天野勇二

……惨敗ざんぱいだな。



 耳からイヤホンを外すと、天野は吐き捨てるように言った。


天野勇二

なんと無様ぶざまな戦だ。
まず会話を重ねて関係を築けと言ったじゃないか。
会話が軌道きどうに乗る前に告白してどうすんだ。
いったいお前の何に惚れればいいんだよ。
バカが先走りやがって。


 イヤホンの先には録音機ボイスレコーダー


 涼太のふところに忍ばせていた物だ。


 天野は「これで葛城との会話を録音しろ」と命じていたのだ。




 葛城との気まずい下校時間は、駅に到着することで強制終了。


 2人はぎこちない空気のまま解散。


 涼太は真っ白な灰になったまま、天野の待つファミレスへ向かった。


 そして、息の根が止まるようなダメ出しをくらっている。



天野勇二

そもそも 『本能への質問クエスチョンがほとんど機能してないんだ。
その中でも特に

『何でもいいから教えて』

という質問が最悪すぎる。
こんなことを聞かれて何を答えればいいんだ。
まず大前提として、葛城はお前のことを好きでもなんでもないんだよ。
この質問を親しくもなく興味もない女に言われてみろ?


お前に話すことなんか何もねぇよ。
その薄汚うすぎたねぇ口を閉じやがれ。


そう思うだろう?
お前はそう思われたんだ。


 天野の辛辣しんらつな言葉が、涼太の心にブスブスと突き刺さる。


天野勇二

同じ高校のクラスメイトなんだからよ、もっと他に尋ねることがあるだろ?

今日の授業はどうだった?
いつも自転車通学なのか?
雨の日は困らないか?


そんな共通の話題があり『本能への質問クエスチョンも飛ばすタイミングがあったのに、お前はいきなりパーソナルなことを話題にしやがった。
そりゃ葛城も困るよ。


 涼太は女々しくさめざめと泣いていた。


佐伯涼太

ひっぐ……ひっぐ……。
なんかさぁ……。
テンパッちゃったんだよぉ……。
やっぱり女子って、一緒にいると緊張しちゃうねぇ……。

天野勇二

何を緊張するのか理解できんな。
相手が極道チンピラ異星人エイリアンだったら理解できるが、葛城はただの女だぞ。

佐伯涼太

僕にとって女子は異星人エイリアンなんだよぉ……。
僕はさぁ、おモテになられた超絶イケメン先生とは違って、ただの凡人なんだよぉ……。

天野勇二

くだらねぇ。
それは言い訳だよ。
凡人という言葉で自分をなぐさめやがって。
会話術を磨けば落とせない女はいないんだ。

佐伯涼太

それがあっさり実践できればさぁ……。
僕だって、泣かないんだよぉ……。


 涼太は鼻水を垂らしながらぼやいた。


佐伯涼太

勇二はさぁ、次元が違うんだ……。
いつもそうだ……。
勇二はね、人の悩んでることなんかさ、どうせわかりゃしないんだよ……。


 涼太はみじめに泣いていたが、ふと殺気を感じた。


 正確にいえば、目の前の男から、猛烈もうれつな殺気を感じる。



佐伯涼太

ふぇ……?
なんで、そんなに怒ってんの……?



 天野が鬼の形相ぎょうそうを浮かべている。


 ここまでの怒りを表す姿はあまり見たことがない。


 天野はゆっくり口を開いた。




天野勇二

……お前、それは、兄のことを言っているのか。




 呪詛じゅそのような怒りの声。


 涼太は失言に気づき、慌てて叫んだ。


佐伯涼太

ち、違うよ!
僕のことだってば!
そのことじゃない!

天野勇二

本当だろうな。

佐伯涼太

勇二は僕のことを理解できない、そう言いたかっただけ!
お兄さんのことじゃない!
勘違いしないで!



 天野は嫌そうに息を吐いた。


 この時の天野には触れられたくない話題がいくつかあった。


 そのひとつが兄に関するものだ。



天野勇二

ふぅ……。
まぁ、お前はそんな人間じゃないか。

佐伯涼太

そ、そうだよ。
変なこと言ってごめんね……。

天野勇二

いや、いいんだ。
確かに俺は他人の考えていることに興味がない。
どうせ理解することもできないんだ。


 そう呟くと、天野はメニュー表を手に取り、何事もないように言った。


天野勇二

だがな、俺はまだ諦めたワケじゃないぜ。
初戦の敗北なんて想定の範囲内だ。
まだ葛城を攻める手段やマジックワードは、山のようにあるんだからな。


 涼太は驚き、ガシッと天野の手を握りしめた。


佐伯涼太

マ、マジですか!
あれほど完璧にフラれたというのに、先生はまだイケると言うんですか!

天野勇二

マジだ。
サーロインが食いたいな。

佐伯涼太

すみません。
バーグでお願いします。
昨日ここで散財さんざいしてしまい、持ち合わせが不安なんです。

天野勇二

チッ。
じゃあそれでいいや。



 昨日は全ての支払いを涼太に押しつけている。


 仕方なく天野は一番安いハンバーグを注文し、また『チャラ男講座』を開始した。



天野勇二

葛城はお前に『ごめんなさい』と言う前に、『今はまだ』なんて言葉を加えやがった。
あの断り方を見る限り、お前は生理的に嫌われているワケじゃない。

佐伯涼太

僕は嫌われてないの?
だからまだイケるの?

天野勇二

そうだ。
葛城にとってお前は『ただの知人クラスメイトであり、良くて『キープ候補』としか思われてない。

まだ友人じゃない。
キープするほどの価値もない。
だが、その可能性が死んだワケじゃない。

まずは恋人候補キープとしての地位を確立することだ。
そこから恋人カレシに昇格する道を辿たどるぞ。


 天野は偉そうに告げているが、涼太としては半信半疑だ。


 葛城は涼太にまったく気がない。


 どうやって振り向かせればいいのだろう。


佐伯涼太

ど、どうすれば、僕は昇格できるの?

天野勇二

基本的な戦略は同じだ。
会話で関係を築き、会話で落とす。
そのためにもうひとつ『マジックワード』を習得しろ。

……いや、正確には『パワーポイント』を強化すると言った方が正しいな。

佐伯涼太

パワーポイント……。
それって、会話における『仕草』だよね。

天野勇二

そうだ。
実はもっと広義的な意味がある。
自らの仕草だけでなく、相手の心理や行動までを支配し操作することができるんだ。
例えばこうだ。


 天野は人差し指で録音機ボイスレコーダーをトントンと叩いた。


 涼太は思わずその指先に注目する。


 少しだけ間を置くと、天野は指先を自らの目元に持っていった。


 天野と涼太の視線が交差する。


天野勇二

これで今、お前の『視線』を操った。
人差し指に注目させた後、目元に指先を移動させただけで、お前の視線は俺の『瞳』に移った。
『俺の目を見ろ』と命じるのではなく、仕草だけで自分が望む状態にコントロールしたんだ。
これが『パワーポイント』の持つ力だ。
優れた人間はパワーポイントで心まで操ることができる。


 自らの瞳を指さし、偉そうに言葉を続ける。


天野勇二

一番多用するのは『手』と『瞳』だ。
目は口ほどに物を言う、というだろう?
まずお前は『瞳』を意識するんだ。


 天野はじろりと涼太の髪を睨みつける。


天野勇二

久々の茶髪はどうだ?
何か教師に言われたか?

佐伯涼太

う、うん。
ちょっと小言を言われたよ。


 次に涼太の学ランを睨みつける。


天野勇二

ボタンが汚れているぞ。
ちゃんとクリーニングしているのか?

佐伯涼太

えっ?
汚れてる?
何かこぼしたかな?


 その言葉を聞くと、天野は軽く笑みを浮かべた。


天野勇二

これが『パワーポイント』だ。
次に習得するのはこれだ。

佐伯涼太

ふぇ?
ど、どこに?
どこにパワーポイントがあったの?

天野勇二

これは観察オブザベというパワーポイントだ。

まずお前は『見る』んだ。
お前は葛城の全体像を見ることができていない。
だから『本能への質問クエスチョンが使えない。
まず客観的に観察することを意識しろ。

葛城の顔。
服装や所持品。
何でもいい。

だが、その視線を女も見ているからな。
下心を丸出しにしたりするなよ。

佐伯涼太

そ、そうだよね。
わかった。

天野勇二

それから傾聴けいちょうに回った際の姿勢パワーポイントを教えよう。
どれだけテンパっても、体を動かして思考を修正するんだ。


 そう言うと、天野は机の上に両手を置いた。


天野勇二

まず基本形。
今の俺たちは向かい合わせに座っている。
こんな時は必ず、机の上に両手を出して組むんだ。

お前はテーブルの下に手を隠しているだろう?
それだと女は『話に集中してないな』と警戒する。
絶対に手を隠したりするな。


 涼太は慌ててテーブルの上に両手を置いた。


佐伯涼太

こ、こう?

天野勇二

それが基本だ。
例えば、一流ホテルの従業員は両手を客の前に出し、利き腕を下にして組むよう教育される。
客に『危害を与えません』というパワーポイントを示し、姿勢ひとつで客が安心できる空間を作るためだ。

世の中にはそんなパワーポイントのかたが存在する。
お前は傾聴の『型』を3つ覚えろ。
まずこれがひとつ目。
相手の話を聞く基本姿勢だ。


 次に天野は両手を軽く広げた。


天野勇二

これが2つ目。
手のひらを見せるんだ。

これが持つ効果は多い。
同調どうちょう驚嘆きょうたん、興奮を抑止よくし、警戒心を解くことも可能。
これは一瞬使うんだ。
何度も多用すれば馬鹿なだけだからな。


 次に天野は基本姿勢に戻ると、少し体を前に傾かせた。


 涼太にぐぐっと近づく。


天野勇二

3つ目はこれだ。
女に近づき、話をより深く尋ねたい、というパワーポイントを示す。
相手のパーソナルスペースに切り込み、全身で興味を持っていることを伝える。
この3点をまずは覚えろ。

佐伯涼太

ちょ、ちょっと待って。
やっぱりメモんなきゃわかんない。


 これは暗記できない。


 涼太が慌ててメモをとり始める。


佐伯涼太

えっと……。
両手を出すのと、手のひらと、近づくこと……。
これもしかして、またマジックワードみたいに100を超えたりするの?

天野勇二

100どころじゃないさ。
数千はあるだろうな。

佐伯涼太

ヒィッ!?
す、数千ッ!
そんなにあるの!


 天野は当たり前のように言った。


天野勇二

あるさ。
例えば手品師なんて、無数のパワーポイントを使って客を騙すんだ。

勉強、スポーツ、接客、政治、武道、営業、交渉……。


全てにパワーポイントが存在する。
女との会話だって例外じゃない。
万能ばんのう』という言葉があるんだから、もしかしたら万を超えるかもしれないぜ。

佐伯涼太

気が遠くなる話だね……。

天野勇二

もっと単純に考えろ。
例えば教科書にアンダーラインを引くことだってパワーポイントなんだ。
そこが重点だから強調させる、ってことさ。


 涼太は目眩めまいがしてきた。


 これを習得するのは骨が折れそうだ。


 だから天野は数を絞っているのだろう。


天野勇二

何よりもお前は『観察』することだ。
そこから始めろ。

佐伯涼太

わ、わかったよ。
まず観察だね。

天野勇二

きっと様々なことに気づく。
髪を切ったとか、爪を塗ったとか、メイクを変えたとかな。
それでもテンパるならパワーポイントを見直す。
それで客観的に自分を見つめ直し、心理的余裕を手にするんだ。
あとはスリーワードを用いて会話だ。

この全てを実践できた時、お前は同世代の男なんか敵にならないほどの存在になるだろう。


 天野はもう一度、念を押すように言った。


天野勇二

お前は『聞き手』としての理論を手に入れた。
足りないのは『経験』だけ。
だが、これだけ予習すれば、それほど時間もかからず慣れちまうだろう。

お前は頭の切れる優秀な男だ。
外見だって磨けば光る。
真面目で忍耐力もある。
しかも人を見かけで判断しない誠実さを持っている。
もうこの時点で、

同世代のオスを遥かに超えた存在になった。

そう思ってもいいのさ。



 涼太はびっしり書きこんだメモを見つめた。


 確かに今の自分には経験が足りない。


 しかし、ここまで細かいプロセスを普通の高校生は考えないだろう。


 これを手にしていることは大きなアドバンテージになる、と感じていた。



佐伯涼太

……わかった。
やるよ。
僕は勇二を信じる。


 力強く頷く涼太を見て、天野は満足気に笑った。



天野勇二

(それでいい。女を相手にする時、本当に必要なのは『オスとして優れている』という意識……。つまり優越感ゆうえつかんだからな)



 天野は「ふぅ」と息を吐いた。



天野勇二

(問題はここからだ。どうやってもう一度、涼太と葛城を接触させるかな……?)






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つばこ

いやぁ、すみません。また『チャラ男講座』です。
恐らく読者の皆さまも「もうチャラ男講座は飽きたよ」と感じ始めてることでしょう。これがラストであってほしいものです。がんばってね涼太くん(*´∀`*)
 
念のため補足しますが、チャラ男講座はつばこが考えているワケではありません。
つばこの脳内にいる天野くんが勝手にペラペラ喋っているだけです。つばこはそれを「へぇ、同調って大事なんだねぇ」と思いながら書いてるだけです。
つばことしては、恋愛に一番必要なのは『モテパワー』だと思います。詳しくは以下をご覧ください。
 
☆以下告知☆
 
ノベル火曜日にて、4話短編企画『成宮くんがモテなくなりました』を連載中です!
つばこの一風変わったラブコメディを楽しんでください!
 
ではでは、いつもオススメやコメント、本当にありがとうございモテパワー!(`・ω・´)ゞ

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コメント 108件

  • ゆんこ

    勉強ニナルナー

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  • angel

    スリーワードをスリーサイズと読み違えてしまう…

    通報

  • NutsSeven

    涼太ってお兄さんのこと知らないんじゃなかった???

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  • バルサ

    イヤホンと出てきたので盗聴器かと思ったら、録音してたんだね(^^;;
    気弱な涼太が可愛いー(≧∇≦)お話しタメになりますよ!

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  • いっちー

    やばい、おもろいwww

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