島崎俊夫が警察に逮捕され、環八かんぱち沿いの住民たちを恐怖におとしいれた残虐な死体遺棄いき事件は幕を閉じた。



 メディアは島崎を確保した大学生たちの活躍をこぞって取り上げた。



 おかげで琴乃は学園のヒロインとして、一躍時の人となった。





 天野の刺された傷は、運が良いことに神経まで達していなかった。


 数針縫っただけで無事退院。


 しかし、天野が刺された直後に首を押さえ、動かなかったからこそ無事だったのだ。


 もし下手に動いていたら障害が残っただろう、と言われるほどの怪我だった。



佐伯涼太

やっほー。
勇二じゃん。
退院したのね。


 天野が大学のキャンパスを歩いていると、涼太が声をかけてきた。



天野勇二

ああ、涼太か……。



 天野は沈んだ表情で顔を伏せた。


 かなり落ち込んでいる。


佐伯涼太

勇二ってば、めっちゃローテンションだね。
それも無理ないかぁ。
天才クソ野郎、久々の完全敗北だったもんね。


 天野は素直に頷いた。


天野勇二

まったくだ。
完全に油断していた。
相手が刃物を所持していると想定していたのに、巻き込んで投げてしまった。


 天野は潔く自らの敗北を認め、深く反省していた。


天野勇二

なぜあの時、島崎を払い腰で投げたのか。
失敗だった。
脇を固めながら地面に倒し、即座に骨を折るべきだったんだ。


 涼太は島崎が浮かべていた『狂気の瞳』を思い出し、嫌そうに首を振った。


佐伯涼太

本物の殺人鬼ってのは迫力が違ったねぇ。
僕だけじゃ勝てなかったよ。
もっと勇二と打ち合わせをすべきだったね。

天野勇二

ああ、その通りだ。
敵の退路を絶ち、お前とのコンビネーションで注意深く仕留めるべきだった。
それを怠ったのは、俺に『どんな犯罪者が相手でもタイマンなら負けない』というおごりがあったせいだ。

佐伯涼太

勇二はコトちゃんたちの同伴どうはんをあっさり許可しちゃったからさぁ。
あの時、随分と自信たっぷりだなぁって、ちょっとイヤな予感がしたんだよ。
『油断しないでね』って忠告すべきだったね。

天野勇二

その忠告を素直に聞いていたかも怪しいところだ。
情けない話だぜ。


 天野は本当に反省している。


 涼太としても、ここまで反省する姿を見るのは久しぶりだ。


佐伯涼太

マジでコトちゃんがいなかったら、犯人を逃がして最悪の展開になってたね。

天野勇二

ああ、琴乃があれほど強いとは思わなかった。
俺は見てないが、犯人を再起不能にしたんだろう?
どんな技を使ったんだ?


 涼太は肩をすくめた。


佐伯涼太

もう技とかじゃないよ。
あれ、ただの『怪力』だよ。
ナイフだってへし折っちゃうし、グーパンチで骨をバキバキに殴り折るんだよ。
鋼鉄の化け物みたいだったよ。


 天野はげんなりしてため息を吐いた。


天野勇二

とんでもねぇ女だな。
しかも拳は無傷だったんだろ?

佐伯涼太

うん。
手も指先も綺麗なもんでさぁ。
骨一本折れてなかった。

天野勇二

恐ろしい女だ……。
あんな細腕の華奢な娘がそんな力を秘めていたなんて、夢にも思わなかった……。
俺の人を見る目はまだまだ未熟だな……。


 涼太が思い出したように尋ねた。


佐伯涼太

そういえば勇二、犯人の名前を知ってたよね。
あれなんで?

天野勇二

ああ、あれか。


 天野は何事もないように語り始めた。


天野勇二

実は最初に遺棄された人体には縫合ほうごうの跡があってな。
医療関係者の犯行が疑われていたんだ。
俺も警察から色々訊かれたよ。

それで思い出したのさ。
そう言えばクソみたいな発言をした外科医がいたなってな。


 嫌そうに言葉を続ける。


天野勇二

とある医師会の集まりだった。
そいつは楽しそうに手術の様子を語っていたんだ。
損傷のため体を切ったそうでな。

『もっと切ってやれば俺の大好きなダルマになったのに』

と、ふざけた発言をしやがった。
こんな外科医がいる病院には行きたくないものだなと、なんとなく覚えていたのさ。

佐伯涼太

それが島崎だったの?

天野勇二

そうだ。
それで試しに島崎を調べてみたんだ。
すると1年前に病院を辞め、家も引き払って行方不明になっていた。
近隣の評判を聞くと妙な異臭のする家だったらしい。
これはかなりクロいなと思っていたのさ。

佐伯涼太

それじゃ勇二は、初めから犯人の目星がついてたんだ。

天野勇二

まぁな。
だが警察も確実に島崎をマークしていたはずだ。
どうせ捜査するにしても、俺とお前だけでは手にあまる。
のんびり逮捕の知らせを待つか、と思っている時に琴乃がやって来たのさ。
良い『手駒』が入ったものだと思ったよ。

佐伯涼太

まさにコトちゃんは、勇二にとって『渡りに船』だったのね。

天野勇二

そういうことだな。


 涼太が苦笑しながら言った。


佐伯涼太

でもさ、それだけじゃないよね。
勇二は島崎が遠隔殺人者トリックメイカーじゃないか、疑ってたんでしょ?



 天野は小さく笑った。


 遠隔殺人者トリックメイカー


 天野を狙っていると想定される、謎に包まれた敵のことだ。


(詳しくは『彼と上手に決着をつける方法』を参照)



天野勇二

ああ、そうだ。
可能性は低いと思ったが、ありえない話ではないだろうと踏んでいた。

佐伯涼太

だけど違ったね。
島崎はマジで勇二に見覚えがないって顔してた。

天野勇二

まぁ、そうだろうな。
深く関わった相手じゃない。
俺に恨みを持つ理由もない。

佐伯涼太

遠隔殺人者トリックメイカーは間違いなく、勇二に何らかの感情を持っているはずだよね。
たぶん、恨みとか。
それも相当な。

天野勇二

それでいて、とんでもなく頭の切れるヤツだ。
しかも島崎に匹敵する残虐性を持っている。
そこまでの相手となると、さすがに思い当たらないな……。

佐伯涼太

あれから何も起きないね。
またどこかで、何かの準備をしてるのかな……。



 天野と涼太はキャンパスから空を眺めた。



 眩しく広がる青空。



 彼方に走る飛行機雲。



 遠隔殺人者トリックメイカーは、同じ空の下にいる。



 その尻尾を掴む日が、いつかやって来るのだろうか。





 春の風に吹かれながら天野が言った。



天野勇二

まぁ、来ない相手を待っていても仕方ない。
当面の問題は琴乃だ。
もうあんな女、二度と関わりたくない。


 涼太も深く頷いた。


佐伯涼太

僕ちゃんも同感。
あんな女の子怖いよ。
浮気なんかしたら、僕の大切なジュニアをもぎちぎられそう。


 そんなことを話しながらテラスに上がる。


 2人を前島が元気良く出迎えた。


前島悠子

あっ!
師匠!
涼太さん!
おはようございます!



 天野と涼太は思わず硬直した。


 前島のせいではない。


 前島の隣に座っている『女性』が問題なのだ。


 天野はガタガタ震えながら叫んだ。



天野勇二

お、お、お前!
琴乃じゃねぇか!
ここで何してやがる!?



 琴乃はパンを食べながらのんびり答えた。


白石琴乃

はぁ?
なに言ってるの?
ここは学生が使っていいテラスなのよ。
どこで昼飯を食べようと私の勝手じゃない。

天野勇二

いやいや、ここは俺たちの根城だ!
それを理解しているだろう!?



 琴乃はギロッと天野を睨みつけた。


 天野と涼太は鋼鉄の拳が飛んでくるんじゃないかと思い、怯えながら身構えた。


 琴乃は当たり前のように言った。



白石琴乃

決まってるでしょ。
私の『依頼』を達成させるためよ。



 天野は思わず琴乃に詰め寄った。


天野勇二

はぁ!?
何を言ってるんだ!?
お前は警察に島崎を突き出して、学園の有名人になっただろ!?
お前を知らない学生なんか1人もいないぞ!


 琴乃はブンブン腕を振り回して抗議した。


白石琴乃

ちっとも『美人探偵コトちゃん』になってないわよ!
メディアにつけられた私の『あだ名』は知ってるでしょ!

『女子大生の破壊神』よ!

みんな怖がっちゃって近づいてくれないの!

天野勇二

仕方ないだろ。
お前が殴り倒した結果なんだ。
そんなことより、無事に事件が解決できて良かったじゃないか。

白石琴乃

良くないわよ!
警察にやり過ぎ」だって、どれだけ怒られたと思ってるの!?
正当防衛がなかなか認められなくて、傷害罪で逮捕される寸前だったのよ!

警察って本当に酷いんだから!
私のこと何ひとつ褒めないで、ずっと説教ばっかりなんだもの!



 天野は「それもそうだろうな」と感じた。


 犯人の島崎は再起不能。


 起き上がることもできないらしい。


 しかも素人が逮捕してしまったので、警察のメンツは丸つぶれ。


 褒められるはずがないだろうな、と感じたので、励ますように言葉をかけた。



天野勇二

そんなこと気にするな。
お前は正しいことをやったんだ。
俺様はこれでもお前を見直したんだぜ。
破壊神として。


 琴乃は悔しそうに「ムキー!」と叫び、なんの罪もないテーブルをバンバン叩き始めた。


白石琴乃

破壊神になりたいんじゃないの!
私は『美人探偵コトちゃん』になりたいの!

天野勇二

や、やめろって。
お前は怪力なんだから。
テーブルを壊すな。


 怯えながらテーブルを見つめる。


 拳ひとつで島崎を再起不能にし、船内の設備も色々破壊した、と聞いている。


 テーブルなんか簡単に破壊してしまうだろう。


白石琴乃

もう私は『破壊神』でも『怪力』でもないわよ!
『生理の時だけ無敵の女になる』のよ!
それはもう終わったの!


 前島が首を傾げて尋ねた。


前島悠子

どうして生理の時だけ無敵になるんですか?

白石琴乃

うっ……。
そ、そういう魔法があるのよ。

前島悠子

えぇ!?
いいなぁ。
私にも教えてくださいよ。

白石琴乃

ダメよ。
使うと私の寿命が1年減るのよ。


 天野はタバコを取り出しながら、心底嫌そうに尋ねた。


天野勇二

それで、結局は何の用事なんだ?
依頼はもう達成した。
何を言われても受けないからな。


 琴乃は腕組をしながら偉そうに天野を見下した。


白石琴乃

私は推理でも調査でも、アンタに勝てなかった。
自分の無力さを痛いほど噛み締めたわ。
私の完全なる敗北だった。


 天野は感心したように言った。


天野勇二

物分かりが良いじゃないか。
当然だな。
俺様の推理はビンゴだった。
我ながら実に見事な推理と調査だったよ。

白石琴乃

認めたくないけどその通り。
だから決めたの。
私が真の『美人探偵』になるまで……。


 琴乃は衝撃の言葉を吐いた。



白石琴乃

『天才クソ野郎チーム』に、この私を加えてもらうわ。



 天野と涼太は「ぎょっ」として叫んだ。



天野勇二

い、いらねぇよ!
お前なんてチームにいらねぇ!
勝手に加わるな!

佐伯涼太

そ、そうだよ!
コトちゃんやめて!
僕たちは暴力集団じゃないんだ!

天野勇二

そうだ!
帰れ!
チームは3人だけで十分だ!
とっととうせろ!


 天野が思わず立ち上がると、琴乃も挑戦的に立ち上がった。


白石琴乃

何を偉そうに言ってるのよ。
私にあんな男らしい発言をしたくせに、あっさり犯人にやられたじゃない。
貧弱な天才クソ野郎だわ。

この『美人探偵コトちゃん』がチームに入ってやるって言ってんのよ!
素直に喜んで歓迎しなさいよ!


 前島が嬉しそうに両手を上げた。


前島悠子

やったぁ!
チームに仲間が増えました!
しかも美人探偵さんです!


 天野は必死にブンブンと手を振った。


天野勇二

そんなのいらねぇって!
お断りだ!
帰れ!
消えろ!

白石琴乃

帰らないわよ!
別にアンタを見直したワケじゃないんだから!
私が美人探偵としてアンタを超えるために、アンタの推理力を全部盗んでやるためなんだから!


 涼太は椅子に座り、苦笑しながら前島に告げた。


佐伯涼太

と、とんでもないツンツンキャラだね。
全力で拒否しようよ。

前島悠子

えー?
そうですか?
ツンデレキャラさんですよ。
歓迎しましょうよ。

佐伯涼太

え、えぇ?
ぼ、僕はイヤだなぁ……。


 天野はタバコをテーブルに叩きつけながら怒号をあげた。


天野勇二

そんなクソみたいな理由で俺様につきまとうな!
チームへの加入も却下だ!
お前の顔なんか見たくもない!

帰れ!
ミス研の部室に帰れ!
コミュ障のたむろ場に帰れ!
この場からうせろ!

白石琴乃

帰らないわよ!
もう私はチームに入るの!
素直に入れなさいよ!

天野勇二

イヤだって言ってんだろ!
早く帰れ!
消えろ!

今すぐに俺様の視界から消えろぉぉッ!



 天野と琴乃はギャーギャーと「帰れ」「入れろ」とわめき始めた。



 テラスに2人の怒号がこだまする。



 涼太はもう苦笑することしかできない。



 前島は「師匠にお友達ができて良かったですねぇ」と、どこか嬉しそうに天野の横顔を見つめていた。















(おしまい)

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つばこ

ご愛読いただきありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
ヒアルロン酸「僕は『後日談』に登場しないんだ……。結構がんばったのに(´;ω;`)ウッ…」
 
 
さてさて、次回の天才クソ野郎ですが、天野くんにキャンプやバーベキューなんぞをやってもらおうかな、と思ってます。
同行者は過去のエピソードに登場した『混沌のカルテット』の面々。
そして担当さんが「もっと前島ちゃんを出してくださいヽ(`Д´)ノプンプン」とうるさいので、前島ちゃんにも行ってもらう予定です。
 
それでは来週土曜日、
『彼が上手にバチェラーパーティーに参加する方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 124件

  • まこと

    珍しい光景のラストを迎えた

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  • 村岡

    琴乃がメンバーに入るのか…
    現時点では結構苦手だから不安だ

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  • 「ふつうになりたい」激推し

    3人がいいんだけどなあ、、、笑

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  • みと@第3艦橋OLD


    前島が女の子相手に嫉妬してない、だと!?

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    ことちゃんの嫌われようww
    ヒアルロン酸はアルカナで無事(?)レギュラー入りしてよかったね!

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