天野勇二

お集まりの諸君。
宴もたけなわのようだから喋らせてもらおう。
俺様が『天才クソ野郎』こと、天野勇二だ。



 ざわざわと会場が騒ぎ始める。


 会場には小谷野の知り合いである医学部の同窓生。


 担当教授である畑中も残っている。


 全員、嫌な予感がしていた。



天野勇二

俺様にとって、小谷野は実に良き友人だ。
新婦である梨花りかさんを紹介してもらったのは、山梨にある小さな別荘だった。
湖のほとりにある美しい別荘だ。
あの湖は確か、蓮花湖れんげこといったかな?



 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


 満足気にざわつく会場を見回している。



天野勇二

あの時は俺様に大掛かりな『ドッキリ』を仕掛けてくれたな。
初めから『釣り』だと見抜いてはいたが、さすがに川島たちが死んだ時は驚いたよ。
実に印象に残る出会いを演出してくれたものだ。



 小谷野も宇佐美も、嫌な予感がしてきた。



天野勇二

俺様は執念深い男なんだ。
学園の問題児。
性根の腐ったクソ野郎。
だからこそ、いつかあの『ドッキリ』の仕返しをしてやろうと考えていた。
今宵こよいこそがその『復讐』に相応しい。



 二次会に参加していた全員、嫌な予感がしてきた。


 天野は壮大なオーケストラを率いる指揮者のように指先を振り回している。


 会場にいる人間たちの不快感をかき混ぜるかのようだ。


 その指先が小谷野に向けられた。



天野勇二

覚えているか小谷野?
お前はある時、小児科病棟の子供たちに『生きる希望』を与えたいと、俺様に相談したことがあったな。

あの依頼は難問だった。
『学園の事件屋』である俺様が受けたものの中でも、最も困難な依頼だったと記憶している。



 小谷野は慌ててコクコクと頷いた。


(詳しくは『彼が上手に理想の医師になる方法』を参照)



天野勇二

生きる希望を与えたい……。
人は何のために生きるのか、教えてやりたい……。

本来であれば医師が考えることじゃない。
目の前の治療だけに向き合い、患者の人生なんて良い意味でも悪い意味でも無視しなければならないからだ。
患者を一人の人間と認知しないところから、医学のアプローチは始まる。
命を救う『機械』でないと医師は精神が保たない。



 天野の右手にはまだ拳銃トカレフが握られている。


 奥田と宮内と川島はガタガタ震えながら「お願いだから早く終わってくれ」と願っている。



天野勇二

だが、お前は違った。
目の前にいる子供の人生から、目をらそうとはしなかった……。



 今度は指先を宇佐美に向ける。



天野勇二

梨花さんよ。
君の伴侶はんりょは本当に素晴らしい男だ。
見た目がフランケンで、何を言っているのかわからないほど声が小さく、土佐犬のオリから脱出できないほど気も小さい。
それだけの臆病な男ではない。



 小谷野は嫌な予感を覚えながらも、天才クソ野郎を信じた。


 天才クソ野郎は二次会をぶち壊すような男ではない、と信じた。


 天野は軽く首を横に振った。



天野勇二

小谷野よ。
あの時、お前は言ったな。

自分は「弱い人間でよかった」と。
「無力なままの自分でよかった」と。

その通りさ。
人間は弱くていいんだ。
弱いままの人間でいいんだ。

弱く不完全な生き物であるからこそ、他者の悲しみや苦しみを理解することができる。
誰かと寄り添いながら、生きていくことができる……。



 会場のざわめきはいつの間にか消えていた。



天野勇二

お前は俺様にとって、今も昔も憧れの存在さ。
自らの弱さと向き合い、無力さを認め、それを活かす道を歩いている。
お前は俺様じゃとても敵わない立派な人間だよ。



 気障キザったらしい指先を下ろす。


 それを見て奥田と宮内と川島は必死に手を「パチパチ」と叩いた。


 会場も戸惑いながらも拍手を送る。


 『混沌のカルテット』は「それで終わってくれ」と願っていたが、天野の余興よきょうはここからが本番だった。



天野勇二

そのため、俺様はお前に『贈り物』がしたい。
是非、受け取ってくれ。
これがお前たちに贈る、あの『ドッキリ』の復讐サプライズだ。



 そう言うと、天野は二次会の音響係に何かを指示し始めた。


 音響係は困惑しながらも指示に従う。


 本物なのか知らないが拳銃を持った男だ。


 こんな男に逆らうことは止めたほうがいい。



宮内圭吾

お、おい……!
あのクソ野郎、とんでもないこと言い出したぞ……!
まさかコカインを配る気じゃないだろうな?

奥田和彦

わ、わからないお!
天野くんの考えなんか理解できないお!!

川島直人

……ムケケ……。

もうダメだよ……。
僕たちは二次会まで潰すんだ……。

……ムケケ……。



 3人は隙があれば逃げ出すつもりだったし、宇佐美も「今度こそ、殺す時」と、机の上にあったフォークを握りしめている。


 その中でさり気なく天野が小谷野に『手話』で語りかけた。


小谷野小太郎

……えっ……?


 小谷野が驚き、慌てて手話を返す。


 天野も小谷野も手話を習得している。


宇佐美梨花

こ、小太郎さん?
天野さん、なんて言ってるの?


 宇佐美が怯えながら尋ねる。


 小谷野は嬉しそうに微笑んだ。


小谷野小太郎

……だい……じょうぶ………。

あまのくん……。

君は、本当に……愉快な友人だ……。



 小谷野がそう呟くと、会場にアップテンポの音楽が流れ始めた。


 誰もが知っていて、カラオケでは女の子がこぞって歌う、国民的アイドルグループの代表曲。


 天野は高らかに叫んだ。




天野勇二

これが俺様からの『贈り物サプライズ』だ!

ありがたく受け取りやがれ!

国民的アイドル、前島悠子まえしまゆうこの登場だ!




 会場が「ざわっ」と大きく沸いた。


 その中心から前島が飛び跳ねるように飛び出した。


 ライブ用の衣装に身を包んでいる。



前島悠子

はーい!
みなさんこんばんは!
前島悠子です!

今夜は小太郎さんと梨花さんのために、一曲歌わせていただきます!
いきますよぉー!

ワン! ツー!
ワンツースリーフォー!



 軽快なダンスメロディに乗って前島が踊り出す。


 会場はいきなりのトップアイドル登場に驚き、慌ててカメラのシャッターを切り始めた。


 拍手と歓声。


 そしてまばゆいフラッシュが前島を包む。


 前島は純真無垢じゅんしんむくな笑顔をばら撒き、小谷野たちの門出を祝福している。


 そしてカルテットたちは天野の余興サプライズがマトモだったことに、心の底から安堵していた。







 天野たちは二次会の会場に最後まで残った。


 全てのスケジュールは無事に終わった。


 しかし、天野たちは人として大事なことを、まだ宇佐美に告げていなかった。



天野勇二

宇佐美よ。
本当にすまなかった。

奥田和彦

ごめんなさいだお!

宮内圭吾

ごめん!
マジでごめんな!

川島直人

……ククク……。

ごめんよ……。

……エヘヘ。



 全員一列に並んで宇佐美に頭を下げる。


 前島も事情がよくわからなかったが、天野の隣でペコリと頭を下げた。


 宇佐美は怒りに満ちた視線で天野を睨みつけた。


宇佐美梨花

天野さん……。
なんとか無事に終わりましたし、産婦人科のことでもお世話になってますから、許しますけど……。
一時は、本当に殺そうと思いましたからね。

天野勇二

ああ、そう考えるのも当然だ。
まったく……。
俺様としたことが情けない失態を演じてしまった。

宇佐美梨花

本当に悪いと思ってるんですよね!?

天野勇二

もちろんだ。
俺様は心からの謝罪を述べている。

宇佐美梨花

その偉そうな態度が、全然謝罪になってないんですよ!


 怒る宇佐美をなだめ、小谷野が嬉しそうに天野の手を握った。


小谷野小太郎

……あまのくん……。
ありがとう……。
前島さんをサプライズで……呼んでくれるなんて……。
うれしいよ……。


 前島は無邪気に笑った。


前島悠子

小谷野さんと私だってお友達じゃないですか!
お祝いに駆けつけるのは当たり前のことです!

小谷野小太郎

ありがとう……。
忙しい……だろうに……。
すまないね……。


 宮内が感心したように呟く。


宮内圭吾

いいよなぁ。
国民的アイドルが二次会で踊ってくれるなんて最高の思い出になるぜ。
羨ましいもんだな。

前島悠子

それなら宮内先輩の結婚式にも呼んでくださいよ!
必ず駆けつけてみせます!

宮内圭吾

悪いが俺はゲイなんだ。
来てくれるなら男前のアイドルにお願いしたいな。

前島悠子

えぇっ!?
ゲイ!?
宮内先輩はそっち系なんですか!?


 仰天する前島を見て天野たちが笑う。


 小谷野が思い出したように言った。


小谷野小太郎

そうだ……。
あまのくん……。
これは、本当に貰っていいのかな……?



 白いタキシードを指さしている。


 オリの中にいた時は酷く汚れていたが、今は式場スタッフの苦労によって綺麗に仕上げられている。


 かなり上質なタキシードだ。


天野勇二

うん?
それがどうした?

小谷野小太郎

これも覚えてない……?
天野くんたちが……くれたんだけど……。

天野勇二

俺たちが?
誰か小谷野の衣装を用意していたのか?


 奥田たちが困ったように首を横に振る。


 小谷野は小首を傾げた。


小谷野小太郎

あれ……?
そうなの……?
すごい高級品だよ……。
天野くんが……用意したのかと……思ったんだけど……。

天野勇二

高級品だと?
どこのブランドなんだ。
どれどれ……。


 天野はタキシードの生地に触れ、眉をひそめた。


天野勇二

……おい。
なんだこの生地は……。
驚くほど軽く、滑らかで、よく見れば光沢こうたくが凄まじいじゃないか……。

奥田和彦

すごい上質だね。
ボクの父上でもこんなタキシード持ってないよ。

天野勇二

気になるな。
ちょっと脱いでみろ。


 小谷野から上着を剥ぎとり、タグを確かめる。


 天野たちの表情が一変した。



天野勇二

こ、これは……!
『ブリ○ーニ』じゃないか!



 イタリアのローマンスタイルの最高峰。


 一流のセレブや政治家やアメリカ大統領などが愛してやまないスーツブランド。


 ブリオ○ニだ。



天野勇二

ブリ○ーニの白タキシード!
しかも小谷野の体格にあうものだと!?
100万を越えてもおかしくねぇぞ……!
こ、これを、俺がお前にやったのか!?

小谷野小太郎

う、うん……。
餞別せんべつだ、って言って……。
無理やり……着せられたん……だけど……。


 奥田がガタガタ震えながら言った。


奥田和彦

そ、そ、そういえば……!
ずっと忘れてたけど、ボクと天野くんがいたホテルの部屋には、大量の衣服があったお……!
あ、あ、あれもまさか、全部ブ○オーニ!?

天野勇二

い、いや、あの部屋には女の服もあった……。
あれも何か別のハイブランドなのか……?
ま、まさか、俺たちが強奪したのは、麻薬と銃火器と土佐犬だけじゃなかったのか…!?


 天野と奥田が青ざめる横では、



宮内圭吾

よくわかんないけど、似合ってるから貰っとけよ。

前島悠子

どうせブリなんとかなんて、師匠たちにとっては端金はしたがねです!
いただきましょう!

宇佐美梨花

そうよ。
これぐらい迷惑料として貰わなきゃ割に合わないわよ。



 宮内たちがのん気なことを言っている。


 比較的常識人である小谷野と川島は「大丈夫かなぁ…」と不安げな表情だ。


 天野は頭をかきむしりながら言った。


天野勇二

まずい……!
これはまずいぞ……!
あの部屋には俺と奥田の『指紋』が残っているはずだ!
ホテルが警察に通報すれば、俺たちは確実に逮捕されちまうぞ!

奥田和彦

ど、どうするお!?
逮捕なんかされたら離婚だお!
ただでさえ離婚の危機なんだお!?
こんな数え役満イヤだお!

天野勇二

最悪、部屋を燃やすしかねぇ!
行くぞブタ野郎!

奥田和彦

わ、わかったお!


 天野と奥田が二次会の会場を飛び出して行く。


前島悠子

あっ!
師匠!?
どこに行くんですかぁー!?



 天野はキャデラックを走らせ、名古屋の街を駆け抜けた。


 小谷野の結婚式は無事に終わりを告げた。


 しかしどうやら、天野の名古屋における『ハングオーバー』は、そう簡単に幕を閉じることを許さないようだった……。



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つばこ

一時はどうなるかと思いましたが、無事に結婚式が終わって良かったですね。
クソ野郎が不穏なことを言い出した時はハラハラしましたが、まさかの『前フリ』でした。
ビックリするほどのベッタベタなフリ。
恐ろしいほどのマトモな余興。
しかも前島ちゃんの活躍をちゃっかり自分の手柄にするクソ野郎っぷり。
色々と大変だった宇佐美さんも喜んでいただけたら良いのですが(*´∀`*)
 
そんなワケで『ハングオーバー編』も次回の後日談でラストになります。
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(´vωv`*)

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コメント 50件

  • るーと

    良かった、ドラッグと酒に呑まれてはなかったね
    粋な計らいをするねクソ野郎

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  • 永年戦争←オススメ

    天野「指紋がホテルに残ってる!何とかしないと捕まっちまう!!」
    読者「わかる」
    天野「最悪部屋を燃やすしかねえ!」
    読者「わからない」

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  • まこと

    次回、後日談でいいのか?
    大量の高級ブランド品の謎と、
    奥田の離婚危機が残ってるぞ?
    いやハングオーバーではすごい規模の騒動を猛スピードでかけぬけたから、本命が終わってもエンジン緩めないのか?

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  • Atik

    そのタキシードをヘビロテしよう!

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  • ouch

    「行くぞブタ野郎!」
    「わ、わかったお!」

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