佐伯涼太

……よくもまぁ……。
そんな『ゲスい依頼』を受けたねぇ……。



 深沢ふかざわが去った後。


 テラスには天野の『相棒』こと、佐伯涼太さえきりょうたの姿があった。


 天野から『依頼』を聞かされ、げんなりと顔を歪めている。



佐伯涼太

そんなの断れば良くない?
『不倫』に『中絶』なんて勇二が絶対に嫌うコンボじゃん。
むしろ僕は『よく深沢教授を生きて帰したな』と思ってるけど。


 天野は呆れたように涼太を見た。


 胸元からタバコを取り出し、火をつけながら告げる。


天野勇二

お前、『天才クソ野郎』のことを誤解してないか?
俺様は『正義の味方ヒーロー』というワケじゃないんだ。
倫理や道徳を語る趣味もない。
根っからの悪党だ。
時には同じ悪党にも優しくしてやるのさ。

佐伯涼太

えぇ……。
何その理屈……。
僕は気乗りしないなぁ。


 涼太はがっくり肩を落とした。


 久々に舞い込んだ『学園の事件屋』への依頼はビックリするほどゲスさ満開。


 ため息を吐きながら尋ねる。


佐伯涼太

ていうかさ……。
よく知ってたね。
深沢教授がうちの女子大生と不倫してるって。
そんなの初耳だよ。
どこで仕入れた情報なの?

天野勇二

いや、俺も知らなかった。
カマをかけたのさ。
『コールドリーディング』を仕掛けたんだよ。

佐伯涼太

えっ?
そ、そうなの?



 涼太は驚いて天野を見つめた。


 『コールドリーディング』とは「事前の準備なしコールド」で「相手の心理を読み解くリーディング」ための会話術だ。


 詐欺師や占い師が駆使する会話術のひとつ。


 天野はこれに『挑発的発言トラッシュトーク』を組み込み、独自の『メンタリズム』ともいえる会話術を得意としている。



天野勇二

今の深沢が誰かに依頼するとなれば『学長選挙』のことぐらい。
しかし選挙の勝利は見えている。
じゃあ何を俺に依頼する?
まずは『女絡み』と考えるのが自然だろう?

佐伯涼太

ま、まぁ、そうだね……。

天野勇二

しかも『天才クソ野郎』を頼るということは、他に打つべき手段がないことを意味している。
かなり深刻な状況。
誰にも相談できない。
まぁ『妊娠』だろう。
俺に頼むということは学内の女子大生である可能性も高い。
あとは発言から心理を紐解くだけさ。



 当たり前のように告げている。


 相も変わらず恐ろしい男だ。


 それだけの推測で教授を『土下座』まで追い詰めるとは。


 絶対に隠し事はしたくないなと、涼太は改めて思った。



佐伯涼太

しかし、あの深沢教授が不倫とはねぇ……。
ちょっと信じられないよ。
深沢教授は『愛妻家』として有名なんだ。
講義中に家族のノロケ話をしたりするんだよ。

天野勇二

だからどうした?
『愛妻家は不倫しない』なんて物理法則が存在するのか?
教授と女子大生の不倫なんて別に珍しい話でもないさ。


 天野はヘラヘラと唇を歪めた。


 嫌味ったらしくタバコの煙を吐き出す。


天野勇二

お前みたいな『チャラ男』に言わせれば、不倫とは『文化』なのだろう?

女子大生なんて『女』としての旬だ。
肉体は成熟している。
それなのに精神は未熟。
大した人生経験も積んじゃいない。
騙すことなんて赤子あかごの手を捻るより容易いね。
不倫というボーダーを蹴破るのも簡単なことさ。

深沢はそう考える『ゲス野郎』だった。
それだけの話だ。


 苛立ちを煙にこめて吐き出す。


 涼太はどこか同情したように言った。


佐伯涼太

はぁ……。
勇二は面倒くさい男だね。
わかったよ。
僕も『相棒バディ』として協力するよ。



 涼太は理解している。


 天野は『不倫』なんて好まない。


 その行為を擁護ようごする姿なんか見たこともない。


 それでも深沢の『依頼』を受けなければ、1人の『女子大生』の将来が潰されかねない。


 天野はそのことだけを気にかけている。



佐伯涼太

深沢教授は『愛人』である中里なかざとさんを厄介払やっかいばらいしたいんだよね。
絶対に産んでほしくない。
何としても中絶させたいんだね。

天野勇二

ああ、そうだ。
『不倫』と『隠し子』が発覚すれば、学長選挙にエントリーされる機会は永遠に訪れない。
法学部の評判も地に落ちる。
深沢が一番気にしているのは『そのこと』だ。

佐伯涼太

酷い話だね……。
秘密裏に中絶させるために、勇二の『コネ』を頼ったのかな?


 『コネ』とは、天野の父親が手広く経営している『産婦人科のクリニック』のことだ。


 これまで何人もの学生に紹介したことがある。


 深沢はその噂をどこからか聞きつけたのだろう。


天野勇二

うちの病院は一流だからな。
おまけに口も固い。
秘密裏に済ませたいなら最適さ。

佐伯涼太

どうせそれだけじゃない。
勇二に『説得』してほしいんでしょ。


 天野は指を「パチリ」と鳴らした。


天野勇二

その通りだ。
深沢は『説得』に失敗した。
「中里が中絶するように説得してほしい」とも頼まれている。
むしろそれが『メイン』だな。


 涼太は悲しげに肩を落とした。


佐伯涼太

はぁ……。
とんでもないよ。
そんなことを他人に依頼しちゃう人種が存在するんだ……。
まさかあの深沢教授が、そこまでの『ゲス野郎』だったなんて……。


 何度もため息を吐いている。


 相変わらず『学園の事件屋』が手にする依頼はロクなものがない。


佐伯涼太

マジで気乗りしないね。
それでも、誰かが中里さんを説得しないといけない。
実際に傷つき、苦労するのは中里さんだからね。

天野勇二

そういうことだ。
今は深沢なんかどうでもいい。
ゲス野郎の処刑は後回しだ。

佐伯涼太

逆に深沢教授を『説得』するのはダメかな?
家庭や地位を捨てて、中里さんと一緒になるって選択肢もあるよ。

『略奪愛』だって時には『真実の愛』に到達できる。
中里さんが『産みたい』と願っているなら、それが彼女にとってのハッピーエンドかもしれない。

天野勇二

それもひとつの回答だろう。
だがその場合、泣くのは深沢の妻と子供たちになる。
愛人には莫大な慰謝料を請求するだろう。
その権利があるからな。


 天野は冷たい声で言った。


天野勇二

そもそも『愛人』ってのは『被害者』じゃない。
ひとつの家庭をぶち壊す『加害者』なんだ。

もちろん中里が深沢の甘言かんげんに振り回された『被害者』の側面を持つことは否定しない。
それでも結局は幼稚園で教わる決まり事に帰結するのさ。
つまりは『人様のものを盗んではいけません』ってことだ。


 涼太は弱々しく頷いた。


佐伯涼太

まぁ、その通りだね……。
深沢教授の家庭に問題があったのかもしれないけど、そんなの僕たちが関与することじゃない。
僕たちは無関係な第三者。
『事件屋』であって『裁判所』じゃないからね。

天野勇二

そういうことさ。
まずは中里に接触しよう。
深沢の話がどこまで真実なのか、確かめる必要もある。



 天野たちは今後の作戦を練り始めた。


 どうやって愛人である中里に接触するか。


 中里の真意をどのように引きずり出すか。


 2人が額を突き合わせていると、テラスに1人の訪問客が現れた。



???

…………



 スーツ姿の白髪男性だ。


 天野のことを厳しい形相で睨んでいる。


 天野はその顔を見ると、驚いたように言った。



天野勇二

おやおや……。
桃井ももい教授
じゃありませんか。
今日は物珍しい教授と出くわす日だ。
俺に何か用事ですか?

桃井教授

いや……。
講義まで時間があってな。
ちょっと学内を歩こうと思ったのだよ。



 桃井は無愛想な表情で言った。


 経済学部の学長トップ桃井康晃ももいやすあき


 もう70歳を越えている。


 大学ではかなりの古株。


 通称『経済学部の重鎮じゅうちんとも呼ばれる男だ。



 人を寄せつけない冷たい雰囲気をまとっているためか、学生たちの人気は低い。


 教授陣の人望も薄い、という噂だ。


 過去には『学長選挙』に2度エントリーしているが、どれも惨敗ざんぱいしている。



天野勇二

こんなところを散歩するヒマがあるんですか?
来週は『学長選挙』ですよ。
桃井教授は票集めに奔走ほんそうしていて、忙しいんじゃありませんか?
どれだけ敗戦濃厚でも、あなたは簡単に勝負を投げ出す人ではないですからね。


 馬鹿丁寧な敬語で語りかける。


 深沢と同じように小馬鹿にしている。


 桃井の額にいくつものシワが刻まれた。


桃井康晃

天野……。
君は変わらんな。
そんな人を食った物言いは感心せんぞ。

天野勇二

ご忠告、ありがたくいただきましょう。

それで用件はなんです?
さてはあれですか?
俺が深沢教授と何を話したのか、知りたいとか?

いやそんなことはないか。
経済学部の重鎮とも呼ばれる御方が、俺ごときの会話に興味を持つはずがありませんよねぇ?



 ニタニタと笑いながら尋ねる。


 桃井の額のシワが濃くなる。


 桃井は唇を噛み締めながら尋ねた。



桃井康晃

深沢と……。
何を話したんだ……?



 ギロリと天野を睨みつける。



桃井康晃

君と深沢には何の接点もないはずだ。
何を話した?
まさかと思うが、深沢は『学園の事件屋』に依頼をしたのか?

天野勇二

おや?
俺が『学園の事件屋』であることをご存知で?
それは光栄ですね。
どうでしょう教授。
俺の『事件屋』は日本経済に貢献できてますか?

桃井康晃

話をはぐらかすな!
やはり深沢は君に依頼したんだな!?
そうでなければ君のような人間と関わる必要がない。
それはなんだ?
私に言えないことなのか!?


 天野は「クックックッ…」と悪い笑みを浮かべた。


天野勇二

何を言っているんですか。
桃井教授のようなお偉い方に話せない秘密を抱え込んじゃいませんよ。

ただ、教授は幼稚園で教わりませんでしたか?
『人に物事を尋ねる時はしっかり頭を下げましょう』と。
まさかこの俺様から、そんな態度で話を聞けると思っているんですか?


 気障キザったらしく会釈。


 桃井の顔を下から覗き込む。


 桃井は「ギリギリ」と歯を噛み締めた。



桃井康晃

こ、このクソ野郎め……!
お前は本当に、入学時から何も変わらんな……!



 桃井は大きく息を吐いた。


 ここで天野のペースに乗っても得はない。


 ひとつ深呼吸。


 悔しげに口を開く。



桃井康晃

……いいだろう。
もし私が喜ぶことを話せば、君が望むものを差し出す。
今後の学生生活に便宜べんぎをはかっても良い。

天野勇二

便宜?
それはなんです?
単位のひとつでもくれるんですか?

桃井康晃

ああ、それくらいは構わない。

天野勇二

あっはっは。
御冗談を。
俺が欲しい単位はあなたじゃ出せませんよ。


 天野は破顔はがんしながら両手を広げた。


 ニヤリと唇を歪める。


天野勇二

だが、悪くない発言です。
あなたは何としても『学長選挙』に勝ちたいんですね。
ご褒美として、ひとつ良いことを講義しましょう。


 天野は白衣の胸ポケットから『ボイスレコーダー』を取り出した。


 桃井の瞳が大きく見開かれる。


天野勇二

今はこうしたモノやスマホが発達してるんですよ。
不用意な発言はすぐに盗撮されてネットに拡散されてしまう。

例えば、そこにいる涼太。
先程からスマホをいじってますが、何かを撮影していたりするんですかねぇ。


 桃井は青ざめて涼太を睨んだ。


 涼太はスマホを片手に持ちながら「ぺろり」と舌を出した。


佐伯涼太

あっ、すみません。
カメラなんか起動してませんよ。
先日の『ハロウィン』で遊んだ時の写真を見てたんです。
パツキンのアメリカンな女の子とカモンベイビーな夜を過ごしたんですよぉ。
なんなら教授も見ます?
ユナイテッドする朝焼け見ちゃいます?

桃井康晃

……ぐぬぬっ……!


 桃井は舌打ちしながら天野たちから離れた。



桃井康晃

お前たちは……!
本当に、くだらん連中だ!
いつもそうやって人を馬鹿にしているのか!
くそっ……!



 桃井は肩をいからせながらテラスを後にした。


 その背中を見送りながら涼太が告げる。


佐伯涼太

あーあ。
勇二も人が悪いね。
桃井教授は何もしてないのに。
少なくとも『ゲス不倫』なんかしてない……と思うけど。

天野勇二

桃井は前から気に食わなくてな。
アイツこそ遥か高みから物事を見下すブタ以下の人間さ。
何様のつもりだあのクソジジイめ。

佐伯涼太

あはは……。
それを勇二に言われたら桃井教授も困るね。


 涼太は肩をすくめて言った。


佐伯涼太

しかし、あれは相当追い詰められてるねぇ。
『クソ野郎』にすがるほど選挙に勝ちたいんだ。

天野勇二

元々、経済学部は桃井の『城』だ。
桃井に匹敵する教授はヤツが全て追い出している。
そうやって現在の地位を築き上げた。

だが、それでも『学長の椅子』は手に入らない。
ここらで学長選挙に勝たなければ、今度は桃井が『城』から追い出されるのさ。

佐伯涼太

なんでそこまで『権力』にこだわるのかな?
そんなに『学長の椅子』に座りたい?
僕はさっぱりわからないよ。

天野勇二

俺も理解できんな。
きっと座り心地の良い『椅子』なんだろうよ。



 天野はタバコを灰皿にねじ込みながら、桃井の立っていた空間を眺めた。



 教授と女子大生の不倫。


 愛人の妊娠。


 来週の学長選挙。



 何となく、この件は大事になる嫌な予感がしていた。




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つばこ

涼太くん「U・U・USA!! U・U・USA!!ヾ(*´∀`*)ノドッチカノヨルハヒルマー」
 
前回のエピソードではしおらしい顔を見せていた涼太くんですが、すっかり元通りに復活しているようです。
色々なifを考えFeelin' Goodな結論を見つけ出し胸焦がすAround The Worldの中でRhapsody in Blueになったこともあったけど今はJoyfulでごきげんだぜっ!ってことなのでしょう。
涼太くん以外の登場人物が全員ゲスい奴等ばかりなので、彼にはいつまでもピュア(?)であってほしいものです…(´・ω・`)
 
さぁ不倫と学長選挙がつむぐ物語がどんな展開を見せるのか!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(∩´∀`)∩カァモンベイビー

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コメント 32件

  • ふぅ

    天野くんも言ってたけど、彼女も被害者ってだけじゃないよね。。。教授の無責任さは最もだけど、普通の恋愛と同じようなハッピーエンドを描いて教授との恋愛をしてたなら、彼女は流され過ぎだし、考えが足りなさ過ぎ。自分は女性だけど、どんなに好きな相手で、どんなにいい雰囲気だったとしても、自分の身体を自分で守るのは最低限気をつけることでしょ。。。
    教授も彼女も、甘やかすことのない結末になって欲しいな。まぁ天野くんなら大丈夫だと思うけど!(笑)

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  • ポイ

    ゲス不倫には笑った。笑

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  • ぬかづけ

    ウケる、DA PUMPメドレー
    あーあ、着火しちゃった♡
    大ごとになる予感しちゃってるんだね♡
    楽しみだなー

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  • まこと

    “何様のつもりだあのクソジジイめ”
    それは皆があなたに対して思っていることですよ?www

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  • リサリサ

    今の若い子達は知らないであろうラインナップ笑

    ごきげんだぜっとか、懐かしすぎるやん。。。

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