※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。








『天才クソ野郎の事件簿』


「彼が上手に愛人を捨てる方法」







 都内にある私立大学。



 学生食堂の2階テラス席。



 ここは『天才クソ野郎』こと、天野勇二あまのゆうじの特等席だ。



 その日、天野はパンとコーヒーを口にしながら、のんびりとおだやかな昼食の時間を過ごしていた。



天野勇二

ふふっ……。
もうすぐ紅葉の時期だな。
実に楽しみだ。



 テラスにかかるイチョウを見上げる。


 この場所は大学でも随一ずいいちの『紅葉スポット』。


 その事実を知っている学生は少ない。


 なぜなら、ほとんどの学生はテラスに近づくことを避けるからだ。


 テラスに近寄るだけで『アイツは天野と関係している』と噂されてしまう。


 野蛮な『クソ野郎との噂』を恐れないのは一部の変わり者。


 そして、天野に厄介事やっかいことを持ち込む『依頼人』だけだ。




???

やぁ、天野くん。
お久しぶり。
隣に座ってもいいかな?




 テラスに1人の訪問客が現れた。


 物腰の柔らかい中年男性。


 親しみ深い表情を浮かべている。


 天野は驚いたように言った。



天野勇二

これはこれは……。
深沢ふかざわ教授じゃありませんか。

『法学部の権威けんいであるあなたが、こんなむさ苦しい学生食堂で昼食とは珍しい。
いつものように教授部屋で『松花堂しょうかどう弁当』でも食べていればいいじゃないですか。

深沢教授

あっはっは。
手厳しいことを言うねぇ。
私も学生と食を共にしたい時があるんだよ。



 深沢は笑顔で天野の隣に座った。


 法学部の学部長トップ深沢俊哉ふかざわしゅんや


 通称『法学部の権威』とも呼ばれる男だ。




 天野は医学生のため、深沢の講義を受けたことはない。


 しかし深沢の評判は知っている。


 まだ50歳ほどなのに『学部長』にまで登りつめた若きエリート。


 おだやかで人当たりが良いためか、学生からの人気は上々。


 教授陣の信頼も厚い。


 学生食堂で見かけるのは初めてだ。



天野勇二

深沢教授……。
失礼ですが、俺のことはご存知で?

深沢俊哉

もちろん知っているよ。


 深沢は『焼き魚定食』を頬張りながら、天野を優しげに見つめた。


深沢俊哉

医学部の首席である紛れもない天才児。
それでいて学園一の問題児。
殺人犯として指名手配されても、すぐに真犯人を捕まえて汚名返上する稀代きだいの名探偵。
おまけに国民的アイドルとの恋仲まで噂される男前……。

天野勇二くんのことを知らない教授なんて、うちの大学にはいないよ。

天野勇二

それは光栄です。
何でもその中には、俺のことを『天才クソ野郎』と呼んでるヤツもいるみたいですけどね。

深沢俊哉

あははっ。
それはユニークな表現だね。



 深沢は温和な表情を崩さない。


 紳士的かつ懐の深さを感じさせる男だ。


 笑顔で味噌汁を口にしている。



天野勇二

その味噌汁、酷い味でしょ?
教授会で『味噌汁の品質向上』を掲げてくださいよ。

深沢俊哉

これも悪くないじゃないか。
若い頃はこんな味を好んだよ。
天野くんはいつもパンなのかい?

天野勇二

うちは貧乏ですからね。
この程度で十分ですよ。

深沢俊哉

ほぉ、君のお父上はいくつもの病院を経営する名士めいしだというのに。
なかなか質素な生活を送っているんだね。


 天野はニタリと嫌味いやみったらしい笑みを浮かべた。


天野勇二

そりゃそうですよ。
人間、贅沢になれきった豚になったら、おしまいだと思いません?
例えば教授のように遥か高みから物事を見下す間になったら、それは豚以下の価値しかない……。

いや、例えばの話ですよ。
深沢教授のことじゃありませんよ。
あっはっはっ。


 皮肉たっぷりの口調だ。


 敬語を使ってはいるが、完全に深沢を小馬鹿にしている。


 このクソ野郎は誰が相手でも『いつものスタンス』を崩さない。


深沢俊哉

ふ、ふふっ……。
その通りだね。
人間、いつまでも謙虚さを忘れてはいけないね。


 深沢は額の汗を拭った。


 居心地の悪い空気がテラスを包んでいる。


 天野は偉そうに腕を組むと、心底楽しそうに深沢の顔を覗きこんだ。


天野勇二

深沢教授、昼休みは長くない。
本題に入ったらどうです?

深沢俊哉

ほ、本題?
それはどういうことかね?

天野勇二

俺みたいな『クソ野郎』に腹の内を隠す必要はありませんよ。
詳しい事情は知りませんが……。


 ニヤリと唇を歪める。


天野勇二

この俺様に、どこかの女を始末しまつしてほしいんでしょう?

深沢俊哉

なっ……!



 深沢は慌てて周囲を見渡した。


 前述した通り、このテラスに近づく人間は少ない。


 周囲には人影はおろか、猫1匹いなかった。



深沢俊哉

あ、天野くん……?
な、な、何を言い出すんだね……?

天野勇二

いや、俺様はそれなりの『地獄耳』を持ってましてね。
ちょっと妙な『噂』を耳にしてしまったんですよ。


 意地悪く深沢を睨みつける。


天野勇二

どうやら、1人の若い娘が、とある教授の、とんでもなく『スキャンダラスな秘密』を握っているらしいじゃないですか。

教授はそれで困っている。
もう引き返せないところまで追い詰められている。
こうなったら『学園の事件屋』に頼むしかない。

そんな噂を耳にしたんですよね。



 深沢は箸を置いた。


 天野の顔を穴が空くほど凝視ぎょうしする。


 この男はどこまで知っているのか。


 まさか全てを知っているのか。


 深沢の頭にいくつもの疑問符が浮かび上がる。



天野勇二

深沢教授?
どうしました?
ご飯、冷めちゃいますよ。

深沢俊哉

あ、ああ……。



 慌てて焼き魚を咀嚼そしゃくする。


 天野のペースに引き込まれないよう、賢明に平然とした態度を保とうと努力している。


 天野はそれを眺めながら言った。



天野勇二

もうすぐ『学長選挙』ですね。



 深沢の背筋が凍った。



天野勇二

その『教授』が『学長選挙』に出馬していたら、とんでもないスキャンダルは命取りになるでしょうねぇ。

掴みかけた『全学長の椅子』が遠ざかる。
この大学でトップに立つ貴重なチャンスを逃してしまう。
1度逃してしまえば、なかなかチャンスは回って来ない。

困るでしょうねぇ。


 のんびりと深沢の顔を見つめる。


 天野は優しく問いかけた。


天野勇二

深沢教授もそう思いません?
何でも今回は『あなた』と、経済学部の桃井ももい教授』との一騎打いっきうちなんでしょう?
おまけに下馬評げばひょうでは圧倒的に深沢優勢。
黙っていても勝てる選挙らしいじゃないですか。


 深沢の全身が小刻みに震えている。


 天野はニタニタと下品な笑みを浮かべた。


天野勇二

まぁ、俺はただの学生です。
学長選挙なんかに興味はありません。
わざわざ街宣車がいせんしゃのように叫ぶことはしませんよ。

と言っても……


 口元に手をやり、ジッパーを締めるように横に引く。


天野勇二

口にチャックするかどうか。
それは相手次第ですけどね。


 深沢が勢いよく立ち上がった。



深沢俊哉

……天野くん!
どうか頼む!
私の話を聞いてくれ!



 その場で勢いよく土下座。


 額を床にこすりつけながら叫ぶ。



深沢俊哉

この通りだ!
今度の選挙が最大のチャンスなんだ!
負ける訳にはいかない!
そのために、君にどうしても頼みたいことがあるんだ!



 天野は椅子に踏ん反り返った。


 恍惚こうこつとした表情を浮かべ、偉そうに土下座する深沢を見下ろす。



天野勇二

(クックックッ……。教授様が『学園一の問題児』に土下座か。悪くない光景だ。初めからその姿勢で話せば良いんだよ)



 天野は笑みを浮かべながら深沢に近づいた。


 肩を抱き立ち上がらせる。


天野勇二

深沢教授。
何をしているんですか。
学生に土下座なんてみっともない。
それこそ噂になりますよ。
さぁ、椅子に座りましょう。

深沢俊哉

ああ……。
す、すまないね……。

天野勇二

それで……。

俺様に何を『依頼』したいのか。
教えていただけます?


 まるでカエルを見つけたヘビのように。


 天野はニタリと不敵な笑みを浮かべた。





深沢俊哉

はじめは……。
ほんの出来心できごころだったんだ……。



 深沢はぐったりとテラスの椅子に腰掛け、ぽつりぽつりと自らの『罪』を語り始めた。



深沢俊哉

私には家庭がある。
愛する妻も、可愛い子供もいる。
築き上げた幸せを壊すつもりはなかった。

それなのに……。
なぜか、彼女にかれてしまったんだ……。



 胸元から1枚の写真を取り出す。


 深沢と若い娘のツーショット。


 頭にネズミのカチューシャをつけ、仲睦なかむつまじく寄り添っている。


 背景にあるのは西洋風の大きな城。


 千葉ちばにある遊園地での一幕デートだ。



深沢俊哉

彼女の名前は中里美波なかざとみなみ……。
法学部の1年生だ。

元々、私のことを好いてくれていてね。
話すと驚くほどに気が合ってしまって……。

そんなつもりはなかったのに、気がつけば我を忘れるほどに、彼女との関係にのめり込んでしまったんだ……。



 天野は顔をしかめながら写真を眺めた。


 深沢の隣に立つ黒髪の女子大生。


 あどけなさの残る顔つきだ。


 まだ10代だろう。


 頬を染めながら親子ほど年の離れた深沢に寄り添っている。



天野勇二

『不倫』か……。
これは驚いたな。
確かあんた、『法学部の権威』と呼ばれるほどの立派な教授じゃなかったか?


 馬鹿丁寧な敬語を投げ捨て、いつもの乱暴な口調で尋ねる。


天野勇二

それがこんな子供ガキと不倫?
妻子ある身なのに?
しかも法学部の学生?
おまけに入学したばかりの1年生だと?
あんたの子供と同世代じゃないのか?

救いようのないゲス野郎め。
よくもまぁ偉そうに教授ヅラできたもんだよ。


 深沢はビクビクしながらその言葉を受け止めた。


 心に何本もの釘が突き刺さっている。


深沢俊哉

いけないことだとは理解している……。
だが、どうしようもなかったんだ!
天野くんもそんな時はあるだろう!?
同じ男なら、わかってくれるだろう……!?

天野勇二

くだらねぇ。
俺様にゲスの同意を求めるな。
それで、この『愛人』がどうしたと言うんだ。


 深沢の顔がさらに青くなる。


深沢俊哉

それが……。
最近なんだが……。
美波みなみ『妊娠した』と、言い出したんだよ……。


 天野の眼光が鋭く光った。


天野勇二

……ほう。
それはめでたいな。
愛人と再婚するのか?

深沢俊哉

いや……。
それは、さすがに……。

天野勇二

しないのか?
まぁ、そうだろうな。
そんなことをすれば、お前の教授としての人生が終わるからな。


 天野は腕組みをしながら深沢を見下した。


天野勇二

女子大生との不倫におぼれたあげくはらませて家庭を捨てた……。

そんなことが周知の事実となれば『学長』としては失格。
例え『学長選挙』で勝利しても即座に失脚。
エリートコースを歩んだ教授人生も失敗に終わる。
離婚は絶対に許されない。
自らの地位を守るためには、『愛人』との関係を清算しなければならない。


 殺気を放ちながら言葉を続ける。


天野勇二

それはつまり……。
愛人に『中絶してくれ』と説得することに等しい。
腹の中に宿った自らの遺伝子の結晶を鉗子かんしで引きずり出せ、ということだ。

もし産ませれば『隠し子』という事実は最悪の火種になる。
出産はありえない。
ろさせるしかない。

だが、こうやって俺様に土下座してきたということは……。


 呆れたようにため息を吐く。


天野勇二

説得には失敗したんだな?
愛人である中里なかざとは「お前との子供を産む」と主張している。
さらに言えば

「奥さんと別れてくれ。再婚してくれなければ表沙汰にする」

とでも言われているのだろう?


 深沢は涙目で天野を見上げた。


 もうまさにその通り。


 天野は偉そうに言葉を続けた。


天野勇二

事態は完全に泥沼化している。
こんなことを相談できる相手はいない。
信頼できる病院を探すことも難しい。

そこで『最後の手段』として、この俺様に頭を下げることを選んだ。
まさに『じゃみちへび』。
頼れるのは自分と同じクソ野郎だけ。
そんなところだな。


 深沢は天野の足にしがみついた。


深沢俊哉

頼む天野くん!
私は最低の人間だ……!
それでもどうか、私のために……!
いや、美波のために頼む……!


 救いを求める哀れな声。


 深沢は涙目で言った。


深沢俊哉

君が望むだけの報酬は差し出す!
君のコネに頼らせてくれ!
全てを秘密裏ひみつりに処理したいんだ!
どうか頼むよ天野くん!


 再び額を床にこすりつける。


 天野は軽く息を吐き、心底軽蔑しきった目で深沢を見下ろしていた。





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19,305

つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
今回は天クソにありそうでなかった『不倫もの』です。
前回の作コメにて「次のエピソードはバイオレンス」と書きましたが、これはアレですね。
ドロドロするタイプのバイオレンスですね。
もうこの時点でハッピーエンドにならない予感がプンプンしますね!
 
念のため補足しますが『学長選挙』とは、法学部とか医学部などのトップに立つ偉い人(学長)を決める選挙のことです。
『学長』とは小学校でいう『校長先生』のことですね。
大学によっては『総長』とか『塾長』なんて呼ばれます。
天野くんの大学では教授たちの選出によって決められているようです。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!ヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 40件

  • りおー

    あーーーー!もう最高!!初っ端から胸糞悪りぃ!!さすがですよ先生

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  • まこと

    美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?美波のために?…どうか腐り落ちますよう、願います。(何が?)

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  • あゆ

    いやー、、、

    今回は、いつもに増してゲスい!!
    前回のお話を読んでいるから余計に感じるわ。

    天才クソ野郎はどう解決するんだろう。

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  • rtkyusgt

    中絶に関しては前に涼太と共に関わったことあるし己の快楽に負けて妊娠させた挙句、堕ろして欲しいだなんて余計に許せないんだろうなぁ。

    まぁ本当に妊娠させたのか、彼女が嘘を言っているのか正確なことはまだ分からないけれど。

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  • みぃ

    深澤教授、ゲスいけど人間臭くて憎めないなあ

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