天野勇二

……それじゃ、始めるか。



 食事を終えると、天野は『チャラ男養成講座』を開講した。



天野勇二

桃香よ。
涼太を女と会話できる普通の男にしたい。
お前も女だ。
気になることは何でも言ってくれ。

天野桃香

涼太兄ちゃんに何を言えばいいの?

天野勇二

ダメな点をズバズバ指摘してくれ。
最終的には桃香が気に入るほどの男にしたい。

天野桃香

えぇー?


 桃香は心底嫌そうに涼太を睨みつけた。


天野桃香

イヤだなぁ。
涼太兄ちゃん、情けないし弱っちいもん。

天野勇二

まぁ、そう言うな。
これから俺様が立派な男に変えてやる。
それじゃ涼太よ。
まずは桃香と会話してみろ。

佐伯涼太

えっ?
桃香ちゃんと?
ここで?

天野勇二

そうだ。
ほれ、何か話せ。


 いきなり難題を出された。


 桃香はどこか楽しそうに微笑んでいる。


佐伯涼太

えっと。
どうしよう……。
その、あのね……。


 涼太は恥ずかしそうに口ごもった。


 桃香は兄によく似た美少女。


 いくら涼太がロリコンの変態でなくとも、異性として意識すると言葉が出ない。


天野勇二

まぁ、いきなり「女と話せ」と言われても、お前のような奥手は黙りこむのが普通だろう。
そこで俺が『マジックワード』を教えてやろう。

佐伯涼太

マジックワード?
な、なにそれ?

天野勇二

言葉通り『魔法の言葉』だよ。
女との会話はそれを駆使くしして回すんだ。
会話するためには何かを話しかける必要がある。
そうだな。
会話は人工衛星じんこうえいせいだとでも思え。


 天野はストローを縦に置き、それをロケットに見立てて説明を始めた。


天野勇二

まず『会話』という名の『人工衛星』を打ち上げる。
これが第一段階だ。


 ストローがひょろひょろと宙に浮かぶ。


天野勇二

打ち上がればブースターを使って加速させる。
それが第二段階だ。


 どんどんストローを上昇させ、空中でぐるぐると回してみせる。


天野勇二

それを何度か繰り返し、ようやく会話という名の人工衛星は軌道きどうに乗る。
まず打ち上げなければ話にならない。
とりあえず実演してやろう。


 そう言って桃香に向き直る。


天野勇二

桃香よ、俺は勇二という男だ。
今年高校に入学したんだ。

天野桃香

うん、知ってるよ。


 また涼太に向き直る。


天野勇二

これがマジックワードのひとつ。
『自己紹介』だ。
幼稚園で教わるように自己紹介から入るのは鉄板。
顔見知りでも有効だ。


 桃香に向き直る。


 両手を広げ、おどけた笑みを浮かべる。


天野勇二

俺は勇二という男だ。
下に妹が2人いるんだ。
上の妹が特に可愛いんだ。

天野桃香

あはは。
知ってるってば。


 桃香が小さな笑みを浮かべるのを見ると、また涼太に向き直った。


天野勇二

これで会話が始まる『きっかけ』を作った。
今の『自己紹介』はマジックワードとパワーポイントを活用した応用例だ。
顔見知りでも少しはウケる。
狙いはあくまでも会話を『打ち上げる』ことだ。

佐伯涼太

ちょ、ちょっと待って。
なんかよくわかんない用語が多い。


 涼太は慌ててメモをとり出した。


 メモをとる涼太の姿を、天野は満足気に見つめた。


天野勇二

それでいい。
メモをとるってのは、それなりに有効な手だ。
メモをとることにより傾聴けいちょうのパワーポイントを示すことができるからな。

佐伯涼太

ま、待って。
その『パワーポイント』ってのは、なんなの?

天野勇二

会話における『仕草』の全てさ。
女は言葉以上に男の仕草を見ている。
むしろ女は言葉の中身よりも仕草に惚れる生き物だ。
そう思ってもいいだろう。

佐伯涼太

し、仕草?
言葉より重要なの?

天野勇二

そうだ。
例えばお前が今メモをとっている姿勢。


 桃香の肩を抱きながらささやく。


天野勇二

桃香よ。
涼太の背中は猫背で丸まっており、肩を縮めてメモ帳に細かい文字を書いている。
何とも頼りなく情けない姿に見えるだろう?

天野桃香

うん。
涼太兄ちゃんっぽいね。

天野勇二

そこで背筋を伸ばし、正面を向き、堂々とメモをとってみろ。
チマチマした文字も書くな。
前に座って顎を引け。
瞳にも力を込めろ。
指先にまで意識を集中させるんだ。


 涼太が必死にメモをとる仕草を修正する。


佐伯涼太

こ、こうかな?
態勢が辛いね。

天野勇二

力が入り過ぎているが、さっきよりマシだろう。
どうだ桃香?
多少は真面目で頼れそうな先輩に見えないか?


 桃香は素直に頷いた。


天野桃香

本当だ。
ちょっとマシな涼太兄ちゃんになった。

天野勇二

それでいい。
涼太よ、先ほどのマジックワードを使ってみろ。


 つまり『自己紹介』だ。


 少々気恥ずかしかったが、涼太は素直にやってみた。


佐伯涼太

ど、どうも。
佐伯涼太だよ。

天野桃香

うん。
知ってるよ。


 すぐに天野からダメ出しが入る。


天野勇二

それでは会話という人工衛星ロケットが打ち上がらない。
基本的にマジックワードは『スリーワード』と考えろ。
短くても無意味。
長くてもうざったい。
お前が喋るのは『3つの言葉』だけだ。
また実演してやろう。


 そこまで言うと桃香に向き直り、涼太の真似をしながら自己紹介した。


天野勇二

俺は佐伯涼太っていうんだ。
今は高校1年生。
チョコバナナパフェが好きなんだ。

天野桃香

私も好きだよ。
パフェはチョコバナナだよね。


 涼太は「ふんふん」と頷いた。


 確かにスリーワードだ。


 自己紹介で『名前』『身分』『好物』を伝えた。


佐伯涼太

それだけでいいの?
もっと話さなくていいの?

天野勇二

基本的にこれだけでいい。
長話をする必要はない。

佐伯涼太

勇二なんて、めっちゃ話長いじゃん。
スリーワードなんか使ってた?

天野勇二

女を本気で落とすならば、俺だってスリーワードを多用するさ。
なぜなら、女が一番興味を持っているのは『自分のこと』なんだ。
女は『自分の話』をすることが何よりも楽しい生物だ。
そうだろ桃香?


 桃香は「そうなのかなぁ?」と首を捻っている。


天野桃香

私はちい兄ちゃんの話を聞くのも楽しいし、友達やテレビのことを話したりするよ。

天野勇二

それは桃香にとって『自分のこと』なのさ。
全て自分が関係している話だろう?

天野桃香

そうなの?

天野勇二

ああ、例えばこの場で俺たちが桃香の知らない友人の話を始めたら、退屈でつまらないだろう?

天野桃香

うーん。
そうかも。
つまんない。

天野勇二

だから俺たちはそんな話をしない。
友達やテレビのことだって、桃香が興味を持っているから楽しいんだ。
それは桃香が自分というフィルターを通して見ている世界の話だ。
だから自分の話なのさ。


 念を押すように涼太に語りかける。


天野勇二

お前はスリーワードを使いこなす男になるんだ。
ペラペラ喋る男なんか目指すな。
どうせな、この世界にいるほとんどの男の話なんて下手糞でつまらねぇんだ。
会話術にけていないお前の話なんか特につまらない。
ならば喋らなければいい。
だからこそスリーワードでいいんだ。

佐伯涼太

そ、そうなの?
本当にそれだけでいいの?

天野勇二

それだけでいい。
女を笑わせたり、泣かせたり、興味を引くようなことを喋る必要はない。
まず意識から改めるんだ。
『何かを話す』という先入観を捨てろ。
お前は『聞く』んだ。
女が楽しく自分の話ができる最高の『聞き手』になるんだ。

佐伯涼太

聞き手……。
僕じゃなくて、葛城さんに喋ってもらうんだね。

天野勇二

そうだ。
喉が枯れるまで喋らせろ。
それをお前はマジックワードとスリーワードで切り返す。
基本的な戦略はこれだ。
お前が会話で一番使うのは、口ではなく『耳』だ。

佐伯涼太

葛城さんに喋らせる……。
聞き手……。
スリーワード……。


 何度もメモをとり、天野の言葉を呟いている。


 まだ半信半疑だったが『葛城に楽しい話をする』と考えるよりも、『葛城の楽しい話を聞く』と考える方が、心理的に楽なように感じた。


佐伯涼太

……うん。
何となくわかった。

天野勇二

思考を切り替えたな。
では次のマジックワードに入るぞ。


 また桃香に向き直り、天野は両手を広げた。


天野勇二

桃香よ。
何か飲みたいものはあるか?

天野桃香

ううん。
お水があるから大丈夫だよ。


 どうやらこれがマジックワードのようだ。


 涼太には何をメモすればいいのか、これだけでは理解できない。


天野勇二

これがマジックワードの2つ目。
『本能への質問クエスチョンだ。

お腹は空いていないか?
寒くないか?
むしろ暑くないか?


こういった質問を飛ばせ。
これは会話を打ち上げるきっかけにもなり、会話を軌道に乗せるためのブースターにもなる万能の言葉だ。


 急いでメモをとる涼太に、天野は念を押すように言葉を続ける。


天野勇二

だが、タイミングと使い方には気をつけろ。
お前は馬鹿じゃないから心配してないが、モテない男のほとんどが『本能への質問クエスチョン』を使えない。
見てわかることをバカみたいに訊くんじゃないぞ。


 桃香は感心しながら兄を見上げた。


天野桃香

すごいねぇ。
ちい兄ちゃんって、色んなこと考えてるんだね。

天野勇二

俺は天才だからな。
本当はこんな裏話はしたくないんだ。
桃香の話は素直に聞いてるぜ。

天野桃香

わぁ、スリーワードだ!
本当にスリーワードで返してきた!


 突然、涼太に質問を飛ばした。


天野勇二

ところで涼太よ。
お前は何も注文してないが、腹が減ってないのか?

佐伯涼太

う、うん。
家に夕飯があるから……。

天野勇二

ほう?
家に夕飯?
そこで次のマジックワードが登場する。


 身を乗り出し、興味深そうに尋ねる。


天野勇二

夕飯は何を食べるのか?
実家住まいなのか?
兄妹はいるのか?


こんな質問だ。
これが『本能への質問クエスチョン』の次に繰り出す『パーソナルへの質問クエスチョンだ。
より相手に踏み込む質問となり、女が大好きな『自分の話』をするための土台を築く。


 涼太の身体を指さしながら、次々に質問を飛ばす。


天野勇二

お前の家族構成は?
飼っているペットは?
私服は何が好みなのか?
好きなブランドは?


そんな質問を重ねるんだ。
これらを繰り返すことにより、会話という名の人工衛星は軌道に乗る。

佐伯涼太

なるほど……。
とにかく質問なんだ……。

天野勇二

お前も葛城のことは何でも知りたいはずだ。
ただいきなり度が過ぎたことを尋ねるなよ。
ゆっくり細かく外側から尋ねていくんだ。

佐伯涼太

ゆっくり……。
少しずつ内面に入っていくんだね。

天野勇二

そうだ。
これらの質問クエスチョンがうまく機能すると、お前は本格的に葛城の話を聞くという傾聴けいちょうのモードに入る。


 天野は指を3本伸ばした。


天野勇二

そして傾聴けいちょうにおけるスリーワード。
これはいたってシンプルだ。

驚嘆きょうたん同調どうちょう質問しつもん

これだ。
このスリーワードが機能した時、お前は『聞き手』としての真価を発揮することになるだろう。




 涼太はメモをとりながら、改めて「この男はとんでもない」と感じていた。



佐伯涼太

(勇二って、僕と同い年だよね……?)


 ごくりと生唾を飲み込む。


佐伯涼太

(これは僕がモテないはずだよ……。こんな細かい会話のプロセスなんて、考えたこともなかった……)



 冷や汗を浮かべる涼太の顔を眺めながら、天野は不敵な笑みを浮かべていた。



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つばこ

あけましておめでとうございます!
2017年も天クソをよろしくお願いします((。´・ω・)。´_ _))ペコリ
 
 
担当「あの、この『チャラ男講座』って、どれだけ続くんですか?」
つばこ「16歳の天野くんも話が長いですからね。4週分はあります。1ヶ月ほどずっと『チャラ男講座』です」
担「えぇ? マジで……?」
つ「はい」
担「……わ、悪くないとは思いますが、さすがに長すぎかなぁ……。2週ぐらいにまとめてくれませんかねぇ(涙目」
 
 
というワケで来週まで『チャラ男講座』です!
一部のマジックワードは泣く泣くカットしました!
気になる方はcomico運営まで「天クソの『チャラ男講座・完全版』が読みたい! 書籍で読みたい!」てな感じのお便りくださぁーーい!ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
 
ではでは、2017年もオススメやコメント、本当にありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

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コメント 225件

  • やな

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  • rtkyusgt

    上の妹が特にかわいい

    胡桃じゃないのか・・・(笑)

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  • まこと

    なるほど、為になる。

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  • みと@第3艦橋OLD


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  • ゆめおぼろ@天クソ/パステル

    これなんでつばこさんはモテてないのwwwww

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