※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。




 その日、佐伯涼太さえきりょうた湘南しょうなんの砂浜に立っていた。


 神奈川かながわ県南部にある鎌倉かまくら


 晴天の『由比ヶ浜ゆいがはま』。


 肌にじっとりと貼りつくような潮風が吹いている。



佐伯涼太

ふぅ……。
いい天気だね……。



 砂浜をのんびり散歩する地元民。


 波間でたわむれるサーファーたち。


 西には観光地である『江ノ島えのしま』。


 水平線の彼方に浮かぶ何隻かの漁船。


 全ての景色を昇ったばかりの太陽が綺羅きらびやかに照らしている。



佐伯涼太

今日も暑くなりそうだ……。
熱中症に気をつけないと。



 涼太は眩しげに瞳を細め、ゆっくり砂浜の一角へ向かった。


 涼太以外の人間にとっては『なんてことのない砂浜』のひとつ。


 目印となるものを置いている訳ではない。


 それでもこの場所は忘れることができない。



佐伯涼太

…………



 涼太は砂浜に手を置いた。


 笑顔で語りかける。



佐伯涼太

綾瀬あやせさん……。
おはよう。
最近はあまり来れなくてごめんね。
前も言ったけど、僕ってば留年しちゃってさ。



 恥ずかしげに頬を緩める。



佐伯涼太

さすがにこれ以上『単位』を落とせないんだよ。
ちゃんと講義に出席したり、試験勉強もしたりしてたんだ。
おかげで前期はバッチリ。
また綾瀬さんに『留年しちゃった』なんて報告はしたくないからね。



 なんてことのない砂浜の一角に語りかける。


 相手は綾瀬清美あやせきよみ


 もう亡くなってしまった『初恋』の女の子。


 ここは綾瀬が旅立った場所なのだ。


(詳しくは『彼が上手にさよならを告げる方法』を参照)



佐伯涼太

もうすぐ8月だね。
また観光客が増えて、ここも汚くなっちゃうんだろうなぁ……。



 『由比ヶ浜ゆいがはま』は湘南を代表する海水浴場のひとつ。


 夏の日中には大勢の海水浴客が集まる。


 この場所も踏み荒らされてしまうだろう。



佐伯涼太

どうせなら『サメ』でも出ればいいのにさ。
遊泳禁止になって静かになるよ。
そしたら僕たち2人だけの砂浜だね。



 笑いながら語りかける。


 当然ながら答える声はない。


 寂しげな独り言だ。



佐伯涼太

…………



 涼太は小さく息を吐いた。




 あれからどれだけの月日が流れたのだろう。


 今日は綾瀬の月命日つきめいにち


 この場で綾瀬を抱き上げた。


 一緒に砂浜を歩いた。


 沈んでいく夕日を眺めた。


 綾瀬の旅立ちを、自分は確かに見送った。


 綾瀬が残してくれた温もりは今も腕の中にある。


 それが遠い昔のことのように感じてしまうのが、涼太は寂しかった。



佐伯涼太

……今日はさ、勇二ゆうじも来てくれるんだ。
たまには綾瀬さんに会いたいって。
豪華な花束を用意してやるぜ、とか言ってたよ。



 綾瀬が喜んでくれると信じて語りかける。


 今も綾瀬はここにいる。


 見たがっていた海を眺めている。


 自分の言葉を聞き、笑顔で相槌あいづちを打ってくれている。


 綾瀬が埋葬まいそうされた墓は別にあるのに、そんな思いが涼太の中にはあった。



佐伯涼太

さてと……。
じゃあ始めようかな。



 涼太は『大きなゴミ袋』を取った。


 この場所に来たら『ゴミ拾い』をすると決めているのだ。


 いつから始めたのかは忘れてしまった。


 少しでも綾瀬の見る風景が美しくあるように。


 そう願って砂浜を清掃している。


 涼太が立ち上がり、海岸線を眺めた時だった。



佐伯涼太

……あれ?



 波間に1人の少女が立っていた。


 制服姿の小柄な女子高生。


 いつからそこにいたのだろう。


 太ももまで海に浸かっている。


佐伯涼太

何してんのかな?
サーファーじゃないよね……。
地元の女子高生かなぁ……?


 少女は涼太に背を向けている。


 棒立ちで水平線を見つめている。


 荷物なんか持っていない。


 時折、思い出したように目元を拭っている。


佐伯涼太

もしかして……。
泣いてるのかな?


 涼太はなんとなく声をかけた。




佐伯涼太

ねぇねぇ。
そんなところで何してんの?



 少女の肩が「ビクッ」と震えた。


 驚いて振り返る。


 真っ赤に充血し腫れた瞳。


 明らかな涙の痕跡こんせきがあった。



小柄な女子高生

えっ……?



 どうやら涼太が砂浜にいたことに気づかなかったようだ。


 どこか怯えた表情を浮かべている。


 涼太はおだやかに話しかけた。



佐伯涼太

そんなに怯えないで。
どうしたの?
そんなところにいたら制服が濡れちゃうよ。

小柄な女子高生

…………

佐伯涼太

あっ、しかも革靴ローファーを履いてるじゃん。
泳ぐ前に靴を脱いだほうがいいと思うなぁ。
ほら、こっちにおいでよ。



 少女は黙って涼太を見つめている。


 美人というよりは『仔犬』か『リス』のような感じの可愛らしい少女だ。


 赤い頬にあどけなさが浮かんでいる。


 大きな黒目はつやがあり瑞々みずみずしい。


 少女は大きく息を吸い込むと、



小柄な女子高生

……ほっといてください!



 そう言って背を向けた。


 沖に向かって歩き始める。


佐伯涼太

ありゃ?
どこ行くの?
まさか泳ぐつもり?
制服を着たまま泳ぐなんて危なくない?


 涼太が呼びかける。


 少女はまったく聞いていない。


 どんどん沖に向かって進んで行く。


佐伯涼太

ちょ、ちょっと待ってよ。
マジでどこ行くの?
危ないってば。


 涼太は慌てて追いかけた。


 泣いている女子高生。


 制服姿で沖を目指している。


 なぜか酷く落ち込んでいる。


 見るからに自暴自棄じぼうじき


 このシチュエーションで連想するのは身投げ自殺しかない。



佐伯涼太

ねぇ、冗談でしょ?
やめなってば。
ここは遠浅だけど意外に波が荒いんだ。
服を着たまま泳ぐなんてマジで危ないって。



 少女は振り返らない。


 もう胸元まで海に浸かっている。



佐伯涼太

無視シカトしないでよぉ。
別に君をナンパしてるワケじゃないんだ。
変なことはしないって約束する。
純粋に心配なんだよ。

ほら、こっちにおいで。
ジュースぐらいは奢ってあげるからさぁ。



 幼子をあやすように語りかける。


 それでも少女は振り返らない。


 一瞬、少女の顔が海に沈んだ。


 涼太は急いで駆けると、力強く少女の腕を掴んだ。



佐伯涼太

待ちなってば!
危ないよ!
何考えてんの!?



 少女がようやく振り返った。


 赤く濡れた瞳で涼太を睨みつける。


 顔を歪めながら叫んだ。



小柄な女子高生

離してください!
ほっといてくださいよ!
もう何もかもどうでもいいんです!
こんな人生、終わりにしたいんです!



 涼太も負けじと叫び返した。



佐伯涼太

ほっとけるワケないじゃん!
マジで死ぬつもりなの!?
バカなことやめなって!

小柄な女子高生

離して……!
離してくださいよぉっ……!



 少女は全力で抵抗している。


 涼太の腕を振り払おうとジタバタもがいている。


 涙で顔をぐしゃぐしゃにさせながら叫ぶ。



小柄な女子高生

もう生きてるのがイヤなんです!
どうでもいいんです!
私の人生、何もかもバカみたい……!

お願いだから死なせてください!
私が何をしてたって、あなたには関係ないじゃないですか!



 涼太は思わず真顔になった。


 自分でも驚くほどの『怒り』が込み上がる。


 頭の中を黒い感情が埋め尽くした。




佐伯涼太

生きてるのがイヤ?

どうでもいい……?

『死なせろ』だって……?




 頭の奥で何かが弾けた。


 少女の胸ぐらを掴んで叫ぶ。



佐伯涼太

……ふざけるな!
君が『死のう』が『生きよう』が、僕にとってはマジでどうでもいいよ!



 由比ヶ浜にとどろくほどの大声。


 少女が驚いて涼太を見上げた。


 涼太は憤怒ふんぬの表情を浮かべている。



佐伯涼太

だけど、ここで死ぬのはやめろ!
ここには『彼女』がいるんだ!
生きたいと願っていたのに、もっと僕と一緒にいたいと願っていたのに……!
そんな彼女が旅立った場所なんだ!



 大きく息を吐く。


 震えながら言葉を続けた。



佐伯涼太

君の悩みなんか知らない。
知りたいとも思わないよ。

だけど、ここで死ぬことは絶対に許さない。
ましてや『身投げ』なんてバカなこと、絶対に許せるもんか!

いいから早くこっちに来い!



 少女を無理やり担ぎ上げる。



小柄な女子高生

は、離して!
やめて!
変なところ触らないで!



 腕を振り回して抵抗するが、涼太は無視して岸まで少女を運んだ。


 砂浜に少女を放り投げる。


 少女はすぐに立ち上がり、また沖に向かって走り出す。


 その腰を掴んで砂浜に押し倒す。


 馬乗りになって少女の動きを封じ込めた。








佐伯涼太

もう諦めなよ。
君の力じゃ僕に敵わない。

小柄な女子高生

うっ……。
うぅぅっ……!

佐伯涼太

何があったのかは知らない。
自分でも余計なお節介をしてるなって思う。
でもさ、バカなことを考えちゃダメだ。
いいね?



 ようやく少女の身体から力が抜けた。


 抵抗を諦めて泣きじゃくる。


 砂浜に少女の号泣が響いた。



佐伯涼太

ふぅ……。
ビックリしたなぁ……。
手荒な真似をしてごめんね。



 涼太は安堵あんどの息を吐いた。


 名前も知らない女子高生。


 『身投げ』をはかるなんて、いったい何があったのだろう。


 落ち着いたら話を聞いてみようかな、と考える涼太に、ひとつの影がかかった。




天野勇二

……おい涼太……。
そんなところで、何をしているんだ……?

佐伯涼太

……あれ?
勇二?
もう来てくれたの?



 砂浜に天野が立っていた。


 『怒り』『殺気』に満ちた憤怒ふんぬの表情を浮かべている。


 完全にキレている。


 なぜこんなに怒っているのだろう。


 涼太の疑問に答えるように、天野が言った。



天野勇二

この『クソ下衆ロリコンパコ野郎』め……!
貴様は最低だな。
こんなところで女子高生を襲い、泣かし、押し倒しやがるとは……!



 涼太の血の気が一気に引いた。



佐伯涼太

ち、違う!
これは違うよ!
誤解だ!

天野勇二

最低のクズめが……。
『子供』にだけは手を出さないと信じていたのによ……!
知っていると思うが、俺様は『子供』に手を出す男が大嫌いなんだ。

佐伯涼太

手なんか出してない!
僕はロリコンじゃないもの!
落ち着いて!
まずは僕の話を聞いて!

天野勇二

黙れ。
変態ロリコンの言い訳なんか聞きたくもない。
処刑してやる。
貴様との仲もこれまでだ。


 天野が長い脚を大きく振りかぶった。


佐伯涼太

ひぃぃぃっ!?
やめて!
マジでやめ……

天野勇二

死ねぇッ!

佐伯涼太

ぎゃあああああ!



 由比ヶ浜に「ドゴォッ」という鈍い音。


 そして涼太の絶叫がとどろく。


 1人の女子高生はそれを震えながら見つめていた。






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つばこ

どうも、つばこです。
今週もお読みいただきありがとうございます。
 
最近のエピソードは涼太くんが叫んで終わることが多い(ていうかほとんど叫んで終わる)のですが、今回は「1話目から叫ぶ」というパターンで始まりました(´∀`*)ウフフ
 
お気づきかと思いますが、久しぶりの涼太くん主役回です。
物語の構想は5年前から存在しており、天クソが最終回を迎える直前あたりに紹介したいなぁ、と考えていた秘蔵のエピソードです。
どうか楽しんでいただけますように。
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます(*´ω`*)

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コメント 62件

  • ИДЙ

    涼太哀れ……w

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  • ゆたんぽ。

    天クソは読みたいので、別アプリとかに行っても良いんで書き続けてほしいー

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    前半だけでボロクソ泣いたのに、、

    涼太よ…

    最終回が近いの?
    やだ!天クソに最終回なんて存在しないでしょ…?ブラフだよね?

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  • rtkyusgt

    いやぁ透けブラにしか目がいかなくて困ったよ(女性ですけども)

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  • のなか

    最終回が近いなんて…!!
    そ、そんなの嘘ですよね!?
    天クソお得意のフラグに決まってますよね??(°▽°)

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