都内にある私立大学。


 学生食堂2階のテラス席。


 ここは『天才クソ野郎』こと天野勇二の特等席だ。


 その日の天野はテラスの椅子に腰掛け、



天野勇二

クックックッ……。
そこに立ったら、富士山がよく見えないじゃないか……。



 どこか楽しげにスマホを眺めていた。


 画面には夏の日差しを浴びて輝く芦ノ湖あしのこ


 緑の濃くなった箱根はこねの山。


 おどけている女性の姿も映っている。



佐伯涼太

やっほー!
久しぶりぃー!
天才クソ野郎の『相棒マブダチ』こと涼太りょうたちゃんのお出ましだよー!



 テラスに涼太がやって来た。


 『チャラ男』は今日も絶好調。


 上機嫌でチャラチャラしている。


天野勇二

涼太か。
どうした?
良いことでもあったのか?


 スマホの画面を消しながら尋ねる。


佐伯涼太

そりゃあるよ!
前期の試験が終わったんだ!
レポートも小論文も全部提出した!
あとは夏休みを待つだけ!
今年もエキサイティングな夏が僕たちを待ってる!


みんな!
今日も!
いい波のってんねぇー!


 ビートを刻みながら叫んでいる。


 『夏』とは涼太チャラ男にとって最高にテンションが上がる季節なのだろう。


 天野は呆れながら言った。


天野勇二

お前はいつもウザいな。
だが、大学生活を楽しめているようで何よりだ。
『留年』して正解だったじゃないか。


 涼太は軽やかに笑った。


佐伯涼太

マジでその通り!
人生は長いんだもん!
1年ぐらい回り道したほうがむしろベストなんだよ!

勇二は夏休みどうするの?
海とか山に行かないの?
ヒマだったら僕と一緒にどっかのフェスに行かない!?

天野勇二

遠慮しておくよ。
医学生は忙しいんだ。
遊ぶヒマはないね。

佐伯涼太

えぇー?
そうなのぉ?
そんなのつまらないよぉ。
もっと夏を謳歌おうかしなよぉ。

例えば箱根はこねなんてどう?
箱根の『あじさい橋』で一緒にナンパするのはどう?

天野勇二

……なに?


 天野は少し驚いた顔で涼太を見つめた。


 ニヤつく悪友の顔を凝視ぎょうし


 納得したように頷いた。


天野勇二

……ほう。
さては聞いたな。
地獄耳なヤツめ。


 涼太が嬉しそうに頷く。


佐伯涼太

もちろん!
お話は聞かせていただきました!
ついに『初デート』したんだってね!
前島さんが教えてくれたんだよ!

天野勇二

まったく……。
あの『お喋り』め。
これだから女はイヤなんだ。
すぐにペラペラと余計なことを喋りやがる。

佐伯涼太

いいじゃんいいじゃん。
楽しかった思い出は誰かと共有したくなるもんよ。
それが『愛しの師匠との初デート』ともなれば、話したくてたまらなくなるよね。
話せる相手は僕ぐらいしかいないしさ。

天野勇二

お前なんかに話して何が楽しいのかねぇ……。
まるで理解できんな。
わかっていると思うが、誰にも喋るんじゃないぞ。

佐伯涼太

言われるまでもないね!
僕ちゃんの口はダイヤモンドより硬いんだ!
カッチカチやぞ!
カッチカチ!


 踊りながらテラスの椅子に腰掛ける。


 瞳をキラキラさせて言った。


佐伯涼太

勇二からも『初デート』の話を聞きたいな!
教えてよ!
相棒マブダチ』の『幼馴染おさななじみ』としてはすんごく興味あるんだよね!

天野勇二

却下だな。
お前に話すことじゃない。

佐伯涼太

つれないこと言わないでよぉ。
僕には聞く権利があるはずだよ!

だって、勇二に依頼されて『箱根のどこかに宿泊している大学生』の情報を調べたじゃん!

ホテルに電話したし、実際に箱根まで行ったし、結構しんどい『聞き込み調査』をやったんだよ!?
あの『報酬』とか貰ってないんですけど!


 天野は苦笑した。


 そういえばそうだった。


 『元カレ』が宿泊しているホテルを探すため、涼太の力を借りたのだ。


天野勇二

ああ……。
そんなこともあったな。
よくやってくれた。
感謝するよ。

佐伯涼太

そういえばあれって何の調査だったの?
飯塚いいづかくんだっけ?
なんで彼のことを調べたの?

天野勇二

別にいいだろ。
それは『詮索せんさくするな』と言ったはずだ。
お前が聞いて楽しめる話でもない。

佐伯涼太

ふぅん……。
なんだろ気になるな……。

まぁいいや!
それより『初デート』のことを教えてよ!


 改めてチャラチャラしながら言葉を続ける。


佐伯涼太

いや、今回の勇二はマジで偉かったよ。
ちゃんとデートして偉い!
前島さんの好感度もいい感じに上がってる!
僕はずっと「交際を始めたんだから早くデートしやがれこのクソ野郎」とか思ってたんだよ!

だから教えてよ。
どうして前島さんとデートしようと思ったの?


 ニヤニヤしながら天野の顔を覗き込む。


 天野は小首を傾げた。


天野勇二

『どうして』だと?
なぜそんなことを尋ねる?

佐伯涼太

いやいや……。
今回重要なのは『そこ』でしょ。
『初デート』に至った勇二の『心情変化』こそが、最も重要なポイントじゃんか。

天野勇二

ワケがわからんな。
前島が強引に誘ってきた。
それだけだよ。


 涼太はほがらかに笑った。


佐伯涼太

何を言ってんのさぁ。
中学生みたいなこと言わないでよ。
勇二もついに前島さんへの『好意』を自覚したんじゃないの?
きっとそうでしょ!?
『ラブ』に目覚めたんだよね!
『ラブ』に!!!

天野勇二

ラブ?
何を言ってるんだお前は?

佐伯涼太

照れないで教えてよぉ。

もう相思相愛そうしそうあいになった?
ついにくっついたの?
物理的にもくっついた?
キスとかしたの?
どうせパコってないんでしょ?
ていうかなんでパコらなかったの?
なんで温泉でパコパコしないでお家に送り届けちゃったの?
箱根ではどこまでイッたの?

『A』

それとも『B』



 天野はげんなりと顔を歪めた。


 なんてうざったい男だ。


 昭和世代のおっさんみたいなことを聞いてくる。


 呆れながら答えた。



天野勇二

いいか涼太よ。
お前も知っている通り、俺は『女』に執着しない。
心がイカれてんだよ。
『愛』だの『恋』だの、そんなものさっぱり理解できないんだ。


 涼太も呆れながら言った。


佐伯涼太

まだそのめんどくさい『設定』生きてんの?
もういいじゃん。
『心』を修理に出しなよ。
セックスしたらあっさり治るかもしれないよ。

天野勇二

バカを言うな。
そんなもので変わるかよ。

佐伯涼太

いやいやわからないよ。
『言葉』じゃなくて『温もり』が真実をささやいてくれることもあるんだ。
人との触れ合いをバカにしちゃいけないよ。
天才の勇二なら知ってると思うけど、人と人が触れ合うと『オキシトシン』っていう『幸せホルモン』が出るんだからね。

天野勇二

ああ、下垂体後葉かすいたいこうようから分泌ぶんぴつされ、9個のアミノ酸からなるペプチドホルモンのことだな。

佐伯涼太

たぶんそれかな。
きっと前島さんも『箱根でお泊まり』って気分だったはずなのにさぁ。
いくらなんでも健全すぎるよ。
車の中でイチャイチャしなかったの?



 天野は深くため息を吐いた。


 いったい何時まで、この面倒くさい会話が続くのだろう。


 タバコを灰皿に放り込みながら言った。


天野勇二

断っておくが、俺様はその『行為』に興味がない。
本当にない。
考えもしなかったな。


 涼太は絶滅動物を見るような目で天野を眺めた。


佐伯涼太

か、考えもしなかったんだ……。
それはそれで凄いね……。
『草食系男子』にも程があるよ。
見るからに『肉食獣』のくせに……。

天野勇二

何よりそんな『音声』は聞かせられない。
まだ『中学生』なんだ。
絶対に聞かせたくないね。



 イヤそうに呟く。


 新しいタバコを取り出し、火をつけた。



佐伯涼太

……うん?
音声?
聞かせる?



 妙な言葉が飛び出した。


 首を捻りながら尋ねる。



佐伯涼太

それってなんのこと?
音声って……。
どういう意味?

天野勇二

『初デート』の『音声』だよ。
正確に言えば、俺と前島の『会話』だな。

佐伯涼太

……えっ?
か、会話……?
会話を、聞かせる……?
誰に聞かせるの?

天野勇二

胡桃くるみに決まってるだろ。



 また妙な名前が飛び出した。


 「ぽかん」と口を半開きにしながら尋ねる。



佐伯涼太

……胡桃ちゃん?
それってあの胡桃ちゃん?
勇二が目の中にブチ込んでも構わないほど可愛がってる妹の胡桃ちゃんのこと?

天野勇二

そうだ。
世界で最も愛らしい自慢の妹だ。

佐伯涼太

どうしてここで胡桃ちゃんの名前が出てくるの?
なんで聞かせるのさ?


 涼太がますます小首を傾げる。


 天野はタバコの煙を吐き出しながら胸元に手を伸ばした。


天野勇二

実はなぁ……。
前島のヤツ……。
本当に胡桃に言いつけやがったんだよ……。


 胸元から『ボイスレコーダー』を取り出す。


 忌々いまいましい顔で言った。


天野勇二

アイツら、いつの間にか親しくなってやがったんだ。
俺に内緒でよく会ってるんだとよ。
いつの間にか胡桃と『義姉妹』のような関係を築いていたのさ。

佐伯涼太

へ、へぇ……。
さすが前島さんだ。
身内を攻めて外堀を埋めてるんだ。
『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』ってやつだね。

天野勇二

それが何を意味するのかよくわからんが、厄介な話になってな。


 「はぁ…」とため息を吐く。


 不快そのもの、といった表情を浮かべている。


天野勇二

胡桃に叱られたんだよ……。
俺と前島が『交際』を始めたことも聞いたようで『デートしろ初デートしろ』とやかましくなったのさ。
ずっと拒否していたら


初デートするまでちい兄ちゃんとは会わない。
ちゃんとデートして。
証拠として音声を録音してきて。



……と言われてしまったんだ。


 吐き捨てるように言葉を紡ぐ。


天野勇二

それで仕方なく『初デート』したんだ。
まったく女はどこの世界も厄介で面倒な生物だ。
それがなかったら、この俺様がわざわざ箱根なんかに足を運んだりしねぇよ。



 涼太は愕然がくぜんとした。


 全身がわなわなと震えている。


 げんなりとため息を吐く天野の顔を凝視ぎょうしする。



佐伯涼太

そんな『裏』があったの!?

それじゃまさか……。

ま、まさか……!



 ゴクリと生唾を飲み込む。



佐伯涼太

勇二が『初デート』したのは……。

前島さんが『好き』とか『ラブ』とかそういうことじゃなくて……。

胡桃ちゃんに言われたから?

胡桃ちゃんに叱られたから、仕方なく『初デート』しただけ、ってことなの……!?



 頭をかきむしりながら叫ぶ。



佐伯涼太

それは嘘でしょ!?
嘘に決まってる!
どうせいつもの『ブラフ』でしょ!?

他に理由があったんじゃないの!?
絶対にあるべきだよ!



 天野が小首を傾げた。


 「きょとん」とした瞳で涼太を見つめる。


 心底不思議そうな顔で尋ねた。





天野勇二

それ以外に……。
何かあるのか?





 涼太が「どん!」とテラスのテーブルを叩いて立ち上がった。



佐伯涼太

うっわ!!!
サイテー!
ドイヒー!
なんてクソ野郎なの!?

それはいくらなんでも酷い!
前島さんが可哀想!
くたばれシスコン番長!
『女の敵』め!!!



 両手をブンブン振り回しながら叫ぶ。



佐伯涼太

なにやってんのよッ!
そこは好意ラブでしょ!?
好意ラブありきの『初デート』をするところでしょ!?

いい加減くっついてよ!
とっととくっついて!

いつまで僕はこんなことを叫ばなくちゃいけないの!?
僕の声帯はボロボロ!
もうテラスで叫ぶのはイヤなのに!

今日の勇二は、ちっともいい波のってなぁーーーい!




 テラスに涼太の絶叫がこだまする。


 青く澄んだ夏の空までこだまする。


 天野は「うるせぇなぁ」と呟き、のんびりとタバコの煙を吐き出していた。






(おしまい)


この作品が気に入ったら「応援!」

応援ありがとう!

50,360

つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
ほんと前島ちゃんが可哀想……。
だけど、いったいどこまでが『真実』だったんですかねぇ(´∀`*)ウフフ
 
 
さてさて、皆様は『彼が上手にさよならを告げる方法』を覚えてますでしょうか。
「涼太くんの初恋」をテーマとしたエピソードなのですが、実はこれ『三部作』になっております。
 
ひとつめが『彼が上手にさよならを告げる方法』。
ふたつめが『彼を上手にチャラ男にする方法』。
そして、フィナーレを飾るみっつめのエピソードが、次週から始まる『嘘つき編』となります。
もしお時間ございましたら、過去作を読み返していただければ幸いでございます。
 
それでは次週土曜日、
『彼が上手に嘘を吐く方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

この作品が気に入ったら読者になろう!

コメント 43件

  • 切斗出来瑠(キットデキル)

    個人的にな、天野くんが乙ゲーのようなセリフ言った時にボイスレコーダー切っていたのが本当に本当にすこ。

    通報

  • ハルカ☆アサギリ

    デート編最高やった…くるみちゃんに言われかたからってオチがあったけどさ、でもね。
    考えてみたら悠子ちゃんとは最初にあった事件のときに、天野に初めての衝撃を与えた女性、しかも一時期とはいえ恋かもしれないと思わせた唯一の女の子って時点でもう十分天野の中で存在が大きいんだよねぇ。
    今まで本編やアルカナ編でチラホラ無自覚の感情が見えてるし、今回元カレ関係で更にそれが強調されてて、ますますこれからが楽しみ。
    このカップルは、ゆっくり彼らなりに愛を育んでほしい!見てるこっちは死ぬほど焦れったいけどな!本当に作者様は、主人公の細かい心理変化の描き方が上手いなぁと思います。

    通報

  • 佐倉真実

    えええ…録音は流石に嘘だよね?嘘だといいね?((((;゚Д゚)))))))

    関係ないけど涼太くんが「いい波のってんねー!」とか言いだしたあたりから、脳内で涼太くんの声がマモに切り替わってしまった…
    次の話はきっと真面目な話だから、読む前に設定を変えたい…笑

    通報

  • ゆう

    涼太がtictokとかめっちゃ似合うわあ…と思いながら、つばこさん若いなあとも思いました(笑)

    通報

  • hihihi

    さすがにこれは引く

    通報

関連お知らせ

オトナ限定comicoに移動しますか?
刺激が強い作品が掲載されています。

  • OK