大和は涙ににじむ世界の果てを見つめた。


 淡いブロンドカラーの雑種犬。


 桃太郎が立っている。



長谷部大和

……桃太郎……。



 桃太郎の身体は小刻みに震えていた。


 怯えたように周囲を見回している。


 瞳の焦点も合っていない。


 そんな桃太郎の姿を見て、大和は悲しげに目を伏せた。



長谷部大和

桃太郎……。
ごめん……。
ごめんね……。



 苦しげに呟く。


 その瞬間だった。


 桃太郎の尻尾が、サッと高く上がった。



桃太郎

……ワフッ!



 何かを振り払うように。


 頭をブルブルと振る。



桃太郎

ワフッ!



 もう一度吠える。


 そして、大和に駆け寄った。



 尻尾を大きく揺らし。


 無邪気に瞳を輝かせ。


 興奮したように舌を出して。


 大和のかたわらに寄り添い、その全身をこすりつけた。



桃太郎

クゥン……



 大和は驚いて桃太郎を見つめた。


 いつも寂しい夜に抱きしめていた、柔らかな温もり。


 懐かしき友の温もり。


 顔を歪めて呟いた。



長谷部大和

やめてよ……。
僕は桃太郎に、酷いことを言ったんだよ……。
大嫌いだって、言ったんだ……。



 桃太郎は黙って大和を見上げた。


 つぶらな黒い瞳に、大和の顔だけが映っている。



長谷部大和

それだけじゃない……。
桃太郎を叩いたんだ……。
石だって投げたんだよ……。

ずっと、僕のそばにいてくれたのに……。
大切な友達だったのに……。

僕は、すごく酷いことを、したんだよ……。



 桃太郎は大きく尻尾を振っている。



長谷部大和

どうして……?
どうしてそんなに、僕のことだけを、見てくれるの……?



 桃太郎はずっと大和の顔だけを見つめている。



長谷部大和

ほんとは、人間の友達が、良かったんだよ……?
でも、ママがダメだって言うから……。
ほんとは、桃太郎じゃなくても、良かったんだ……。

それなのに、どうして……?
どうして、僕の友達でいてくれるの……?



 大粒の涙がポロポロとこぼれる。



長谷部大和

あの時……。

桃太郎なんか、いなくなればいいって、思ったのに……!

また捨てられちゃえばいいって、そう思ったのに……!

どうして、僕のことを、怒ってないんだよ……!



 大和は膝をついた。


 桃太郎に手を伸ばす。


 桃太郎は抵抗することもなく、黙って大和の腕に抱かれた。



 まるでそうされることが当然とでも言うかのように。


 そこが自分の居場所だと告げるかのように。


 どこか優しげな表情を浮かべ、大和の腕に抱かれている。



 その光景を見て天野は思った。



天野勇二

(きっと桃太郎は、大和が何を告げているのか、理解していないのだろう……)



 大和の感情には気づいていない。


 大和の悩み事を共有することはできない。


 そのはずだ。



天野勇二

(だが、それがなんだっていうんだ? 理解していなかったのは、俺のほうじゃないのか……?)



 桃太郎が何を告げていたのか。


 何を伝えていたのか。


 桃太郎が抱いていた気持ちを、自分は見ていたのだろうか。



天野勇二

(桃太郎は、その全身で、ずっと告げていたんだ。大和のことが好きだと。一番に想っていると。心から、愛していると……)



 天野はゆっくり大和に近づいた。


 自分は『母親』を警察に売った男だ。


 声をかけるのは許されない行為。


 それを理解しつつも、声をかけずにはいられなかった。



天野勇二

大和よ。
桃太郎に告げてやるんだ。

長谷部大和

勇二さん……。



 大和が澄んだ瞳で天野を見上げる。



天野勇二

しばしの間、別れることになる。
だが、いつかまた会いにくる。
お前を捨てるワケじゃない。
だから、自分のことを忘れずに、待っていてくれってな。



 大和は小さく頷いた。


 また桃太郎を「ぎゅっ」と抱きしめる。



長谷部大和

桃太郎……。
ごめん……。
ごめんね。
もうあんなことしない。



 約束という名の温もりを贈る。



長谷部大和

僕はぜったいに帰ってくる。

また桃太郎に会いたいから。

ママが何を言っても、誰が何を言っても、僕は桃太郎と一緒にいるんだ。

だから、それまで、僕のことを忘れないで。



 桃太郎は鼻を鳴らし、大和の頬に流れる涙を舐めた。


 大和が「くすぐったいよ」と微笑む。


 そしてもう一度、笑顔で桃太郎を抱きしめた。











 僕はずっと、そばにいるよ。



 君のそばにいるよ。



 ずっと君のことを待っているよ。













 児童相談所の職員に連れられ、大和は旅立った。


 まだ見ぬ新しい世界へ。


 満面の笑みを浮かべ、大きく手を振りながら。



 桃太郎は静かにその姿を見送った。


 天野が桃太郎の横顔を見て笑う。



天野勇二

桃太郎よ。
あまり寂しそうではないな。
必ず再会できると、確信しているからか?

桃太郎

ワンッ!

天野勇二

また良いタイミングで返事しやがって……。
犬とは利口な生物だな。


 苦笑しながら桃太郎の頭を撫でる。


伊藤文也

坊ちゃま……。
本当に、色々と、ご迷惑をおかけしました……。


 伊藤が頭を下げて言った。


 ひとつ息を吐き、天野に向き直る。


伊藤文也

今の私にできることは多くございません。
ですが、私は働きかけていきます。
大和くんの『後見人こうけんにん』になるのは困難だと思いますが、彼が坊ちゃまのような、強い大人に成長できるように……。
残りわずかな人生をの全てを、捧げてみせます。


 伊藤の顔は決意に満ちている。


 天野は偉そうに笑った。


天野勇二

まぁ、好きにしろよ。
だがな、本当の勝負はこれからだ。
母親は釈放しゃくほうされる可能性が高い。
また大和の前に現れ『洗脳』を始めるかもしれない。
そうなれば全てもと木阿弥もくあみだ。

伊藤文也

わかっております。
強敵でございますな。

天野勇二

敵は『親権』を持ってるぜ。
長く厳しい戦いになるだろうな。


 伊藤は薄く微笑んだ。


 天野の顔をじっと見つめる。


伊藤文也

私は1人ではございません。
頼れる友がおります。
困ったことになれば、また『天才クソ野郎』に依頼いたしますよ。


 天野はニヤリと口唇を歪めた。


天野勇二

クックックッ……。
それは悪くない『やり方』だ。
どんなに困難な依頼であっても、この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくからな。


 冬の朝日を浴び、2人は大和が旅立った方角を眺めた。


 桃太郎の淡いブロンドカラーの毛並みが風に揺れていた。







 それからしばらく経ったある日。


 場面は移り変わり、いつもの学生食堂のテラス席。


 天野は弟子である前島悠子まえしまゆうこに、大和の一件を語っていた。



前島悠子

なるほど……。
そんなことがあったんですね……。



 前島はしみじみと呟いた。


前島悠子

最近、ちっとも師匠に会えないなぁと思ったら、ワンちゃんと子供の面倒を見ていたんですか。
師匠はホントあれですよね。
子供にだけは優しいですよね。

天野勇二

そんなことはない。
生意気なガキは遠慮なく叱るぞ。

前島悠子

またそんなこと言って。
弟子は騙せませんよ。
子供の前だと優しい『天才お兄さん』に変身するって、知ってますからね。


 クスクスと嬉しそうに微笑む。


前島悠子

大和くんはその後、どうなったんですか?
伊藤さんと暮らしているんですか?

天野勇二

さぁな。
この件はもう俺様の手を離れた。
その後のことは知らん。
大和と再会するつもりもない。

だが、まだ伊藤からの『依頼』は来ていない。
それなりにうまくやっているのだろう。

前島悠子

『依頼』がきたら、ちゃんと弟子にも言ってくださいね。
私は『SNS』という武器を持ってるんです。
500万人以上のフォロワーがいるんですよ。
何を呟いてもめっちゃバズりますから。

天野勇二

お前のアカウントはすぐ炎上するからなぁ……。
虐待のことなんか呟いてみろ。
「子供を産んだこともないくせに無責任なことを言うな」なんて噛みつかれるぞ。

前島悠子

そんなの華麗かれい無視ブロックするから大丈夫です。
炎上なんてもう慣れました。

天野勇二

なかなか図太い女だ。
それでこそ俺様の弟子。
褒めてやろう。


 師匠からの賛辞さんじを受けながら、前島が尋ねる。


前島悠子

だけど不思議ですよね。
どうして桃太郎は大和くんに懐いたんでしょう?
大和くんは師匠に似ていたんですか?
師匠が『育児放棄ネグレクト』されてる姿とか、あまり想像できませんけど。


 天野は首を横に振った。


天野勇二

いや、まるで似ていない。
俺様はもっと腕白わんぱくなガキだった。
体格が良く喧嘩も強かったからな。
典型的な『ガキ大将』ってやつだ。

前島悠子

それは想像できますね。
すごくしっくりきます。

天野勇二

だが、ある意味、俺も大和も『捨てられた子供』だったのさ。
うちの両親は仕事人間でな。
母親はかなり丸くなったが、昔は子育てにも無関心だったよ。


 呆れたように言葉を続ける。


天野勇二

しかも全ての教育や期待を、長男である兄に押しつけていた。
俺や妹たちなんてオマケみたいなもの。
ある意味では捨てられ、見放された子供だったのさ。
つまり『捨て子』『捨て犬』を拾った、というワケだな。


 タバコを取り出し、火をつけながら言葉を紡ぐ。


天野勇二

もしかしたら、桃太郎はそんな俺達のことを思い出したのかもしれない。
だから大和に近づき、励まし、傍にいることを望んだ……。
それが俺様と伊藤の推測だ。


 前島は神妙しんみょうな表情で頷いた。


前島悠子

とても優しいワンちゃんですね。
それだけで『揺るぐことのない無償むしょうの愛情』を大和くんに捧げたんですか……。
ある意味、桃太郎なりの『恩返し』だったんですかね。

天野勇二

恩返しか……。
そうだな。
そうかもしれないな。


 苦笑しながら煙を吐き出す。


 その時、テラスに1人の男が現れた。


 天野の相棒こと、佐伯涼太さえきりょうただ。


天野勇二

涼太じゃないか。
随分と暗いツラをしているな。
ヤバい女でも妊娠させたのか?


 天野が尋ねた通り、涼太はかなり暗い表情を浮かべていた。


 顔は真っ青。


 瞳はうつろで焦点が合っていない。


 かなり落ち込んでいる。


 ここまでテンションの低い姿を見るのは久しぶりだ。


佐伯涼太

あはは……。

そんなワケないじゃん……。
僕は『天才的チャラ男』だよ?
そんなヘマ踏まないっての……。

はぁぁぁ……。


 ぐったりと椅子に腰掛ける。


前島悠子

本当に顔色が悪いですね。
どうしたんですか?
涼太さんが暗いと戦争でも起きるんじゃないか不安です。


 前島が尋ねる。


 涼太は頭を抱え、ガタガタ震えながら答えた。


佐伯涼太

ついに……!

ついに、きたんだよ……!

僕は死刑宣告しけいせんこくを受けたんだよ……!

前島悠子

し、死刑宣告?
えっ?
本当にどうしたんですか?

佐伯涼太

覚悟はしてた……。

覚悟はしてたよ……!

いつかこの日が来るかもしれないって、覚悟はしてたんだよ……!

天野勇二

大げさなヤツだな。
何があったんだ?


 涼太は「うがああっ!」と頭をかきむしり、絶望に満ちた叫び声をあげた。



佐伯涼太

留年りゅうねんだよッ!
僕ちゃん、単位が足りなくて、ついに『留年』なんだってぇ!



 バタン、とテーブルにす。



佐伯涼太

そりゃ、そうだよねぇ……。
こんなに『学園の事件屋』に協力してたら、そうなるよねぇ……。
ゼミとかめっちゃサボりまくったもんねぇ……。

いや、別にいいのよ。
僕が好きでやったことだし……。
試験の結果が悪かったのは、単純な勉強不足だったワケだし……。


 さめざめとなげいている。


 天野はあっさり笑い飛ばした。


天野勇二

あっはっは!
何かと思えばそんなことか。
いいじゃないか。
バラ色の大学生活をより長く楽しめるぞ。
めでたいな。

佐伯涼太

全然めでたくないよッ!

僕は勇二みたいなボンボンとは違うんだよぉ……。

ああどうしよう……。
両親になんて言い訳すればいいのさぁ……。
学費を出してくれなかったら退学になっちゃう……。

……あっ!
そうだ!


 勢い良く立ち上がり、天野に詰め寄る。


佐伯涼太

勇二!
僕にバイトを紹介してよ!
すっごくお手軽で稼げるって噂の治験ちけんのバイト!
あれ紹介して!


 天野は即座に却下した。


天野勇二

ダメだ。
治験は身体への影響がデカい。
紹介なんかしたくないな。

佐伯涼太

じゃあ前島さん!
僕に芸能界のバイトを紹介して!
めっちゃ稼げてアイドルと触れ合えちゃうWin-Winウィンウィンなバイトを紹介してよ!


 前島も即座に却下した。


前島悠子

絶対にイヤです。
そんなの紹介できません。
可愛い後輩たちを『変態パコ野郎』と絡ませたくないです。


 涼太は頭をかきむしりながら叫んだ。


佐伯涼太

なによもう!
2人とも薄情はくじょうじゃん!

いいじゃんか!
バイトぐらい紹介してくれたっていいじゃんかぁ!?
僕にはもう1年分の学費が必要なんだよッ!

天野勇二

女遊びの時間をバイトに費やせ。
お前が真人間になれる良い機会じゃないか。

ちゃんと将来のことを深く考えろよ。
現実から逃避するな。
その場しのぎの対応をやめることだな。

佐伯涼太

うわっ!
それ傷つく!
その言い方すっごい傷つく!

なんだよもぉー!
冷たいじゃんかぁ!
僕は勇二のために結構頑張って尽くしてるのにさぁーーー!!!



 涼太の絶叫がテラスにこだまする。


 天野と前島は楽しそうに、涼太の絶望に満ちた顔を眺めていた。







(おしまい)




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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
ありがとう桃太郎。
あの時、キミがそばにいてくれて良かったよ。
 
 
さてさて、最近はシリアスなエピソードが続いたので、次回はガラッと空気を変えてハードボイルドなエピソードを紹介したいと思います。
皆さまは『彼が上手に浮気する方法』で登場した『ブロンド美女』を覚えてますでしょうか。
おっぱいがパンパパァーンしてたあのセクシー美女が再登場します!
また肌色が多すぎるイラストが登場するのか、とっても気になりますね!!!!!!
 
それでは来週土曜日、
『彼を上手に毒殺する方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 56件

  • rtkyusgt

    勇二のお見合いってどうなったんだろう?

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  • タク

    ガチで自分の才能生かしてホストやればいいんじゃない?
    学費稼げて、女の子とも遊べて一石二鳥じゃん

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  • 佐倉真実

    よし、ホスト編もっかいですね!(笑)

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  • あろまる

    パコ野郎がっ……!!
    かわいそ

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  • ゆき

    ぱんぱぱぁーん!ww
    たのしみ!

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