佐伯涼太

先生、昨日は本当にありがとうございました。



 Wダブルデートの翌日。


 涼太は教室に入ると、天野に深々と頭を下げた。


天野勇二

うまくいったのか?


 天野がのんびり尋ねる。


 涼太は両手を突き上げて叫んだ。


佐伯涼太

もうバッチリだよ!
何もかもうまくいった!
やったよ!
ついに僕は目覚めたんだ!
僕ちゃんのシックスセンスが開眼かいがん
したんだよ!

天野勇二

お、おい。
うるさいぞ。
教室で飛び跳ねるな。


 涼太は全身で喜びを表現している。


 制止の声なんか耳に入っていない。


 天野は苦笑しながら言った。


天野勇二

昨日はそこまでうまくいったのか。
『電車で帰る』とメールが届いたからな。
どうなったのか楽しみにしていたんだ。

佐伯涼太

いやぁ、もうマジで先生のおかげです。
服とか小物を見た後にね、夕飯を食べて帰ったんだよ。
どうせ勇二は高橋さんと2人きりになりたいだろうから無視しよう、って話になったの。
先生のパスはお見事でしたよ。

天野勇二

ほう……。
それは大したものだな。


 天野は感心しながら涼太を眺めた。


 先週までの情けない男とは別人のようだ。


 男としての自信が背筋を伸ばし、顔つきを堂々としたものに変えていた。


天野勇二

それでどうだ?
『キープ』には昇格できそうか?

佐伯涼太

うん。
『キープ』にはね、昇格したんだよ。

天野勇二

おいおい。
夕飯を食べる関係を『キープ』とは呼ばないぞ。

佐伯涼太

いや、ちゃんとね、沙也加ちゃんに『キープ』だって認めてもらったんだ。

天野勇二

……なんだと?


 天野が半眼はんがんで睨みつける。


 涼太はニヤリと軽薄な笑みを浮かべた。


佐伯涼太

とにかく僕たちの会話はスーパー盛り上がったのよ。
だって沙也加ちゃんが

『この服、可愛いね』

とか言えば、同調してベタ褒めすればいいだけなんだもん。
それだけで、

『佐伯くんって話わかる! 趣味もあうね!』

とか言われるんだよぉ!
いやぁ、勇二のマジックワードってのはマジですごいよ。

天野勇二

それで、どうなった。
メシに誘ったのか。

佐伯涼太

そう!
『本能への質問クエスチョン』を飛ばして夕食に誘ったの!
もう貯金が限界だったけど男らしく全額出したよ。
お台場の夕飯って高いんだねぇ。

天野勇二

そうか。
それで『キープ』ってのはどういう意味だ。

佐伯涼太

もう勇二ってばぁ。
パーソナルの全てをいきなり尋ねちゃダメだよ。
じっくりさ、外側から攻めなきゃダメじゃん。


 涼太はかなり調子に乗っている。


 天野は殴り飛ばしたい衝動しょうどうを抑え、細かく尋ねた。


天野勇二

……買い物をして、メシを食って、それでどうなった。
お前が『沙也加ちゃん』と呼んでいることも気になる。
早くその経緯を説明しろ。

佐伯涼太

うぷぷ。
勇二ってばせっかちだなぁ。

会話自体はずっと沙也加ちゃんのターンでさぁ。
沙也加ちゃんのアパレルやホラー映画の話を聞いて、僕は楽しく相槌あいづちを打っていたワケよ。
そしたら、

『こんなに共感きょうかんしてくれる男子は初めて』

なんて素敵すぎちゃうこと言うからさぁ。
これは関係が前進したな、と思って攻めてみたのよ。

天野勇二

それで『キープ』になったのか?


 涼太は人差し指を立てると、「チッチッ」と言いながら横に振った。


佐伯涼太

違うよぉ!
お互いの『呼び名』を変えたんだよぉ!

そんなに先走っちゃダーメ!
もっと細かく攻めていくのが勇二のやり方でしょ?
『キープ』はその後だよ。
勇二ってば、生き急いでもロクなことないよ?


 天野の全身から苛立ちがこみ上げる。


 涼太の天狗てんぐの鼻を切り落として握りつぶして分子分解してやろうか、とすら思った。


 拳をギリギリと握りしめながら尋ねる。


天野勇二

それで、どんな、経緯で、キープに、なったんだよ!

佐伯涼太

大声出しちゃダメだよ。
何イライラしてんの?
寝不足ちゃんなの?

天野勇二

お、お前……!
ぐぬぬ……!
早く、早く言いやがれ……!


 涼太は軽薄な笑みを浮かべ、チャラチャラしながら言った。


佐伯涼太

もしかしたら、僕には女心を掴む才能があったのかもしれないね。
呼び名を変えただけで、僕たちの関係が『クラスメイト』から『友人』を飛び越えて『かなり仲の良い友人』にステップアップしたことを感じたんだよ。

天野勇二

それでどうなったんだ。

佐伯涼太

沙也加ちゃんもめっちゃ楽しそうでさぁ。
僕もオリジナルの『マジックワード』をその場で開発してビシバシ飛ばしてみたんだよ!
これがなんと、全弾クリティカルヒット!
これマジですごくない!?
先週までの情けない僕に教えてあげたい!

いつだって物事が変わるのは一瞬!
世界はたった1日でバラ色に輝く!
人は努力すれば変わることができるんだ!

もしタイムマシンがあるならそのことを教えてあげたい!



 ここで天野の我慢は限界を超えた。


 右手を素早く閃かせる。


 涼太の喉元に貫手ぬきてが突き刺さった。



佐伯涼太

うぐほぉっ!
い、痛いじゃん!
何するのさ!?

天野勇二

すまんな。
手が滑った。

佐伯涼太

手が滑った、じゃないよ!
こんな地獄突じごくづき』なんて野蛮なパワーポイントは教わってないよ!
僕ちゃんの喉が潰れたらマジックワードが言えないじゃん!

天野勇二

一生、言えなくていいんじゃないかな。
俺は教えたことを少し後悔している。

佐伯涼太

もう先生ってばぁ。
さては僕と沙也加ちゃんの関係に嫉妬しちゃった?
でも勇二は高橋さんが好みなんでしょ?
あんなロリ巨乳が好物なんて勇二もドスケベ……。



 天野が猛烈な殺気を放ち、鋭い瞳で涼太を睨みつけた。



 飢えた肉食獣のような瞳が「地獄突きより強力なパワーポイントを教えてやろうか」と告げている。



 涼太は「さすがにからかいすぎた」と反省し、気を取り直して言葉を続けた。



佐伯涼太

まぁ、それはどうでもいいよね!

じゃあ本題に入るよ。
何度も質問してたらさ、なんと僕ちゃん。
いつの間にか告白してたの!

我ながらビックリしたねぇ。
でもテンパらずに『好き』とかちゃんと言えたんだよ。
もちろん『聞き手』というスタンスは守りつつね。

天野勇二

ふぅん。

佐伯涼太

一番効果があったのは『こんなに趣味があうなんて運命だよ』だったかなぁ。
沙也加ちゃんも『そうかも』って笑ってくれたんだぁ。
やっぱり勇二の言葉は違うなぁ、って実感したよ。

天野勇二

1時間目は数学か。
何ページからだったかな。

佐伯涼太

ちょっと!
ちゃんと聞いて!
数学なんかより僕の話を聞いて!
数学より大事なことが僕ちゃんに起きたんだから聞いて!


 もう天野はうんざりしていた。


天野勇二

だから早く言えよ。
キープになった経緯を説明しろ。


 涼太はずっと嬉しそうにチャラチャラしていたが、ここで少し悲しげに肩を落とした。


佐伯涼太

それがねぇ……。
沙也加ちゃんはちょっとした『悩み事』があるんだって。
それが解消するまで、誰とも付き合うつもりはないんだってさ。

それがなんなのか、何度も訊いたけど教えてもらえなかったよ。
たぶん『元カレ』に関することだとは思うんだ。
沙也加ちゃんは元カレに未練があるのかなぁ……。
勇二はどう思う?


 その言葉を、天野は意外にも真剣な表情で受け止めた。


天野勇二

『悩み事』か……。
葛城は確かにそう言ったんだな。

佐伯涼太

うん。
そう言ったよ。

天野勇二

元カレの話はしたのか?

佐伯涼太

誰なのか訊いてみたよ。
やっぱり進藤さんが元カレだって。
まだ沙也加ちゃんが中学生の時にファミレスでナンパしてきたらしいよ。
とんでもないロリコン大学生だよね。

天野勇二

そうか……。


 天野は葛城の席を睨みつけた。


 まだ葛城は登校していない。


佐伯涼太

だからね、それだったら『キープ』として僕のことを見てほしい、ってお願いしたの。
悩み事が解消されたらお付き合いしてほしい。
それまで待つ。
むしろ悩み事の解消を手伝うって言ったよ。

天野勇二

悪くないな。
お前にしては気の利いた文句だ。

佐伯涼太

沙也加ちゃんは迷ってたけど、それならオッケーだって。
悩み事が解消するかわからないし、考えが変わるかもしれない。
お付き合いの保証はできない。
それでもいいなら、って言われたよ。

まぁ、全然オッケーだよね。
僕もあっさり惚れてもらうなんて、贅沢なことは考えてない。
それにこれってさぁ……。


 またチャラチャラした笑みを浮かべる。


佐伯涼太

少しは僕ちゃんに気がある』ってことだよね!
だってさ、

『こんなに話せる男子は涼太くんが初めて』

とか言われたんだよ!
もう僕は、沙也加ちゃんにとって一番近くにいる男子!
悩み事が解消されればカレシに昇格するんだ!

うひょおお!
たまんないよこれ!


 天野は少々複雑だったが、とりあえず涼太の成長を褒めてやるため、最上級の賛辞さんじを送った。


天野勇二

それはめでたいな。

佐伯涼太

ありがとうございます先生!

それでね、今度の祝日は2人きりでおデートするんだ。
そこまで約束を取りつけたんだよ。
これもすごくない?
僕が沙也加ちゃんとデートなんてすごくない?
渋谷のマルキューに行くんだよ。
勇二は小悪党を処刑するために渋谷へ行くけど、僕はデートするために渋谷へ行くんだよ。
むしろ渋谷はそのためにあるんだよ!



 涼太は誇らしげに胸を張った。


 しかし、天野はずっと複雑な表情を浮かべている。


 涼太の話に怒ることも、苛立つこともない。


 どこか感情の読み取りにくい表情を浮かべている。



佐伯涼太

……ありゃ。
先走りすぎた?
作戦通りじゃない?


 天野は苦笑しながら首を横に振った。


天野勇二

いや、それでいいと思うぜ。

佐伯涼太

よっしゃ!
先生のお墨付すみつき、いただきました!
あっ!
沙也加ちゃんだ!


 そこに葛城が登校してきた。


 嬉しそうに手を振る涼太に近づき、太陽のような笑顔を浮かべる。


葛城沙也加

涼太くんに勇二くん!
昨日は楽しかったね!
誘ってくれてありがとう!

佐伯涼太

うんうん!
ホントに楽しかったねぇ。
またお台場に行こうね。

葛城沙也加

今度は私が奢るからね。
ねぇ聞いてよ勇二くん。
夕食代はワリカンにしようって言ったのにさ、涼太くんが『奢る』って聞かなかったんだよ。

佐伯涼太

そりゃ沙也加ちゃんに出させるワケにはいかないよ。
男が出すのが当然だよね。

葛城沙也加

涼太くんは気を使ってばっかり。
祝日までにはバイト代が入るから、今度は私に奢らせてよね。

佐伯涼太

なんだか悪いなぁ。
無理してない?
スナック菓子でもいいよ?
コンソメ味のポテコでもいいんだよ?

葛城沙也加

もう!
ちゃんとバイト代が出るんだから。
お気に入りのお店も紹介したいし。

佐伯涼太

楽しみだなぁ。
沙也加ちゃんのお気に入り、すごく興味あるなぁ。
どんな店なの?

葛城沙也加

雑誌やテレビにも紹介されたことがあってね。
フレンチトーストがすっごく美味しくて…………



 天野は数学の教科書を開きながら2人の会話を眺め、心の底から涼太という男に感心していた。


 一度は『ストーカー』扱いされたのに。


 そんな過去なんて存在しなかったかのように、葛城と円滑えんかつに会話をしている。


 葛城の表情もまんざらではない。



天野勇二

(コイツ、こんな才能を持っていたのか……)



 この時、ようやく涼太の中に『チャラ男』という名の才能が潜んでおり、それが開花したことを知った。


 『チャラ男講座』によって才能は芽吹めぶき、葛城との実戦を経て開花したのだ。



葛城沙也加

それじゃ、またね。
お昼も一緒に食べましょ。

佐伯涼太

うんうん。
いつでも僕はお腹がペコリーノだよ。
楽しみにしてるね。


 葛城を見送ると、涼太は揉み手をりながら言った。


佐伯涼太

ねぇねぇ、先生ぇ。
また『マジックワード』を教えて下さいよぉ。
僕は応用編までマスターしたいなぁ。
むしろ100個全部教えてよ。

天野勇二

ああ……。
またその内にな……。



 涼太は基本的に真面目で根気強い男だ。


 本当に100を超える数があっても、努力によって全てを習得してしまうだろう。




天野勇二

(まいったな……。マジックワードか……)




 涼太のチャラチャラした背中を眺めながら、天野はため息をいた。






天野勇二

(あれが『ブラフ』だったなんて、もう言えないぞ……)



 苦笑しながら首を振る。



天野勇二

(まったく、俺という天才は『マインドコントロール』をさせても、全てうまくいってしまうのだなぁ……。面倒くせぇことになりやがったぜ……)



 天野を嘲笑あざわらうように、始業のチャイムが鳴り響いていた。





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つばこ

【悲報】天野くんの『チャラ男講座』はブラフでした
 
天野くん…それはあんまりだよ…(´;ω;`)
どこからどこまでがブラフなんだ……。
なんか、色々な場面で活用できそうだったのに……。
まさかあれって、ただの『会話術』をそれっぽく加工しただけ……?
目的は涼太くんに自信と度胸をつけさせるための『洗脳(マインドコントロール)』だったってことかぁ……(´;ω;`)ウッ…
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ


※『黒魔術』をお探しの方はお知らせをご覧ください(。•ㅅ•。)♡ 2/21 編集部より

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コメント 126件

  • ピカルディの3度

    洗脳(ブレインコントロール)に見えた私

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  • らんこ

    天野くん『しまった…チャラくしすぎた』

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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    ブラフ…?

    世のモテ男たちは自然にやってることだなぁって思い返してたけど

    結局ただしイケメンに限るんだね。。

    原石探すわ

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  • 綾夏

    ええっ!あれがブラフだったのォォォォォォ!?!?

    参考にしようと思ったのに……

    じゃこの大成功は、涼太の「真の力」が覚醒したってこと?
    ……
    納得。(笑

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  • バルサ

    ダンブルドア校長は消されたのか…?
    これで、180度変わった涼太が出来上がった!凄いな〜別人(^^;;あの素朴な涼太も良かったけどな。

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