祭囃子まつりばやしの中を涼太が歩いている。



佐伯涼太

へぇ……。
なかなか立派なお祭りだね。



 あでやかな縦縞の浴衣姿。


 草履ぞうりが砂利を小気味よく鳴らしている。


 昼間に会った時とは印象が違う。


 湘南の砂浜では『チャラい大学生』だったのに。


 今は『洗練された大人』といったような印象を受ける。



佐伯涼太

結衣ちゃんは、毎年ここのお祭りに来るの?



 涼太が振り返って尋ねた。


 やはり軽薄けいはくだが、あどけない少年のような笑顔。


 頬を緩めるだけで爽やかな夏風が吹くようだ。



佐伯涼太

……結衣ちゃん?
聞いてる?
どうしたの?



 背はすらりと高い。


 八頭身で顔はモデルのように小さい。


 同級生の男子が持っていない、洗練された大人のスタイル。


 それが『少年のようなあどけなさ』と同居している。



佐伯涼太

あれれ?
マジでどうしたの?
ポケーとしちゃって。



 おまけに近づくと何か良い香りがする。


 しかもなぜか、自分の顔を覗き込んでいる。


 眉目びもくの整った美しい顔。


 ジャ○ーズ事務所に入ったりしないのだろうか。


 きっと人気者になれるのに。



佐伯涼太

おーい。
結衣ちゃん?
何ぼんやりしてんの?
まさか寝てるのー?



 涼太が河瀬の肩を掴んで揺さぶった。



河瀬結衣

……ひゃあああ!?



 河瀬はようやく我に返った。


 慌てて首を横に振り、涼太から離れる。


河瀬結衣

な、なんでもないです!
えっと、な、なんですか!?

佐伯涼太

いやだからさぁ……。
結衣ちゃんは、毎年ここのお祭りに来てるのかな、って。

河瀬結衣

あ、は、は、はい!
来ます!
家が近くなんで!
お祭りがなくても来たりします!

佐伯涼太

ふーん……。
そうなんだ。


 涼太がクスクスと微笑む。


 河瀬は恥ずかしげに顔を伏せた。




 何をここまでテンパっているのだろう。


 変な口調になっていないだろうか。


 変な顔をしていないだろうか。


 結構汗ばんでいるが、臭かったりしないだろうか。


 頭の中をそんな感情が駆け巡る。



佐伯涼太

おっ……。
いい匂いだねぇ。
結衣ちゃんはお腹空いてない?
何か食べる?


 涼太が『焼きそば』や『お好み焼き』の屋台を指さしている。


河瀬結衣

い、いいです……。
そんなに、お腹空いてないし……。


 河瀬はブンブンと首を横に振った。


 もし前歯に『青のり』なんかついてしまったら最悪。


 そんな子供っぽい顔は見せたくない。


佐伯涼太

それなら甘い物にする?
『わたあめ』や『りんご飴』もあるじゃん。
奢ってあげるから何か食べていいんだよ。


 河瀬は思わず頷きかけた。


 慌てて首を横に振る。


河瀬結衣

そ、それもいいです……!
結構です!
昼間も色々よくしてもらったのに、これ以上、迷惑かけられません!


 好物の『わたあめ』なんか食べたら顔がにやけてしまう。


 「結衣ちゃんは子供っぽいなぁ」なんて笑われたくない。


 涼太は呆れたように河瀬を眺めた。


佐伯涼太

遠慮しなくていいのになぁ。
僕は君に逢いたくて来たんだよ。

河瀬結衣

えっ……。
わ、私にですか……?


 思わず胸が高鳴る。


佐伯涼太

そうだよ。
せっかく鎌倉まで来たから、夏祭りで『ナンパ』しようかなと思ったんだ。


 高鳴った胸の鼓動こどうが止まる。


河瀬結衣

え、えぇっ……?
ナンパ……?
そ、それじゃ、私に会いに来たなんて嘘じゃないですか!


 唇をとがらせる。


 涼太は爽やかな笑みを浮かべた。


佐伯涼太

違うってば。
君を『ナンパ』しに来たんだよ。
『河瀬結衣ちゃん』っていう、鎌倉で一番カワイイ女の子をね。

河瀬結衣

………!


 また胸の鼓動こどうが高鳴った。


 頬がたちまち熱くなる。


 熱が耳を飛び越え、首に回り、全身にまで浸食していく。


 涼太はそれを確かめて言った。



佐伯涼太

なーんてウッソー!

僕は『子供JK』に手を出す趣味がないんだよねぇ。
いやぁ、もしかしたらと思ったけどさ、君がいてくれてマジでラッキーだったよ。


 笑いながら『生徒手帳』を取り出す。


佐伯涼太

交番に届けても厄介なことになりそうだしさ。
実を言えば僕もあんまり警察が得意じゃないし。
まさか結衣ちゃんに『偶然』会えるなんて、なんとなく夏祭りに来て良かったよ。
もしかしたら、これって運命なのかもしれないね。



 ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべている。


 河瀬の興奮は一気に冷めていった。


 同時に湧き上がる恥ずかしさ。


 どうして「本当に会いに来てくれた」と喜んでしまったのだろう。


 穴があれば入って隠れてしまいたかった。



佐伯涼太

とりあえず生徒手帳を返すね。
ダメだよこんなもの落としたら。
悪い人に悪用されちゃうぞ。

河瀬結衣

……はい。
ありがとうございます……。


 ふてくされながら生徒手帳を受け取る。


 面白くない。


 なんだかとても、面白くない。


佐伯涼太

とはいえ、せっかくだから一緒に夏祭りを楽しもうかな。
案内してよ。
僕はこの辺りをよく知らないんだ。
お祭りも初めて来たんだよ。


 頬をふくらませながら涼太を見上げる。


河瀬結衣

本当ですか?
それも『嘘』なんじゃないんですか?
だって、涼太さんは『女ったらし』っぽいし……。
きっと『カノジョさん』とよく来て…………あっ。


 慌てて口を押さえる。


 今のは失言だった。


 事情はよく知らないが、涼太の『恋人カノジョ』は亡くなっているのだ。


 河瀬は謝ろうとしたが、


佐伯涼太

そういうこと。
『カノジョ』とはあんまりデートできなかったんだ。
今思えば、夏祭りぐらい一緒に行けば良かったんだけどね。


 涼太は気にした様子も見せず、優しげに微笑んだ。


佐伯涼太

だけど、それは昔のこと。
今の僕は結衣ちゃんと夏祭りを楽しみたいな。
さぁ、行こうよ。


 涼太の手に引かれ、河瀬は祭囃子まつりばやしの中を歩いた。


 2人で縁日の屋台を眺める。




 一緒に金魚すくいにきょうじてみたり。


 大きな『わたあめ』を分けあったり。


 無邪気に射的を楽しんでみたり。


 太鼓の演舞を眺めてみたり。


 もちろん神社へのお参りもしてみた。



 浴衣姿の2人は誰が見てもお似合いの『恋人同士カップル』。


 祭りの夜が更けるまで、2人は仲良く夏祭りを楽しんでいた。









佐伯涼太

……もう、祭りも終わりかな。



 時刻はもうすぐ21時。


 夏祭りが終わる時間だ。


 参列者も引き上げ始めている。


 涼太を腕時計を眺めて言った。



佐伯涼太

そろそろ僕は東京に帰るね。
車で来てるからさ、結衣ちゃんの家まで送ってあげるよ。

河瀬結衣

あっ、それは大丈夫です。
家は本当にすぐ近くなので。
友達と一緒に帰ります。

佐伯涼太

そう?
それなら友達によろしく伝えて。
僕が『結衣ちゃんが新しいカレシと出会う機会チャンスを邪魔したことも謝っておいてよ。


 河瀬はむくれながら言った。


河瀬結衣

どうせ、そんな機会チャンスはないからいいです。
それに『ナンパ』してくる男なんか、もう絶対にイヤですから。

佐伯涼太

あはは。
それが正解だよ。
結衣ちゃんってばマジで男の趣味悪いもん。
あんなヤツのために死ぬつもりだったとか、勇二じゃないけどありえなすぎて笑えたよ。


 『あんなヤツ』とは、元カレである安江のことを言っているのだろう。


 今思えば本当にその通り。


 河瀬は不満げに唇を尖らせた。


河瀬結衣

別に好きだったワケじゃないんですよ?
ただなんか、しつこくて……。
押しが強くて……。
断りきれなかったんです。

佐伯涼太

その気持ちもわかるな。
強引な男だったからね。
好みの『やり方』じゃないけど、君みたいな奥手の女の子を攻めるには効果的な『やり方』だよ。


 河瀬は恨めしげに言った。


河瀬結衣

やっぱり涼太さんは『遊び人』ですね。
『女ったらし』です。
だから元カレの気持ちも理解できちゃうんですね。

佐伯涼太

そういうこと。
どうすれば可愛い女の子とお近づきになれるのか。
ヒマさえあれば考えてるからね。


 当たり前のように告げる。


 最低の発言だ。


 それでもあまりに堂々としているためか。


 それとも正真正銘のイケメンであるためか。


 ちっとも嫌味や悪意を感じない。


 ズルい男だなと、河瀬はため息を吐いた。


佐伯涼太

だけどさ、結衣ちゃんは悪い男に引っかかちゃダメだよ。
もっと人生を楽しんで。
きっと君は素敵なカレシに出会うことができるからさ。


 涼太は爽やかに微笑んだ。


佐伯涼太

君にはその資格がある。
僕が保証するよ。
例え何人かの男に騙されても諦めないで。
いつか君に相応しい立派なカレシが現れるからさ。


 河瀬は「はぁ…」と呟きながら涼太の顔を見上げた。


 きっと昼間に『自殺未遂騒ぎ』を起こしたので、気を使って励ましてくれているのだろう。



河瀬結衣

(私に『相応しい立派なカレシ』かぁ……)



 いったいどんな顔をしているのだろう。


 まるで想像できない。


 ただ言えるのは「目の前にいる男ではないのだろう」という点だけ。


 それがちょっぴり悲しかった。


佐伯涼太

じゃあ僕は帰るね。
楽しい夜だった。
付き合ってくれてありがとう。

河瀬結衣

こ、こちらこそ……。
色々と奢ってくれて、ありがとうございました……。

佐伯涼太

気にしないで。
それじゃあバイバイ。


 涼太が軽く手を振った。


 河瀬に背を向ける。


 その瞬間、「ドキン」と胸の奥で何かが鳴った。





 きっとこれは、決定的な『別れ』だ。


 このまま別れてしまえば、再会することは難しい。


 今を逃せば、涼太には二度と会えない。


 あの軽薄な笑顔を見ることはできない。






 何か決めなければ。


 再会の『約束』を。


 2人が再会する場所を。


 その時交わす言葉を。


 そのために、一歩、踏み出さなければ。




 そんな思いが心の中で弾ける。


 感情が風となって全身を駆け巡る。


 思わず手を伸ばしていた。





佐伯涼太

………うん?
どうしたの?



 細い指先が涼太の浴衣を掴んだ。


 涼太が「きょとん」とした顔で河瀬を見つめる。



河瀬結衣

あ、あ、あの……!
も、もし迷惑じゃなければ……!
いや、迷惑だって、わかってるんですけど……!
どうせ迷惑だと思うんですけど……!



 震えながら言葉を続ける。



河瀬結衣

りょ、涼太さんの……れ、れ、れ、連絡先を……!
お、教えてくれませんか!?



 河瀬の全身が燃えるように熱くなった。


 とんでもなく恥ずかしい。


 頭が沸騰ふっとうしそうだ。


 涼太の顔を見上げることができない。


 それでも、最後まで言葉を振り絞った。



河瀬結衣

なんでもいいんです……!
電話番号でも……!
SNSのアカウントでもいいんです……!

また、涼太さんに、会いたいから……!
教えてください……!



 ぎゅっとまぶたを閉じ。


 膝をガタガタ震わせながら頭を下げる。


 こんなに緊張したのは生まれて初めて。


 きっと一生分の勇気を振り絞った。



佐伯涼太

……へぇ。
頑張ったね。
偉いじゃない。



 涼太はくすりと微笑んだ。


 その表情も、頭を下げている河瀬には見ることができない。



佐伯涼太

ありがとう。
君の気持ちはしっかり受け取ったよ。

もう顔を上げて。
可愛い女の子が男に頭を下げるもんじゃない。



 優しげな言葉。


 河瀬は瞳を濡らしながら顔を上げた。



河瀬結衣

そ、それじゃ……!
連絡先を、教えて………

佐伯涼太

ああ、それは無理。

ごめんねぇ。
さっきも言ったけど、僕は子供JKに手を出す趣味がないんだよね。



 ヘラヘラと笑みを浮かべる。


 河瀬の心が「バリーン」と音をたてて砕け散った。



佐伯涼太

それに君は僕の『正体』を知らないじゃん。
言ったでしょ?
『悪い男』に引っかかったらダメだって……。

それじゃあバイバイ!
元気でね!



 河瀬の指先をゆっくり解く。


 優しげに細い指を撫でる。


 そして、涼太はあっさりその場を立ち去った。





河瀬結衣

……えぇ……。
そ、そんなぁ……。





 河瀬は1人、遠ざかる背中を見送った。


 祭囃子まつりばやしに揺られて。


 はなやかな露店の明かりに照らされて。


 八頭身の美しいシルエットが祭りの彼方に消えていくまで、その場に立ちすくんでいた。



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つばこ

今回は普段と趣向を変えて「JKから見た涼太くん」をお届けしてみました(´∀`*)ウフフ
 
しかし、いいですね夏祭り。
浴衣ガールと夏祭りとか最高ですね。
今年は色々忙しくて夏祭りに行けなかったので、余計に涼太くんたちが羨ましく感じます。
どうか読者の皆さまのサマーがマジ卍でありますようにヾ(*´∀`*)ノ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(ㆁωㆁ*)

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コメント 49件

  • SirTurn~さーたん~

    パコ野郎でも倫理観は兼ね備えてるのね……

    まぁ、まきりんみたいなダイナマイトボディが好きって言ってたし実際子供には興味ないんだろうけど、高校生はもう身体つきは大人と変わらないしな〜とか思う

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  • まこと

    変態のくせにどんだけハイスペック!?

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  • にゃんこ

    変態パコ野郎で歩くゴム屋さんです!
    いや、でももぅ数年もしたら立派な大人のオンナですよ?それまで自分好みの女に育てるってゆー光源氏&若紫作戦はいかがでしょうか!

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  • さちこ

    涼太くん、男前すぎるやろ!

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  • 流石やでつばこさん

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