その日の深夜。


 天野は河川敷にある小さな公園にいた。


 ベンチに座り、静かにタバコの煙を吐き出している。


 時折、腕時計を眺めては嫌そうに顔をしかめている。



堀江明美

(あの人……。こんなところで何してんの……?)



 天野の30メートル後方には堀江の姿。


 やぶの中に潜んでいる。


 スマホで『消音カメラ』を起動させ、何度も天野の姿を撮影している。



堀江明美

(誰かを待ってるんかな……。やっぱり、ここで誰かを痛めつけるつもりなんやろか……?)



 昼間のテラス。


 天野は堀江を無視シカトした後、こんな言葉を涼太に告げた。




天野勇二

どうやって例の『ストーカー』を処刑するのか話そう。
凶器は用意してきたよな?
かなりのゲス野郎だから、いつも以上に痛めつけてやろうと思うんだ。




 堀江も『天才クソ野郎』こと『学園の事件屋』の噂は耳にしている。


 『噂』が真実であることも知っている。


 堀江の周囲にも『ストーカー被害』に悩み、天野に相談した女学生は数多く存在するのだ。


 天野がどのように問題を『解決』したのか。


 一部始終を聞いたことがある。



堀江明美

(やり方は色々あるみたいやけど、共通してるのは『ストーカーを徹底的にボコる』っていう点やった……。つまり、天野さんはこれからどっかのストーカーをフルボッコにするつもりなんや……)



 周囲を見渡す。


 驚くほど人気のない河川敷の公園。


 大声を出しても気づかれることはない。


 誰かを『処刑』するには打って付けの場所だろう。



堀江明美

(やばい……。これ、たまんない……)



 堀江の身体が「ぶるっ」と震えた。


 怯えているのではない。


 恐怖を覚えているのでもない。


 身体が感じているのは、それとは真逆のものだ。



堀江明美

(これめっちゃ衝撃的フォトジェニックな写真が撮れそうやん……! 天才クソ野郎の暴力……! 噂じゃ『連続殺人犯』を返り討ちにしたこともあるらしいからなぁ……! どんな暴力が撮れるんか楽しみやな……!)



 恍惚こうこつとした笑みを浮かべている。


 感じたことのない興奮。


 背筋が震えるほどの『快感』が堀江の全身に走っている。



堀江明美

(ガチの『暴力』ってバズるんよね。みんなが驚く場面をカメラにおさめたる……! これでウチは、誰も真似できひん唯一無二の『インフルエンサー』になるんや……!)



 堀江が必死に興奮をなだめていると、唐突とうとつに天野が立ち上がった。



天野勇二

……やっと来たか。



 公園に1人の男が現れた。


 キャップを目深まぶかにかぶった長身の男だ。


 怯えているのか、オドオドと猫背で俯いている。


 頭を下げながら何かを告げているが、小声過ぎて堀江の耳には届かない。



天野勇二

……くだらねぇ。
『謝罪の言葉』なんか聞きたくもないな。


 天野が舌打ちした。


天野勇二

あの女に近づくな。
ストーカー行為をやめろ。
それを守らなければ『殺す』と警告したはずだ。

なぜそれを守らない?
俺様の脅しを軽く見たのか?
ナメられたもんだぜ……!



 天野の全身から殺気が放たれる。


 堀江は慌ててスマホを構えた。


 カメラを起動させ、動画ムービーを撮り始める。


 キャップをかぶった男が何かを弁解しているが、天野はまったく聞いていない。



天野勇二

言い訳は聞き飽きた。
貴様は俺が出会った中でも最低と呼べる『ストーカー』だ。
もう言葉を交わすのは諦めた。
貴様のようなクズは死んだほうが世のためなんだ。



 ふいに天野が右足を振り上げた。


 キャップの男が「ぐふっ」とくぐもった声を出し、腹を押さえてうずくまる。



天野勇二

『処刑』してやる。
己の行いを地獄で後悔しやがれ。



 天野はポケットから『黒いビニール袋』を取り出した。


 男のキャップをはたき落とし、素早く顔にかぶせ、首元で縛り上げる。


 すかさず腹への蹴り。


 うつ伏せで地面に倒す。


 そのまま両手を縛り上げ、無抵抗な男の背中を勢いよく踏みつけた。



堀江明美

(おおおっ……! これは、想像以上……!)



 ストーカーの男がくぐもった悲鳴をあげている。


 必死に助けを求めているようだ。


 天野は狂気の笑みを浮かべ、


天野勇二

どうした?
痛いのか?
やめてほしいのか?
もっとちゃんと喋れよ。
それじゃ聴こえないぜ。


 暴力という娯楽ごらくを楽しむかのように、何度も男の全身を蹴り上げる。


 さらに胸元に手を伸ばし、一本の『ナイフ』を取り出した。


 さすがに堀江の背筋が凍った。



堀江明美

(う、嘘やろ!? 刃物はあかんよ……! まさか、ほんまに殺すつもり!? い、いや、さすがにいくら何でも、殺すことはせんやろ……?)



 堀江の手が震え始めた。


 『快感』や『興奮』によるものではない。


 『恐怖』だ。


 天野という名の恐怖が、堀江の全身を揺らし始めている。



堀江明美

(で、でも、もし、ほんまに殺したら……? これ、通報したほうがいいんかな……?)



 天野がナイフをゆっくり振り上げる。


 止めるべきか。


 通報すべきか。


 堀江が迷った時だった。



ストーカーの男

……ぐふっ!



 ナイフが男の首筋に突き刺さった。


 一切の躊躇ためらいがなかった。


 天野は狂気の笑みを浮かべ続けている。


 何度もナイフを振り上げ、勢いよく振り下ろす。


 月明かりが赤く濡れたナイフを照らしている。



堀江明美

……あ、あああっ……!
こ、ころした……!



 堀江の手が震えた。


 スマホを支えられず、地面に転がり落とす。



 ……カタン



 微かな落下音。


 その音を聴き、天野が素早く振り返った。



天野勇二

……そこにいるのは、誰だ?



 堀江は慌てて逃げ出した。


 人気のない河川敷を駆ける。


 落としたスマホが気になったが、今は逃げるほうが先決だ。



堀江明美

(あかん……! もっと早く! 追いつかれたら、ウチも殺される……!)



 堀江の背が何かに押された。



堀江明美

きゃあ!



 バランスを失い前のめりに倒れる。


 振り返ると、そこには冷たい笑みを浮かべた天野が立っていた。



天野勇二

……なんだ。
堀江じゃないか。
こんな時間に何をしている?



 ニタニタと口唇を歪めている。


 片手には堀江のスマホが握られている。



天野勇二

お前のスマホだろう?
落とし物だぜ。
こんなところで『真夜中の散歩』でもしていたのか?
今宵は月明かりが綺麗だからな。
気持ちはよくわかるぜ。

堀江明美

ひ、ひぃぃぃ………!

天野勇二

念の為、尋ねよう。
何も見てないよな?

お前は何も見ていない。

そうだよな?



 堀江はブンブンと首を縦に振った。


 何か言葉を発したいが、口が乾いて言葉にならない。


 天野は「あっはっは」と笑うと、ギロリと堀江を睨みつけた。



天野勇二

嘘を吐くんじゃねぇ。
俺様を尾行していたな。
『処刑』の場面を撮影し、SNSに投稿するつもりだったのか?

堀江明美

いや……!
ちゃう……!
ちゃうよ……!


 天野は堀江のスマホを眺めた。


 呆れたように呟く。


天野勇二

ほう……。
動画を撮影していたのか。
これは困ったな。
せっかく人気のない場所を選んだというのに……。
面倒な仕事を増やしてくれるぜ。


 スマホを操作し、撮影していた動画ファイルを削除。


 堀江に投げ返す。


 そして、自らのスマホと、赤く濡れたナイフを取り出した。


 月明かりに照らされる死の輝き。


 堀江の恐怖が最高潮に達した。


天野勇二

クックックッ……。
なんて情けない顔だ。
俺様も、今のお前を動画に撮ってやろうじゃないか。


 カメラを堀江に向ける。


 狂気の言葉を続けた。


天野勇二

哀れな小娘め。
ただ『バズりたい』という承認欲求しょうにんよっきゅうを満たすために、無関係な事件に首を突っ込みやがって。
生半可な気持ちでそんなことをしていれば、いつかこうやって事件に巻き込まれちまうのさ。

この後、自分がどうなるのか想像できるか?
足りない脳味噌で考えろよ。

お前が、どれだけむごたらしい最期を、迎えることになるのか……!



 堀江は必死に口を開いた。


堀江明美

ゆ、許してください……!
お願いです……!


 乾いた声で叫ぶ。


堀江明美

誰にも言いません!
もう天野さんには関わりません……!
だから、だからぁ……!
お願いだから殺さんといて……!


 涙を流しながら懇願している。


 天野はニタリと口唇を歪めた。


天野勇二

却下だ。
俺様はお前が『犬畜生にも劣る外道』であることを知っている。
SNSのために重傷の人間を動かし、痴漢を誘発して犯罪者を生み出す女だ。

お前の辞書には『モラル』という言葉が存在しない。
いつSNSで暴露されるかわかったもんじゃねぇ。
お前の言葉は信用できないね。

堀江明美

ほんまに……!
ほんまに誰にも言いません……!
だから、お願いします……!
ウチまだ死にたくないよぉ……!

天野勇二

ならば、今この場でSNSのアカウントを削除しろ。
それぐらいはできるよな?


 堀江は驚いて自らのスマホを見つめた。


 一瞬の躊躇ちゅうちょを見せたが、


堀江明美

け、消します……!
消しますからぁ……!
見逃してください……!


 震える指先でスマホを操作し、自らのアカウントを削除した。


 画面を提示して呟く。


堀江明美

け、け、消しました……!
どうか、お願いします……!


 天野はその画面を確かめると、舌打ちしながら動画の撮影を止めた。


天野勇二

いいだろう。
どうせ今夜は1人しか死体を処分する準備をしていない。
2人処分するのは面倒だ。
誰にも言わないと約束できるなら見逃してやろう。

堀江明美

ほ、ほんまですか……!?

天野勇二

だが、警察に通報したり、誰かに喋ったりすれば、即座に殺す。
今撮影した泣き顔をSNSに公開した上で、徹底的になぶり殺してやる。
ただの脅しだと思うなよ。
約束できるだろうな?


 堀江が涙目で頷く。


堀江明美

は、はい……。
約束します……!

天野勇二

それでいい。
消えろ。
俺様の気が変わる前に失せろ。

堀江明美

は、はい……!



 スマホを抱きしめ、堀江が一目散に逃げ出して行く。


 天野はその背中を眺めながらタバコに火をつけた。


 悪い笑みを浮かべながら煙を吐き出す。


 背後からくぐもった声が聴こえた。



ストーカーの男

……ねぇ勇二ぃ?
まだぁ?
もういいでしょ?
苦しいから早く助けてよぉー。

天野勇二

ああ、すまなかったな。


 両手の拘束を外し、黒いビニール袋をはぎ取る。


 涼太が「ぷはっ」と声をあげた。


佐伯涼太

あぁ苦しかったぁ……。
堀江ちゃん、もう行っちゃったの?

天野勇二

逃げたよ。
愉快な顔を浮かべていたぜ。
あれは間違いなく『小便』ぐらいは漏らしたな。
久しぶりに良い泣き顔を拝ませてもらったよ。

佐伯涼太

うげぇ……。
なんてクソ野郎なの。
女の子が失禁して喜ぶ男なんて、変態と天才クソ野郎しか存在しないよ。


 涼太が血糊ちのりをハンカチで拭きとる。


 説明するまでもないが、全て天野たちによる『お芝居』だ。


 ナイフも暴力も全てフェイク。


 堀江を騙すための『ブラフ』だ。


佐伯涼太

だけど、随分とあっさり逃がしたね。
大丈夫?
とりあえずここを離れたほうが良くない?

天野勇二

問題ないさ。
どうせ俺は誰も殺しちゃいないんだ。

佐伯涼太

まぁそうだけど。
でも通報されたら厄介だよ。
ここに警察が来るかも。

天野勇二

本来であればそれが望ましい。
俺様の『脅し』を無視シカトして警察に飛び込む。
そこまでの度胸と正義感が堀江にあれば良いんだが……。


 天野は肩をすくめた。


天野勇二

あの顔を見る限り、そこまでは期待できないな。
恐らく今晩は恐怖を抱いて眠れぬ夜を過ごすだろう。
朝まで『通報すべき』『黙っているべき』か悩むのさ。

佐伯涼太

うわぁ……。
そりゃちょっと可哀想だね。
明日には『タネ明かし』してあげるんでしょ?

天野勇二

ああ、目的は果たしたからな。


 紫煙しえんを吐き出しながら呟く。


天野勇二

堀江は心底理解しただろう。
生半可な気持ちで事件に首を突っ込む『素人記者ゴシップクローラー』が、どのような『未来』を迎えることになるのか……。

あの手のタイプは口で言っても聞かないんだ。
経験させなきゃダメなのさ。

佐伯涼太

しかもしっかり脅して、『泣き顔』まで撮影したからねぇ……。
堀江ちゃんとしてはあの動画がSNSに公開されるなんて、死ぬより耐えられないはずだよ。

天野勇二

アイツが言った通りさ。
『SNSに公開すること』が一番こたえる処罰というワケだ。
これで堀江もしばらくは大人しくなるだろう。


 満足気に天野が呟く。


 涼太が肩をすくめながら言った。


佐伯涼太

でも大丈夫かなぁ。
SNSのアカウントって、削除してもすぐに復活させることができるんだ。
その気になれば複数のアカウントも所持できる。
勇二の悪口がいっぱい投稿されないか心配だよ。

天野勇二

そんなことを心配しているのか?
呆れたな。


 天野は気障キザったらしく微笑んだ。


天野勇二

俺の評判なんて悪いぐらいで丁度良いさ。

悪口なんて称賛。
陰口なんてそよ風。
卑怯こそが褒め言葉。

どれだけ炎上しても、天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくからな。


 笑いながらタバコの煙を吐き出す。


 涼太は苦笑しながらその横顔を見つめていた。




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つばこ

今回の『処刑』ですが、天野くんの奇行を見慣れた読者さまであれば、
 
「これはいつものブラフだな(*´∀`)」
 
とホッコリしていただけたのではないでしょうか。
そんなこんなで『インフルエンサー編』も次回の後日談でラストになります。
天野くんが抱えていた驚愕の秘密が明らかになりますので、ご期待いただければ幸いでございます。
 
【以下宣伝】
 
6月3日(日)より新連載『天才クソ野郎の異世界冒険譚』が始まります!
今度の天クソはファンタジー!
天クソのテイストはそのままにしっかり異世界ファンタジーしてます!
土曜は事件簿! 日曜は異世界!
どうか読んでください!
皆様の週末が天クソで彩られますように+。:.゚ヽ(*´ω`)ノ゚.:。+゚

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コメント 36件

  • ロングヘアー

    長身の~から涼太かな?って思いながら見ていたらやっぱりそうだったw

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  • 見抜キング

    まだ人殺しには恐怖を感じる精神が残っててちょっと安心した

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  • 焼きましゅまろ

    やっぱり涼太だと思ってたwwwwwwwwwww
    やっぱ芝居だよねw
    師匠が簡単に命を落とさせるなんてしないもん。
    これで懲りてくれればいいんだけどね、、

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  • だいたろう

    まぁ、だよね(笑)
    流石天才クソ野郎の天野君だね(笑)

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  • セン

    いつも最強だけど、今回の天野くん特別かっこよかった…そういう生き方をしたい人生だった…

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