その夜、河瀬は鎌倉かまくらにある神社の境内けいだいに立っていた。



 今夜は神社の夏祭り。



 夏の夜空に飛ぶ鋭い笛の音。


 打ち鳴らされる太鼓の音。


 賑やかな祭囃子まつりばやしが鳴り響いている。



河瀬結衣

(はぁ……。やっぱり、来るんじゃなかったなぁ……)



 河瀬はため息を吐いた。


 陰鬱いんうつした気分で境内を眺める。


 色とりどりの露店が並んでいる。


 いつもは夜に飲み込まれる境内。


 この日だけは夜に逆らって光り続け、遅くまで笑い声を響かせるのだ。



河瀬の友人A(あやか)

結衣ってばー。
湿っぽい顔しないでよ。
気分変えてこ?

河瀬の友人B(あやの)

そうだって。
あんなカレシ別れて正解。
なんか怖い人だったもんね。

河瀬の友人C(ゆか)

言えてる。
初めから身体だけが目当てだったんだよ。



 友人たちが励ましている。


 すでに河瀬から『夜の湘南に置き去り事件』のことを聞かされているのだ。


 全員が『元カレ』である安江に憤慨ふんがいしていた。



河瀬結衣

うん……。
ありがと。
気を使わせてごめんね。



 はかなげに呟き、友人たちの浴衣姿ゆかたすがたを眺める。


 実は以前から浴衣を着てお祭りに行こう! その時にカレシも紹介するね!」なんて約束をしていたのだ。


 今思えば、なんて情けない約束をしてしまったのだろう。


 新調した自らの浴衣さえ、どこか恥ずかしく感じる。


 安江と夏祭りを歩くなんて想像したくもない。



河瀬結衣

(断れば良かったな……。お祭りって気分じゃないよ……)



 頭をさすりながら、何度目かのため息を吐く。


 まだ母親から『ゲンコツ』をもらった箇所が痛む。


 ちゃんと事情を説明したのに。


 悪いのは安江だと涙ながらに訴えたのに。


 「そんな男と付き合うほうが悪い」と『ゲンコツ』されてしまったのだ。



河瀬結衣

(しかも『まーくん』は電話に出ないし……。鞄を取り返さないと……。財布やスマホが入ってるのになぁ……)



 『元カレ』の安江将生まーくんとは連絡が取れない。


 何度電話しても応答がない。


 つまり『鞄』はもちろんのこと、『財布』と『スマホ』も安江の手元にあるのだ。



 この件に関してはゲンコツを与えた母親も憤慨しており、「明日になっても連絡ないなら警察に行くよ」と息巻いている。


 別に警察に行くのは構わない。


 ただ、警察官に事情を話すのが恥ずかしい。


 「セックスを拒否したら車から蹴り飛ばされました」なんて、話したくない。



河瀬の友人A(あやか)

ねぇ結衣ってばぁー。
そんな落ち込まないでよぉ。
わたあめ食べようよ!

河瀬の友人B(あやの)

そうそう!
新しい『出会い』があるかもしれないじゃん!

河瀬の友人C(ゆか)

結衣は可愛いんだからさ、すぐに次の男が見つかるって!



 それぞれが懸命に励ましている。


 その顔を河瀬は複雑な気分で見つめた。


 友人たちには言ってないが、新しい『出会い』はもうあった。


 ……いや、それが『出会い』と呼べるものなのか、いまいち自信がない。


 それをどのように伝えるべきか。


 河瀬が悩んでいた時だった。



安江将生

あぁ……。
いたいた。
やっぱり来たか。



 ふいに安江元カレが現れた。



河瀬結衣

……まーくん!



 河瀬は血相を変えて詰め寄った。



河瀬結衣

昨日は酷いじゃん!
あんなところに置いて帰るなんて!
どうして迎えに来てくれなかったの!?
朝まで待ってたんだよ!

安江将生

あぁん?
なんだよいきなり……。
うるっせぇなぁ……。


 安江が舌打ちした。


安江将生

ちゃんと来てやったのにキンキン怒鳴るんじゃねーよ。
前から約束してたじゃねぇか。
一緒に夏祭りに行こうって。

河瀬結衣

えっ……?
そ、そうだけど……。

安江将生

昨日は悪かったよ。
ついカッとなっちまった。
マジでごめんな。
反省してる。
許してくれよ。


 安江は意外にもストレートな謝罪の言葉を吐いた。


 しおらしい表情まで浮かべている。


安江将生

ほら、鞄も持って来たぜ。


 河瀬に鞄を手渡した。


 慌てて中身を確かめる。


 財布やスマホ、それ以外の物もちゃんと入っている。


安江将生

そんで……。
カレシのことを友達に紹介するんだったよな。
そこにいるのが友達か?

河瀬結衣

う、うん……。
そうだよ……。

安江将生

へぇ……。
どこの友達なんだ?
紹介してくれよ。


 河瀬は頬を赤くさせながら友人たちの顔を見た。


 全員が「ぶすっ」とした表情を浮かべている。


 気に入らない。


 そんな文字が顔に浮かんでいる。


河瀬結衣

え、えっと……。
同じ学校の友達なんだ……。
部活が一緒なの。
1年生の時からの知り合いで、すごく仲良しで………



 河瀬の言葉が途切れた。





 これで良いのだろうか。



 こんな有耶無耶うやむやのまま、昨晩のことを終わらせて良いのだろうか。





 その時、なぜか頭の奥で、1人の嫌な男の笑い声が響いた。










天野勇二

なんてくだらねぇ女だ!
お前も男もどうしようもないな!







 頭の中で何かが「プチン」と切れた。


 ブンブン首を横に振る。


 強い声で叫んだ。



河瀬結衣

どいつもこいつもぉ……!
バカにしないで!
私のことをバカにしないでよ!



 涙をにじませながら安江を睨みつける。



河瀬結衣

そんな適当な言葉で、昨日のことを終わりにしないで!

本当に怖かったんだよ!?
このまま死んじゃおうかとも思ったんだよ!?

それなのに、なんで、そんな簡単に終わらせられるの!?



 境内に河瀬の大きな声が響いた。


 祭囃子まつりばやしを打ち消すほどの大声だ。



河瀬結衣

まーくんのことなんか知らない!
友達に紹介したくない!
もう『カレシ』でもなんでもない!

まーくんとは別れる!
これっきりだからね!



 安江は「ぽかん」と口を開けた。


 友人たちは「よく言った!」と拳を握っている。


 しばし、安江は呆然としていたが、



安江将生

……チッ。
あんだよ。
面倒くせぇガキだな……。


 顔を歪めて吐き捨てた。


安江将生

何が『別れる』だよ。
お前さぁ、本気で俺が相手にしてると思ってたの?
ガキのくせにナマ言ってんじゃねぇよ。


 呆れたように河瀬を見下ろす。


安江将生

大体お前さ、ナンパに引っかかる尻軽ビッチのくせに、『処女』でヤラせねぇとかマジありえねぇんだけど。
俺はそれしか興味ねぇんだよ。

甘い顔してりゃつけあがりやがって。
調子のってんじゃねぇぞブスが。

河瀬結衣

ななっ……!?


 河瀬の顔が怒りと恥ずかしさで燃えた。


安江将生

お前、ガキすぎ。
マジでだせぇ。
「別れる」とかそんなことを大声で叫ぶんじゃねぇよ。
ブスのくせに調子乗りやがって。
お前みたいなガキなんてハナから本気で相手にしてねぇつぅの。


 嘲笑ちょうしょうしながら河瀬の浴衣姿を指さす。


安江将生

その浴衣もだせぇな。
ガキそのものだべ。
良いカラダしてっから声かけただけなのに、グダグダと偉そうなことを抜かし……

佐伯涼太

悪いけど、それ以上、結衣の悪口を言わないでくれるかな。







河瀬結衣

えっ……?



 河瀬の肩が「ぐいっ」と抱き寄せられた。


 肩に触れる力強い手のひら。


 華奢きゃしゃだがたくましさのある胸板。


 鼻をくすぐる微かな香水の匂い。



河瀬結衣

りょ、涼太さん……?
ど、どうして……。
えぇっ……?
なんで、ここに……?



 河瀬の身体が熱くなった。


 なぜ涼太がここにいるのだろう。


 『東京の大学生』だと名乗っていた。


 もう鎌倉を立ち去ったと思っていたのに。



佐伯涼太

……大丈夫。
ここは僕にまかせて。



 涼太が小声でささやいた。


 河瀬が思わず頷く。


 背後から「かっこいい…!」「誰あれ!?」「まさか結衣のカレシ?」という友人たちの声が聞こえた。



安江将生

な、なんだぁ……?
てめぇ、どこのモンだよ……?



 安江は思わぬ男の登場に唖然あぜんとしている。


 涼太は安江より年上。


 しかも八頭身のイケメン。


 自分よりハイスペックな男前の登場に面食らっている。



佐伯涼太

君のことは聞いてるよ。
結衣が世話になったそうだね。


 涼太は威圧的いあつてきに安江を見下した。


佐伯涼太

だけど、それ以上結衣を悪く言うなら、僕も黙ってはいない。
結衣は僕にとって大切な女の子なんだ。
君のような男に好き勝手言われるなんて、我慢できないね。



 安江の顔が一気に険しくなった。


 明らかに苛立いらだっている。


 拳を握りながら口を開く。



安江将生

テメェ……。
ケンカ売ってんのか?
誰だか知らねぇが潰すぞ?



 涼太を見上げながらすごむ。


 涼太は瞳を細めた。


 ゆっくり安江との距離を詰める。



佐伯涼太

結衣の前で暴れたくはないね。
でも、やるなら手加減はしないよ。
君には恨みがある。
大切な結衣が足蹴あしげにされた、って恨みがね。



 冷たい瞳で安江を見下ろしている。


 安江が凄味すごみを利かせているのに、何ひとつおくした様子がない。


 安江をまったく恐れていないのだ。


 どこか平然としているようにすら見える。



安江将生

このヤロウ……!
マジでやってやんぞ!?
殺されてぇのか!?



 逆に安江のほうが気圧けおされている。


 威勢いせいは良いが口だけだ。


 ゆっくりと後ずさると、



安江将生

……くそっ。
ナメやがって……。

見逃してやる。
次に会ったらタダですむと思うなよ。



 『捨て台詞』を吐き、その場を後にした。


 ただよっていた緊張感がゆっくり四散しさんする。


 河瀬は「ほっ」と胸を撫で下ろした。



佐伯涼太

ふぅ……。
怖がらせちゃったかな。



 涼太が笑顔で河瀬に語りかけた。



佐伯涼太

ごめんよ。
僕もムキになったね。
あまりにムカつく男だったから、少し言ってやりたくてさ。

河瀬結衣

い、いえ、大丈夫です……。

佐伯涼太

この後の結衣ちゃんの予定は?
誰かとデートしたりする?


 河瀬は慌てて首を横に振った。


河瀬結衣

し、しません!
そんな予定、ありません!

佐伯涼太

良かった。
じゃあ決まりだね。


 涼太は笑顔で河瀬の友人たちに向かい直った。


佐伯涼太

ねぇ君たち。
お楽しみのところ悪いんだけど、結衣ちゃんを借りてもいいかな?
彼女に会えるのを楽しみにしてたんだ。



 ウインクをしながら尋ねる。


 なんてセクシーで大人の色香たっぷりの仕草なのだろう。


 友人たちの頬がたちまちバラ色に染まった。



河瀬の友人A(あやか)

は、はい……!
もちろんです!

河瀬の友人B(あやの)

どうぞ!
つまらないものですが……どうぞ!

河瀬の友人C(ゆか)

結衣!
あとで話……!
聞かせてよね!



 頬を染めながら告げる。


 涼太は爽やかに微笑むと、



佐伯涼太

ありがとう。
さぁ行こうか。
とびきりの夜にしようね。



 河瀬の肩を抱きながら、祭囃子まつりばやしの中へ進んで行った。




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つばこ

天野くんは『箱根』で元カレを追い払い、涼太くんは『鎌倉』で元カレを追い払う……。
両者とも「なぜかタイミングが良い」というスキルを持っているようです。
皆さまはどちらがお好みでしたでしょうか(´∀`*)ウフフ
 
今まで内緒にしておりましたが、天クソの絵師様は何度か変わっています。
現在の絵師様が何代目なのか、正直なところ私もよくわかりません。
それぐらい変わってます。
 
だがしかし!
今回登場した挿絵は初代絵師様が2年前に描いてくれたものなんです!
きっと初代絵師様は「あの挿絵はいつ使うんだよ」なんて思っていたことでしょう!
ようやく使うことができました!
今回のカッチョいい涼太くんは『乙女ゲー的チャラ男』と命名してもいいですよね!ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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コメント 64件

  • まこと

    あやのちゃんイイね

    涼太のイケメン度が半端ない湘南の海

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  • ナニワの46兎

    やばいwww
    歩くゴム屋さんなのか!?

    乙女ゲームに出てくる人でしょ!?

    やっぱりマンガよりこっち(本家)の方が絵が丁寧で最&高!!

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    やっぱりか!!!そうなのか!!!
    めちゃめちゃど真ん中な挿絵きたーーー!!!と思ったら、初代絵師様でしたか!!!
    お名前がわからないのが惜しいですが、ファンです!!✧*。天クソに一番合ってます!!!
    イケメン涼太が見れてもう至福ですが、天野くんの挿絵もまだ眠ってませんかねぇ?
    …また描いてください!!!!!

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  • ロングヘアー

    涼太がかっこよくみえる、、(笑)

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  • 月猫

    天野くんと違って涼太イイッ!!!

    甘い言葉囁きながらの
    大丈夫任せて

    惚れてまうやろー!!!!!!

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