっぱというワケじゃないが、捜査方針に口を出せるほど偉くはない。
科捜研かそうけんを動かせるとは思えんな。

佐伯涼太

それじゃ、マジでお手上げじゃん……。
他に手はないの?
どうすれば警察は桃井教授を逮捕してくれるのさ?



 天野は顔を歪めた。


 仮に『コート』や『手袋』を見つけ出しても、それが「桃井の衣服である」と証明することも難しい。


 警察が『ただの大学生』が持って来た『証拠』をマトモに扱うはずがない。


 少し頭の回る人間であれば、衣服の全てを処分するだろう。


 『証拠』は何ひとつ残っていないのだ。



天野勇二

冗談じゃねぇぞ……。
目の前に、明らかな『容疑者』がいるのに、調べることもできないのか……。

どうすればいい……。

どうやって、桃井を追いつめる……?



 このままでは桃井を確保できない。


 警察を動かすこともできない。


 殺害動機も不明。


 なぜ殺したのか。


 なぜ中里は死ななければならなかったのか。


 その理由が明らかになることもない。


 天野は全身が震えるほどの怒りを覚えた。



天野勇二

くそったれが……。
どいつもこいつも……。
命をなんだと思ってやがるんだ……!



 脳裏に中里美波の姿が浮かぶ。


 絶望のふちに立っていた小柄な娘。


 灰色の脳細胞が高速で回転している。


 不敵な笑みを浮かべながら言った。



天野勇二

……上等じゃねぇか。
俺様は覚悟を決めたぞ。

この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。

『立証』できないというならば、その不可能を捻じ曲げてやる。
クズ共の全てを叩き潰してやるぜ。






 翌日。


 教授棟2階の会議室には、各学部の教授たちが集結していた。


 これから『学長選挙』が行われるのだ。



天野勇二

はーい。
どうも皆さんお集まりで。



 入り口から暢気のんきな声が響いた。


 天野がどこか楽しげな笑みを浮かべている。


 ノートPCやプロジェクターにスピーカーなど、様々な器具を持っている。



岡田教授

ちょ……!
あ、天野じゃないか!
何をしてるんだ!?



 医学部の岡田おかだ教授が真っ青な顔で詰め寄る。


 岡田は天野の担当教授。


 天野が問題を起こす度に、先輩の教授陣から叱責しっせきされる哀れな教授だ。



岡田教授

なんでここに来たんだ?
これから学長選挙が始まるんだよ。
お前は目をつけられているんだから早く出てけ。

天野勇二

あっはっはっ。
岡田教授。
残念ながらそれは出来ませんね。
なぜなら俺は………



 天野は平然と言い返した。



天野勇二

『学長選挙』をぶち壊しにきたんですから。



 会議室は騒然となった。


 教授たちの怒号が天野に向けられる。


 岡田は涙目になりながら言った。



岡田教授

学長選挙はお前に関係ない!
今すぐ出て行けって!
また私が怒られるじゃないか!?

天野勇二

聞こえませんねぇ。
涼太よ、プロジェクターはそこに設置しろ。

佐伯涼太

ほいほいオッケー。


 いつの間にか涼太も会議室に現れ、平然とプロジェクターを設置している。


 ノートPCと素早く接続。


 準備はすぐに整った。


 会議室には教授たちの罵声が飛び交っているが、そんなもの天野には心地よいBGMにしか聴こえない。


 恍惚こうこつの笑みを浮かべながらノートPCを操作している。



桃井康晃

おい天野!
少しは人の話を聞け!



 学長選挙の立候補者。


 桃井は誰よりも激しく天野に掴みかかった。



天野勇二

……うるせぇな。



 天野は瞬時に桃井の手首を捻り上げた。


 重心を崩し、軽く足を払う。


 桃井をうつ伏せに投げ伏せた。






桃井康晃

うぐぅっ!



 会議室のざわめきが大きくなる。


 学生が教授を投げた。


 つまり暴力を振るったのだ。



桃井康晃

お、お前!
こんなことをして、どうなるのか……!
わかっているのか!?



 桃井が倒れながら叫ぶ。


 手首と肩の関節を決められてしまい、身動きが取れない。


 天野は無視して涼太に言った。


天野勇二

PCの操作は頼むぜ。

佐伯涼太

オッケー。
任せてよ。


 この騒ぎの中、深沢は微動だにせず、天野を見つめていた。


 黙って椅子に腰掛けている。


 天野は挑発的な笑みを浮かべて言った。



天野勇二

深沢教授。
今から『学長選挙』をぶち壊します。
構いませんよね?

深沢俊哉

…………



 深沢は「イエス」とも「ノー」とも発言しなかった。


 ただ、静かにうなだれて肩を落とす。


 その様子を見ていた教授たちが驚いて黙り込んだ。



法学部の野々村教授

深沢教授……?
あなたの『学長選挙』ですよ……?



 教授の1人が問いかける。


 深沢は何も答えず、静かにその時を待っていた。



佐伯涼太

あっ、勇二。
マイクがあったよ。
使う?

天野勇二

いいな。
俺様の美声を聴かせてやろう。



 天野は桃井を床に組み伏せたまま、片手でマイクを受け取った。


 呆然とする教授たちへ語りかける。



天野勇二

皆さんどうも。
学園一の問題児、通称『天才クソ野郎』こと天野勇二です。

天野による『お仕置き』のお時間です。
どうぞ席にお座りください。
長い話になりますよ。





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つばこ

歌舞伎町のホスト、翔くんの登場です。
彼は45~46話に登場してますが、実は58話と96話の作者コメントにもちょっぴり登場しています。
約150話(約2年8ヶ月)ぶりの再登場!
たぶん皆さますっかり忘れてると思うので補足しました!∠( ゚д゚)/
 
そんなこんなで次回はクライマックス!
必見のお仕置き回です!
やっちゃえ天野くん!
クソ下衆教授共に天才クソ野郎という名の鉄槌を叩きつけろ!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 31件

  • そのみん

    一瞬跡部様で脳内再生されたわw

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  • ぐぅの音もでねぇ

    法学部の野々村草

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  • のなか

    哀れな岡田教授がまともで安心する

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  • まこと

    同じ部屋にいた証拠になっても、
    共犯だとは言い切れない。
    弁護士にそう言われて腹わたが煮えくり返ったの思い出した。初めて読んだときは話に夢中で思い出さなかったー(TT)天野くんに制裁してもらいたい!

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  • ゆんこ

    ファンの一人として最前列でこのライブを見に行きたい。
    ちょっと教授になってくる。

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