ヨーロッパでの気ままな一人旅を終え、天野は退屈な学生生活に戻った。


 昼食時になれば、相も変わらず学生食堂のテラス席へ向かい、タバコに火をつける。


 そこに涼太りょうたがやって来た。



佐伯涼太

やっほー!
勇二!
元気してたぁー!?



 天野にとって数少ない友人であり、幼馴染であり、『相棒』とも呼べる男。


 天野は涼太の顔を眩しげに眺めた。


天野勇二

涼太か。
お前の顔を見るのも久しぶりだな。

佐伯涼太

そうだよねぇ。
不思議と1ヶ月ぐらい会ってなかった気がするよ。
ドイツはどうだった?
楽しかった?
僕ちゃんにお土産をくれてもいいんだよぉ?


 満面の笑みを浮かべ、両手を差し出す。


 オヤツをねだる犬のようだ。


 天野は苦笑しながら土産品を取り出した。


天野勇二

ほらよ。
フランスの石鹸だ。


 おにぎりサイズの四角い塊。


 オリーブオイルから作られた石鹸だ。


佐伯涼太

わぁ、マルセイユ石鹸だ!
フランスの石鹸といえばこれだよね!
香りも素敵だなぁ。

天野勇二

向こうは石鹸が安くてな。
それも3ユーロで買えた。
しかも天然成分100%だ。

佐伯涼太

いいねぇ!
最高かよ!
ありがとう!
勇二から初めてマトモなお土産を貰った気がするよ!

天野勇二

ついでに、ドイツとフランスの写真も見るか?


 天野はスマホを取り出した。


 涼太が興味津々きょうみしんしんといった様子で頷く。


佐伯涼太

見たい見たい!
ヨーロッパでナンパしなかったの?

天野勇二

するワケないだろ。
お前と一緒にするんじゃない。



 呆れながらスマホを操作。


 画面にハイデルベルク城の荘厳そうごんな佇まい。


 黄金のマリア像が輝くマリエン広場。


 楽しげなオクトーバフェスト。


 シャンゼリゼ通りを歩く天野の自撮り写真セルフィーなどが現れた。



佐伯涼太

どれもこれも最高じゃん。
いいなぁ。
僕も一緒に行くんだったなぁ。

天野勇二

お前は交通費が高いから断念したんだろ。

佐伯涼太

そうなんだよねぇ。
ドイツまでの航空費は高いからねぇ。
僕みたいな庶民には厳しいよ。


 涼太は口笛を吹きながら写真を眺めていたが、やがて1枚の写真に辿り着いた。


 震える声で尋ねる。


佐伯涼太

ね、ねぇ!
ちょっと!
なにこの美人さん!?
ナンパしてないって言ったじゃん!


 画面に表示されているのは、天野とレイのツーショット。


 楽しげに肩を組んでいる。


 ソウルで別れた際に撮影した自撮り写真セルフィーだ。


天野勇二

ああ、レイか。
美人だろ?

佐伯涼太

見りゃわかるよそんなこと!
ズルいよ!
1人でナンパなんてズルい!

天野勇二

ナンパじゃねぇっての。
帰りの飛行機で席が隣だったんだ。

佐伯涼太

えっ?
じゃあ日本に来てるの?


 天野は肩をすくめて言った。


天野勇二

さぁ?
ソウルの空港で別れてそれっきりだ。
中国にでも行ったんじゃないか?


 涼太はがっくり肩を落とした。


 もう一度スマホを凝視ぎょうしする。


 本当に美しいブロンド美女だ。


 瑞々みずみずしい色気に満ちた笑顔を浮かべている。


 これだけの美女と長いフライトを共にするなんて、実に羨ましいシチュエーションだ。


佐伯涼太

いいなぁ。
ブロンドの美女いいなぁ。
ここまでの美人、日本じゃなかなか見ないね。
僕だったら絶対ナンパするよ。


 天野はにやにやと品のない笑みを浮かべた。


天野勇二

相手はアメリカ人だからな。
日本語なんか喋れないぜ。
英語オンリーだ。
お前にナンパできたかどうか怪しいな。

佐伯涼太

英語かぁ……。
僕の語学力じゃ、ちょっと自信ないなぁ……。


 涼太はそこまで英語が得意ではない。


 多少の日常会話ができても、口説き文句を伝えるのは難しいだろう。


 天才的なチャラ男にも弱点というものがあるようだ。


天野勇二

まぁ、西洋人から見れば日本男子なんて、どれもが東洋の黄色いオス猿さ。
俺たちはブロンド美女に好かれる人種じゃないんだ。

佐伯涼太

うんうん。
そうだよね。
やっぱり丸っこくて小さい日本人の女の子が最高だよね。
僕の魅力もきっとわかってくれる。


 涼太がそう言って自分を鼓舞こぶしていると、テラスにもう1人訪問者がやって来た。


 天野の弟子である前島悠子まえしまゆうこだ。


前島悠子

師匠!
涼太さん!
おはようございます!


 前島はテラスに上がると、どこかしょぼくれた表情を浮かべた。


前島悠子

まさか師匠が、ドイツに行ってたなんて驚きでしたよ。
半日のオフがあったので、お食事でもどうかな、と思ってたのに……。


 悲しげに俯いている。


 前島は紅白にも出場するような現役のトップアイドルだ。


 天野とは、ひとつの事件を境に親しくしている。


天野勇二

ああ、そういえば電話してきたな。
別にいいじゃないか。
つい最近、カルテットのパーティへ連れて行っただろう?

前島悠子

それはそれ。
これはこれですよ。
お食事ぐらいしたかったのにぃ。

天野勇二

しけた顔をするなよ。
ほれ、お前にフランスからの土産だ。

前島悠子

えっ!?
本当ですか!?
わぁ!
香水じゃないですかぁ!


 「プシュ」と手首に香水をつける。


 テラスにフローラルな異国の香りが漂う。


前島悠子

うわぁ……!
素敵な香りですね!

天野勇二

そうだろう。
お前にピッタリだと思ったんだ。

前島悠子

わぁい!
師匠!
ありがとうございます!



 涼太はぶすっと口唇を尖らせ、どこか不満げに香水を見つめた。


 とてもお洒落な小瓶だ。


 恐らく日本未入荷のGUERLAINゲランの香水。


 あれは高い。


 3ユーロで買える土産ではない。



佐伯涼太

ねぇ勇二ぃ。
僕ちゃんは複雑だなぁ。
不公平な気がするなぁ。
なんだか最近、僕の扱いが雑じゃない?
僕は寂しいよ。

天野勇二

はぁ?
何を気持ち悪いことを言っているんだ。

前島よ。
ドイツとフランスの写真もある。
見たかったら見ていいぞ。


 顎でスマホをさした。


 涼太が慌てて止めに入る。


佐伯涼太

ま、前島さん。
悪いことは言わない。
前島さんは見ないほうがいいと思うな。

前島悠子

はぁ?
何を言ってるんですか涼太さん?

それより師匠。
海外に行ったということは、念願だった『銃の練習』をしたんですか?


 前島は軽く尋ねたつもりだった。


 しかし、天野はいきなり立ち上がると、ニヤリと悪い笑みを浮かべ、思い切り指先を振り回した。


天野勇二

ああ、撃ったぞ。
撃ちに撃ちまくってやった。
ベレッタにアサルトライフル。
あのAK-47の後継機のカラシニコフまで撃った。

カラシニコフの殺傷能力は評判通りだったな。
さすが世界の紛争を終わらせない銃だ。
こうズババババッとな、とんでもない威力で的を破壊するんだよ。


 大げさなジェスチャーを振り回し、あまり品の良くない話を始めた。


 興奮して銃の魅力を語っている。


 前島はそんな話にまったく興味がないので、無視してスマホを操作し、ドイツとフランスの美しい写真を眺めた。


 そして案の定、天野とレイのツーショット写真に辿り着いた。



前島悠子

し、師匠!?
このブロンド美女はなんですか!?



 涼太は予想通りの光景を眺め、ため息を吐いた。



天野勇二

ああ、それはレイだ。
帰りの飛行機で隣だったんだ。

前島悠子

ひ、飛行機で隣!?

天野勇二

12時間の長いフライトだったからな。
話せるヤツが隣で良かったよ。
美人だろ?

前島悠子

むむっ!
び、美人!
たしかに美人!

む、むむむっ、むきぃー!


 前島は頬をぷっくり膨らませ、じたばたと両手足を振り回した。


前島悠子

酷いじゃないですか!
師匠には私という弟子がいるんですよ!
それなのになんですか!?
こんなブロンド美女と浮気ですか!?
浮気なんて許しませんよ!


 涼太が苦笑しながら前島をなだめる。


佐伯涼太

う、浮気って……。
席が隣だっただけだよ。
深い仲になったワケじゃないって。

前島悠子

でも、めっちゃ仲良しですよ!
肩とか抱いてますもん!

佐伯涼太

ま、まぁ、アメリカ人はフレンドリーだからさぁ。
自撮りセルフィーするなら、そのぐらいフツーなんだよ。
たぶん……。

前島悠子

アメリカのことなんかどうでもいいです!
私たちは日本人です!

師匠!
聞いてますか!?
なにのんびりタバコを吸ってるんですか!
師匠はいつもそうです!
もっと弟子に優しくしてくださいよ!


 天野は小首を傾げた。


 なぜ前島はそんなに怒っているのだろう。


 師弟関係に浮気なんて概念は存在しないはずなのに。


天野勇二

飛行機で隣だった。
それだけの話だぜ。
それ以上は何もないし、俺様も口説いたつもりはない。


 呆れたように告げる。


 前島は大きなため息を吐き、また写真を見つめた。


前島悠子

はぁ……。
見れば見るほど美人ですねぇ。
瞳が大きくて鼻も高くて。
髪なんて黄金色のシルクみたいですよ。

佐伯涼太

本当だよねぇ。
こんなブロンド美女、六本木のクラブでも見たことないよ。
これでおっぱいもあったら最高だね。


 天野はまた平然と言った。


天野勇二

胸も結構あったぞ。
あれはGカップ以上あったな。


 涼太と前島は、またげんなりと表情を曇らせた。


佐伯涼太

いいなぁ勇二は。
巨乳のブロンド美女かぁ。
マジでツイてるよ……。

前島悠子

胸ですか……。
うぐぐ……。
男子はいつもそうですよね……。

でも、あんなの飾りですよ。
偉い人にはそれがわからんのですよ。
貧乳にこそ、女性が持つ真の魅力があるんです。
たぶん……。


 ブツブツと暗い顔で呟いている。


 天野が「こいつらカラシニコフの話には乗ってこないな。あんなに面白かったのに」と首を捻っていると、スマホがひとつの着信を知らせた。


 見慣れない番号からの着信だ。


天野勇二

天野だ。


 電話に出ると、女性の弾けるような声が響いた。


レイチェル

ハーイ、ユージ?
レイチェルよ。


 天野は驚いてスマホを持ち直した。


天野勇二

レイ?
本当にレイなのか?
ああ、ユージだ。

レイチェル

ああよかった!
昨日、飛行機で一緒だったでしょ。
覚えてる?


 レイは英語で語りかけた。


 天野も破顔しながら英語で答える。


天野勇二

ああ、覚えてるよ。
なんだ?
もしかして日本に来たのか?

レイチェル

そうなの!
ユージの話を聞いてニホンに行きたくなって。
もしユージが暇だったらデートしない?
ニホンの素敵なところを教えてくれる?


 レイは楽しげに天野を誘っている。


 天野は二つ返事で答えた。


天野勇二

もちろんオッケーさ。
今は成田空港かい

レイチェル

うん、そうなの。

天野勇二

ならば東京駅まで来てくれ。
成田空港から1時間ほどで行ける。
案内所で尋ねれば英語で教えてくれるはずだ。

レイチェル

オッケー。
東京駅ね。

天野勇二

そこで待っている。
迎えに行くから、到着したら電話してくれ。

レイチェル

ありがとう。
東京駅に着いたらまた連絡するわ。

天野勇二

ああ、また後でな。


 天野は電話を切った。


 英語が得意ではない涼太や前島でも、レイが日本に来て天野を誘った、ぐらいのことは理解できた。


佐伯涼太

勇二!
今の電話、レイちゃんからだよね!?

前島悠子

まさか師匠!
このブロンド美女とデートするんですか!?


 天野は平然と言った。


天野勇二

そうだ。
レイが日本に来たらしい。
軽く東京を案内してくるよ。


 涼太はすかさず車のキーを取り出した。


 爽やかに笑いかける。


佐伯涼太

ねぇねぇ。
東京を観光するならさ、運転手と車があるほうがベターじゃない?
僕ちゃんがお2人をエスコートするよ。

天野勇二

それは助かるな。
荷物もあるだろうし。
頼めるか?


 涼太は「ビシッ」とガッツポーズを決めた。


佐伯涼太

イエェェェーイ!
ブロンド美女のレイちゃんに会えるゥーーッ!


 前島は悔しげに拳を握った。


 夕方からテレビの収録がある。


 それまで大学の講義に出席するつもりだったが、即座に「代返を頼もう」と思考を切り替えた。


前島悠子

師匠!
異国の女性を男子2人でお出迎えするなんて危険です!
私も行きます!
夕方から仕事ですけど、それまでお供します!


 天野は嫌そうに前島を見つめた。


天野勇二

観光地に行くんだぞ?
必然的に人も多い。
お前がいると、一般人が集まってパニックになりそうだなぁ……。

前島悠子

大丈夫です!


 前島は素早く鞄をあさった。


 帽子とメガネを取り出す。


 前島の変装道具だ。


前島悠子

どうですか!
これを装備すればバレません!


 天野と涼太は「うーん」と唸った。


 前島は国民的アイドルだ。


 その程度の変装で、前島の『芸能人オーラ』を隠しきれるだろうか。


天野勇二

不安だなぁ。
とりあえず装着してみろ。

前島悠子

はい!
装着しました!
どうですか!


 変装した前島が堂々と胸を張る。


 天野と涼太は腕組みをして見つめ合った。


 確実にバレそうだ。


 前島は2人の思惑を察すると、テーブルをガンガン叩いて叫んだ。



前島悠子

行きます!
私は絶対に行きます!
師匠の白衣が 「びろーん」と伸びるまで引っついて離れませんから!



 天野と涼太は深くため息を吐いた。


天野勇二

仕方ない。
バレたら逃げよう。

佐伯涼太

そうだね。


 前島は「ズバシッ」とガッツポーズを決めた。


前島悠子

やりました!
ブロンド美女と師匠のデート!
バッチリ邪魔してみせます!

天野勇二

おいおい……。
東京を案内するんだぞ。
邪魔してどうする。


 天野は呆れたように呟き、タバコの吸い殻を灰皿に投げ込んだ。





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つばこ

今回は天クソお馴染みの「テラスで3人がワチャワチャしている回」でしたねぇ(*´∀`*)
 
しかし、2人のお土産を懐に隠し持っていたとは、天野くんもカワイイところがありますね。
ちゃんと旅行先で「アイツは石鹸。アイツは香水にしてやるか」と購入し、別に2人と会う約束もしていないのに持っていたワケですよ。いつでも土産を渡せるようスタンバイしていたのです。これはカワイイですよ。石鹸と香水なんて結構かさばるのに白衣の裏側に隠していたのです。どう考えてもカワイイ。
皆さまも師匠からお土産を貰ったら「キミはカワイイなぁヽ(*´∀`*)ノ.+゚」と褒めてあげましょう!!!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!(*´ω`*)

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コメント 89件

  • rtkyusgt

    天野くんでも自撮りするのか(*゚-゚)

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  • 焼きましゅまろ

    師匠めっちゃ可愛いやんww
    銃の話しウキウキしながら言ってたり、お土産スタンバッテたり、可愛すぎるww

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  • ミスト

    ちょっと待ってカラシニコフ超聞きたい
    (ミリタリがちょっと好きな私

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  • まこと

    確実にバレそうだ。

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  • ゆんこ

    ふ、ふーんだ、

    べ、別に天野くん可愛いなんて思ってないんだから

    第一師匠でも何でもないんだからね!

    世界で一番可愛いのはこの子なんだからっ!

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