8月になった。


 待ちに待っていた夏休み。


 涼太はまた『ゴミ袋』や『スコップ』を持ち、鎌倉の由比ヶ浜ゆいがはまへ向かっていた。



 最近は晴天続き。


 きっと由比ヶ浜には沢山の海水浴客が訪れているだろう。


 せめて綾瀬のいる周辺だけは綺麗にしなくては。


 そんなことを思いながら砂浜に立った時。


 海岸線を眺める1人の少女を見つけた。



佐伯涼太

……あれ?
結衣ちゃん?



 砂浜に河瀬が立っている。


 先月、この場所で出会った女子高生。


 つまらない男に捨てられて『自殺未遂』をはかった娘だ。


 一緒に夏祭りを楽しんだこともあった。



河瀬結衣

あっ……。
りょ、涼太さん……。
こんにちは……。



 恥ずかしげに頭を下げている。


 涼太は苦笑しながらその姿を眺めた。



佐伯涼太

(へぇ……。もしかすると、僕に会いに来たのかな?)



 今日の河瀬は私服姿。


 麦わら帽子をかぶり、スポーツタオルを首に巻いている。


 傍らのトートバッグを見れば『スポーツドリンク』と『ゴミ袋』が顔を覗かせている。


 『熱中症対策』はもちろんのこと、『砂浜清掃』の装備までバッチリだ。



佐伯涼太

(これは間違いなくそうだろうねぇ。おまけに「一緒に砂浜を掃除させてください」とか言い出しそうじゃん。ちょっと『オシャレ』もしてきたんだ)



 河瀬の顔にはささやかなメイク。


 首元や腕には可愛らしいアクセサリー。


 きっと精一杯の『オシャレ』をしているのだろう。



佐伯涼太

(思ったより『タフな娘』だなぁ……。あれだけバッサリ拒絶してみせたのに。やっぱり『はじめの一歩』を踏み出すと、人間強くなるもんだね)



 一緒に過ごした夏祭りの夜。


 河瀬は別れ際、自分の浴衣を掴み、連絡先を教えてほしいとせがんでいた。


 緊張に染まった河瀬の顔を思い起こす。



佐伯涼太

(あれは偉かったな。僕には踏み出せなかった『一歩』だった。あの『一歩』を踏み出せていたら、僕と綾瀬さんの『結末』も変わっていたのかな……)



 ひとつ息を吐く。


 何かを振り払うように首を振る。


 涼太は爽やかに声をかけた。



佐伯涼太

やぁ結衣ちゃん。
また会えたね。

河瀬結衣

は、はい……。
また、会いましたね……。

佐伯涼太

今日はどうしたの?
また海に飛び込んで死ぬつもりじゃないよね?

河瀬結衣

はっ……!


 河瀬の頬が「かぁっ」と赤く染まる。


 首をブンブン横に振った。


河瀬結衣

ち、違います……!
あの時は、バカなことを考えて……!
その節は、もうなんというか、本当にすみませんでした……!

佐伯涼太

あはは。
いいんだってば。
それじゃ今日はどうしたの?
まさかとは思うけど、僕のことを待っていたのかな?

河瀬結衣

………!


 涼太はいきなり『直球』を投げつけた。


 河瀬の顔がみるみる内に赤くなる。


河瀬結衣

……え、えっとぉ……!
そ、そういうワケじゃ……!
なんていうか、ほらその、私も、砂浜をお掃除してみたいなって、思っただけで……!


 あたふたと否定している。


 涼太は「本当にウブい娘だねぇ」と思いながら尋ねた。


佐伯涼太

それだけなの?
本当に?
何か僕に話したいことがあったんじゃない?
例えば誰かにフラれたから、愚痴グチでも聞いてほしいとかさ。

河瀬結衣

………!!!


 河瀬が気まずそうに顔を伏せた。


 ここまでの『反応リアクション』で大凡おおよそのことは理解しているのに、涼太はあえて『その点』を突いている。


 『ウブなJK』をからかっているのだ。


 河瀬はぷるぷると肩を震わせると、



河瀬結衣

……フラれましたよ。



 拳を「ぐっ」と握る。


 震える声を吐き出した。



河瀬結衣

フラれたんです……。
もう諦めるべきだって、わかってはいるんです……。
でも、なんだか、どうしても忘れられなくて……。

佐伯涼太

君を拒絶するなんて酷い男だねぇ。
今度はどんな男かな?

河瀬結衣

……えっと……。



 河瀬は黙って涼太を見上げた。


 ゆっくり右手を伸ばす。


 指先が涼太のニヤけた顔に向けられている。



佐伯涼太

あれれ?
もしかして僕ちゃん?
僕が結衣ちゃんをフったの?

河瀬結衣

……そうですよ。
フったじゃないですか。
子供JK』には興味ないって……。

佐伯涼太

なぁに言ってるのさぁ。
僕は君をフってない。
『ストライクゾーン』から外れてるだけだよ。
君が『大人』だったら、間違いなく手を出してると思うな。


 河瀬は「むすっ」と頬を膨らませた。


 それはなんのフォローにもなっていない。


 涼太は励ますように言った。


佐伯涼太

結衣ちゃんには理解できないと思うけど、『社会』ってのはJKに手を出したら基本アウトなワケよ。
法律とか条例で決まってるの。
それにさ、僕に言わせればJKを狙う男なんて、『ロリコン』かつ『卑怯者』の変態なんだよね。


 ヘラヘラと意地の悪い笑みを浮かべる。


佐伯涼太

だってさぁ、君みたいな女の子、超絶簡単に口説けちゃうんだもん。
大人は「JKなんか簡単に騙せる」ことを知ってるの。
簡単にパコれる女の子を口説いても楽しくないよ。
JKに手を出す男なんて『チャラ男』の風上にも置けないね。


 河瀬に背を向ける。


 ゴミ袋を手に取った。


佐伯涼太

わかったらもう帰りな。
僕は『子供』と遊ぶつもりはないからさ。


 砂浜に向かって歩き出す。


 ここまで言えば河瀬も引くだろう。


 さすがに幻滅げんめつしてくれるだろう。


 涼太はそう期待していたのだが、



河瀬結衣

……待ってください!



 河瀬が涼太に駆け寄った。


 背中のシャツを掴む。


河瀬結衣

わかってます……。
私が『子供』だから相手にされないって。
そんなのわかってますよ! 
でも、ずっと涼太さんのことが気になって、どうしようもないんです!


 震えながら言葉を続ける。


河瀬結衣

付き合いたいとか……。
大人として見てほしいとか……。
そんな贅沢は言いません。
でも、せめて……。


 シャツを握る指先も震えている。


 吐き出すように言葉をつむいだ。


河瀬結衣

涼太さんと……。
『お友達』に……。
別に『お友達』じゃなくてもいいから、もっと、仲良くなりたいんです……!



 呟きが潮風に揺られる。


 涼太の周囲を舞っている。


 涼太はため息を吐きながら振り返った。



佐伯涼太

……まいったね。
ここでそういう話をしたくないんだけどな。



 瞳を濡らす河瀬の顔を眺める。


 涼太は爽やかに微笑んだ。


佐伯涼太

でも、仕方ないか。
君がそこまで言うなら僕も正直に言うよ。

いいかい結衣ちゃん。
君は僕のことを誤解している。
実はね、僕は大学で『歩くコンドーム屋さん』って呼ばれてるんだ。


 いきなり飛び出したハレンチな言葉。


 河瀬が「ぎょっ」とした表情を浮かべた。


河瀬結衣

こ、こ、こん……!?
……え、えぇ?

佐伯涼太

なぜなら常に『コンドーム』を10個以上持ち歩いているから。
もちろん今も持ってる。
念のため訊くけど、『コンドーム』ぐらいは知ってるよね?
いつか結衣ちゃんもお世話になるヤツだよ。

河瀬結衣

お、お世話にって……!


 河瀬の顔全てが赤く染まる。


 涼太はヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべた。


佐伯涼太

なんで持ち歩いているのか。
別に説明する必要はないよね。
結衣ちゃんも察してるとは思うけど、僕はとんでもない『チャラ男』なんだ。

ガチの『女ったらし』。
趣味は『ナンパ』と『コンパ』。
女の子と遊ぶことが三度の飯より大好きなんだよ。


 ニタニタと唇を歪める。


佐伯涼太

もう沢山の女の子と遊んだよ。
抱いた女の子も、泣かせた女の子も、君が想像できないほどの数になるね。
僕の好みはまず『グラマラスバディ』の持ち主であること。
あとはすぐにヤラせてくれること。
そんな女の子が大好物なんだ。


 河瀬は驚いたように目を見開いた。


佐伯涼太

それ以外は何も求めない。
性格なんかオマケみたいなもんだね。

とにかく僕はイケてる女の子と抱きあえればそれでいいの。
はっきり言うけど、君の『元カレ』よりずっとタチが悪いだろうね。
おまけに最近は『尾行』や『張り込み』まで好む変態になっちゃってさぁ。

とんでもないでしょ?


 河瀬は呆然としている。


 きっとドン引きしているのだろう。


 手応えを感じながら言葉を続ける。


佐伯涼太

とまぁ、それが僕の正体。
とんでもなく『酷い男』ってワケ。
最低最悪の『チャラ男』なんだ。

まともな恋なんかいらない。
女の子と交際したいとも思わない。
ただ燃えるようなセックスができればそれでいい。

君が想い続けるような男じゃない。
そんなんじゃないんだ。
そんな価値のある男なんかじゃないのさ。



 河瀬は呆然と涼太を見上げている。


 『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』という表現がぴったりだ。


 涼太の顔を凝視ぎょうしし続けている。


 やがて、ゆっくり口を開いた。



河瀬結衣

……あの、涼太さん……?

それって……。

佐伯涼太

……えっ?



 河瀬は真摯しんしな眼差しで涼太を見上げた。


 もう一度、シャツを握り直す。



河瀬結衣

それ、私に言ってませんよね?
誰に伝えてるんですか?
今、涼太さんが言ったことを、誰に知ってほしいんですか?

佐伯涼太

だ、誰って……。
何言ってんの?
そんなの君に決まってるでしょ。


 戸惑とまどいながら河瀬を見る。


 河瀬は切なげに首を横に振った。


河瀬結衣

それは『嘘』です。
どうして、そんな『嘘』くんですか?

佐伯涼太

嘘って……。
いや、嘘じゃないけど。
今言ったことは、ガチで正真正銘の真実なんだけど。


 河瀬は首を横に振った。


 何度も何度も振った。


河瀬結衣

違います。
涼太さんは『嘘』をいてます。
私を騙そうとしてるんですか?
いや、もしかして……。
自分自身を騙そうとしてるんですか?


 涼太は驚いて河瀬を見つめた。


 口を開くが、なぜか言葉が出てこない。


 河瀬はそれを見て言った。


河瀬結衣

どんな『嘘』を吐いても、私に見えている涼太さんは何も変わりません。
何も変わらないんです。
だから、もう自分を悪く言うのはやめてください。

だって……。


 顔を歪めながら言葉を続ける。


河瀬結衣

涼太さん……。
とても辛そうな顔をしてます。
自分を『酷い男』だって言う涼太さんの顔が、とっても辛そうなんです……。

佐伯涼太

僕の顔が……?
辛そうだって……?

河瀬結衣

はい……。
まるで、泣き出しそうな『迷子の子供』みたい……。

佐伯涼太

ま、迷子の子供……?
僕が?
僕がそんな顔してるっての?


 河瀬は強く頷いた。


 にじんだ瞳を拭う。


 涼太を見上げて尋ねた。


河瀬結衣

いったい、何があったんですか?
何をそんなに苦しんでるんですか?
私で良ければ聞きます。
いえ、聞かせてください。
私は涼太さんの力になりたいんです……!



 涼太は思わず顔を背けた。




 完全にあなどっていた。


 自分はこの少女をあなどっていた。


 簡単に怯えさせて追い払えるとあなどっていた。


 ただの『子供』だと思っていたのに。




佐伯涼太

……帰ってくれ。



 涼太はぶっきらぼうに言った。


 表情や声を作る余裕がない。


 今、自分がどんな顔をしているのか。


 それさえ判断することができない。



佐伯涼太

もう僕に関わらないでくれ。
君の顔は見たくない。
君とは何も話したくない。

河瀬結衣

で、でも……。



 乱暴に河瀬の手を振り払う。


 ただ今はとにかく、この少女と同じ空間にいたくない。


 心を支配しているのはそんな感情だけだ。




佐伯涼太

何度も言わせないでよ。
君には興味がない。
もう二度とここには来ないでくれ。




 そのまま歩き出す。


 由比ヶ浜から立ち去っていく。


 振り返ることもなかった。


 河瀬は黙って朝日に照らされる涼太の影を見つめていた。






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つばこ

まったくもう……。
子供なのはどっちなんですかねぇ┐(´д`)┌ヤレヤレ
 
純真さとか、真っ直ぐでひたむきな想いとか、多くを知らない無邪気さとかって、時折鋭く『真理』を突いてしまうことがあると思うんです。
ふいに人の心の一番柔らかいところに触れてしまうこともあると思うんです。
結衣ちゃんは特別な才能を持たないフツーの女の子なんですけど、だからこそ気づいたこともあるんじゃないかなぁ、とも思うのです。
 
さぁこの2人はどうなっていくのかな!?
次回は久々に主役(天野くん)が登場します!
お楽しみに!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(ㆁωㆁ*)

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コメント 38件

  • 田中

    これは一つ涼太が壊れた瞬間なんじゃないかと思う
    もちろん全損じゃないから一瞬様子がおかしくなる程度だったけど、確実に自分を保つ柱のような物が一瞬折れたよね

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  • まこと

    涼太の見たことない顔!
    やるな、結衣ちゃん!
    チャラ男を丸裸にしてしまえ!

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  • 佐倉真実

    大人が一番言われたくないのは、本当のことなんだよねぇ…

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  • ユタ

    人って確信突かれると嫌だよねえ…
    涼太の気持ちも分かる。

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  • こういう子はあまり好きでは無い

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