『天才クソ野郎流の涙活るいかつを実行した翌日。


 天野はまたテラスに平泉と涼太を呼び出した。



天野勇二

今日は天気が良い。
遠出をしたいと思う。
俺様の『ポチ』に乗って出かけるぞ。



 自慢の愛車ポチこと『真っ赤なポルシェ』に平泉と涼太を乗せ、天野は茨城いばらき方面へ向かった。


 首都高しゅとこうを走り、北関東きたかんとう自動車道に乗り換える。


 1時間ほどのドライブだ。



佐伯涼太

勇二が『ポチ』に乗せてくれるなんてツイてるなぁ。
やっぱりポルシェの加速は違うね!


 後部座席には涼太。


 今日も楽しそうにチャラチャラしている。


佐伯涼太

だけど助手席に百合香ちゃんを乗せて大丈夫かなぁ……。
前島さんが怒らないといいけど。

天野勇二

うん?
なぜそこで弟子の名前が出てくるんだ?

佐伯涼太

いやいや……。
理由はわかるでしょ。
透明感抜群の少女を乗せてドライブなんて、前島さんが聞いたら発狂しちゃうよ。
ナイショにしないとね。

天野勇二

別に隠す必要もあるまい。
俺様が誰を乗せようと弟子には関係のない話だ。

佐伯涼太

関係はあるんだよねぇ。
うん、あると思うね。


 ため息を吐く涼太を見ながら、平泉がおずおずと尋ねる。


平泉百合香

前島さん……?
それもしかして……。
天野さんの恋人、ですか……?

天野勇二

恋人ではない。
弟子だ。

平泉百合香

で、弟子……?

佐伯涼太

いきなり『弟子』とか言われてもわかんないでしょ。
なんていうのかな。
勇二に懐いてる後輩の女の子がいるんだよ。

平泉百合香

そ、そうなんですか……。
お2人は仲良しなんですね……。



 平泉はしょんぼり肩を落とした。


 何かに失望したような、残念がっているような、そんな表情だ。


 涼太は「さては百合香ちゃん、叶わぬ恋をしちゃったね」と思いながら尋ねた。



佐伯涼太

今日はどこにお出かけ?
これも『涙活るいかつ』の一環なの?

天野勇二

そうだ。
ちょうど見どころらしいからな。
秋桜コスモスを見に行くぞ。

佐伯涼太

コ、コスモスぅ?


 涼太はクソ野郎の口から似合わぬ言葉が出てきて驚いたが、平泉は納得したように頷いた。


平泉百合香

やっぱり……。
そうではないかと思いました。
昨日、私が話したからですね?

天野勇二

その通りだ。
まぁ、コスモスを見たところで君が泣くとは考えてない。
ただ『ひとつの可能性』を想定できるかもしれない、と思ってな。

平泉百合香

ひとつの可能性……?

天野勇二

もし君が父親と一緒にコスモスを見ていたら……。
そんな可能性さ。

平泉百合香

お父さんと……?
その可能性が『涙活るいかつ』に関わるんですか……?


 天野はその問いに答えず、静かに言った。


天野勇二

昨日、俺は『決定的なもの』を持っていると、君に告げたな。
そのことは覚えているか?

平泉百合香

は、はい。
もちろんです。

天野勇二

端的に言ってしまえば、俺は『クソ野郎』という『もう1人の自分』を持っていた。
それが父親への『愛憎』を割り切る方法を教えてくれた。


 気障キザったらしく微笑む。


天野勇二

反抗心はんこうしんに溢れ、理不尽な環境に怒りを覚え、気に入らないヤツは問答無用でぶちのめす……。

そんな『クソ野郎』なもう1人の自分が、ある日、こうささやいた。


 チラリと平泉を眺め、言葉を続ける。



天野勇二

『親を殺してしまえ』とな。
『親殺し』をしろと告げたのさ。



 平泉が怯えたように天野を見る。


平泉百合香

こ、殺すって……!
あ、天野さん……?
まさか、お父さんを……!?

天野勇二

いや、違う。
物理的に殺したんじゃない。
『自分の中にいる親』を殺したのさ。
まぁ、物理的に殺すのも悪くないんだがな。


 さらりと恐ろしいことを告げながらアクセルを踏み込む。


天野勇二

細かいことは現地で話そう。
飛ばすぞ。



 真っ赤なポルシェは高速道路を軽快に走り、やがて大きな公園に到着した。


 車を降り、一面に広がる景色を見て、平泉は感激の声をあげた。



平泉百合香

うわぁ……!
すごい!
綺麗ですね……!



 地平線まで咲き誇る、赤、ピンク、白、黄色。


 見渡す限りのコスモス畑。


 秋風に揺られ、花びらが波のように揺らめいている。



佐伯涼太

これはすごいね!
勇二ってばいい場所知ってるじゃん!

天野勇二

昔、妹たちと来てな。
ところで平泉よ。
体調はどうだ?
疲れたりはしてないか?

平泉百合香

はい。
大丈夫です。

天野勇二

今この場で咳が出たり、鼻が痒くなったりしてないか?

平泉百合香

いつも通りです。
天野さんてば、おかしなこと聞きますね。



 平泉は嬉しそうに花畑を歩いた。


 鮮やかな色彩に見惚みとれ、花の香りを嗅ぎ、青空を見上げて深呼吸。


 しばらく散策した後、天野が言った。



天野勇二

本来であれば、美しい景色とは黙って眺めたい。
だが、これは『涙活るいかつ』だ。
少しだけ俺様の講義に付き合ってもらおう。

平泉百合香

はい……!
お、お願いします……!


 平泉も『涙活るいかつ』のことは忘れていない。


 ずっと『決定的なもの』の正体が気になっている。


 天野は歩きながら言った。


天野勇二

俺はひとつの機能不全家庭きのうふぜんかていで育った。
父親はかなり厳しく、母親も子育てに興味がないタイプでな。
金はあるのに誰も幸福になれない、という典型的なパターンの家庭さ。
その中でも君に告げたように、父親との関係が最悪だった。


 平泉は黙って天野を見上げている。


天野勇二

そんな機能不全家庭で育てば『心』は歪んでいく。
その歪みは、やがて自らの『感情の正体』まであやふやにしてしまう。

何を愛しているのか。
何を嫌っているのか。
何を考えて生きているのか……。

いつか全てを見失い、最後には自らの『本質』まで見失う。
自分は何者なのか、何ひとつわからなくなり、やがて心は死を迎える……。

俺様に言わせれば、機能不全家庭とはひとつの『死に至る病』だ。


 平泉の顔を見つめ、吐き捨てるように言葉を続ける。


天野勇二

俺はそれがイヤだった。
君もクソみたいな話だと思わないか?

俺たちの人生は何十年も続くのに、その前半で過ごした家庭環境によって、生き抜くための心が歪められちまうんだ。

俺の中の『クソ野郎』は、そんな状況に怒りを覚えた。


 天野は強く拳を握った。


天野勇二

ふざけるなよ。
俺は俺だ。
父親の言動や教育によって自分を歪められてたまるか。

俺は好きなように生きる。
笑いたい時に笑う。
泣きたい時に泣く。
何ものにも染められやしない。


 平泉も涼太も、じっと天野を見つめている。


天野勇二

だから俺は、自らの中にある『親を殺すこと』から始めた。

父親の何が嫌いなのか。
何が気に食わないのか。
どんなことを殺したいほど憎んでいるのか……。

正直な感情と向き合い、それを認め、強く意識することにした。
自らの本質的自己規定アイデンティティーを守るためだ。

平泉百合香

正直な、感情……?

天野勇二

そうだ。
色々と方法はあったが、俺は親父の嫌いなところをノートに書き殴ったよ。
口に出して叫んだこともあった。
そこのチャラ男に、散々愚痴ってみたこともあったな。


 天野は薄い笑みを浮かべた。


天野勇二

平泉よ。
君も口に出してみるんだ。
嫌いだった、父親のことを。


 平泉はふるふると首を横に振った。


平泉百合香

そ、そんなの、言えません……!
だって、お父さんは、私を育ててくれたんですよ!?
嫌いなんかじゃない……!
そう思ってるんです!

天野勇二

それはそれでいい。
だが、それだけではダメだ。

平泉百合香

ど、どうしてですか!?


 天野は力強く言った。


天野勇二

君は父親を嫌いたいんじゃない。
自分自身の『正直な感情』から逃げているだけだ。

不快に感じたこと。
嫌いだと思ったこと。
傷つき歪んだ自らの感情……。

それから目を背けているから、君は、泣くことができない。


 平泉の頬が青い。


 肩が小刻みに震えている。


天野勇二

俺は逃げることを否定しない。
時に人はその選択肢を選ぶ必要がある。

だが、君が逃げているのは、父親に傷つけられ、心の奥底で泣いている君そのものだ。

それは逃げるべき存在じゃない。
迎えに行くべき存在だ。


 正面から平泉の青い顔を見つめる。


天野勇二

だから口に出すんだ。
嫌っていた父親のことを言葉にして吐き出せ。
そして、自分の中にいる父親を殺すんだ。

平泉百合香

そんな……!
でも……!
そんなこと、怖いです……!

天野勇二

俺たちを信じろ。
俺たちは君の感情の全てを肯定する。
だから試してみるんだ。
この俺様の『涙活るいかつ』を、今だけは信じろ。



 天野はそっと平泉の手を握った。


 平泉が驚き、天野の顔を見上げる。


 2人の視線が交差する。


 平泉は震える口を開いた。



平泉百合香

お、お父さんの……。
嫌いだったこと……?



 天野が静かに頷く。


 その隣に涼太も立ち、優しげに微笑む。


 平泉は困惑し、何度も2人の顔を見上げた。




平泉百合香

嫌いだったこと……。

私が……嫌いだった……。

お父さん……。




 平泉は振り絞るように言葉を吐いた。




平泉百合香

……機嫌が……悪くなって……。
大声で怒鳴ること……。



 言葉が震えている。



平泉百合香

泣くなって……。
笑うなって……。

私の存在を、否定すること……。

話しかけてくれない……。
何も褒めてくれない……。
遊んでなんかくれない……。



 辛く悲しかった記憶が蘇る。


 ぎゅっとまぶたを閉じ、全身を震わせながら、平泉は言葉を吐き続けた。




平泉百合香

私のこと……。
何も認めてくれない……。
それなのに怒鳴ってばかり……。

お父さんは怖い……。
お父さんの声が怖い……。
そんなお父さんなんて……。

嫌い……。

大嫌い……。

大嫌いだ……!




 平泉は口元を押さえた。


 何かを吐き出してしまいそうだ。


 天野と涼太は平泉の肩を抱きかかえた。



天野勇二

そう感じたのは君のせいじゃない。
悪かったのは君の父親だ。
嫌だと感じた君自身の感情を否定しなくていいんだ。
そして、こう言ってみろ。

『もっとお父さんに愛してほしかった』と。



 平泉が驚愕の表情で天野を見上げる。



平泉百合香

そんな……!
そんなこと、言えません……!

天野勇二

大丈夫だ。
言える。
今の君なら言えるさ。




 天野は平泉の背中に手を置いた。


 背中から伝わる優しい温もり。


 平泉は熱にうなされたように呟いた。




平泉百合香

私は……。

もっと、お父さんに……。

愛して……ほしかった……。

天野勇二

それが心の奥底で泣いていた君の言葉だ。
もう一度、呟いてみよう。
もう1人の君と手を取り合い、嫌だと感じた父親を殺すんだ。



 平泉は青ざめながらも、小さく頷いた。




平泉百合香

私は……。

もっとお父さんに……。

愛してほしかった……。




 呟く平泉をベンチに座らせ、天野たちは彼女が落ち着くのを待った。



 苦しげに息を吐いている。



 それでも涙が溢れることはない。



 瞳はうるんでいるが、それだけだ。







平泉百合香

……ごめんなさい。
もう、大丈夫です……。



 ぽつりと呟く。



平泉百合香

私はお父さんが嫌い……。
そう思うのは悪いことだと、ずっと思ってました……。
でもそれが、自分の心にふたをしていたんですね……。


 儚げに笑った。


平泉百合香

不思議です。
あんなに酷いことを言ったのに。
なんだか、少し楽になったような気がします……。

天野勇二

そうか。
それなら君は、心の奥底にいた自分を迎えに行けたのさ。


 気障キザったらしく笑うと、天野は懐から『1枚の紙』を取り出した。


天野勇二

ここで……。
ひとつの『可能性』を想定してみよう。

平泉百合香

か、可能性……?

天野勇二

これは君の検査結果だ。
君は健康かつ正常そのもの。
だが、『キク科』の花粉に対するアレルギー反応が少し高いようだ。

平泉百合香

えっ?
キク科……?

天野勇二

ああ、つまりは秋桜コスモスさ。


 平泉が思わず鼻に手をやる。


 特に異変らしきものは感じない。


天野勇二

今は問題ないようだが、幼い頃は影響があったはずだ。

もしかすると……。

君の父親は、『そのこと』を知っていたのかもしれない。



 平泉の時が止まった。



天野勇二

もう真実はわからない。
だが、知っていたという『可能性』を想定した時……。
君の記憶は違った形を見せるはずだ。



 平泉が立ち上がった。


 じっと目の前のコスモス畑を見つめる。



天野勇二

父親は君の願いに応えることができなかった。
枯れ果てたコスモス畑を歩くことが、せめてもの罪滅ぼしだったなら……。



 指先を地平線の果てに向ける。


 平泉の視線がそれを追いかける。


 視界の全てに、色鮮やかなコスモスが咲き誇っている。




平泉百合香

そんな……。
ズルいじゃないですか……。




 平泉の視界がにじんだ。



平泉百合香

知っていたなら、どうして……!

どうして、先に言ってくれないんですか……!

私、あんなに、お父さんに酷いことを……!




 幼き日の記憶。



 枯れ果てたコスモス畑。



 父親と歩いた色のない公園。



 見たかった景色とは程遠い、あまりに寂しくて荒涼こうりょうとしたモノクロームの世界。



 それが目の前の景色と重なった時、平泉の感情が弾けた。






平泉百合香

……どうして、言ってくれなかったの……!?

お父さんは、私を見ていてくれたって……。
私のことを気遣ってくれたって……!

言ってくれれば……!

言ってくれるだけで、良かったのに……!




 風に揺れて舞う花びら。


 地平線まで咲き誇る、赤、ピンク、白、黄色。


 満開のコスモス畑の果てまで、平泉の泣き声が響いていた。







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つばこ

いやぁ、今週も素敵なイラストですねぇ(*´∀`*)
絵師様ありがとうございます。
平泉ちゃんはメインヒロインでないことがとても残念です(´∀`*)ウフフ
 
今回のエピソードでは、天野くんの『クソ野郎』は彼のインナーチャイルドでもあった……ということが垣間見えたのですが、これはうまく伝わったのかしら……( ゚д゚)
まぁ、伝わらなくてもいいや!
何かちょっとだけでも心にのこりますように!
『涙活編』も次回の後日談がラストになります。
最後までお付き合いいただければ幸いです!
 
ではではいつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(´vωv`*)

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コメント 87件

  • ИДЙ

    ブラフっぽいとは思う。
    けど!
    それでも救われたなら良かった。
    義務感じゃなくて、本心でお父さんを許せるようになるんじゃないかな。

    しかし公共の場で読むもんじゃなかったわ…
    涙活させられそうだった…(*T^T)

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  • あっさー

    普通にアレルギーの項目のことが本当だと思って、あーじゃあ辻褄が合うなあとか思いながら感動して読んでた私www
    ブラフか?ブラフなのか…?/(^o^)\

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  • るーと

    え…めっちゃ感動してきたら、皆んなウソやろってww
    確かにクソ野郎ならあり得るか…

    そして鈍感クソ野郎は健在で…ただの弟子ではないのになー涼太くん、そこは君よく分かってるね…うん

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  • ピカルディの3度

    アレルギーの事、多分嘘だと思う
    と書こうとしてたら皆書いてた…

    でも、悩み解決出来て良かった!

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  • つむ

    奥底にある言いたいことを出すって大事ですよね!
    自分も鬱状態の時に担当の先生に言われて元々無口でしたが周りと話すようになったら楽になりました

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