天野勇二

やはりお前だったか。
久しぶりだな。
島崎しまざき俊夫としおさんよ。



 男の身体が「ビクッ」と緊張した。


 サングラスをかけているので表情はわからない。


 だが、明らかに動揺している。


???

……なっ?
えっ?
あ、あは、あははは……。


 男は引きつった笑みを浮かべ、軽く後退した。


???

なにを、言っているのか……。
わ、私は、そんな名前ではありませんが……。

天野勇二

とぼけるなよ。
お前は島崎俊夫だ。
その神経質そうな面構ツラがまえ。
よく覚えてるぜ。


 天野はニタニタと極悪の笑みを浮かべている。


 殺気をみなぎらせながら言葉を続けた。


天野勇二

半年前に東都病院を辞めてから、これまで何をしていたんだ?
お前は評判の外科医だったじゃないか。
患者とトラブルを起こすことでお馴染みの、使えない外科医としてな。


 島崎は仰天して天野を見つめた。


島崎俊夫

な、なに……!?
お前は誰だ!?
なぜ俺のことを知っている!?

天野勇二

なぜだと?
ほう……。
俺様の顔に覚えはないのか?

島崎俊夫

お、お、お前の、顔……?


 島崎が天野の顔を凝視ぎょうしする。


 サングラスを外そうとしたが、慌てて踏みとどまった。



島崎俊夫

……お、覚えてないな。
お前は誰だ……?
なぜ、俺をつけ回している?



 島崎の返答を聞くと、天野は「チッ」と舌打ちした。


 明らかな失望の表情を浮かべる。


天野勇二

なんだ。
俺様のことは覚えてないのか。
実に残念だ。


 ふぅ、と息を吐く。


天野勇二

だが、ここまできたら『ついで』だ。
お前、環八に人体を遺棄したな。
何人殺したのか知らねぇが、その愚劣で非道な行為、ここで終わらせてやる。


 島崎が「なっ!?」と驚きの声をあげた。


 それと同時に天野は素早く跳びかかった。




天野勇二

くらいやがれ!



 長い脚をしならせ、正面からの二段蹴り。


 島崎の身体を塀に叩きつけると、脇腹に膝蹴りをぶち込み、掌底しょうていを頬に叩き込む。


 いきなりの怒涛どとうのラッシュだ。



島崎俊夫

うがはっ!
や、やめろ!



 島崎の悲鳴を無視しておくえりを掴む。


 払い腰で巻き込むように地面へ投げつけた。


 倒れた島崎にのしかかり、後はお得意の関節技で骨をへし折って決まり、のはずだった。



島崎俊夫

このぉっ……!



 島崎はもがきながらポケットに手を伸ばした。


 バタフライナイフを取り出す。


 素早く刃を露出させると、天野のうなじに突き刺した。



天野勇二

ぐあっ!



 首筋に「ドスッ」という衝撃。


 ワンテンポ遅れて、熱を持った激痛が走った。



天野勇二

(まずい。やばいところを刺された)



 致命的な箇所を刺された。


 ナイフを動かされる訳にはいかない。


 天野は島崎の拘束を解くと、即座にナイフを手で押さえ、後退して距離をとった。



島崎俊夫

アッハッハッハ……!
いてぇじゃねぇか……!


 島崎が脇腹と頬を押さえながら立ち上がる。


 ショルダーポーチに手を伸ばし、もう一本隠し持っていたバタフライナイフを取り出した。


島崎俊夫

てめぇ、なんで俺の名を知ってやがる!?
なぜここにいるんだ!?


 天野は突き刺されたナイフを押さえ、苦しげに顔を歪めた。


天野勇二

貴様、頚椎けいついを狙いやがったな。

島崎俊夫

ほう?
詳しいなぁ。
もうお前は上半身不随ふずいかな?



 うなじには頚椎という重要な器官がある。


 ここが切られたり折れたりすれば、人間は即死する。


 神経が傷つけば、身体のどこかが麻痺し、やはり死に至る。


 ナイフを抜けば出血多量の恐れもあり、動いて傷が広がれば、身体に不随が残る。


 天野は片膝をつき、悔しげに顔を歪めた。



島崎俊夫

お前が誰か知らねぇが、ここで死んで……。

佐伯涼太

てりゃあ!



 島崎の背後から涼太が飛びかかった。


 下段と上段に自慢の蹴り技を叩き込む。


島崎俊夫

いでぇ!


 島崎が驚いて振り返る。


 涼太のハイキックが唸りをあげて飛んできた。


島崎俊夫

うおおぉっ!


 島崎はなんとかしゃがんで避けると、バタフライナイフを閃かせた。


 まずい。


 涼太が勝てる相手ではないかもしれない。


 天野は素早く警告した。


天野勇二

涼太!
気をつけろ!
急所を狙ってくるぞ!


 島崎はナイフを扱うのに慣れている。


 突き刺すことにも躊躇ちゅうちょがない。


 島崎はナイフを踊らせるように振り回すと、涼太の喉を狙って突き出した。



佐伯涼太

うひゃぁぁっ!



 慌てて涼太が掌底で島崎の腕を打つ。


 ナイフの切っ先をわずかに逸らせたが、島崎はその程度で引かなかった。



島崎俊夫

ふっヒャひゃヒゃァッ!



 狂った奇声をあげ、瞳や喉などの、一撃で戦闘不能にできる箇所を狙ってくる。


 手加減のない連撃。


 人を殺めることに、何のためらいも持たない、殺人者の迫力と狂気。


 さすがに涼太は恐怖した。


 目がマトモな人間の色をしていない。



佐伯涼太

くそっ!
イカれてんね!



 本物の猟奇殺人犯シリアルキラーと対決するのは涼太も初めてだ。


 まさか、ここまでの殺気と迫力と狂気を放ち、迷いなく急所を狙ってくるとは。


 前蹴りを放ち、涼太は必死にナイフの間合いから逃げた。



富樫和親(ヒアルロン酸)

涼太さん!
大丈夫ですか!?

佐伯涼太

と、富樫くん!?
危ない!
君たちは来ちゃダメだ!



 富樫たちが近寄ろうとするが、涼太は大声で制した。


島崎俊夫

ちっ……。


 島崎は4人の男たちを見て、ここが張られていたことを悟った。


 素早く塀に飛び乗る。


 船に向かって跳躍した。


天野勇二

涼太!
追うんだ!
ここで逃がしたら終わりだ!


 天野が首を押さえまま叫ぶ。


佐伯涼太

勇二は!?
どうしたの!?

天野勇二

頚椎をやられた!
俺は動けん!
頼む!
ぶちのめしてくれ!



 涼太の顔が恐怖に染まった。


 頼みの綱である天野が負傷して動けない。


 想像もしていなかった展開だ。



佐伯涼太

ち、ちくしょう!
これはマジで死ぬかも!



 涼太は涙目で海へ向かう階段を駆け下りた。


 島崎がクルーザーに飛び乗り、エンジンをかけて逃げようとしている。


 最悪の展開だ。


 ここで逃がせばもう捕まえられない。


 涼太が決死の覚悟で船に飛び乗ると、塀を跳躍してもう1人、誰かが船に飛び乗った。



佐伯涼太

コ、コトちゃん!?



 琴乃は華麗かれいに着地すると、すぐさまエンジンルームの扉を開け放った。


 島崎が驚いて琴乃を見る。



白石琴乃

私は美人探偵コトちゃん!
卑劣な殺人犯め!
逃がさないわよ!
覚悟しなさい!



 島崎はニヤリと狂気の笑みを浮かべた。


 迷うことなくバタフライナイフを取り出す。



島崎俊夫

ヒャハハハ!
新しいコレクションだぁ!



 ナイフが閃く。


 一直線の軌道を描き、琴乃に向かって飛ぶ。


 ナイフはまるで吸い込まれるかのように、琴乃の喉を捉えた。


 涼太にはその光景がスローモーションのように見えた。





 琴乃が刺された。



 最悪だ。



 止めることができなかった。




 涼太の視界が絶望に染まり、世界が一瞬、真っ白になったように感じた。





島崎俊夫

……な、なんだこりゃあ!?




 島崎が驚いてバタフライナイフを見つめる。


 刃が中央で真っ二つに折れている。


 琴乃の首には傷ひとつない。



白石琴乃

フフフッ……。
何よそれ。
そんなものが、美人探偵コトちゃんに通用すると思ったの?
そうやって、4人もの女性を殺害したの?



 琴乃が折れたナイフの切っ先を投げ捨てた。


 いつの間に折られたのか。


 どんな早業はやわざで折ったのか。


 混乱する島崎に、琴乃が叫んだ。



白石琴乃

あんたみたいな悪党は許さない!
くらいなさい!



 琴乃の鉄拳が島崎の顔面に炸裂した。






 パキゴキボキッ





 骨が砕ける鈍い音が響く。


 島崎は呆気なく吹き飛んだ。



白石琴乃

あんたなんか、こうよ!



 琴乃は島崎の脚を掴むと、船の正面に放り投げた。




 バリーン!




佐伯涼太

あわわわっ



 涼太はオロオロして目の前に飛んできた島崎を見つめた。


 琴乃は島崎の身体で窓をぶち破り、涼太の目の前まで投げたのだ。


 島崎の顔面は原型を留めていない。


 もう虫の息だ。



白石琴乃

オラオラオラァッ!



 琴乃が窓を蹴破りやって来る。


 島崎に飛び乗って馬乗りになると、拳を迷うことなく振り落とした。





 ズガシャン!




佐伯涼太

ひいいい!



 涼太はあまりの光景に悲鳴をあげた。


 琴乃の拳が島崎の身体にめり込んでいる。



白石琴乃

女ばかり狙って!
この卑怯な犯罪者!
絶対に許さない!

あんたが!
泣くまで!!
殴るのを!!!
やめないッ!!!!




 ズカッ、ボキッ、グシャ、バキン




 島崎の身体はピクピクと痙攣けいれんしており、完全に意識がない。


 涼太は慌てて止めに入った。


佐伯涼太

コトちゃん!
もうやめて!
やりすぎ!
死んじゃうよ!

白石琴乃

いいのよ!
こいつの体、全部ぶん殴ってやる!
この間に女の子たちを助けて!

佐伯涼太

う、うん……。
わかった。
こ、殺しちゃダメだよ!
ダメだからね!

白石琴乃

うるさいわね!
わかってるわよ!
早く助けなさい!

佐伯涼太

は、はいっ!


 涼太は慌てて船内に飛び込んだ。


 途端に強い腐敗臭が鼻をつく。



佐伯涼太

こ、ここかな……?



 中央に続く扉。


 この奥から猛烈な臭いが漂ってくる。


 涼太は慎重に扉を開き、その扉を開けたことを一生後悔した。



佐伯涼太

うおぇぇぇぇ!!!



 すぐさま扉を閉め、その場に嘔吐おうとした。


 部屋の中には凄まじい光景が広がっていた。


 バラバラの人体が部屋に散らばり、臓物が垂れ流され、いくつかの頭部が置かれていた。


 何もかもがグロテスク。


 直視できる光景ではなかった。



白石琴乃

涼太さん!
女の子は生きてた!?



 島崎を完膚かんぷなきまでに叩きのめした琴乃が、涼太のもとにやって来た。


佐伯涼太

こ、こ、こ、この部屋の中にいる……。
せ、生存者は、いない。

白石琴乃

ここなの?
見てもいい?


 涼太は慌てて扉の前に立ちはだかった。


佐伯涼太

見ないほうがいい!
絶対に見たらトラウマになる!
生存者はいない!


う、うぇっ……おえぇぇぇ……!


 涼太は胃液を吐き出しながら、必死に琴乃を制した。


白石琴乃

そっか……。
生存者はいないのね……。

佐伯涼太

う、うん……。
勇二のところに戻ろう……。
警察と救急車を呼ばなきゃ。


 涼太が船上に戻ると、そこには無残な島崎の姿があった。


 琴乃にとことん痛めつけられたのだろう。


 ピクピクと痙攣している。


 船内の惨状を見た涼太は、そんな島崎に同情する気持ちは全く沸いてこなかった。



富樫和親(ヒアルロン酸)

琴乃さん!
大丈夫ですか!?

メガネ(斉藤くん)

お怪我はありませんかぁ!?


 富樫とメガネが駆けつけた。


 琴乃は嬉しそうに左指を「ビシッ」と突き上げた。



白石琴乃

もちろんよ!
私は正義の名探偵!


キュートな推理でたったひとつの真実を解き明かす!
見た目は美人で頭脳はオトナ!
その名も
美人探偵コトちゃん』


華麗に事件を解決ね!



 琴乃による勝利の雄叫びが運河にこだましていた。






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つばこ

いやぁ、今週のコトちゃんには痺れましたねぇ(*´ω`*)
こんな女の子だっていいよね! 守られてるばかりのプリンセスじゃつまらない! いざとなれば鉄拳で悪党を叩き潰すんです!!!
 
☆以下告知☆
 
5月2日(火)より、もうひとつの天クソの連載を開始しております!
天クソ初の長編! 火曜連載です!
タイトルは『天才クソ野郎とアルカナの支配者』!
 
サスペンスあり、ミステリーあり、胸キュンなラブロマンスやコメディもてんこ盛りの天クソらしい長編です!
文庫本2冊分ぐらいの読み応えがありますので、じっくりお楽しみいただければ幸いです!
 
ではでは、いつも応援やコメント、本当にありがとうございます!∠( ゚д゚)/ビシッ

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コメント 122件

  • rtkyusgt

    最初からそうしてればいいのに

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  • まともに戦力になる黒魔術もあったとはな

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  • ちいすけ

    コトちゃんがスタンド使いだったとは…

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  • まこと

    黒魔術って、何だ?すごい効果

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  • ゆんこ

    黒魔術こんなに効果あるんや!

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