時刻は深夜2時。


 天野が見つけた運河沿いの自転車ロードバイク


 その近くに、2台の車が停まっていた。



 片方には天野琴乃の姿。


 もう片方には涼太富樫メガネの姿。


 それぞれの車にて、天野たちは張り込みを開始していた。



白石琴乃

もう……。
この車、狭いし汚いし臭いわね。



 助手席の琴乃がグチを吐いた。


 乗っているのは『学園の事件屋』として使用する際の軽自動車。


 かなり手荒く扱われており、車内は汚くてヤニ臭い。


 琴乃は心底嫌そうに言った。


白石琴乃

アンタって、いつも私とペアになりたがるわね。
もしかして、私に気があるの?
私が美人だからって襲わないでよね。


 天野も心底嫌そうに言った。


天野勇二

よくそんな自信が湧いてくるな。
それだけは感心するよ。
お前みたいな単細胞のクソ女、まるで好みじゃねぇよ。

白石琴乃

あら?
気が合うじゃない。
私もアンタみたいなクソ野郎なんてお断り。
また意見が一致したわね。


 琴乃は肩をすくめると、窓の外を眺めた。


 時刻は深夜2時だ。


 遠くから工場の稼動音と、波の音が微かに聴こえる。


白石琴乃

しかしこんな時間から張り込むなんて……。
アンタって意外に用心深いのね。

天野勇二

俺様の推理とて万能ではない。
あくまで可能性の高い事象にヤマを張っているだけだ。
この張り込みだって、空振りに終わる覚悟はしている。

白石琴乃

もしヤマが外れたら、どうするのよ。

天野勇二

さぁ?
どうするかな。
またゼロから推理して作戦を練り、犯人の尻尾を追いかけるさ。


 琴乃は呆れたように息を吐いた。


白石琴乃

アンタって変わってるわね。
誰よりも熱心にこの事件に取り組んでる。
それは私の依頼を達成するため?
それとも被害者が同じ大学の女子大生だから?
もしかして、アンタの知り合いだったりするの?


 天野は不敵に笑った。


天野勇二

まだそんな話を信じていたのか?
あれはブラフだよ。
失踪者と死体のDNA照合ってのは時間がかかるんだ。
誰が被害者なのか、知ったことじゃないな。


 琴乃は驚いて天野を見た。


白石琴乃

……えっ?
ブラフ?
私たちを騙したってこと!?

天野勇二

ああ、そうだ。
お前は『ライアーサイン』を見逃したんだ。
せっかく俺様が講義してやったのによ。

白石琴乃

ほ、ほ、本当にクソ野郎ね……!
あんなあっさりウソを吐くなんて!

天野勇二

気づかないほうがバカなんだよ。


 琴乃はしばし怒りに震えていたが、すぐにひとつの疑問が湧き上がった。


 首を傾げて尋ねる。


白石琴乃

でも、それなら、ますますアンタが出しゃばる理由がないじゃない。
アンタは犯人と直接やり合うつもりでしょ?

天野勇二

ああ。
単独でやり合うつもりだ。
そしてブチのめし、その手柄を全てお前にくれてやる。


 琴乃は仰天した。


白石琴乃

なんで!?
それ全部、アンタの手柄よ!
なんでそれを私にくれるの!?

天野勇二

言ったはずだ。
俺様は『悪』なんだ。
手柄は正義の『名探偵』を気取るお前のほうが似合うさ。

白石琴乃

ありえない。
全然理解できない。
『学園の事件屋』としての評判も上がるのに。

天野勇二

そんなものいらねぇよ。
警察にいちいち説明するのも面倒でなぁ。
それをお前が引き受けてくれるんだから、俺様としてはギブアンドテイク。
五分五分フィフティ・フィフティのつもりだぜ。



 琴乃は思わず天野の顔をじっと見つめた。



白石琴乃

……アンタって、本当に変わってる。
天才で推理力もピカイチ。
私はアンタの手足でしかなかった……。


 琴乃は少し迷ったが、天野に質問を投げた。


白石琴乃

ねぇ、前に言ってたじゃない。
アンタの『学園の事件屋』としてのポリシーってなんなの?
教えなさいよ。


 天野はあっさり吐き捨てた。


天野勇二

お前に説明してやる必要性はないな。


 琴乃は真剣な顔でもう一度尋ねた。


白石琴乃

私は知りたい。
お願い。
ここまでアンタに振り回されて、推理も調査も協力したのよ。
教えてくれてもいいじゃない。



 天野はタバコの煙を吐き出しながら、虚空を見つめた。


 別に話すことではない。


 話したい訳でもない。


 だが、隠すほどのことでもない。


 どうせ暇なので、軽く話してやることにした。



天野勇二

大したことではない。
俺様の『本質』の問題さ。

白石琴乃

本質?
それってどういうこと?



 天野は煙を吐き出しながら、のんびりと語り始めた。



天野勇二

俺はつい最近まで、自分の『本質』というものがわからなかった。
自己認識アイデンティティが曖昧な空っぽの人間だったのさ。
お前は何者だと問われたら、何も答えられない人間だったんだよ。


 天野は小さく笑った。


天野勇二

だが、いつからか『昼を奢ること』を条件として、事件屋まがいのことをしていたら、誰かが俺のことを『天才クソ野郎』と呼び始めた。
俺はその時に気づいたのさ。


 タバコを灰皿にねじ込み、嬉しそうに笑った。


天野勇二

あっはっは。
俺が『天才クソ野郎』だとよ。
なんてイカれたネーミングだ。

だが俺は、それこそが自らの『本質』に相応しい名だと感じた。
それで俺は空っぽではなくなった。
だから今も、『学園の事件屋』を続けているのさ。


 ふいに、天野は琴乃をじっと見つめた。


天野勇二

琴乃よ。
お前の『本質』はなんだ?

白石琴乃

え……?
きゅ、急に、何よ……。



 軽自動車の暗がりの中で、琴乃はぎゅっと胸の奥を掴まれたような気がした。


 闇に浮かぶ天野の顔には、「クソ野郎」の面影がなかったからだ。



天野勇二

お前の『本質』だ。
お前はどんな人間だ?

白石琴乃

わ、私の本質?
そ、そんなの、まだ考えたことない……。


 天野は優しげに微笑んだ。


天野勇二

ああ、それでいい。
お前は自分じゃ気づいていないようだが、自らの本質を『美人探偵コトちゃん』として定義しようとしている。
だが、今のお前にも、今のお前であるがための、ひとつの『本質』があるはずだ。


 天野は新しいタバコに火をつけた。


天野勇二

今は答えられなくてもいい。

本質とはなんだろう?
あれか? これか?


そう悩みながら生きていくものだ。
そしてもし、それを『美人探偵コトちゃん』と呼ぶのであれば、かなりの努力が必要だ。


 深く煙を吐き出す。


 再び虚空を見つめる。


天野勇二

きっと誰もが『美人探偵コトちゃん』と名乗るお前を笑うだろう。
俺がしたように小馬鹿にもするだろう。

だが、正直なことを言えば、お前の中にある『探偵』への憧れは、俺がかつて失った感情のひとつだ。
少しだけ、お前の前向きで滑稽こっけいな行為が羨ましいと感じるよ。



 琴乃は思わず真顔になった。



 まさか天野がこんなことを言い出すとは。



 車内は驚くほどの優しい空気に満ちている。



 闇の中の天野は、『天才クソ野郎』とは別人のようだ。



 琴乃は天野という人間がよくわからなくなってしまった。



白石琴乃

ふぅん……。
本質か……。
だからアンタは『天才クソ野郎』を名乗るんだ……。



 琴乃は小さく呟いた。


 『美人探偵コトちゃん』が自らの本質なのか。


 琴乃にはまだわからない。



白石琴乃

やっぱり、アンタは変わってる。
アンタを理解するのは難しそうね。

天野勇二

クックックッ……。
お前に理解なんかされたくもねぇよ。

白石琴乃

な、なによ。
ふん!
こっちだって理解したくないし!





 天野と琴乃がそんな会話をしている頃。


 もう1台の車は、微妙な緊張感に包まれていた。



メガネ(斉藤くん)

ああ……。
コトちゃん……。
天野さんと一緒で、大丈夫かなぁ……。



 メガネが不安げに天野たちの車を見ている。


 周囲は暗く、2人の様子はよく見えない。



富樫和親(ヒアルロン酸)

天野さんは琴乃さんと、朝まで2人きり……。
いいなぁ……。



 富樫も複雑な表情だ。


 この2人は琴乃に惚れている。


 愛しの琴乃は、天野とどんな夜を過ごしているのか。


 2人は色々と心配だった。



佐伯涼太

勇二はさぁ、マジでふざけんなってほどのイケメンでしょ?
しかも医者のボンボン。
昔から女の子に大人気だったんだよねぇ。


 涼太がからかうように言った。


富樫和親(ヒアルロン酸)

や、やっぱり天野さんって、モテたんですか?

佐伯涼太

もうめっちゃモテたよ。
勇二には妹さんがいるから、女の子の扱いも上手だったしね。

メガネ(斉藤くん)

大丈夫かなぁ。
2人の仲が進展したら、どうしよう……。

佐伯涼太

うぷぷ。
大丈夫だよぉ。
そんなことあるワケ……。

……あっれぇ?


 涼太は身を乗り出し、天野たちの軽自動車を見つめた。


佐伯涼太

あの車、ギシギシ揺れてない?
もしかして、勇二とコトちゃん、始まっちゃった?


 メガネが慌てて立ち上がった。


メガネ(斉藤くん)

うわぁぁぁ!
と、止めてきますぅ!!


 涼太はハンドルを叩きながら笑った。


佐伯涼太

ぎゃはははは!

ウソだよー!
そんなワケないじゃん!
勇二がコトちゃんを口説くなんて、200%ないって断言できるね!

そんなことよりさ、今度コンパしようよ!
コンパ!
ミス研には女の子いないの!?


 富樫が困ったように告げた。


富樫和親(ヒアルロン酸)

ミス研には、部員が僕たちしかいないんです……。

佐伯涼太

えー?
つまんないなぁー。
じゃあ、2人はそういう女友達いないの?


 富樫とメガネはしょんぼりと顔を見合わせた。


 片方は小太りのブサイク。


 片方は美肌が売りだけのブサイクだ。


富樫和親(ヒアルロン酸)

すみません……。
僕たちには、そういう友達がいないんです……。

佐伯涼太

いないのー?
なんだ2人共、経験がないワケじゃないんだからさぁ。
誰か紹介してよぉー?



 富樫とメガネはますます困ってしまった。


 経験なんて、そんなものはない。



メガネ(斉藤くん)

あの僕らは、その……。
まだ、なんです……。



 メガネが代表して答える。


 涼太はまたハンドルをバンバン叩きながら笑った。



佐伯涼太

ぎゃははははは!

2人ともチェリオだったの!?
それを早く言ってよ!
童貞好きチェリーイーターな知り合いが何人かいるから、紹介してあげよっか?



 富樫もメガネも、凄まじく魅力的な涼太の発言に「はい! お願いします!」という言葉が喉まで出かかった。


 慌てて首を横に振る。



富樫和親(ヒアルロン酸)

い、い、いいです!
僕は琴乃さんが好きなんです!

メガネ(斉藤くん)

は、はい!
僕もコトちゃんに捧げます!



 涼太はニンマリと悪い笑みを浮かべた。



佐伯涼太

ふっふっふっ……。
何をヤボなこと言ってるのさ。
もちろん、コトちゃんには『ナイショ♡』だよ。
それならどう?



 富樫とメガネは揃って即答した。



富樫&斉藤(メガルロン酸)

はい!
お願いします!






 長い時間が過ぎた。


 やがて東の空が明るくなり、太陽が運河を照らし始めた。



白石琴乃

ふわわぁ……。
来ないわねぇ……。



 琴乃は欠伸あくびを噛み殺し、外をぼんやりと眺めた。


 時刻は朝の7時過ぎだ。


白石琴乃

ねぇ、アンタはいつ頃が怪しいと睨んでるの?


 天野も外をぼんやり眺めながら答えた。


天野勇二

朝の蒲田かまた方面は出勤時のラッシュで、自転車が多く行き交うことになる。
その混雑に紛れるか。
その時間帯を避けるか。
どちらかだな。

白石琴乃

午前中ってこと?
そんなに早いの?

天野勇二

これまでの遺棄いきは午後に集中している。
昼を過ぎれば警察の警戒が強くなるだろう。
午前中を狙ったほうが賢いな。



 天野がそう言った時だった。


 運河から船のエンジン音が聴こえてきた。



天野勇二

来たな。

白石琴乃

う、うん。
来たわね。


 天野たちは急いで車から飛び出した。


 物陰に隠れる。


 涼太たちもエンジン音を聴いたようで、同じように車から飛び出している。



白石琴乃

運河の塀が高くて船が見えないわね。

天野勇二

ああ。
だが、間違いなくここに向かっている。



 船のエンジンは天野たちの近くで止まった。


 しばらくすると、運河の階段をカンカンと上る足音が聴こえた。


 誰かが船を降りて、ここにやって来る。



白石琴乃

ほ、ほんとに来た……!



 琴乃の背中を冷たいものが走った。


 犯人がやって来る。


 猟奇的殺人犯シリアルキラーがやって来る。


 自分たちの手で捕まえて、警察に突き出さなければならない。



 恐怖に震える琴乃を見て、天野が静かに告げた。



天野勇二

怯えることはない。
この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいく。
お前のことは必ず守るさ。



 琴乃は驚いて天野を見つめた。


 天野の顔は『悪』で溢れ、決死の覚悟と、はち切れそうな殺気を放っている。


 しかし、自分にかけられたのは、それとは真逆の言葉だった。



天野勇二

……男か。
1人だな。



 階段を軽快に駆け上がり、1人の男が現れた。


 シンプルなサイクリングウェアを着ており、ヘルメットとサングラスを装着している。


 荷物はショルダーポーチがひとつ。


 街中に溢れている自転車乗りそのものだ。



 天野は周囲の臭いを嗅いだ。


 潮とヘドロの中に、微かに人体の腐敗臭が混ざっている。



天野勇二

間違いない。
クロだ。

白石琴乃

マ、マジなの……!

天野勇二

お前はここに隠れていろ。



 階段を上がってきた男は軽くストレッチすると、自転車の鍵を取り出した。


 停められていた自転車ロードバイクに手を伸ばす。



天野勇二

おはようございます。



 天野が気配なく飛び出し、男に声をかけた。



???

…………



 男がいぶかしげに天野を見る。


 天野はその顔を確かめると、ニタリと極悪の笑みを浮かべた。



天野勇二

やはりお前だったか。
久しぶりだな。
島崎しまざき俊夫としおさんよ。






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26,220

つばこ

いよいよ『美人探偵編』もクライマックス! 残りわずかです!
 
現れたのは本当に猟奇的殺人犯なのか!?
なぜ天野くんは名前を知ってるの!?
コトちゃんのスーパーパワーはどうなったの!?
涼太くんはチェリーイーターについてもっと詳しく!!!
それはどこに生息してるポケモンなのかもっと詳しく!!!!
 
そんな数々の疑問(?)を連れて次週へ続きます!
いつも応援やコメント、本当にありがとございます!!!(´∀`*)ウフフ☆

☆追伸☆

前話で募集していた『つばこへの質問』がたくさん集まりまして、『アルカナ編』の作者コメントを書けそうな気がしてきました!
ご協力いただいた皆さま、おいしいネタを本当にありがとうございます!
募集は5/23(火)まで受付しておりますので、何かあれば質問いっぱいください!(*- -)(*_ _)ペコリ

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コメント 109件

  • まこと

    え、お知り合い?類友?(違う)

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  • ゆんこ

    うーんうーん…(。-ˇ.ˇ-。)

    つばこセンセ今日の晩御飯は何作ってくれるんですか?

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  • すず

    私富樫くん結構好きなんだけどな。

    てか、島崎って誰!?

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    美肌なのにブサイクってのがずっと納得いかないw

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  • バルサ

    天野くん、名前知ってんの?
    メガルロン酸…何かありそうなネーミングだね(^^;;

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