佐伯涼太

ふわぁ…………。




 涼太は 欠伸あくびをしながら、静かに目を覚ました。



 ピンク色のカーテンの隙間から朝日が覗いている。


 どこかのアパートの一室。


 恐らく女子の部屋だろう。


 甘ったるい化粧品の香りが漂っている。


佐伯涼太

ふぅん……。
夢かぁ……。



 懐かしい夢を見ていた。


 高校生だった頃の夢だ。


 世間のことや、女の子のことなんて、何ひとつ知らなかった。


 幼くて、どこまでも青かった、あの頃。




???

……あっ。
起きたんだ。
涼太くん、おはよう。




 キッチンに1人の女性が立っている。



佐伯涼太

おはよう。
あっ、そっか。
昨日は泊まらせてもらったんだね。

???

そうだよ。
まさか覚えてないとか言わないよね。

佐伯涼太

言わないよぉ。
僕はどれだけ酔っても記憶を失わないんだ。



 そう言いながら下着パンツを探す。


 女の子の部屋に泊まって朝を迎えるのは良くあることだが、いつも朝になると下着パンツが行方不明になってしまう。


 大学を卒業したら、パンツを探す癖は治るだろうか。


 そんなことを思いながら女性に声をかけた。



佐伯涼太

ねぇ沙也加さやかちゃん。
何を作ってるの?

葛城沙也加

朝ごはん。
パンでもいい?

佐伯涼太

いいね。
僕ちゃんはパン派なんだ。
いやぁ、卵とベーコンの焼ける香りがたまんないね。



 衣服を着ながらダイニングテーブルにつくと、葛城がトーストと牛乳を差し出した。


 隣にスクランブルエッグと、アボカドのチョップドサラダを並べる。


 なかなか悪くない朝食だ。


 『天才的チャラ男』は、女の子が朝食に何を作ってくれるか、という点を重要視している。


 それが女の子の部屋に泊まる醍醐味だいごみのひとつ。


 これまで色々な朝食を食べたなぁ、一番美味しかったのはなんだったかなぁ、と思いながらトーストにバターを塗っていた。



葛城沙也加

簡単なものしかなくてごめんね。

佐伯涼太

いいんだよ。
僕は少食だしさ。

葛城沙也加

急じゃなければ、もっとちゃんとしたものを出せるんだからね。

佐伯涼太

これで満足だって。
だけどまさか、あそこで会うなんて思わなかったね。

葛城沙也加

ホントだよ。
ビックリしちゃった。



 トーストを咀嚼そしゃくしながら、涼太は昨晩の記憶をあさっていた。


 実のところ、かなり飲みすぎてしまい記憶が曖昧あいまいだ。


 高校時代の夢を見たせいか、余計に記憶が混乱している。



葛城沙也加

うちの店で良く合コンしてるの?



 その言葉を聞き、涼太はようやく昨晩の『再会』を思い出した。




 季節は春。


 涼太というチャラ男が大好きな『新歓コンパ』が開催されるシーズンだ。


 あらゆる学部やサークルに顔を出し、毎晩色々な居酒屋で遊び回る季節。


 別の大学だろうが、専門学校だろうが、遠慮なく飛び込んで騒ぐ。




 その三次会で使われた居酒屋。


 葛城沙也加かつらぎさやかはそこで店員として働いていた。



佐伯涼太

ううん。
普段はコンパなんか参加しないよ。

葛城沙也加

嘘ばっかり。
すごく楽しそうだったじゃない。

佐伯涼太

そうかな?
ぜーんぜん楽しくなかったよ。
むしろ沙也加ちゃんと再会するために、神様が慣れないコンパに参加しろ、って命じたんだね。
いやぁ、勇気を出して良かったよ。


 葛城は呆れたように笑った。


 太陽のように健康的な笑顔。


 あの頃と同じように美しい。


葛城沙也加

変なの。
それホントかなぁ?
随分と口が上手くなったよね。

佐伯涼太

それはお喋りがってこと?
それともベッドの中でのこと?

葛城沙也加

もう!
ホントに変わったね。

佐伯涼太

そうかな?
沙也加ちゃんは綺麗になったよね。
より魅力的になったね。



 葛城の姿を見つけると、涼太は即座にコンパを放り出した。


 外野を無視して口説き、仕事が終わるまで待ち続け、そのまま葛城の部屋でお泊まり。


 もう涼太は立派な『チャラ男』に成長している。


 やるべきことは、もう済ませていた。



葛城沙也加

魅力的になったのは涼太くんのほうだよ。

佐伯涼太

それマジ?
信じても大丈夫なやつ?

葛城沙也加

もちろん。
すごくいい男になっちゃって。

佐伯涼太

それって見た目が?
それともベッドの中での僕ちゃんが?

葛城沙也加

もう!
そこはマイナスだね。

佐伯涼太

うぷぷ。
ごめんねぇ。
いやぁ、朝食美味しいなぁ。


 ヘラヘラと笑みを浮かべ、チョップドサラダを頬張る。


佐伯涼太

沙也加ちゃんは転校してから、どうしてたの?

葛城沙也加

あれ?
そのこと話したじゃない。
忘れちゃったの?

佐伯涼太

そ、そうだよね。
いや、改めて聞きたいんだ。
忘れたワケじゃないよぉ。

葛城沙也加

変なの。
もう大変だったんだから。



 残念ながら葛城と会話した記憶が曖昧あいまいだ。


 思い出せるのは、ベッドの中でのことぐらい。


 葛城は少し肩を落とし、ため息を吐きながら言った。



葛城沙也加

まさか勇二くんが、あんなことするなんて……。
あれ、涼太くんも絡んでたんじゃないの?
進藤さんが逮捕されちゃうなんて……。


 涼太は嬉しそうに手を叩いた。


佐伯涼太

あははっ!
そうだった。
思い出したよ。
あのクソ野郎は酷かったよねぇ。

葛城沙也加

ホントだよ。
内緒にしてくれると思ったのに……。

佐伯涼太

全てを暴露して拡散したからね。
進藤さんの家庭を崩壊させて、ファミレスまで潰しちゃうんだもんなぁ。
僕はね、何ひとつ絡んでないよ。

葛城沙也加

それホント?
お父さんにはすっごく怒られたし、新しい高校でも居辛いづらくてさぁ……。
結局、中退しちゃった。
今は大学に進学するためにお金を貯めてるんだ。



 その言葉を聞き、涼太はぼんやり当時のことを回想した。




 天野と進藤の報復ほうふく合戦がっせんは、あっさり決着がついたのだ。


 進藤は大怪我を負い、大学を追われて逮捕。


 進藤の父親はリストラされて家庭が崩壊。


 その時点で進藤には報復する気力が残っていなかった。




 さすがに天野にも厳しい処分が下り、1ヶ月ほど停学していた。


 天野が退学に追い込まれなかったのは、高校側が少し同情した、という背景がある。


 相手は女子高生に手を出し、転校させ、責任を押しつけた外道。


 それを退治したのだから、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあると判断した。


 そんな理由で『首席の天才児』を追放するのが惜しかったのだ。




 停学明けの天野はとにかく凶暴なオーラを放っていたものだ。


 近づく生徒は誰もいなかった。


 問題児に話しかけるのは、涼太しかいなかった。



佐伯涼太

……そうなんだ。
沙也加ちゃんは頭良かったからさ、きっと大学にも行けるよ。
ちなみに進藤さんとは続いたの?
あの人、今は何してるの?

葛城沙也加

知らない。
逮捕されてからは連絡とってないんだ。
今思えば、どうしてあんな人に夢中だったのか不思議。
やっぱり子供だったのかな。

佐伯涼太

そうそう。
なんで僕じゃなくて、そっちを選ぶのか。
マジで不思議だったよ。

葛城沙也加

そうだよね……。
今ならそう思う。
ホントに酷い女だったよね。
ごめんなさい。

佐伯涼太

いいんだよ。
気にしないで。



 朝食を平らげると、涼太は時計を見ながら立ち上がった。


 そろそろ行かないと1限の講義に間に合わない。


 本日の『新歓コンパ』の打ち合わせもしたい。



佐伯涼太

講義があるんだ。
そろそろ行くよ。

葛城沙也加

もう行っちゃうの?
なんだか寂しいな。

佐伯涼太

それってベッドに誘ってる?
沙也加ちゃんってば朝からお盛んだね。

葛城沙也加

もう!
涼太くんはそればっかり。

……あっ、そうだ。



 葛城は苦笑しながら立ち上がった。


 クローゼットを開けて何かを取り出す。


 靴を履いて帰ろうとする涼太に、微笑みながらひとつの物を差し出した。



葛城沙也加

ねぇ、涼太くん。

佐伯涼太

どうしたの?

葛城沙也加

これ、あげる。



 この部屋の合鍵あいかぎだ。



葛城沙也加

受け取ってほしいんだ。
あの時、途中で終わっちゃった、2人の続きをしたいの……。
今度こそ、ホントに大切な人の手を離したくないから……。



 葛城は言い訳するように言葉を続けた。



葛城沙也加

そ、それにね、私は夜遅くまで仕事だし、なかなか時間合わないでしょ?
好きな時に来ていいから。
なんでも使っていいし。
なんだったら、ずっと、いてくれてもいいから……。




 涼太は頬を染める葛城を眺めると、何事もないように言った。



佐伯涼太

いらない。

葛城沙也加

えっ……。
ど、どうして?

佐伯涼太

いらないじゃん。
だって、もう会うこともないでしょ?

葛城沙也加

そ、そんなことないよ。
また涼太くんに会いたい……。

佐伯涼太

あははっ。
それは高校生の僕ちゃんに言ってほしかったな。



 もう呆れるほどの優しさを贈る季節は終わっていた。


 爽やかな笑みを浮かべて言葉を続ける。



佐伯涼太

沙也加ちゃんはあの頃、僕を上手く使ったよね。
君にとって僕はメリットのある『キープ』だった。
今も何かの踏み台として使いたいの?

葛城沙也加

そ、そんなことない。
あの時とは違うの。
私はホントに涼太くんと………



 葛城の口唇を指先で塞ぐ。


 涼太は優しげな木漏れ日のような笑顔を浮かべた。



佐伯涼太

あの頃も今もね、僕にとっての真実は何も変わってないんだ。

でも沙也加ちゃんに出会えて良かった。
昔も今もね。
本当にそう思うよ。

でも、それはマジでいらない。
つまりもう顔も見たくないってこと。

それじゃあバイバイ!
元気でね!



 呆然とする葛城を残し、涼太は飛び出すようにアパートを後にした。



 葛城はどんな顔をしているのだろう。


 呆れているのか。


 怒っているのか。


 泣いているのか。


 もうどうでも良いことだ。



 スマホを取り出して地図を確認すると、涼太は口笛を吹きながら駅までの道のりを歩いた。


 あの頃に流行った歌を風に乗せて、雲ひとつない青空を見上げる。





 もしタイムマシンがあるなら、あの頃の自分に言ってやりたかった。


 大学生になったらあの恋にリベンジできる。


 女の子は星の数ほど存在しており、手を伸ばせば届く。


 どの星も美しい輝きを放っている。



 しかし、空の中心にあるのは、忘れることのできない思い出。


 それはたったひとつの真実。


 永遠に叶うことのない初恋。


 みかん色の夕焼けに消えていった、小さな温もり……。




 たったひとつの真実は大学生になっても変わらない。


 きっとこれからも、変わることはないのだろう。



 そんなことを言ってやりたかった。




佐伯涼太

でも、なんか僕は吹っ切れたな。
うん……。
そう思うことにしよう。




 軽い口調で呟き、涼太はもう一度青空を見上げた。



 苦かった恋の味は忘れてしまった。


 太陽の輝きさえ恨めしかったことも忘れてしまった。


 いつか新しい真実と、出会うことがあるのだろうか。


 そんなことを思いながら口笛を吹いていた。



佐伯涼太

……おっ。
勇二から電話じゃん。
マジでベストタイミング。



 スマホが親友からの着信を告げている。


 相変わらず偉そうな口調が飛び出した。



天野勇二

涼太か。
どうせ暇だろ。
ちょっと頼みがある。

佐伯涼太

うぷぷっ……。
どったの?
なんか勇二の声が聞きたい気分だったんだよね。

天野勇二

うん?
何を気持ち悪いことを……。

まぁいい。
また『依頼』だ。
しかもお前の大好物。
やってくれ。

佐伯涼太

うひょう!
マジでそれを待ってた!
僕ちゃんの好物は色々あるよぉ。

天野勇二

その中でも一番好きなヤツだ。
とあるサークルがコンパを開催するらしいが、目当ての新入生が頑固に参加しないと主張している。
参加するように口説いてくれ、だとよ。


 涼太は片手を突き上げて叫んだ。


佐伯涼太

やった!
最高に好きなヤツだ!

天野勇二

俺が行ってもいいのだが、ちょっと研修で外せないんだ。
やってくれ。

佐伯涼太

オッケー!
それってさ、僕がその娘を食べちゃってもいいの?

天野勇二

それはダメだ。
お前は別のものを食え。

佐伯涼太

まぁ、しょうがないねぇ。
勇二から教わった『マジックワード』をフル活用するよ。


 その単語に天野は驚き、呆れたように尋ねた。


天野勇二

お前、まだそんなものを覚えていたのか?

佐伯涼太

ちょっと思い出してさ。
何を使おうかなぁ。

天野勇二

今だから言ってしまうが、あれはブラ……いや、いいや。
好きに使えよ。
あと看護師が飲み会をしたいとうるさくてなぁ。
面倒だからお前にも参加してもらうぜ。

佐伯涼太

えぇっ!?
マジで!
いいの!?


 看護師ナースとのコンパ。


 天野が持つ魅力的なコネクションのひとつだ。


 看護師はただの大学生にあまり興味を示さないが、そこは自慢の口と腕をフル活用すればいいだろう。


佐伯涼太

勇二、ありがとう。
本当に勇二と出会えて良かった。
僕はね、いつまでも勇二の親友なんだ。
これからはトラウマを克服した僕ちゃんを披露しちゃうからね。

天野勇二

うん?
トラウマ……?

まぁいいや。
とにかく頼んだぜ。
幹事の連絡先はメールする。

佐伯涼太

オッケー!
いつでもメールしてよ!



 朝日を浴びながら片手を振り回す。


 涼太はチャラ男としての笑みを満面に浮かべ、青空に向かって叫んだ。





佐伯涼太

この天才的チャラ男にまかせちゃえばさ、何もかもオールオッケーだからね!









(おしまい)




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つばこ

ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。
 
抱いた女は星の数。でも、惚れた女はひとりだけ。
涼太くんが新しい真実と出会う日はくるのかなぁ。
 
 
さて皆さま、つばこの別作品『ちょっと変わった黒魔術を紹介します』はご存知でしょうか。
読んでいただけましたでしょうか。
売れないと次作が出せないので、とにかく買ってほしいんです(´;ω;`)(魂の本音)
 
かなり人を選ぶ(超絶下品&ゲスだから)強烈な物語ですが、実は天クソと同一世界の物語になっております。
次回はそんな『黒魔術』とのコラボエピソードを紹介します。
『黒魔術』を読んでなくとも楽しめますし、久々のミステリー物(探偵物かな?)です。
ご期待いただれば幸いです。
 
それでは来週土曜日、
『彼女を上手に美人探偵にする方法』
にてお会いしましょう。
 
つばこでしたヽ(*´∀`*)ノ.+゚

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コメント 101件

  • ぷよぷよ

    また読みに来た
    涼太がチャラ男になってPakoPakoしまくっているのは、単に性欲が強いとかそういうわけではないんだろうな
    高校時代の経験が、彼をそうさせたんだろうな…

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  • ぷよぷよ

    沙也加ちゃんを責める気にもなれないなあ…
    本人が避妊をしなかったのは当然悪いことだと思うけど、それ以上に、未成年に手を出しいいように使う大人たちが悪いぜ…(´;ω; `)

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  • ИДЙ

    吹っ切れた涼太の清々しい笑顔が目に浮かぶようで、すごく嬉しい!ちょっと涙滲むくらい!

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  • ベギンレイム

    涼太の報復は、くるなぁ……!!

    それでこそ涼太だ!

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  • rtkyusgt

    綾瀬さんとは似ても似つかないね。こんなクズと一緒にしたら綾瀬はんに失礼だ(笑)

    というかよく昔あんなことがあったのに夜の運動できるなぁ。涼太は気にもとめない(*゚-゚)

    再会しても葛城の本質は変わらぬままでしたね。合鍵何本作ってるんだろうとか思ってしまった(笑)

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