夏休みに入った8月のある日。



 まだ蒸し暑さの残る深夜1時。



 天野と涼太は、駅前にあるファミレスを張り込んでいた。



 ファミレスは閉店しており、ほとんどの明かりが消えている。



天野勇二

……よし、出てきた。



 店の裏口から進藤が現れた。


 扉を施錠し、セキュリティシステムのパネルを操作している。


 天野は周囲を見回すと言った。



天野勇二

間違いない。
アイツ1人だ。
覚悟はできてるな?



 涼太に問いかける。



佐伯涼太

聞くまでもないね。
この時を待ちわびたよ。

天野勇二

良い返事だ。
行くぞ。



 2人は頷き、ゆっくり物陰から姿を見せた。


 進藤が驚いて2人の姿を見つめる。



佐伯涼太

進藤さん。
お久しぶりです。

進藤

……あれ?
君は誰だっけ?


 進藤がいぶかしげに首を捻る。


佐伯涼太

佐伯涼太ですよ。
ここでお世話になった高校生です。

進藤

ああ!
佐伯くんか!
なんか感じ変わったね!

いやぁ、君とは話したいと思ってたんだ。
あの時はごめんねぇ。
さすがに………



 突然、涼太の体がくるんと回転した。


 上段への回し蹴りハイキックを飛ばす。


 警告も牽制けんせいもなかった。


 涼太は一撃で仕留しとめにかかった。


進藤

うおっ!


 進藤が慌ててガードして、何とか蹴りを受け止める。


 涼太は構え直すと、進藤の股間目掛けて、鋭い前蹴りを放った。


進藤

ぐおっ!
な、なんだよいきなり!?


 蹴りはわずかに狙いを外し、進藤の左腿ひだりももを打ち抜いた。


 進藤が苦しそうに足を押さえる。


 かなり鋭く、重い蹴り技だ。


 実はこの時、涼太は靴のつま先と底に、鉄板を仕込んでいる。


進藤

さ、佐伯くん?
なんのマネかな?
ごめんね、って言ったでしょ?



 身構える進藤を見て、天野が舌打ちした。



天野勇二

下手クソめ。
これでやりにくくなった。
踏み込みが甘いんだよ。
軸足の重心が不安定だから当たらないんだ。

佐伯涼太

なんか靴が重くてさぁ。
うまく蹴れないんだよ。

天野勇二

ふむ……。
安全靴を履いて練習すべきだったか。



 天野と涼太は冷静に反省している。


 進藤はここで事態を把握した。


 これは襲撃しゅうげきだ。



進藤

おいおい……。
暴力はやめようよ。
謝っただろ?

佐伯涼太

はぁ?
よくそんなこと言えますね。


 涼太は半身で構えた。


 左半身を前方に向け、肘を少し曲げて掌を見せる。


 進藤はからかうように言った。


進藤

マジでやんの?
僕と喧嘩するために、空手でも習ったとか?

佐伯涼太

ええ。
その通りです。

進藤

はぁ……。
めんどくせぇな……。



 進藤は舌打ちしながら涼太と向きあった。


 一度叩き潰した高校生が報復ほうふくに訪れた。


 しかも援軍を連れている。


 返り討ちにするしかない。



進藤

貧弱な負け犬のくせに。
クソ生意気だね。



 進藤は素早く構えると、肝臓を狙い、左の回し蹴りを放った。


 涼太は冷静に後退していなすと、お返しとばかりにローキックを放つ。


 そのまま軽やかに回転して後ろ蹴りを下段に。


 流れるように前蹴り。


 有段者の進藤が青ざめるほどの連撃だ。



佐伯涼太

そうさ。
僕は、弱いさ。
でもね……。

いつまでも弱いワケじゃないんだ!



 何度もローキックを放つ。


 長い脚が鞭のようにしなる。



佐伯涼太

もう必死に練習した!
あんたみたいなクズに、暴力で黙らされたくないからだ!



 叫び声をあげながら足刀蹴りを飛ばす。



進藤

うるせぇなガキが!



 進藤が苛立ちながら左フックを放った。


 その瞬間、涼太の身体が「ぐにゃり」と左側に沈み込んだ。


 代わりに右足を高く舞い上げる。


 進藤の左頭上から振り下ろした。



進藤

うおおっ!



 進藤は戦慄せんりつを覚えた。


 円を描き、軌道を変化させながら飛んでくるブラジリアンハイキックだ。


 ガードの上から蹴りが直撃した。



進藤

クソッ……!
お、俺の顔を……蹴りやがったな!



 進藤はよろけながらも涼太の足に組み付いた。


 思い切り拳を叩き込む。


 涼太は地面に殴り飛ばされた。



進藤

クソガキがぁ!



 進藤は即座にマウントポジションに入った。


 涼太の顔面や脇腹に拳を振り落とす。


 骨の当たる鈍い音が響く。


佐伯涼太

痛ッ……!
くそっ……!


 涼太は痛みに呻きながら、必死で態勢を入れ替えようとした。


天野勇二

それじゃダメだ。
関節を取られるぞ。


 天野がタバコをくわえながら言った。


天野勇二

逃げるんじゃない。
腕を上げてガードしろ。
もっと殴らせるんだ。


 進藤は嫌そうに天野を見上げた。


 この援軍の存在も不安だ。


 だが、まずは涼太を仕留めにかかった。


 何度もパウンドを振り下ろす。



佐伯涼太

ぐはっ、ぐふっ!



 涼太はこの態勢での防御方法を知らない。


 少しでも隙を見せれば、進藤はすぐさま関節を決めにかかる。


 関節技から逃げれば、また殴られる。



佐伯涼太

(うぐっ……。痛い。勝てない。強すぎる)



 呻く涼太を見て、天野がからかうように言った。



天野勇二

まったく……。
情けない負け犬だ。
涼太よ、そんなものか?
お前の恨みは、そんなものだったのか?



 挑発するような声を聞き、涼太は「うおおっ!」と叫んだ。


 足を地面と垂直になるように伸ばす。


 つま先で進藤の頭を挟み、そのまま後方へ投げ捨てた。


 2人の体が離れ、お互いが素早く立ち上がる。



佐伯涼太

こんなものじゃない!
こんなものじゃないよ!



 痛みと恐怖に震える膝を叩く。


 口から血を吐き出しながら叫んだ。





佐伯涼太

僕の恨みはこんなものじゃない!
僕は変わるんだ!
あんな惨めな思いをするなら、ここで死んだ方がマシだ!

進藤

なら死ねよ!
クソガキが!



 お互いの蹴り技が飛び交う。


 間合いを詰めれば進藤が拳を叩きつけ、涼太は何度も殴り飛ばされた。



 涼太も拳を握って対抗したいが、実は足技しか教えられていない。


 この約2ヶ月間、蹴りだけを磨き上げた。


 天野が「そうじゃないと勝てない」と命じたからだ。



佐伯涼太

この野郎……!
絶対に許さない!
僕はあんたの存在を認めない!



 どれだけ殴られても涼太は立ち上がる。


 もし進藤が拳にバンテージでも巻いていれば、涼太を殴り倒して決着がついていただろう。


 だが裸の拳では指の骨が損傷し、その威力は徐々に落ちてしまう。



進藤

こ、この生意気なガキがぁ……!



 涼太は退しりぞく気がない。


 逃げ道は天野が塞いでいる。


 もう拳の骨は歪み、力が入らない。


 肘打ちを放つほどの間合いには入れない。




 進藤は一旦距離をとると、真正面からタックルを仕掛けた。


 思い切って涼太の懐に飛び込み、地面に倒すつもりだ。



佐伯涼太

(ここだ! 今度こそ決める!)



 それを待っていたとばかりに、涼太の身体が「ぐにゃり」と左側に沈んだ。



進藤

くそっ!



 先ほどのブラジリアンハイキックがくる。


 進藤がとっさにガードを上げた瞬間、涼太の足は円を描かず、進藤の左膝を横蹴りサイドキックで踏み潰した。



進藤

ぐああああっ!



 骨の折れる嫌な音が響いた。


 進藤がよろめいて倒れる。



 ハイキックはブラフだった。


 狙いは膝だった。



 青ざめる進藤の耳に、ヒュンと空気を切り裂く音が聴こえた。



進藤

がはぁっ!



 頬骨ほほぼねを涼太の右足が粉砕した。



進藤

あがはっ……。
がはっ、ごほっ……。


 進藤が顔を押さえ、降参の意思を見せる。


 天野は満足気に手を叩いた。


天野勇二

やっと練習通りに命中させたな。
このように人体ってのは、膝を破壊されるとへばっちまうのさ。
強敵や複数を相手にする場合、まず膝から潰していくんだ。

佐伯涼太

うんうん。
勇二の講座は本当にタメになるね。



 進藤は痛みと恐怖に震えながら、涼太と天野の顔を見つめた。


 自らの膝には燃えるような痛みが走っている。



進藤

も、もうやめよう……。
沙也加ちゃんのことは、本当に悪かった。
暴力を振るったことも、謝る……。
許してくれ……。



 天野は極悪の笑みを浮かべた。



天野勇二

涼太よ。
あの男、何か言ったか?

佐伯涼太

聴こえなかったねぇ。
困ったことに何も聴こえなかった。

天野勇二

奇遇きぐうだな。
俺も聴こえなかったんだ。



 2人は両脇から進藤の腹を蹴り飛ばした。


 もう抵抗できないとわかっているのに、処刑の手を止めない。



進藤

がはぁ!
く、くそ!
ガキの分際で!



 謝罪は通じない。


 進藤は必死に叫んだ。



進藤

や、やめろ!
俺はお前らの高校を知ってるぞ!
退学にさせてやる!
絶対に許さねぇからな!

佐伯涼太

それはさ、僕のセリフだよね。


 涼太が冷静に吐き捨てる。


佐伯涼太

僕はね、あんたを一生許さないんだ。
殴られたことなんかどうでもいいよ。
あんたは沙也加ちゃんを泣かせた。
沙也加ちゃんを傷つけた。
例え神様があんたを許しても、僕は絶対に許さない。


 追撃するように、天野が言葉を重ねる。


天野勇二

進藤よ。
お前は来年、就職だと言っていたな。


 新しいタバコを取り出して火をつける。


天野勇二

バカな男だ。
高校生のガキだと思ってナメやがって。
お前、葛城みたいな若い女に手を出して、社会から逃げられると思っていたのか?

進藤

な、なんだって……。
お前ら、何を考えてる……?


 進藤の顔に煙を吹きかける。


 偉そうに言い放った。


天野勇二

極道チンピラのやり方でお前を潰す。

そう言ってるんだよ。
半殺しにした上で、お前の悪事を暴露してやる。
そうなれば大学は中退。
決まっていた就職も白紙だ。
つまりは社会的に抹殺まっさつして、人生を終わらせてやるのさ。

それだけじゃねぇ。
お前の家族や親族も地獄に叩き落としてやるぞ。

進藤

ほ、本気で言ってるのか。
それなら高校を退学に……。

天野勇二

できるのか?
上等だ。
やってみろよ。
高校生に手を出して妊娠アンド中絶。
しかも涼太ガキに暴力を振るい、中絶費用も出してない。
それらが露呈すればお前は終わりだぞ。



 進藤の体が小刻みに震え出した。



進藤

ハッタリだ……。
ガキが、調子乗ってんじゃねぇ……!

天野勇二

そう、俺たちは高校生ガキだ。
何をやってもお前より罪が軽い。
きっと少年課のデカも俺に同情してくれるだろう。
なぜなら、お前らの所業しょぎょうは鬼畜そのものだからだ。
お前のようなクズを処刑できるなら、俺はいくらでも悪に染まってやる。


 天野の声は殺気に満ちている。


 進藤は慌てて口を開いた。


進藤

お、おい。
言っておくが、沙也加は、そんなこと望んでないぞ……。

佐伯涼太

へぇ?
なんでそんなことわかるの?

進藤

くくっ……。
何も知らねぇんだろ……。
めでたいクソガキだ……。


 進藤が笑い出した。



進藤

沙也加は俺のところに戻ってきたぜ!
俺のことが忘れられねぇんだとよ!
そんなバカな女にお前らは捨てられたんだ!

ギャハハッ!
めでてぇガキ共だな!



 天野は涼太と顔を見合わせた。


 呆れたように口を開く。


佐伯涼太

そんなこと知ってるよ。

進藤

……え?

天野勇二

葛城がお前のところに戻った。
それは知ってるんだよ。

進藤

えっ……?
じゃあ、なんで、お前ら……?


 天野は吐き捨てるように言った。


天野勇二

ただの『制裁』だよ。
俺たちに正義だとか、人のためだとか、そんな信念はないんだ。
お前が気に入らないから潰す。
それだけだよ。

佐伯涼太

そういうこと。
じゃあ進藤さん。
おやすみなさい。

進藤

ま、待って……。
や、やめ……!



 涼太が進藤の顎先を蹴り上げる。


 進藤に意識があったのはそこまでだった。


 白目をむき、痙攣けいれんして崩れ落ちた。




天野勇二

チッ……。
クズめが……。
本当に殺して埋めてやりたいぜ。



 天野が嫌そうに呟き、また新しいタバコに火をつける。


 涼太はどこか悲しげに進藤の姿を眺めると、天野に手を伸ばした。



佐伯涼太

ねぇ勇二。
僕にも1本ちょうだい。

天野勇二

ああ、吸えるのか?

佐伯涼太

何事もチャレンジだよね。



 初めて吸い込んだ煙はあっさり肺に馴染んだ。


 天野はタバコを投げ捨てると、呟くように言った。



天野勇二

……作戦通り、この件は俺が頂くぞ。



 涼太はそっと天野の顔を見上げた。


佐伯涼太

その決心、もう変わらない?
僕も加担したことにしてよ。

天野勇二

却下だな。


 天野は気障キザったらしく微笑んだ。


天野勇二

俺は元々が野蛮な問題児だ。
これも問題行動のひとつとして扱われる。
例え高校を追われても、別に困ることはない。

佐伯涼太

それはダメだよ。
勇二にそんなことさせられない。

天野勇二

いや、これがベストなんだ。
お前は高校を辞めるな。
俺はクズ共を潰し、この店も潰してやる。
ただ、俺がそうしたいだけなんだ。



 天野の決意は固い。


 進藤への社会的制裁、暴行、傷害、恐喝……。


 その肩で、全ての悪事を背負うつもりだ。



天野勇二

これが悪という人生か……。
クックックッ……。
これでいい。
これでいいんだ。
さぁ、スリーワードで返してくれ。



 涼太は切なげに息を吐いた。


 この会話は何十回も繰り返している。


 報復と復讐と策略を繰り返す悪の道を、天野は1人だけで歩こうとしている。


 涼太がどれだけ反対しても、最後には天野が望むように全てを動かしてしまうだろう。



佐伯涼太

勇二は……。
本当に、頑固なんだからさ……。



 涼太は煙を吐き出しながら言った。



佐伯涼太

……僕は、いつまでも友達だよ。
勇二の親友だよ。

天野勇二

そうか。
じゃあ、決まりだな。




 天野が満足気に笑う。



 涼太は黙って空を見上げた。



 星の見えない夜空が広がっている。



 タバコの煙が、目に染みていた。







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つばこ

実は進藤という男は、涼太くんをモデルにしております。
もし涼太くんが天野くんと出会わなければ、進藤のような外道になっていたかもしれない……。そんな可能性があります。
つまり進藤は涼太くんにとって「訪れるかもしれなかった未来の姿」なんです。それを否定し、蹴り倒して乗り越えることが、きっと必要だったのでしょう。
  
まぁ、蹴り倒して乗り越えた未来が『ウォーキングゴム野郎』というのが、つばことしては少々残念なのですが、あんな恋愛をしたらトラウマみたいなものが残ってしまう……ってことなんですかねぇ( ゚д゚)
 
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くだらなすぎてたぶん笑えます! どうか読んでください!
 
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コメント 99件

  • ぷよぷよ

    自分を犠牲にしてまで、涼太の恨みを晴らそうとする天野、かっこよすぎる

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  • 麒麟です。Queen親衛隊

    「さぁ、スリーワードで返してくれ。」
    ここ、グッとくるー:(´ºωº`):

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  • テキトー

    クズ野郎ざまぁwwwwwwww

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  • ココノ

    だから天野くんは足撃ち抜くの好きなんですね。

    って思いながら初めの方はパヤパヤ読んでたんですが、
    感情がこう…積み重なりまくる深い話で心の震えが止まらない…ああ…

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  • 和泉

    うん!スッキリですね!!(*´∀`)

    天野くんだったら間違いなく一方的にフルボッコにしてくれたのでしょうが涼太くんだからこそ意味がある!涼太くん頑張ったね!
    頬骨粉砕とか最高すぎる!笑

    そしてそんなクズ進藤の怪我を見てクズ葛城は何を思うのか?
    進藤のモデルが涼太くんだと聞いてビックリですよ!

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