【結婚式当日】

◆時刻:13:30

◆現在地:名古屋市なごやし港区みなとく空見町そらみちょう




宇佐美梨花

……天野さん?

天野さん!
もしもし!?
なんか言ってくださいよ!

天野さんですよね!?



 天野はタバコに火をつけた。


 煙を深く吸い、吐き出す。


 そしてスマホの向こう側にいる宇佐美に言い放った。



天野勇二

何度も俺様の名前を連呼するな。
天才クソ野郎こと、天野勇二に決まっている。



 天野はいつでも俺様キャラのクソ野郎だ。


 どんな状況でも偉そうな態度を崩さない。



宇佐美梨花

……何を、偉そうに、言ってるんですかぁぁ!



 当然ながら宇佐美の逆鱗げきりんに触れた。



宇佐美梨花

小太郎さんはどこにいるんですか!?
まだ式場に現れないんですよ!
電話もつながりません!
式まであと30分しかないのに!

もうどうすればいいんですかぁ!?
全部、天野さんたちのせいですよ!

あなたは、人の結婚式を、なんだと思ってるんですかぁッ!



 宇佐美の絶叫は天野だけでなく、奥田と宮内と川島の耳にも届いた。



 奥田は体育座りでうずくまっており、丸剃りされた頭をリシアが嬉しそうにペチペチ叩いている。


 宮内はリリーの手を握り、ただ虚空こくうをぼんやり見上げている。


 川島は何かが吹っ切れて精神のタガが外れてしまったのか、車のボンネットに仁王立ちとなり、はる彼方かなた「ムケケ」と呟きながら見つめている。


 お犬様たちはよくしつけされているのか、ボスと思われる天野の足元でお座りしていた。



天野勇二

そうか……。
やはり小谷野はいないのか。

宇佐美梨花

いませんよ!
どこにいるんですか!?

天野勇二

俺様にもさっぱりわからんのだ。

宇佐美梨花

バカなことを言わないでください!
親戚や友達もみんな集まってるんです!
こっちは小谷野さんが見つからないって、大騒ぎになってるんですよ!
小谷野さんを返してくださいッ!!!



 天野は困ってスマホを見つめた。


 宇佐美は泣き叫びながら怒鳴っている。


 その背後から、親類と思われる人間たちの怒鳴り声も聴こえる。



天野勇二

…‥宇佐美、すまん!



 天野はそう言って電話を切った。


 スマホの電源を落として完全に沈黙させる。


 そのまま静かにタバコの煙を吐き出した。




 誰も、何も言わなかった。



 ただそれぞれのなげき声と、土佐犬たちの「クーン」と甘えるような鳴き声が響くだけ。



 きっとお犬様も、天野たちに悲劇が訪れたことを察しているのだろう。




奥田和彦

宇佐美さん……。
めちゃくちゃ怒ってたお……。




 奥田がしょんぼりと呟く。



宮内圭吾

そりゃ怒るよな……。
俺たちが小谷野を連れ出して、結婚式を台無しにしたんだからな……。



 宮内も肩を落としている。



川島直人

……ムケケ……。

僕は、友人代表の祝辞しゅくじを述べるはずだったんだ……。

……ムケケ……。



 川島は仁王立ちで泣いている。



天野勇二

くそっ……。
なんでこうなっちまったんだ。
一度、整理しよう。



 天野はそう言うと、これまでの情報を時系列に沿って整理し始めた。



天野勇二

まず俺たちは中華料理店で『スペースケーキ』を食わされ、それ以降の記憶が全くない。
酒と麻薬だ。
そりゃ記憶だって吹っ飛ぶさ。
そして案の定、ラリった。


 天野の声に誰も答えない。


 答える気力がないのだ。


天野勇二

どうやらラリった俺たちは『中国マフィア』の『派手なキャデラック』を強奪したらしい。
どうせ目の前にでもあったのだろう。
それに乗って小谷野の家に突撃。
深夜1時に小谷野を拉致らちった。
さっきのチャンとやらの話を総合すると、これと前後して中国マフィアのアジトを襲って壊滅させ、麻薬や銃器などを強奪している。


 リシアを指さして言葉を紡ぐ。


天野勇二

そして栄4丁目に行き、フィリピンパブの『キャノンボール』で飲んだ。
ここで奥田が新しい伴侶はんりょであるリシアと出会い、頭を丸剃りにして全身脱毛し、ケツにタトゥーを入れたワケだ。


 リシアが首を横に振った。


リシア

オックダサーンハ、サイショカラ、ツルツールネ!

奥田和彦

そ、そうなのかお……。
ボクはなんで全身の毛を剃ったんだお……。

リシア

ソンナ、ツルツールガ、リシアダイスキネー!

奥田和彦

ひっぐ……。
もう、離婚だお……。
離婚だけはイヤだお……。


 奥田がスキンヘッドを抱えて泣いている。


 とはいえ、学生時代はファッションに無頓着むとんちゃくだった『ブタ野郎』だ。


 いつもフケだらけの韓国海苔みたいな頭をしていた。


 天野たちは口に出さなかったが、「ブタみたいで似合ってるから、それでいいんじゃないのか」と思っていた。



天野勇二

……それから『キャノンボール』で川島が酔い潰れて離脱。
俺たちは『ロシアンゲイバー』で飲み直した。
そこで俺たちを追って来た『中国マフィア』と乱闘になり、店を破壊して潰した。
その後に宮内は『運命の恋人』であるリリーのマンションに行ったワケか。


 リリーが驚いたように言った。


リリーちゃん

オ店ヲ破壊!?
ソンナノ知シラナイワァ。
ミヤウッチートハ、モウスグニ、意気投合シテ、マンションニ、行ッタノヨネー!

宮内圭吾

リリー、本当に名古屋へ来て良かったよ。
君みたいな素敵な男と出会えたんだからな。

リリーちゃん

嬉シー!
ミヤウッチー、愛シテルワァ。



 宮内とリリーは熱く見つめあい、なぜかその光景をフランケンちゃんがちょっと切なげに眺めている。


 宮内たちの周囲には『男』という名の真っ赤な薔薇が咲き乱れているようだ。


 天野たちは色々とツッコミたい気分だったが、もう宮内のことは無視することにした。



天野勇二

……そして『ロシアンゲイバー』を出た後がさっぱりだ。
俺と奥田はなぜか小谷野と別れ、錦にあるホテルに泊まっていた。


 奥田が思い出したように言った。


奥田和彦

そういえば天野くん。
ホテルには大量の衣服があったね。
女の子の服もあったよ。
あれはなんだろう?

天野勇二

わからんな。
それにこのワンコ共だ。


 天野の足元では土佐犬が3頭、チワワが1匹、尻尾を振りながらお座りしている。


 天野は犬相手でも本気になるバカだ。


 お犬様もこびを売っているようだ。


天野勇二

コイツらは『闘犬』として飼育されているな。
顔の傷が多い。
こんな犬を高知こうちで見たことがある。

だが待てよ……。
なぜそれが名古屋にいるんだ……?



 天野はふと疑問に思い、スマホの電源を入れ直した。


 電話を受信しないよう設定を変更し、ウェブから闘犬の情報を調べる。


 すぐにひとつの情報が現れた。


 天野は慌てて叫んだ。



天野勇二

おい!
全員、車に戻れ!
中村区なかむらく宿跡町しゅくあとちょうに行くぞ!
名古屋ではそこにしか闘犬のブリーダーがいない!
ここに突入して、ワンコまで強奪したのかもしれねぇぞ!



 天野は車に戻ろうとしたが、さすがに人数の限界を感じた。


 人間が7人に犬が4頭。


 いくらなんでも車に乗らない。


天野勇二

おい宮内。
リリーとフランケンは置いて行くぞ。
オカマたちを捨てろ。


 宮内は納得しながら頷いた。


宮内圭吾

リリー……。
俺は行かなくてはならない。
かけがえのない友のためなんだ。

リリーちゃん

ミヤウッチー……。
帰ッテキテ、クレル?

宮内圭吾

もちろんさ。
必ず君のところに帰る。
俺が帰る場所は君のいる街だけだ。

リリーちゃん

嬉シイ……!
リリー、待ッテル!


 宮内とリリーは固く抱き合った。


 天野たちはなんとも言えない気分でそれを眺めた。


天野勇二

おい奥田。
お前もリシアをそろそろ捨てろ。
ケツの『タトゥー』のことは俺から香澄さんに上手く説明してやる。
リシアとは『名古屋コーチン』の一種だ、とでも言おう。


俺様があまりに美味かったため興奮してしまい、酔った勢いで奥田のケツにタトゥーを彫ってしまった。
俺様は天才だからタトゥーも彫れるのだ。
あっはっはっはっ。



ということにしよう。
なんともバカバカしい理由だが、それで押し切ろう。


 奥田はコクンと頷いて、リシアを見つめた。


奥田和彦

リシア……。
ボクは、本当に結婚してるんだお……。
君と一緒になることはできないんだお……。

リシア

オックダサーン!
ヒドイ!
リシアヲ、ダマシタノ!?

奥田和彦

うぅ……。
ごめんお……。
騙す気も、騙した記憶もないんだお……。

リシア

ケッコン!
リシア、オックダサーント、イッショニナル!


 リシアが涙目で奥田の手を握る。


 リシアは本当に奥田に惚れている。


 しかも相手は医者で、大病院の御曹司おんぞうし


 結婚相手としては最高だ。


奥田和彦

ご、ごめんお……。
お、お金なら払うお……。

リシア

ヒドイ!
オカネデ、スマセルノ!?


 天野が厳しく叱責しっせきした。


天野勇二

おい養豚ブタ野郎。
そうやって金で解決しようとするのは良くないな。
金持ちだからって生意気なことを言うんじゃない。
まったく……。
これが本当の『豚に真珠』ってヤツか。

奥田和彦

う、うん……。
ごめんお……。
天野くんの言う通りだお……。

天野勇二

それでリシアよ。
結局のところはいくら欲しい?
100万でどうだ?
それで奥田から手を引いてくれないか?

奥田和彦

ク、クソ野郎だお!
天野くんは本当にクソ野郎だお!


 リシアは涙目で首を横に振った。


リシア

オカネナンテ、イラナイ……。
オックダサーント、イッショニ、ナリタイ……。

奥田和彦

そ、それは……。

うぅ……。

どうすればいいんだお……。


 頭を抱える奥田を見て、ボンネットの上で仁王立ちしていた川島が、奥田の真の友人としてマトモなことを言い出した。


川島直人

……奥田クン……。

キミはそんな情けない天才ブタ野郎じゃない……。
僕はキミの結婚式で、香澄さんに奥田クンを頼むと告げた……。
香澄さんは頷いてくれた……。

キミにとって、本当に大切な人は誰だい?
目の前の泣いている女性かい?
あの時、頷いてくれた、たったひとりの女性じゃないのかい……?

……ククク……。


 川島の心からの言葉が、奥田の心を動かした。


 奥田は決意を固め、リシアを正面から見つめた。


奥田和彦

リシア……。
ごめんよ。
気持ちは嬉しいんだけど、ボクには大切な家族がいるんだ……。
君の気持ちには応えられない……。
本当にごめん……。


 リシアは悲しげな表情を浮かべて、静かに肩を落とした。


リシア

……ソウヨネ……。
ワカッテタ……。
オックダサーンガ、アソビダッテ……。

奥田和彦

いや、ボクは遊んだ気も、記憶もないんだお……。

リシア

ヒック……。

ソンナ、ユメミタイナ、ハナシ……。
アルワケ、ナイヨ……。

ワカッテタヨ……。

オックダサーン……。
イイユメ、ミサセテ、クレテ……。
アリガト……。



 リシアはぽろぽろ涙をこぼし、奥田の胸の中で泣いていた。


 所詮ははかない恋だったのだ。


 名古屋のフィリピーナが射止いとめる相手としては、天才ブタ野郎は高嶺たかねの花すぎた、ということだ。



奥田和彦

ごめんよ……。
色々と、助けてくれて、感謝してるお……。

リシア

ウン……。
イイヨ……。


 泣きじゃくるリシアを奥田が慰める。


 天野は呆れたように言った。


天野勇二

おい、その安いブタドラマ、じゃなかった。
安いメロドラマは終わったか?
結婚式が始まってしまう。
早く切り上げろ。

奥田和彦

うん……。
リシア、ここでお別れだお……。

リシア

オックダサーン……。
サヨナラ……。

天野勇二

ほら、行くぞ。
そこのゲイも早く車に乗れ。


 奥田とリリーとイチャイチャしていた宮内を車内に蹴りこむ。


 川島も急いで後部座席に犬をしまいこんだ。


 リシアは涙を拭い、走り去る車に大きく手を振った。



リシア

オックダサーン!
アリガト!
ステキナ、オモイデヲ……アリガト!



 リシアは天野たちの車が見えなくなるまで手を振っていた。


 時刻はもうすぐ午後2時


 小谷野の結婚式が始まる時間を迎えようとしていた。





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つばこ

以前から薄々感じてはいましたが、川島は意外にも常識人のようです。
かなり陰気だし、なんかネクラだし、笑い方が変だし、いつも吹き出しが黒いのですが、カルテットの中ではマトモなことを言っているほうだと思います(*´∀`*)
 
そんな川島には妹が1人おります。
現在は高校1年生。
つばこの別作品である月曜連載の『さとりとつくし』にてバリバリ活躍しておりますので、どんな女の子がチェケラしていただけると嬉しいです(*´ω`*)(宣伝)
 
さてさて、やっと土佐犬に注目したか! というところで次週に続きます!
グッバイリシアフォーエバーリシア!
いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!!!(๑•̀ㅁ•́๑)✧

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コメント 65件

  • たまご

    なんでブタ野郎がこんなにモテるんだ…

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  • ゆんこ

    なんか今回で川島くん好きになったw

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  • ピナ

    まて、つくしって川島の妹...
    そういや、川島って苗字だったな!
    気づかなかったわwww

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  • キュン太郎とトロイの木馬♪

    リシアちゃん良い子過ぎてヤバい。

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  • 「リシアとは名古屋コーチンの一種である」

    バカを越えてむしろ哲学を感じる

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