翌日の昼。


 天野はテラスでタバコを吸っていた。



 おだやかな昼食の時間。


 多忙な天野にとって貴重な安らぎの一時。


 それは涼太の悲鳴によって破られた。



佐伯涼太

勇二ぃ!
大変だよ!
堀江ちゃんのSNSが
とんでもないことになってるんだ!

天野勇二

なんだと?
どういう意味だ?

佐伯涼太

とにかく見てよ!
もうバズりにバズりまくってるの!
ていうか『炎上』してるんだよ!



 天野は驚きスマホを取り出した。


 堀江のSNSを開く。


 すぐさまその顔が険しくなった。





『目の前で交通事故!!!! ありえへん!!! 今から救急車を呼ぶよ!!!!』





 投稿ツイートと共に、痛ましい事故現場の写真がアップされている。


 電柱に激突した軽自動車。


 猛スピードで突っ込んだのだろう。


 車体の前面がへしゃげている。



佐伯涼太

見ての通り、堀江ちゃんは交通事故を目撃したらしいんだ。
しかも救急車を呼ぶ前に写真を撮って、SNSにアップしちゃったんだよ。



 運転席の扉は開かれている。


 運転手は車からい出て、うつ伏せで地面に倒れている。


 血に濡れた白髪。


 周囲に飛び散る軽自動車の破片。


 激しい事故の様子が伺えるショッキングな写真だ。






『今、運転手さんの止血してます!!!』


『やっと救急車が来た!!!』


『今運ばれて行ったわ。。。運転手さん大丈夫かなぁ。。。』






 5分後には次の投稿。


 救急車が到着した写真もアップしている。


 他にも周辺の風景。


 事故に群がる野次馬。


 現場検証に励む警察官たち。


 泣き顔を浮かべた自撮り。


 パトカーの前で事情聴取じじょうちょうしゅされている場面などを投稿している。



佐伯涼太

この事故、結構なニュースになってるよ。
どうやら運転していたのは『後期高齢者』みたいでさ。


 『老人』による交通事故。


 社会問題になりつつある事故のひとつだ。


天野勇二

堀江は無事か?
事故に巻き込まれた被害者はいるのか?

佐伯涼太

それは大丈夫。
堀江ちゃんは無傷だし、事故に巻き込まれた人もいなかった。
運転手も命はとりとめたみたい。
でも堀江ちゃんがいなかったら、間違いなく死んでたってさ。

天野勇二

そうか……。
不幸中の幸いだったな。

佐伯涼太

でも、堀江ちゃんの行動ツイートが問題になってるんだ。
SNS上はもちろんのこと、テレビのワイドショーも堀江ちゃんの行動を非難ひなんしてるよ。

天野勇二

ああ……。
そのようだな……。



 堀江の投稿はすでに数万リツイートされている。


 返信リプライの数も多い。




『ツイートする前に救急車を呼べよ!』


『止血中にスマホをいじるな!』


『事故現場で自撮りとか神経を疑います』


『事故で目立とうとするんじゃねぇブスが』




 ほとんどが堀江の行動を非難している。

 天野はもう一度最初の投稿を見つめ、嫌そうに息を吐いた。



天野勇二

堀江から話を聞きたい。
今日は大学に来ているのか?

佐伯涼太

そう言うと思った。
来てるよ。
どこにいるかも調べてある。

天野勇二

上出来だ。
行こう。



 天野は涼太に先導され、ひとつの講義室へ向かった。


 堀江が友人たちと一緒に昼食を食べている。


 天野は堂々と足を踏み入れ、偉そうに声をかけた。


天野勇二

堀江よ。
少し話したい。
時間を貰えるか。

堀江明美

……あれ?
天野さんやんか。


 堀江は驚いたように天野の顔を見上げた。


 にっこりと微笑む。


堀江明美

ウチも天野さんと話したいと思ってたんですよ。
昨日はちょっと言い過ぎちゃったし。
お願いしたのはウチなのに失礼やったよね。
ほんまごめんなさい。

天野勇二

そのことはもういい。
尋ねたいことがある。

堀江明美

尋ねたいこと?
もしかして……。
ウチのSNSの件かなぁ?

天野勇二

そうだ。
ここでする話じゃない。
外で話そう。

堀江明美

ふーん……。
まぁええわ。


 友人たちに「ちょっと行ってくるね」と声をかけ、天野と一緒に廊下へ出る。


 そのまま非常階段に向かう。


 堀江は周囲に人気のないことを確認すると、興奮した口調で言った。


堀江明美

ウチのSNS見たんよね!?
すごかったやろ!?
ほんまもんの事故やで事故!


 頬が紅潮こうちょうしている。


堀江明美

たった1日で数万リツイート!
『いいね!』の数がハンパなくついてるんよ!
フォロワー数もめっちゃ増えてる!
ついにウチはバズったんよ!


 天野は険しい表情でスマホを取り出した。


 堀江のSNSを表示させる。


天野勇二

お前は何を考えてやがる。
なぜ、こんな写真を撮影した。

堀江明美

なんでぇ?
あかんの?
ウチは見たものをそのまま投稿しただけやん。


 ケロリとした表情で答える。


堀江明美

事故を見た瞬間、『これをSNSにアップしたらバズる』って思ったんよ。
ウチの狙い通りや……!
もうほんまゾクゾクしたで。
ウチが待ち望んでたんは、あんな話題になる光景やったんや……!


 得意げに喋っている。


 涼太がおずおずと進言した。


佐伯涼太

ねぇ堀江ちゃん……。
あの投稿は良くない。
消したほうがいい。
すっごく『炎上』してるよ。

堀江明美

ああ、なんかめっちゃ燃えてるね。
ウチは救急車を呼んで人命救助までしたのに。
なんで非難されなあかんねやろ。

佐伯涼太

そりゃ、事故現場をSNSに投稿したからだよ。

堀江明美

それはウチの勝手でしょ?
事故現場の写真を撮ったらあかんなんて、新聞や雑誌も全部あかんことになるよ。
記者やカメラマンなら当たり前にやってることやん。
報道の自由ってやっちゃね。

それにな、ウチのおかげで運転手さんは助かったんやで?


 堀江が「どや顔」を浮かべる。


 天野は鋭い瞳でそれを睨みつけた。


天野勇二

堀江よ。
残念だが、俺様の目は『節穴ふしあな』じゃないんだ。


 殺気に満ちた言葉を吐き出す。


天野勇二

見た瞬間に気づいたよ。
お前、写真を撮る前に、運転手の身体を車外に引きずり出したな?



 堀江の「どや顔」が固まった。



堀江明美

そ、そりゃあ……。
運転手さんの手当てをしようと思ったからなぁ……。
何かあかんかった?

天野勇二

とぼけるんじゃねぇ。

お前は真っ先に運転手を車から引きずり出した。
次に写真を撮影。
SNSに投稿。
そして救急車を呼んだ。

この流れで間違いないだろう?
俺様が何を言いたいのか、もう理解しているよな?



 堀江は苦しげに口唇を閉じた。


 顔に動揺どうようが浮かんでいる。


 天野は叩きつけるように言った。



天野勇二

お前は写真映えフォトジェニックする1枚を撮影するために、運転手の身体を車外に出したんだ。

事故現場と重体の運転手の姿を鮮明に見せるために。
そのほうがより衝撃的フォトジェニック構図こうずになったのだろう?


 吐き捨てるように言葉を続ける。


天野勇二

なんて腐りきった女だ。
そんなことのために重体の人間を動かし、事実を捻じ曲げた写真を撮影するなんて、マトモな人間のやることじゃない。
犬畜生にも劣る最低の行いだ。
ひとつ間違えば、お前は運転手を殺していたんだぞ。

堀江明美

…………


 堀江の顔が不快感で染まった。


 うんざりした表情を浮かべ、瞳の奥底で憎悪を燃やしている。


堀江明美

……ああそう。
それで、なんなの?
何かあかんの?


 鋭い口調で言い返す。


堀江明美

ウチはちゃんと救急車を呼んだ。
運転手さんに声をかけ続けたし、服が汚れても血を拭ったりした。
死んでたら心臓マッサージもしたろ思ったよ。
その結果、運転手さんは助かったんや。

これの何があかんの?
どこにウチが責められる要素があるの?
どこにもないやんか。


 挑発的に天野を見上げる。


堀江明美

あんたみたいなムカつく返信リプもめっちゃ来てるけど、そんなんウチは気にせえへん。
ほなウチの代わりに救助したれよって話やで。
その場におらんかったくせに偉そうに。
何様のつもりなん?


 吐き捨てるように言葉をつむぐ。


堀江明美

ウチは人助けをした。
その結果が全てや。
説教される覚えはないわ。



 そのまま天野に背を向けた。


 もう交わす言葉はないのだろう。


 肩をいからせながら立ち去る。


 そんな堀江の背中を眺めながら、涼太が呟いた。



佐伯涼太

……とんでもないね。
ありえないよ。
写真の構図を良くするために、重傷の怪我人を動かすなんて……。


 震える声で言葉を続ける。


佐伯涼太

堀江ちゃんがそこまでする女の子とは思わなかった……。
それにもしかすると『炎上商法』を狙ったのかな?

天野勇二

ああ、狙ったな。
初めから非難を浴びることなんて想定内だったんだ。


 顔を歪めながら呟く。


天野勇二

堀江も自らの『行いツイート』が良識に欠けることは理解していただろう。
それでも、SNSに投稿することを止められなかった。

『事故現場の写真を投稿すれば確実にバズる』

そんな誘惑に『自己顕示欲じこけんじよく』がくっしたのさ。


 瞳を細めながら虚空を見つめる。


 顎に手を当てて思案。


 ため息を吐きながら言った。


天野勇二

この程度で終わるとは思えない。
イヤな予感がする。
しばらくの間、堀江の周囲を監視してくれ。


 涼太は不満げに天野を見た。


佐伯涼太

ええ……。
それマジで?
堀江ちゃんを張り込めってこと?

天野勇二

そうだ。
可能な限り見張ってくれ。
アイツの行動パターンや人間関係も調べてほしい。

佐伯涼太

なんでそこまでするのよ?
堀江ちゃんの『依頼』はもう破棄してるでしょ。


 涼太は気乗りしていない。


 げんなりとした表情を浮かべている。


佐伯涼太

もうほっとけばいいじゃん。
僕らが関わるような話じゃないよ。
今回の『炎上』だって本人の自業自得じごうじとくだもの。

天野勇二

お前は薄情はくじょうな男だな。
俺はこの件に片足を突っ込んだ。
中途半端なままケリをつけたくはない。

佐伯涼太

まぁ、その気持ちもわかるけどさぁ……。
そんなに堀江ちゃんが心配?
『炎上騒ぎ』で危険な目にあわないか危惧きぐしてるの?


 天野は首を横に振った。


天野勇二

そうじゃない。
懸念しているのは別のことだ。
『天才クソ野郎のカン』が、この件は大事になると告げているのさ。


 天野は強く涼太を睨んだ。


 有無を言わせぬ口調で告げる。


天野勇二

堀江を見張ってくれ。
俺は最悪の事態を想定している。
この想定が現実にならないよう動くんだ。





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つばこ

念のため補足しますが、『バズる』とは「SNSやインターネット上で拡散されて話題になる」という意味を持つ言葉です。
今は『話題になっている』『流行している』という意味で使われることも多いですね。
『buzz』という英単語から生まれた造語です。
元々『buzz』は「蜂がぶんぶん飛ぶ羽音」を表しており、転じて「噂話などをぺちゃくちゃ喋る」という意味を持つ単語になりました。
きっと昔の人は「噂話をペラペラ喋るヤツは蜂の羽音みたいにうるせぇなぁ」なんて思ったんでしょうね(´∀`*)ウフフ
 
そんな感じでいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*´Д`)

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コメント 48件

  • ゆたんぽ。

    誘惑に欲が屈したって表現はおかしい気がする?

    欲に理性が屈したなら分からなくないけど

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  • rtkyusgt

    あんな文句ばっか言われたのに
    事故って聞いて堀江の心配してるあたり
    天野くんの人間性の良さがわかる。

    まぁ本質はクソ野郎なんだけどね(笑)

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  • うさちゃん☆

    怖いとしか言い様がない…

    まだ、友達が一緒にご飯食べてることにも驚き…

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  • MMM

    思ってた以上に化け物だこの子…

    自己顕示欲で溢れた女子大生なんて掃いて捨てるほど居るけど、ここまで平然と開き直って炎上狙いで重体の人間動かしたりして…

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  • たか

    ほっときゃいいのにこんなクソ女

    あ、主人公もクソ野郎だったわ

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