飯塚尚樹

悠子とこうやって顔をあわせるのは、中学の卒業式以来かな。
懐かしいなぁ……。



 飯塚が爽やかに微笑む。



飯塚尚樹

今や人気絶頂の国民的アイドルだよな。
さり気なく応援してるんだぜ。
悠子がここまでの有名人になるなんて、中学の時は思わなかったなぁ……。



 頭をかきながら苦笑している。


 頬が微かに紅潮こうちょうしているので、それなりに緊張しているのかもしれない。



前島悠子

…………



 前島は飯塚の顔を睨みつけた。


 そうだった。


 はっきり思い出した。


 あの時も、この男はこうやって笑っていた。



前島悠子

(……なんで?)



 まず強く思ったのは『疑問』だった。


 再会の驚きや。


 懐かしさや。


 苦い思い出よりも。


 『疑問』脳裏のうりを真っ先に支配した。



前島悠子

(なんで……。よりにもよって、今日なの? どうして今日、こいつと再会しなくちゃいけないの……?)



 唇を噛み締める。



前島悠子

(これから師匠と会うのに……。初めてデートするのに……。なんでこんな日に、こいつの顔なんか見なくちゃいけないの……?)



 苦しげに顔を伏せる。


 ずっと連絡さえ取っていなかったのに。


 正確にいえば、『あの日』から一度も口をきいていない。


 苦い思い出をすり潰すように、前島はまぶたを閉じた。










 飯塚と出会ったのは15歳の時だった。


 前島は中学3年生。


 まだアイドルグループのオーディションは受けていなかった。


 どこにでもいるただの女子中学生。


 自分が将来『国民的アイドル』と呼ばれるなんて、これっぽっちも想像していなかった頃だ。




飯塚尚樹

前島さん……。
良かったら、俺と付き合ってくれませんか……?




 きっかけは飯塚からの告白。


 ありふれた告白の言葉だった。


 別々のクラスだったこともあり、告白された時まで、前島は飯塚のことを認識していなかった。


 ……いや、正確にいえば、顔だけは見たことがあった。


 友人が「隣のクラスにいる男子が学校で一番カッコいい」と騒いだことがあったからだ。




飯塚尚樹

前島さんのことが好きなんだ。
ずっと前から、可愛いなって、思ってて……。




 飯塚のことは何も知らなかった。


 だが「顔は悪くないな」と感じていた。


 友人が「カッコいい」と騒ぐ男子に告白された優越感もあった。


 そして何より、この時の前島には意中の異性がいなかった。


 男子との交際がどんなものなのか。


 単純に興味があった。


 そのためそれほど深く考えず、交際を許可したのだ。




 2人でお出かけして。


 手をつないで歩いて。


 他愛のない会話に花を咲かせて。


 前島は恋人同士が踏むべきステップを順調に越えていった。


 その過程で『恋心』を抱いたのも、自然な流れだったといえるだろう。




 そんな2人の関係に終止符しゅうしふが打たれたのは、告白から3ヶ月後のこと。


 告白時と同じように、飯塚はありふれた言葉を前島に贈った。




飯塚尚樹

他に好きな女の子ができた。
もう終わりにしよう。
俺と別れてくれ。













飯塚尚樹

……悠子?
どうした?
具合でも悪いの?



 とぼけた『元カレ』の声を聴き、前島はゆっくりまぶたを開けた。


 感情を心の奥に閉じ込めて。


 無表情を意識しながら冷たい声を吐く。


前島悠子

……別に。
驚いただけ。
久しぶりだね。


 あからさまな『拒絶』の感情を見せる。


 飯塚はびるような笑みを浮かべた。


飯塚尚樹

あ、ああ……。
そうだよな……。
とにかく、会えて嬉しいよ……。

前島悠子

…………

飯塚尚樹

えっと……。
今日はさ、大学のサークル仲間と来てるんだ。
まぁ、男しかいないんだけど。

前島悠子

…………

飯塚尚樹

そっちは1人?
いや、1人の訳ないか。
友達と一緒?
芸能人だったりするの?



 前島は小さく息を吐いた。



前島悠子

そんなの関係ないでしょ。
変なこと訊かないで。

飯塚尚樹

そ、そっか……。
ごめん……。

なんか……。
悠子、冷たいな。
あの時のこと、まだ怒ってるの?


 悲しげに顔を歪め、言い訳するように言葉を重ねる。


飯塚尚樹

あの時はさ、どうかしてたんだよ……。
初めてカノジョができて、自分がモテたような気がして、調子に乗ってたんだと思う……。
酷いことしたよな。
本当にごめん……。



 前島は無表情のまま飯塚の顔を見つめた。



 今さら謝ってほしくない。


 反省の言葉も聞きたくない。


 むしろそんなこと、何ひとつ興味がない。



 あれはもう終わったこと。


 忘却ぼうきゃくの彼方に消えていた記憶。


 少しだけ苦味のある幼き日の思い出だ。



前島悠子

悪いけど、人を待ってるから。



 『拒絶』のオーラを放ちながら告げる。


 飯塚はしつこく食い下がった。


飯塚尚樹

ここで待ち合わせ?
俺がいると邪魔になるかな?



 そんなこと訊くまでもないだろうに。


 前島は失望しながら頷いた。



前島悠子

……そういうこと。
もういいでしょ。

飯塚尚樹

そんなこと言うなよ。
ずっと会いたかったんだ。
悠子は同窓会とかも来てくれないし。

前島悠子

忙しいから。

飯塚尚樹

じゃあ連絡先を教えてよ。
携帯の番号も変えたみたいだしさ。



 前島は心底うんざりしていた。


 どうして、この男はいけしゃあしゃあとそんなことが言えるのだろう。



前島悠子

……イヤだよ。
飯塚くんには教えたくない。
もうどっか行って。



 はっきり口にする。


 飯塚は失望の表情を浮かべた。



飯塚尚樹

……なんだよ。
そんな言い方ないだろ……。


 不満げに唇を尖らせる。


飯塚尚樹

お前、変わったな。
偉そうな人間になったよ。

やっぱり芸能人になったから?
一般人とは連絡も取りたくないのか?
芸能人はみんな昔の『友達』を切り捨てるのかよ?



 前島の頭に血が上った。



前島悠子

(……はぁ? 友達? あんたが?)



 相手にするべきではない。


 無視してしまえばいい。



前島悠子

(芸能人とか、一般人とか、そんなの関係ないよ。なんで、そんなこと言われなくちゃいけないの……!?)



 これから天野と会うのだ。


 飯塚なんかに構うべきではない。


 それは理解しているのに、言わずにはいられなかった。



前島悠子

……飯塚くんは『友達』なんかじゃない。


 強い瞳で睨みつける。


前島悠子

私に何をしたのか覚えてない?
自分がどれだけサイテーの男だったのか忘れた?
私と別れた後、ずっと『無視』してたのはそっちでしょ?
よく今さら『友達』だなんて言えるね。

飯塚尚樹

いや、待てよ。
それはさっき、謝ったじゃんか……。


 飯塚がたじろぐ。


 何か反論しようと口を開く。


 前島はそれを叩き潰すように言った。


前島悠子

私が芸能人じゃなくても、連絡先なんか絶対に教えない。
飯塚くんの顔なんて二度と見たくなかった。
声もかけてほしくない。
今すぐ私の前から消えて。
もう私に構わないで。


 そう言って背を向ける。


 眼下に早川はやかわの美しい流れが見える。


 さっきまでバラ色に見えた景色なのに。


 今はどこか色褪いろあせて見えた。



飯塚尚樹

……ああ、そうかよ。
わかったよ。


 飯塚は呆れたように息を吐くと、


飯塚尚樹

やっぱりお前、偉そうで嫌なヤツになったな。
テレビや雑誌じゃ『清純派アイドル』を気取ってるくせに、中身は腹黒い女だったんだな。


 あおるような言葉を投げつけた。


 あからさまにため息を吐く。


飯塚尚樹

あーぁ……。
マジ傷つくわ……。

あの時のこと、まだ根に持ってんのかよ?
中学生の頃の話だぜ?
お互いにガキだった。
それでいいじゃんか。



 もう我慢の限界だった。


 この男と同じ空間にいたくない。


 消えてくれないなら自分が消えよう。



飯塚尚樹

おい悠子?
どこ行くんだ?
ここで待ち合わせじゃないの?



 もう前島は聞く耳を持っていない。


 飯塚に背を向けて歩き出す。



飯塚尚樹

待てってば。
じゃあこれだけ聞けよ。
実は最近、昔の『写真』を見つけたんだ。
2人で撮ったやつとか、お前が俺の部屋に来た時のやつとかさ。


 前島は思わず振り返った。


前島悠子

えっ?
写真……?

飯塚尚樹

そうだよ。
俺とお前が付き合ってた頃の写真だよ。

あれってさぁ……。
結構、高く売れるんだって?


 前島の背筋が凍った。


 青ざめながら口を開く。


前島悠子

写真なんて……。
撮ってない。
そんなのあるはずない。

飯塚尚樹

それがあったんだよ。
もう俺は『友達』じゃないんだろ?
じゃあ、何をしても構わないよな……?


 ニタリと唇を歪めた。








飯塚尚樹

『国民的アイドル』こと前島悠子の「元カレ」だけが持っている、昔の写真……!

これ最高のネタになるよな。
絶対に高く売れるぜ。
ただの写真じゃないんだ。
だって、お前が初めて……

前島悠子

やめてよ!


 険しい声で叫ぶ。


前島悠子

なんでそんなことするのよ!?
あんた本当に最低!
そこまでしてお金が欲しいの!?

飯塚尚樹

大きな声出すなって。
まるで俺が脅してるみたいじゃんか。


 ニヤニヤと嘲笑あざわらう。


飯塚尚樹

金も悪くないけど、俺はもっと違うものが欲しい。
お互い『大人』になったんだ。
大人だからこそ、やり取りできるものがあるだろ?

前島悠子

は、はぁ……?

飯塚尚樹

俺さ、すぐそこのホテルに泊まってるんだ。


 箱根湯本はこねゆもとにあるホテルのひとつを指さす。


飯塚尚樹

夜に来てくれよ。
それで内緒にするから。
朝までゆっくり『昔話』でもしようぜ。



 全身の鳥肌が立った。



飯塚尚樹

今晩だけでいいからさ。
まぁ、ちょっと『楽しむ』ぐらいの気持ちで来ればいいって。



 前島の思考が真っ白になった。


 全身が不快感で震えている。


 吐きそうだ。


 形容しがたい感情が頭の中を駆け巡る。



前島悠子

信じられない……!
あんた、最低……!

飯塚尚樹

そう言うなよ。
俺はさ、悠子とまた会いたいなって、本当に思ってたんだ。
今晩だけでいい。
来てくれれば写真は捨てる。
週刊誌にチクったりもしない。

前島悠子

そんなの、信用できるワケない……!

飯塚尚樹

約束するって。
なぁいいだろ?
変なスキャンダルで炎上するより、俺に付き合ったほうがずっと……

天野勇二

随分と、楽しそうな話をしているじゃないか。



 前島の背後から1人の男が声をかけた。


 前島が慌てて振り返る。



前島悠子

し、師匠……!



 天野が立っていた。


 いつものように気障キザったらしい笑みを浮かべている。



天野勇二

遅くなったな。
思ったより道が混んでいてなぁ。
箱根はすぐ渋滞するから困るんだ。
こんなことなら単車でくれば良かったよ。

まぁ、それはさておき……。



 ニヤリと極悪の笑みを浮かべ、飯塚の顔を睨みつける。



天野勇二

そこにいるクソガキ……。
どうやって処分する?
なんだったら殺してしまうか?





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つばこ

かつて天野くんは前島ちゃんに
 
「ただの中学生から無名のアイドルになり、グループのセンターとなり、国民的アイドルグループのセンターになり、そして天下のトップアイドルになった」
 
と告げたのですが、これはすごく前島ちゃんを表現してるなぁ、と感じております。
前島ちゃんの根っこには『普通の女の子』があるんです。
今は『国民的アイドル』と呼ばれている『流星クソ女』なんですけども、生まれた時からそうだったワケじゃないんです。
なので、過去の恋愛が普遍的であるのも、また彼女らしいんじゃないかなぁと思うのです。
 
そんなこんなであっさり天野くん登場しました!
天野くん半端ないって!!!
あいつ半端ないって!!!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/

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コメント 106件

  • この腐れ外道が…!!
    天才クソ野郎様、とっちめて下さい

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  • だいたろう

    天野君きたぁー!

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  • 天野くんが来たときのこの安心感!!
    天野くん最高!!!

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  • kj

    白馬の王子様がきたー!

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  • ナニワの46兎

    タイミング最高だな!!

    ゆうこちゃんにはみかんの王子様がポチを連れてくるのがお約束なんだよ!!!!!!!

    お前はお呼びでない!!!!!!!

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