サラ・オコナー氏雇用形態人生設計を左右。
1830年11月9日英国の南部ケント州の農場に約100人の農場労働者が集結し、
のこぎりや斧で脱穀機を破壊した。中部ノーフォーク州のバーナムオリバーでも
労働者らが「正直者が仕事にあぶれる」と叫びながら脱穀機を叩き壊した。小麦
栽培地域で脱穀機の普及に伴い仕事を失ったり賃金を削られたりした農場労働者
による「スイング暴動」だ。彼らは脱穀機を破壊し、納屋に火を放ち、「農場主」
に脅迫状を送り、賃金の引き上げを要求した。11月下旬には「南イングランドの
大半が事実上、炎に包まれたように見えた」という。仕事の世界で起きた変化に
労働者らは捨て鉢になった。手作業で脱穀する仕事で冬の間、糊口をしのいでいた
が、脱穀機の登場によって作業効率が5~10倍も上がり、農場主らは彼らを
雇う必要がなくなった。農場での仕事は以前より不定期で不安定になった。当時の
記録には「日雇い労働者は特に雨の日は雇わなくてもよいことから、使用人を
住み込ませるより安く済む」と残されている。
歴史上再び、我々は、少なくとも一部の人にとっては仕事がより不確実で不安定
になりつつある時代に生きている。昨年、個人で配送業務を請け負う「アマゾン
フレックス」のドライバーたちは物理的に最も近い人に仕事が割り振られる仕組み
を逆手に取り、スマートフォンを配送拠点のすぐ外の木にぶらさげた。英北部
スコットランドのラズベリー農場では、雨が降ったり収穫量が一定水準を下回った
こうした問題の解決方法として「ユニバーサルベーシックインカム(UBI)」が
たびたび持ち出される。政府があらゆる人に無条件で毎月、最低限の所得水準を
保障する制度だ。賛同者らは仕事が技術の進歩によって減り、あるいは予測不可能
や不安定になるとすれば、労働市場に左右されない最低限の所得が必要になると主張
する。さもなければ、働き手は脱穀機を破壊した英国の労働者と同様、怒りの
余り自暴自棄に陥ってしまいかねないとみる。
だが変化する労働市場への対応策としてUBIを導入した場合、その変化を予測困難
な形でさらに促してしまうという側面もある。スイング暴動の事例では、よかれと
思って導入した福祉制度が実際には労働者の窮状を悪化させたとする指摘する歴史家
もいる。1790年代半ば英南部で貧困層に対し、所得がパンの値段を基準とする最低
生活費を下回れば、その分を公費で補填するという救貧制度が定められた。経済史家
はこれを「愚者の楽園」と評した。公的資金による埋め合わせがあるのを知って
賃金を減らす農場主が続出したためだ。ただこうした評価だけでない事も強調したい。
とはいえ現在UBIが導入されたら雇用主がどう受け止めるかは考慮したほうがいい。
1999年に英国で勤労者世帯に税額控除が導入された時、雇用主は制度の対象となる
労働者の賃金を若干下げるようになり、この傾向は制度の対象外の労働者の賃金にも
及んだという。最低限の生活に必要な賃金水準や労働時間の保障を求める英リビング
ウェージ財団の主張は勢いを失うかもしれない。最低賃金の概念すら否定される可能性
がある。一方、UBIの賛同者はメリットがあると訴える。最低限の所得保障と言う
磐石な土台があれば、労働者は低賃金の業務やライフスタイルと会わない仕事を続け
無くて済むし、雇用主は労働者を確保するため、魅力的な賃金と労働条件を提示する
必要に迫られるはずだという。フィンランドなどではUBI社会実験が進められたが
雇用主の行動に影響を及ぼすほどの規模でなく、先行きを占う材料としては不十分だ。
すべての問題が技術の変化によってもたらされるわけではないと認識する事が肝要
だ。例えばラズベリーの収量の低い労働者が報酬をもらえず宿泊所で待機を言い渡さ
れるのはアルゴリズムや機械のせいではない。こうした処置を許す法律があるから
農場主はそうするのだ。UBIはもっと議論する価値がある。その際、仕事の不安定化は
全て必然で、我々はそれに適応していかねばならないと考えてしまう危険がある。